ホテルのドアの名はテツロウ
「おかえりなさいませ」ホテルのフロントでバイトに勤しんでいるいくるみちゃんが挨拶するのとアジトで江東子とイチャイチャしていた先輩がホテルのフロントに来た哲子の父ちゃんを発見したのはほぼ同時の出来事だった。
「みかか〜、フレッサインに哲子のお父さんが泊まるみたいだけど、絞めとく?」先輩がややめんどくさそうにそう言う。
「その必要は無いわ」
「おろ?」みかかの予想外の反応に少し先輩はやっと視線をみかかに向ける。
「絞めるったってどうせあんたいくるみにさせるつもりでしょう」
「まぁ、そうなるわ」
「そうしたらバイトクビになるでしょ、他のいくるみ達も居づらくなるし、更に悪評は他のバイト先にも影響するわ」指をわなわなさせながらみかかがそう言った。
「確かに」フカバスの運営費用はクローニングしてタチコマ・フチコマ化したいくるみちゃんが東陽町の店という店でアルバイトをして支えているのだ。友達紹介制度のあるバイト先ではそれをフル活用して収入を増やした。夜勤に男を求める職場の要求に応えるべくいくるみくん(男)も開発された。とあるコールセンターではオペレーターの殆どがいくるみタイプというケッタイなことになったとか。
「それじゃ、私が嫌がらせ道具を作ってそれをいくるみちゃんに設置してもらうかな」
「勝手にすればいい」
「ほんじゃ、江東子ちゃん少し待っててね」名残惜しそうに出て行く先輩。
少し経って園子先輩が台車に大きな扉を乗せて戻って来た。園子というのは先輩の名前ね。
「これは何」
「ドアですね」
「正解江東子ちゃん」それは見れば解る。
「この扉はテツロウ。さ、自己紹介しなさい」
「はじめまして、僕はテツロウと言います。園子様に作られました」
「わっこのドアしゃべるんですね。びっくり!」
「このドア男の子なのね」
「見れば解るでしょ」みかかと江東子が解りかねていると。
「だって、ドアノブ付いてるでしょ、この子」
「え〜〜っ」ちなみに鍵穴は無い。
コホン。
「ドアに人格をもたせた意味は何?」頬が赤いみかかがそう質問する。
「この子はとても敏感なのよ」
「!?」
「あ、ドアノブの部分だけじゃなくてね」
「そうなんですよ〜自分で言うのもナンですが、触ったところが黒くなる桃のように繊細なんです」
「……。」「よくわからない」
「つまり、こういうことなんだ」と言って園子がテツロウに向かってデコピンをした。すると、ボコボコボコとまるで園子がペガスス流星拳でも放ったようにドアが波打った。
「なにこれすご〜い」園子が江東子をいい子いい子する。一方渋い表情のみかか。
「これを哲子の父ちゃんの部屋のドアと交換させるのは良いかい?」
「終わったらちゃんと元の扉に戻すのよ」
「あいよ〜」
いくるみちゃんがホテルのドアをボコボコにしたのはこのドアのオーバーリアクションで、だから警察沙汰にもバイトクビにもならなかった。ドッキリテレビもびっくりだね。




