友達のため、なんて言うつもりはないけれど
「なんなのよ……アンタ何なのよ!!」
「歯車鍛冶工房副社長サツキ・イガラシ。アンタにはこれくらいで十分よ」
そう言うとサツキは指先に蒼白い炎を灯し前方に空中に円を描くようにくるりと大きく回すと、円周に沿って小さな蒼白い炎が六つ設置される。
「狐火・朧霞」
蒼白い炎は一瞬で雲散し霧状となり、サツキを護るように纏わりつく。ナナシーノは構わず火魔法の呪文を詠唱する
「そんな魔法! 私の方が強いわ!! その澄ました顔をヤケドでぐちゃぐちゃにしてあげる!! 中級火炎魔法メガフレア!!」
ボヤ程度で済む初級火炎魔法と違い中級火炎魔法ともなれば非常に危険な魔法だ、間違っても人間相手に使うような魔法ではない。ナナシーノはあざとい笑みの仮面をはぎ取り殺意に身を焦がしながら火魔法を何のためらいもなくサツキに投げつけた。
「アッハハハハハハハハハハハ!!! 跡形残さず燃え尽きなさい!!!」
激しい爆発音と衝撃で工房の周りの家の窓枠がガタガタと悲鳴を上げた。サツキが居た場所は赤い炎が燃え盛っている。通常ならばこれでチェックメイトだが……と、燃え盛る炎に変化があった。地面に接しているところから赤い炎が徐々に蒼白い炎に入れ替わって来ているのだ。狂気の笑い声をあげていたナナシーノの笑い声が徐々に尻すぼみになっていく
「朧霞は惑いの陽炎。形無き蜃気楼に攻撃は通じない、だってそれは何もない虚像なんだから。今のアンタみたいにね」
全ての炎が蒼白い炎に入れ替わった瞬間、業火は一瞬にして雲散してしまう。そこにサツキの姿はなく、炎の焦げ跡すらない
「あの女ァ、どこに逃げた!!」
「後ろよ」
ナナシーノが振り向くよりも早く、サツキはナナシーノの腕をねじり上げ、足をかけて転倒させ地面に叩きつけた。以前キヤから習った柔術だ、体捌きと重心を崩すことがコツなので、覚えてしまえば女性でも男性を押さえつけられる。汚らしい地面に叩きつけられるのと叩きつけられた痛みで顔を歪めるナナシーノ
「皮肉ね、自分が作った幻覚剤で自分の精神を壊しちゃうんだから」
膝でねじり上げたほうの腕の肩を膝で押さえつけナナシーノの動きを完全にロックしたサツキはナナシーノの頭を掴む。
「こ、のッ!! 平民風情が、放しなさいッッ!! その辺の小汚い平民に子どもが作れなくなるまでズタボロに壊されればいい!!! 私の幻覚剤は完璧だ!! そんなことはありえないッッ!!」
「自覚無しなのがなおのこと悪いよ。幻想焦滅」
ナナシーノの頭を押さえたサツキの手から蒼白い炎が噴出し、一瞬にしてナナシーノの頭は蒼白い炎に包まれた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!! あぐ、おがぁぁぁぁぁぁ!!!???」
「この炎は体を焼くものじゃない、でもそれ以外なら焼き尽くすことが出来る。アンタのそのスキル、焼き尽くして二度と使えなくなるようにしてあげる」
なんでもないことのように、淡々と。サツキはナナシーノのスキル、幻覚剤調合を焼き尽くした。最早彼女に幻覚剤を調合することは出来ない。
サツキのこの炎は物理的な物に影響を与えることは出来ないが、それ以外なら例外なくダメージを与えられる特性を持っている。先ほどのように相手に触れればスキルなんて概念すら焼き尽くすことが出来るし、ゴーストなどの実体のない相手を消滅させることも出来る。肉体を傷つけず魂を焼き尽くすことも出来る。使いこなせれば神すら殺せるかもしれない恐ろしいスキルだ
『九尾狐の祝火』。それがサツキが呼び起こしたスキルである。
「アンタにも理由があったんでしょうね、こんなクズになってしまうような理由が。それでも私はアンタを許さない、大事な友達を傷つけたアンタを。だからあの娘の分もアンタを傷つけるわ」
サツキの手から噴出する蒼白い炎がナナシーノの口や耳、鼻などめがけて一斉に吸い込まれていく。
『私はあんまりカワイイわけじゃないですから……』
『何言ってんの?! カレンくらいキレイだったら全然問題ないでしょ。現にキヤなんかデレデレじゃない』
『キヤさんは……その、優しい方ですから。婚約者の心を惹きつけておくには私の顔では足りなかったようです』
『何ソレ訳わかんない。ソイツの頭が足りなかったんじゃないの?』
『仮にも、その……高貴なご身分でしたので。よく浮気相手の令嬢に言われました、『貴方みたいな鉄面皮なんてあのヒトは求めてないの。私みたいなカワイイ娘なのがいいのよ』……って』
『でも貴族ってそんなものでしょ? ホントその男と女ってバカね。やりたいなら平民になってからやれっての』
『それでも、ルールを守っていた私が棄てられたのは事実ですから……』
「誰よりも綺麗なあの娘を曇らせた女はどれほどかと思えば、正直そうでもないし。よくそんなツラでイキがれたね、ムカつくから生涯イキがれないようにしたげる」
ナナシーノの脳、いや、魂に強烈な幻覚が焼き付けられていく。己の顔が火傷で醜く焼け爛れていく幻覚を。彼女が次に自分の顔を見るとき、その顔は悍ましいものに映るだろう。髪は残らず焼け落ち、皮膚は爛れ、瞼も唇も燃え尽きてなくなった悍ましい顔に。
「アンタが今までそのクスリで惑わせてきた人の分だけ苦しみなさい、その罪を背負ったまま生き続ければいい。生き続けられるメンタルを持ってるならね」
白目をむいて気絶したナナシーノを見下ろしてサツキは呟いた。そして侍らせていた一つの狐火を吹き消すと一緒に耳も尻尾も吹き消されたかのように消えた。
さっちゃんはカレンのためなんて思ってなくて、ただ自分がムカついたからナナシーノをシバいてるだけです。物理的にシバいてないけど……
でもカレンはサツキが自分を想ってナナシーノを怒ってくれたことを喜ぶでしょう。友達ってそんな感じなんだと思います。




