あれ? 実は凄かった? みたいな事はある
カノートさんによる常水への鍛錬が、お昼前には終わる。
……ここに来るまでの時間経過を考えて……早くない? と思ったが、丁度よかったかもしれない。
……そろそろ見続ける集中力が危なかった。
正直言って、見るだけって飽きるよね。
かといって、目の前で繰り広げられている鍛錬に参加したいかというと……そういう訳ではない。
まだまだ普通の人の俺が、セミナスさんを装備していない状態で突っ込むのは、どう考えても無謀である。
それでも、色々と勉強になったなと思いつつ、カノートさんに確認。
「どうですか? 常水は」
「そうだね。今のところ、筋は悪くない。まだ身体能力だけに頼っている部分はあるから、まずはそこを修正して、それからどう伸ばしていくかを決めていきたいところかな」
概ね問題なしと判断。
さすが常水。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まぁ、当の本人は、今は地面に大の字で倒れて、荒い呼吸を繰り返しているけど。
ずっと全力で挑み続けていたんだろうなぁ……。
何しろ、俺は常水の動きをほとんど追えていなかったし。
後半は辛うじて確認出来たけど、それは目が慣れてきたからなのか、常水が疲れ始めたからなのかはわからないけど……出来れば、前者であって欲しい。
一方、カノートさんは汗一つ掻いていない涼しい顔だ。
呼吸も乱れていない。
それに、常水の木製槍は一度も体に当たる事はなかった。
本当に強かったんだね、カノートさんって。
四枚羽に苦戦していたイメージが強く残っていたけど、もう払拭した感じ。
……でもあれは、状況的に悪くて、更に悪条件を重ねたような状態、みたいな事をセミナスさんが言っていたっけ。
でも今なら………………世界一の槍の使い手。
うん。納得。
それと、もう一方。
サーディカさんによる詩夕への鍛錬も、同じくらいに終わった。
サーディカさんのところに行き、同じように尋ねる。
「どうですか? 詩夕は」
「スッキリしました」
うん。それはよかった。
ストレスを溜め込むのはよくない……じゃなくて。
詩夕の評価を……いや、待てよ。
普段、サーディカさんの相手をしていたのは、世界一の槍の使い手であるカノートさんだ。
となると、相手に求める強さも必然的に上がり、弱ければ満足出来ず、ストレス解消なんて出来ないはず。
それが今、スッキリしたという事は……。
「よかったな、詩夕! サーディカさんがスッキリしたってよ!」
「うん……今は、明道の……言っている事の意味を……察するのは難しいかな……」
常水と同じく、地面に大の字で寝ている詩夕。
先ほどまで荒い呼吸だったが、今は少し落ち着いているようだ。
ちなみに、サーディカさんはほんのり汗を掻いていた。
きっと、良い汗を掻いたのだろう。
そのあと、詩夕と常水を鍛錬場の外に運んで休ませ、カノートさんとサーディカさんがやり合おうとした時、エイトが挙手した。
「New Challenger!」
格闘ゲームのように乱入してきやがった。
自主性を出して欲しいとは思ったが、なんで英語?
ほら、カノートさんとサーディカさんが首を傾げているから、なんか滑ったみたいな雰囲気になっちゃったよ。
「エイトもやってみたいです」
最初からそう言って欲しかった。
カノートさんが笑みを浮かべて了承する。
「君がどういう存在かはアドル様たちから聞いているよ。うん。それじゃ、サーディカは少し疲労しているし、私とやろうか。神が造り出した造形物の力……見せてくれるかな?」
ノリノリだな、カノートさん。
そして、エイトとカノートさんがやり合ったのだが……ちょっと一方的過ぎて酷い。
開始と同時に詠唱しながら後方の上空に飛んで浮かんだエイトが、魔法によって数十個の火の玉を生み出し、一斉放射。
カノートさんはその全てを捌く。
火の玉の数は全然違うが、まるで四枚羽との戦いのリプレイも見ているかのようだ。
木製槍でありながら、あれだけの数の火の玉を捌いて焦げ一つないのは不思議……じゃないな。
魔力で強化、である。覚えた。
全てを捌いたカノートさんがそのまま反撃に移ると思ったら、エイトは既に次の準備を終えていて、今度は水の玉が数十個。
一斉放射。
カノートさんがまたもや全てを捌くが、今度は土の玉が数十個用意されていて……という感じで、エイトが次々に属性を変えながら一方的に攻撃魔法を一斉放射し続けた。
弱点属性でも探っているのかもしれない。
これだから全属性持ちは……便利だな。
捌き続けるカノートさんも大概だが、これはどうやったら終わるんだろう? と思っていると、カノートさんの木製槍がとうとう耐え切れなくなって、粉々に砕けるように壊れ、そこで終了した。
エイトが俺のところに来て言う。
「エイトは見せつけてやりました」
……うん。何を? とは言わないけど、これはそもそも模擬戦じゃなかったっけ?
