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この行く道は明るい道  作者: ナハァト
第四章 一時の再会
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逃げられませんでした

「明道くんは、俺をどうしたいのかな?」


 樹さんが、笑みを浮かべながら言う。

 俺は知っている。


「こういう時の『くん』付けって、不機嫌な時や邪な考えをしている時ですよね?」


 樹さんの顔に、一瞬だけピクッと血管が浮かんだように見えた。

 不機嫌の方かな?

 それとも、疑問符で返したのが駄目だったのかもしれない。

 さて、どうしたものか……と、俺は少し離れた位置に居る三人を見る。


「絶対逃がしてはいけません! 皆で幸せになりましょう! 作れ、既成事実! 目指せ、結婚!」

「「おー!」」


 フィライアさんの号令の下、グロリアさんと、盗賊たちに襲われそうなところから助け出したオリアナさんの三人が、決意を露わにするように高々と拳を突き上げる。

 無事、オリアナさんは第三夫人の座に据えられたようだ。

 特に揉めなかったようだし、よかった。


 でも、フィライアさんって王族だよね?

 既成事実とか、そういう事をこういう場で口に出すのは駄目なんじゃない?

 一応、ここ店内だし、お客さんもまだ居るよ。

 ほら、詩夕と常水なんて苦笑いだし。


 エイトも無表情で……なんで同じように拳を突き上げているのかな?

 ……まさか、既成事実を狙っているの?

 ……身の危険を覚える。

 今度から鍵をしっかり……何故か通用しそうにないけど、しないよりはした方が良いのは間違いないだろう。


 きっとこの気持ちが共感出来ると思う、隣の樹さんに声をかける。


「頑張っていきましょう」

「……お前、自分だけじゃ納得出来ないと、わざと俺を巻き込ませるように動いているんじゃないだろうな?」


 何を言っているのかさっぱりわからない。

 俺は味方ですよ、樹さん。

 そう思いつつ、俺はオリアナさんを助け出してからの事を振り返る。


 女性としての勘か、商人としての嗅覚かはわからないが、オリアナさんの求める男性像に、樹さんがピッタリだと思い当たったが、決して俺は口を割らなかった。

 そこは信じて欲しい。

 けれど、オリアナさんは諦めなかった。


 何故か俺が知っていると確信していて、王都に居ると当たりを付けられる。

 間違っていないところが尚恐ろしい。

 盗賊たちを縛り上げる詩夕たちを手伝い、横転した馬車も直ぐ立て直してちょっぱやで全てを片付けると、俺たちを乗せて自分も乗り込み、馬車を出発させた。


 行動力が高過ぎる!

 じゃなくて、護衛の人たち? と盗賊たちは放置? と急いで尋ねると、一度に運べないから王都から迎えを出すので、それまで逃がさないようにするための監視として護衛たちを残した、だそうだ。


 確かに一度には運べないと納得。

 いや、歩きで……既に出発しているし、時間がかかり過ぎると押し切られた。

 それで王都に着いて直ぐ、ドンラグ商会に行ったのだが、なんと言えば良いのかな?

 タイミングが悪かったのか、それともよかったのか……。


 オリアナさんが店内に入って直ぐ、大声で従業員たちに向けて指示を出し始めて、王都近くで盗賊が現れたという事にプチ騒動。

 従業員たちが指示に従っていたので、オリアナさんが本当にドンラグ商会の人というか、一家の人だと理解出来た。


 そして、そのプチ騒動を聞きつけてなのか、丁度、姿を現したのだ。

 そう、樹さんが。


 フィライアさんとグロリアさんも一緒に貴金属類コーナーから出て来たように見えたので、どうしてここに居たのかは聞かない方が良いと判断。

 そこで、樹さんが俺達に気付く。


 俺は視線でこっちに来るな、と訴えた。

 オリアナさんから見えない位置で、小さくバツ印も作って見せるが――。


「どうした、明道。何かあったのか?」


 樹さんから声をかけられ、オリアナさんに見つかった。

 フィライアさん、グロリアさん、オリアナさんの三人ともが、顔を合わせた瞬間にキュピーン! ときて、全てを察して魂で会話して心が一つに、と謎の繋がりが出来た、とのちに語る、かもしれない。

 そんな感じに見える。


 先ほどの宣言といい、多分間違っていないと思う。

 深く考えない方が良いと、本能のお告げ。

 従います。


 と、今に至るところまで振り返って思う。

 ……あれ? これって俺に責任ある?

 関係なくない?


