全てを無くしても、それでも体は生きている
「まったく、キヤさんの友人だと色んな意味でタイクツしませんねぇ」
「いやまるっとすりっとどこまでもエブリシングおっしゃる通りです」
数日後の歯車鍛冶工房の一室にて、キヤと少女、そしてオンディス侯爵と執事ハンドが一同揃って頭を抱えていた。
キヤたちが保護した彼女の名前はエリアス・フォン・ラインツェベルグ。お察しの通り貴族だ。元々彼女は隣国エスパランシア公国の貴族だったが、婚約者の王太子がやらかし婚約破棄され着の身一つで家からも国からも追放処分されたという。今はやりの婚約破棄モノのようなものだろうか
彼女が追放されてからのエスパランシア公国は非常に混沌としており、王太子が新たに婚約した女がどうにもキナ臭いらしい。国の要職に就くであろう大臣や宰相の息子(美男子)を侍らせて毎日フィーバーしそれが咎められ豚箱行き、彼らの尻ぬぐいをする大人たちの胃袋が致命的なダメージを受けているようだ。
「私は今まで王妃となるため、厳しい教育や貴族としての責務に追われてまいりました。でもあの夜、たった一日で今まで積み上げてきたものが一瞬にして水泡に帰したのです。助けて頂いたのは感謝しておりますが……私は、生きていていいのでしょうか? 貴族ですらない小娘の私は、存在する価値があるのでしょうか?」
「いいんじゃない? 存在する価値なんてなくても」
泣きそうな表情でこぼす彼女の非常に重い問いにあっけからんと軽く答えるキヤ。エリアスは思わず目を見開いてキヤを見る
「そりゃあ今までラインツェベルグさんが学んできたことはこれから生きていくうえで不要になったかもしれないけどさ、全くの無駄に終わったわけじゃないよ。知ってたらどっかで役立つかもしれないっしょ。字が読めるとか顕著じゃない」
「ですが……」
「まだラインツェベルグさんも若いでしょ? これからだよむしろ。人から与えられた使命から自分で存在意義を探す人生が始まったんだよ。死んでなきゃいくらでも集めなおせる。てか、ほとんどの人は存在意義なんて考えずに生きてるよ。かくいう俺もそう。もっと肩の力抜いて気楽に生きてみればいいよ」
無意識に説教臭くなり、少々恥ずかしくなりながらもキヤは続ける
「俺もそうやって焚きつけといて何もしないわけじゃない。ところでラインツェベルグさんは読み書き計算は得意?」
「え? えぇ、一通りは」
「ウチ、歯車鍛冶工房って工房やってるんだけどさ。そろそろ事業も大きくなって来てて、事務仕事をしてくれる人が欲しくなってきたんだよね~。どっかに居ないかな~事務仕事のできる人」
「正直私の所も事務仕事をしてくれる人が欲しい所なんですが ムゴッ」
「……まぁ、存在意義見つけるまで漠然と生きてみるのもいいんじゃない? 言い出しっぺだし、手ェ貸すよ。どうかな、ウチで働いてみない? 」
チラチラとわざとらしくエリアスをチラ見するキヤに困惑するエリアス。しれっとエリアスを横取りしようとするオンディスの口をハンドは塞ぐ
「あの、ウチにも……もがが」
「空気読んで黙っとけや侯爵、安心しろ、お前が頑張れば事務員はいらん。てかサボる口実にする気だろゴラ」
ハンドのキツめの口封じで鼻まで塞がれ顔がどんどん青ざめていくオンディスは置いといて、エリアスは思案するように俯く。そして決意の籠った目でキヤを見やり
「キヤさん、どうか私をキヤさんの所で雇っていただけませんか。仕事も覚えます、どうか私に、これからの人生を生きるチャンスをください」
「その言葉が聞きたかった! 契約成立だ、後でさっちゃん……君のセンパイね、と一緒に書類作ろっか」
「はい!」
春の花が咲いたような笑顔でエリアスは微笑んだ。不覚にもキヤはその顔にドキリとさせられる。キヤの機敏を感じ取ったのかエリアスも若干ぎこちなくなる。なぜか部屋全体がぎこちなくなりかけたところで解放されたオンディスが手を上げる
「ラインツェベルグさんを取られたのはイタいですが……まぁそれは置いておいて。それよりも、ラインツェベルグさんは今の名前のままで工房で暮らすのはちょっとマズいかもしれませんよぉ?」
「貴族のお嬢を追放ってこたぁ奴らはラインツェベルグ嬢が死ぬこと前提だからな。もし生き残ってるのが知れたら面倒なことになるかもしれん」
ハンドも捕捉してくれたがそれもそうだ。普通の貴族令嬢がサバイバルなんてできるはずもない。彼女にとって追放とは死刑宣告だ。だが彼女はなぜか生きている。彼女が生きているのが知れれば追放した側は情報が漏れるのを危惧して確実に始末をしに来るだろう。
「んん……そんじゃエリアス・フォン・ラインツェベルグをここで殺しとくとか?」
さっきまで保護し雇うと言ったキヤの口からとんでもない言葉が飛び出す。そのあまりの衝撃にオンディスは含みかけの紅茶を盛大に吹き出し、ハンドの眉間の皴が一層深くなる。エリアスのほうはさぁっと血の気がなくなり真っ青になっている
「あぁ! いやいやいやいや、ホントに殺害するわけじゃないよ流石に?! ラインツェベルグさんが生きてることの隠ぺい工作ってこと!!」
「あ、あぁそういうことですか……キヤさぁん、言葉が足りなさすぎですよぉ? ハンドが条件反射でキヤさんをやっちゃったらどうするんですか」
「すんません!!! でもちょっとラインツェベルグさんにとってヒドいことになるかもですけど……」
「……で? 殺気の言葉はどういうことだよキヤ。具体的にはどう工作するってんだ」
「なんか恐ろしい誤変換があるような気がしてますけどそれは置いといて……貴族社会のご令嬢って髪を大事にしてるイメージあるんですけど、合ってます?」
キヤの唐突な質問に訝し気ながらもオンディスは堪える
「そうですねぇ、貴族社会で女性とは美しく気品溢れる存在でなければなりません。頭髪ももちろん、女性は特に気にするでしょうね。髪は女性にとって命ですから。貴族女性用の髪の香油一つでキヤさんの工房数年分の稼働費に相当するのでは?」
「ひえぇ……ごほん、俺の案はこうです。まずラインツェベルグさんの髪を切ります。バッサリと。んでその髪の一部をラインツェベルグさんが放り出された森のどこかに引っ掛けとくんです。んでラインツェベルグさんには偽名を名乗って生きてもらうと」
「なるほどな、髪は魔物から逃げてる途中で引っかかって抜けたと考えりゃ追手もそこで死亡を確信するだろう」
「でも問題はラインツェベルグさんには大幅なイメチェンを強いなきゃいけないのが……」
ハンドも納得したようだが問題はエリアス本人である。髪は女性の命だ、それは平民だろうが貴族であろうが変わらない。それをバッサリと切ってしまうのだから女性にとっては耐えがたいものだろう。しかしエリアスは強かった。
「お願いします、使ってください。私は自分の存在意義を探すため生きると決めたのです。そのためなら髪を切ることにためらいはございません。髪なら伸ばせばよいのですから」
来たばかりの時とは違う、決意に満たされた瞳にキヤたちは安心する。
「よっし、決まりだ。じゃあちょっと待ってて、スグにこういうのが得意な人連れてくるから。ちょっと強烈だけど、ウデは確かだよ」
怪訝なエリアスだがオンディスたちは察したようだ。




