先生とお話ししました
翌日。
俺は先生と会う事になった。
グロリアさんから、もう大丈夫だと、王城に戻ると教えられたのだ。
どうやら、気を持ち直したようである。
思ったより早くて、よかった。
ちなみに、詩夕と常水は同席していない。
鍛錬のため、カノートさん家に向かった。
この世界で生き抜くためには、純粋に強さが必要なため、鍛錬も重要なのだ。
詩夕と常水だけじゃなく、親友たちと先生には、是非とも今よりもっと強くなって欲しい。
誰にも……そう、最終目標であろう大魔王よりも。
⦅安心して下さい。順調に強さを得ていっていますので⦆
セミナスさんがどこまで把握しているのか恐ろしい。
やっぱり裏ボスなんじゃ……。
⦅そうですね。将来的にマスターを養っていく可能性も秘めていますので、マスターから見れば、あながち間違いではないかもしれません⦆
あれ? なんか不穏な可能性を提示されたよ?
⦅安心して、私に全てを委ねなさい⦆
委ねません。
なんか爆弾を抱えているような気分になる。
……いけないいけない。
これから先生と会うんだから。
といっても、特別な場を用意するような、そんな事はしない。
先生が、俺の利用している部屋に来るだけだ。
なので、特に緊張感もなく、椅子に座ってだらけて待つ。
「紅茶です」
いつの間にか、テーブルの上にエイトが紅茶を用意してくれていた。
一口飲む。
………………むぅ。
「如何でしょうか?」
「……美味い」
「ありがとうございます」
そういえば、この部屋の掃除も頑なに自分がすると、エイトが我儘みたいな事を言っていたっけ。
思い出したので、部屋の中を確認。
……キラキラと輝いているように見えるな。
埃も……なさそう。
「……あれだな。エイトは、ちゃんとメイドとしての能力も備わっていた、という事なんだな」
「エイトを造り出した神々の数少ない善行の一つです」
あっ、やっぱり数少ないんだ。
まぁ、多くはないだろう、という事はなんとなく思っていたので、特に驚きはしない。
今のところ、エイトを造った神々に対する信頼感は全然なかった。
そのままだらけていると、扉からノック音。
エイトが開けると、先生が入って来た。
俺はそのまま挨拶する。
「お疲れさまでーす」
「お前……仮にも教師の前でする態度ではないな」
「いやぁ、こうした方が緊張とかしなくて良いかな? と思って。あえて、ですよ。あえて」
「……そういや、こんなヤツだったな」
先生が呆れたような表情を浮かべながら、テーブルを挟んで俺と対面するように椅子に座る。
俺も姿勢を正し、エイトが先生の前にも紅茶を用意した。
「内縁の妻です」
余計な一言を添えて。
先生の反応は……全てを理解したかのような悟った表情。
仏のように見えなくもない。
「まさかの反応で、寧ろこっちが驚きです」
「反対されないという事は、エイトは認められたという事ですね?」
「それはない」
俺とエイトのやり取りに、先生はうんうんと頷いた。
その苦労、わかる……みたいな感じ。
そこで先生が一息吐く。
「でもまぁ、本当に元気そうでよかったよ。行道だけ別行動で、その道程がわからないってのは……さすがに少々参っていたからな。もちろん、俺だけでなく、詩夕たちも」
「………………先生」
俺は真面目な表情で先生を見る。
「なんか先生っぽいですね」
「異世界に来ようが、お前たちの先生だからな」
ですよね。
そして、詩夕、常水と同じように、先生ともこれまでの事を教え合う。
………………。
………………。
「大変ですね、ロリコン先生」
「今のお前に言われたくはない!」
先生がエイトを見ながら言う。
その視線が何を訴えているかを察した俺は、即座に反論。
「違いますぅ~! エイトのカテゴリーはロリBBAなんですぅ~!」
「いやいや、あの見た目でそれはない!」
「それじゃあ、本人に確認すれば良いじゃないですか! 答えてやれ、エイト!」
「エイトのカテゴリーはこのような見た目ですので、察して頂けると幸いです」
「ほらぁ~」
「言葉を濁すんじゃない! エイト!」
先生とやいのやいの言い合ったあと、互いに落ち着くため、一旦紅茶を飲む。
「……というかな、俺の大変さの一因に、行道が関係しているのはどう説明してくれるんだ?」
……俺が一因?