 そう結論を出して、後ろに下がろうとしたが、ガシッと肩を掴まれて下がれない。


「まさか、自分だけ逃げようだなんて思っていないよな? 明道くん」

「………………」

「「はははははっ!」」


 俺と樹さんは笑った。

 今日よりも明日がよくなると信じて……。


     ◇


 この場の騒動が治まったのは、ダオスさんとハオイさんが来てからだった。

 従業員が呼びに行っていてくれたんだろう。

 オリアナさんが居た事に驚いたようだが、さすがに店内で話をする訳にはいかないと、自宅に行こうとする。


「いえ、事務所の方が近いですし、そちらにしましょう」


 ハオイさんがそう言うので、そうなった。

 ただ、一瞬、俺に視線を向けたように見えたんだけど……まさか、自宅だとノノンちゃんが俺に構うのを見たくないから、事務所にした訳じゃないよね?

 そう疑いつつも、事務所に……行く必要あるかな?


 別に俺たちは行かなくてもよくない?

 ………………。

 ………………。

 よし、バックレよう。


「じゃあ、あの、冒険者ギルドに薬草採取依頼完了の報告をしないといけないので」


 駄目だった。

 正当で立派な理由だと思うんだけど。

 こうなった経緯の説明が必要なんだそうだ。

 ……仕方ない。


「なんだったら、僕たちの方で説明しておこうか?」


 詩夕の提案に、俺は心の中で喜ぶ。


⦅今行っても無意味ですので、冒険者ギルドに向かうのは明日にして下さい⦆


 駄目だった。

 大人しく付いて行く。

 ただ、事務所に問題があった。

 俺じゃなくハオイさんに。


 ダオスさんの奥さん、ハオイさんの奥さん、ノノンちゃんが居たのだ。

 なんでも、夕食を届けに来ていたらしい。


 ノノンちゃんが笑顔で俺に抱き着こうとしてきたが、その前にエイトが阻止。

 取っ組み合いを始める。

 そのままノノンちゃんの相手はエイトに任せ、こっちはこっちで話をする事にした。

 冒険者ギルドを出てからの経緯を簡潔に、詩夕、常水を交えて話していく。

 その最中で、エイトとノノンちゃんも何やら話し合っている事に気付いた。


「やっぱり、アキミチお兄ちゃんは制服にはリボンが好きだと思うの。そっちの方が女性らしさを感じそうだし」

「いいえ、それは浅はかであると、エイトは考えています。ああ見えて、ご主人様はこだわる部分はこだわりますので、ネクタイも捨てがたいと思っているのは間違いありません」


 聞かなかった事にした。

 うん。聞こえない聞こえない。

 だから、俺を見るのはやめようか。

 生温かい視線もやめて。


 ハオイさんは殺気をもう少し上手く隠した方が良いと思うよ。

 そう思った瞬間、ハオイさんはハオイさんの奥さんにヘッドロックを極められた。

 このままでは恥ずかしい思いをするだけなので、俺が率先して話を進めていく。


 ちなみに、その話の中で、オリアナさんが行商に出ていたハオイさんの妹だった事がわかる。

 そういえば、そんな人が居るって言っていたような……。

 また、オリアナさんもこれまでの事を聞き、無事に助かってよかったねと、泣きながらノノンちゃんに抱き着いていた。


 俺にも心からの感謝の言葉を伝えてくる。

 どもども。

 最後に、落ち着いたオリアナさんは、樹さんの下に嫁ぎたいと家族に伝え、喜ばれた。

 なんでも、中々相手が見つからなくて困っていたそうだ。


 ……もしかしたら、相手が俺の知り合いだとか、王族だとか、ナンバーワン商会だとか、色々と思惑と算段が付けられているのかもしれない。

 でも、当事者であるフィライアさん、グロリアさん、オリアナさんの三人共が揃って、本当に幸せそうに笑みを浮かべている。


 なら、もうそれで良いんじゃないだろうか?

 それだけで充分じゃないだろうか?

 思惑とか打算とか、きっとそんなのはない。

 あるのは、相手を想う愛だけだ。


「……明道のあの顔。多分、自分の中で綺麗に纏めようとしているよね?」

「そうだな。傍観者になる事で、自分は関係ないと主張しているのだろう」


 詩夕、常水、しー! しー!

 そういう事は口にしないで心の中だけに留めておいて!


 それに、ここまでくれば、もうあとは当人同士でなければ決められないのは間違いない。

 ただ、樹さんの背中には、どこか哀愁が漂っているように見える。

 大人だな、って思った。

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