12. 望んでもいいのでしょうか
パーティーの間は自分のそばにいればいい、とシャルル様はおっしゃった。だけど王太子であるシャルル様は当たり前のように他の貴族との親交に忙しく……。喧騒の中でわたくしは一人、壁を背にして立っていた。
先ほどから、シャルル様は笑顔を振り撒く合間にこちらを気遣うように視線を向けてくるが、昨日には想定できていたことなので動揺はない。が、これは想定外だった。
視線を下げると真っ赤なドレスのスカートが目に入る。大輪の薔薇を思わせる膨らんだスカートも、目を刺すような赤色も全てが人目を引いている。
更にわたくしの指で、首で、手首で、見たことがないほどに美しい装飾品が光を受けてキラキラと輝いている。
おかげで先ほどからわたくしは皆の視線を集めて集めて仕方がない。シャルル様に全て任せると言ったけれど、いくらなんでもこれは派手すぎる。
せめて装飾品だけでも外してしまいたい。シャルル様から贈られたものだということは伏せていても、ここまで高価なものばかりだと、シャルル様とわたくしを知る人達なら誰もが察しているだろう。
どうしてニコラスは止めてくれなかったのだろう。恨みを込めてシャルル様の近くに立つニコラスへ視線を向けると、全て分かっているというように苦笑が返ってきた。
どうやらニコラスにも止められなかったようだ。
はあ、と深いため息をついた時、
「リズ様」
声を掛けられた。
「浮かないお顔ですね。……無理もありませんが」
シャルル様の文官の一人だった。40代半ばの彼はいつも穏やかな笑みを浮かべている。わたくしの事情を知る数少ない内の一人。
苦笑したいのを堪えて、いいえ、と答える。
「今のわたくしの悩みはそちらではなくこのドレスやアクセサリーです。目立っていることが自分でも分かります」
そう小さくため息をついてみれば彼は、ふふ、と控えめに笑った。
「あなたが着飾ればどれほど美しいのだろう、と常日頃から思っておりましたが……」
わたくしを見る目が柔らかく細められる。
「とてもよくお似合いです。殿下はさすがですね。よくあなたを分かってらっしゃる。あなたの気持ちにはあんなにも鈍感でいらっしゃるのに」
一瞬、顔が強張った。すぐに取り繕ったが彼はその一瞬を見逃さず、やはり、と柔らかく笑う。
「顔に出ていましたか?」
「顔には出ていません。ですが目が殿下を追ってらっしゃる。無意識でしょうね」
途端、頬が熱くなった。そんなこと知らない。この方の言う通り、無意識だ。
「……以後気を付けます」
恥ずかしさを誤魔化すために視線を下げてそう言うと、いえいえ、と穏やかな声が言った。
「気を付ける必要はありません。あの室であなたの気持ちに気が付いていないのは殿下だけですから」
「な……」
言葉が出なかった。にこにこと微笑むその顔を碌に見ることもできず。
「初々しくていいですね、と皆話しています。私もあなた方を見ていると昔を思い出します」
くすくすと揶揄いを含んだ笑みに、すみません、と訳もなく謝る。もうなんと言えばいいのかもどんな顔をすればいいのかも分からない。
「……ですが、そんなことを言っていられる時間はあまりありませんよ」
穏やかさは変わらない、だけどトーンの落ちた声に顔をあげる。彼の視線の先にはシャルル様の姿があった。その周りにはたくさんのご令嬢がいて、代わる代わる話かけたり、恥じらった様子で視線を送ったりしている。
「殿下に婚約話がたくさん来ていることはご存知でしょう? あの方ももう21歳ですから、いつまでもかわしているわけにはいきません」
「……分かっております。だけどそれでいいのです。わたくしは臣下としてシャルル様にお仕えすることができれば、それだけで幸せなのです」
シャルル様は王太子。いずれは国王となる方。そんなシャルル様の隣に、顔に傷のあるわたくしがいることなどできない。笑顔は歪み、おしろいを落とせばおぞましく。
誰もが目を逸らすようなわたくしがシャルル様の隣に立てるわけがない。
よろしいのですか、と穏やかな声は言う。
「あなたがいるその場所に、他の女性が立っても。今、殿下に一番近いのはあなたです。あなたはそれを遠くから見ることになるのですよ」
グラリの心が揺れる。いいわけがない。だけど、だって……。
「し、かし、わたくしはこの国の貴族では……」
他国の侯爵家の娘が王太子の妻になどなれるはずもない。わたくしよりも相応しい方がこの国にいる。わたくしは臣下としてここへ来た。
シャルル様の隣に立つべきでない理由が次々と頭へ浮かぶ。まるで、この恋心を諦める理由を探すように。
「そのようなことは些事です。どうとでもなります」
分かるでしょう、と問われ、ゆっくりと頷く。手はある。わたくしが……シャルル様が本気でそれを望むのなら。
無意識だった。シャルル様へ向けた視線。その視界によく知った顔を見た。その子はとろけるように甘い笑顔を浮かべるとシャルル様へと身を寄せる。
言うまでもなく、キャシーだった。
瞬間、胸の辺りで何かが蠢いた。黒く醜いこの感情。ずっと隠してきたそれが頭をもたげた。嫌だな、と思う。シャルル様が美しいと言ってくれたわたくしでありたかったのに。
だけど、途端に息をするのが楽になった。
「……わたくしが望んでもいいのでしょうか」
「ええ、もちろん。私もできることならなんでもしますよ」
目が逸らせなかった。シャルル様から。キャシーから。
「傍流ではありますが、一応私は公爵家に連なる者です。お手伝いできることは多いかと思いますので」
穏やかな笑みを見る。小さくお礼を言うのと、リズ、と呼ぶ声が聞こえるのは同時だった。
心はまだ揺れている。そんなこと願ってはいけない、と言うわたくしがどこかにいる。だけど、もういいじゃない、と言うわたくしもいる。
どちらになるかなど分からない。だけど、
「まずは些事を片付けます。そして、ゆっくりと考えます。自らと向き合って」
「ええ、何か困ったことがあればおっしゃってくださいね」
そう言って彼はやはり穏やかな笑顔のまま去って行った。その背を見送って振り向く。
よく知った顔が二人ーーお父様とセドリック様が立っていた。