もっとこうさ、互いに手番を譲って……みたいな事はしないのかな?
エイト的には、自分の方が強いです、と見せたかったのかもしれないけど、これだと単に木製槍を壊したかっただけになっちゃうような……。
いや、問わない問わない。
ごくん、と何かを飲み込む。
とりあえず、褒めておこう。
「よくやった!」
「エイトはご主人様のメイドですので」
嬉しそうに言うエイト。
これで正解だったようだ。
すると、カノートさんもこっちに来る。
「いや、凄いね。ちょっと気付くのが遅れてしまったよ。それだけ精密だった。偽装が上手い」
「……え? 何が、ですか?」
いや、流れ的にエイトの魔法についてだというのはわかるんだけど、内容まではさっぱり。
セミナスさんも答えてくれないし。
なので、わからない事は直接聞いてみよう。
「おや? 魔法については詳しくないのかな?」
「すみません。使った事なくて」
「なら仕方ないかな。先ほどその子がやったのは、見た目の形を全く変えずに、数十個の玉に込める魔力量を全部バラバラにしていたんだよ。もしそれに気付かなければ、魔力量が少ない場合には無駄に魔力を消耗したり、魔力量が多い場合には想定した以上の負荷がかかったりする。上手い戦法だと思うよ」
「なるほど」
とりあえず頷く。
なんとなく言いたい事はわかるけど、あとでセミナスさんに教えて貰おう。
「しかも、段々とその幅を増やした事が素晴らしい」
「幅を?」
「そう。わかりやすく込める魔力量を数値化して言えば、最初は三十~五十くらいだったのが、最後の方には十~八十と、こちらを更に惑わせていたね」
エイト……そんな事をしていたんだ。
全然わからなかった……と思っていると、カノートさんが笑みを浮かべる。
なんか黒い笑みに見えるんですけど。
「とまぁ、色々説明してみましたが、今回は引き分けですね。武器がきちんとしたモノであれば、私の勝ちでしたけど」
……ん?
「戦力分析は正しくお願いします。エイトはまだ倍はいけます」
……んん?
なんかこう、エイトとカノートさんの間に、バチバチと火花が散っているように見えるんだけど。
どちらも負けず嫌いなんだな、と思った。
こらこら、喧嘩は駄目ですよ~、と二人の間に割って入る。
とりあえず、カノートさんはサーディカさんにパス。
「私もその子とやってみたいのですが?」
今はカノートさんを宥める事に集中して下さい。
「凄い子だったんだね。あれ? もしかして、僕たち勝てない?」
「素直に認める事も時には重要だ」
ほら、エイト。
復活した詩夕と常水の方に行けば、多分褒めてくれるぞ~。
………………。
………………。
なんとか場が落ち着いた……と思う。
で、カノートさんに確認。
「カノートさん。今日このあとのご予定は?」
「特にありませんが。サーディカはあと少ししたら王城に戻りますが」
次に詩夕と常水。
「という事らしいけど、二人はどうする? ちなみに俺は、このあとドンラグ商会に行くだけだし、エイトも傍に居るけど」
「……お見通しか。明道に危険が及ばないように、と思っていたけど、その子が一緒なら安心だね」
「すまないな、明道」
「良いよ、良いよ。気にすんな」
なんかそわそわしているというか、まだやりたいって感じに見えたんだよね。
それに、本来は強くなるために、ここに来ている訳だしね。
「それじゃ、帰りに拾いに来るから」
「「宜しく」」
冗談で言ったが、倒れる気満々のようだ。
苦笑を浮かべ、カノートさんとサーディカさんにも一言。
「すみませんが、宜しくお願いします」
「任せて下さい。徹底的に強くしてみせますよ」
「戦える人が増えて嬉しいわ」
こっちの返事にも苦笑を浮かべ、お願いしますと頭を下げる。
そして、エイトを連れて、初老の執事さんの案内でカノートさん家を出る。