あぁ、グロリアさんの事かな。
「……先生」
「なんだ?」
「愛は自由なんですよ。誰かがとめようと思っても、とめる事は出来ない。時に、本人ですら」
「それっぽい事を言って逃れようとしているな?」
「………………」
「………………それと、そんな事を言って良いのか? と、忠告しておく」
先生が俺の後ろを指し示す。
後方確認。
「愛は自由。なんと素晴らしい言葉。つまり、ご主人様がエイトに何をしようとも、全て正当化されるという事ですね。逆もまた然り」
エイトが天井に視線を向けながら、祈るように手を組んでいる。
なんか絵になっているけど……そこに何か居るのかな?
いや、それはそれで怖いけど。
俺は見なかった事にして、先生の方に向き直る。
「というのはさすがに言い過ぎかもしれませんけど、正直なところを言えば、俺は先生の幸せよりグロリアさんの幸せを優先します」
「いきなり正直になったな」
そう言って、先生が一息吐く。
「まぁ、行道は最初からそういうヤツだし、既にこれは俺が考えなければいけない事だから、これ以上何かを言う事はない」
「さすがっすね、先生。男前!」
「というか、もうその先生呼びはやめろ。少なくとも、この世界で居る間は。詩夕たちも、もうそう呼んでいない……樹で構わない。俺も、行道ではなく明道とこれから呼ぶ」
「わかりました。これから宜しくお願いします、樹さん」
「あぁ、それはこっちもだ、明道」
なんとなく雰囲気的に握手を交わす。
「それで、明道。やっぱり、この再会は一時的で、再び別行動になるのか?」
「そうですね。まだ、やる事一杯ですから」
「……それぞれの役割か。納得したくはないが、納得するしかないか。それが、予言の神様とセミナスさんという先を読むスキルが導き出した、最も生存確率の高い選択なんだろ?」
「はい。そうみたいです」
そうなんでしょ?
⦅そうです⦆
樹さんが気持ちを落ち着かせるように、紅茶を一口飲んだ。
「だったら何も言えん。寧ろ、それだけ強力なスキルを持っている明道の方が、勇者スキルを持つこちらよりも生存確率が高そうだしな」
「ははは」
否定出来ない。
「人並みの事しか今は言えないが……死ぬなよ、明道。もちろん、こっちもそのつもりはない」
「もちろん、わかっていますよ、樹さん」
そう言って頷くのだが、ちょっと別の事が頭を過ぎった。
死ぬ、とか……生存確率、とか……に、何かが引っかかる。
なんだ………………あっ、わかった。
「樹さん。一つ確認なんですけど」
「なんだ?」
「この国に来てから、鍛錬とかちゃんとしています?」
「いや、ここにはフィライアの護衛として来ているから……まぁ、満足に出来てはいないが」
「……危険、ですね。今からでも遅くありません。直ぐに鍛錬を行って、前よりも強くなって下さい」
「危険? 何が?」
「わかりませんか?」
樹さんが首を傾げる。
本当にわかっていないようだ。
「では、もしこのまま満足な鍛錬が出来ず、前よりも弱くなった、もしくは大して変わっていない状態で元の場所に戻ったとしましょう。そこに居るのは、あの、シャインさんですよ?」
「………………」
「護衛だったから、という理屈が通じると思いますか?」
樹さんの顔色が面白いように変わっていく。
漸く緊急事態に気付いたようだ。
俺はテーブルに肘を付き、顔の前で両手を組む。
「少なからずシャインさんと接してきた俺が断言します。絶対通じません。今直ぐ、鍛錬を行うべきかと」
お前、何弱くなってやがる、とか言って、もっと厳しくしてきそうだ。
まぁ、強くなっていても厳しくなるのは変わらないけど、強くなっている方が多少はマシだと思う。
「……そうだな。間違いない。ちょっとフィライアに護衛を外れても良いか聞いてくるわ」
そう言って、樹さんは急いでこの部屋から出て行った。
必死感が伝わる。
うんうん。良い事したな。




