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第二話 「温かいスープ」



それから数日。


エリーゼは、

本に書かれていたことを試し続けた。


「ありがとう」


「あなたは丁寧な人ね」


「いつも助かっているわ」


最初は、

言うだけで緊張した。


こんな言葉に意味があるのか、

自分でも半信半疑だった。


けれど、

本には書かれていた。


人は、

他者から向けられた期待や印象に、

少しずつ引っ張られることがある。


――ピグマリオン効果。


難しい名前だった。


でも、

やっていることは単純だ。


“相手を、自分が望む姿として扱う”。


ただそれだけ。


とはいえ。


劇的に何かが変わるわけではなかった。


従者は相変わらず無表情だったし、

会話もほとんどない。


食事はいつも通り。


冷たいスープ。

硬いパン。

残り物。


部屋も静かなまま。


何も変わらない。


エリーゼは少しずつ、

諦めかけていた。


やっぱり、

本は本なのだろうか。


たまたま意味が分かるだけの、

奇妙な空想。


宮廷の悪意を変えられるほど、

言葉は強くないのかもしれない。


なら。


これで最後にしよう。


今日変わらなければ、

もう期待するのはやめよう。


そう思った七日目だった。


こん、こん。


いつものノック。


「お食事です」


聞き慣れた声。


エリーゼは静かに返事をした。


「どうぞ」


扉が開く。


いつもの従者。


いつもの銀盆。


いつもの――


そこで、

エリーゼは小さく目を見開いた。


違う。


パンが、

柔らかい。


スープから湯気が立っている。


しかも中には、

野菜と肉が入っていた。


思わず息が止まる。


従者は何事もない顔で皿を置いた。


いつも通り、

無表情のまま。


けれど。


皿の置き方が少しだけ丁寧だった。


スプーンも、

真っ直ぐ揃えられている。


「……あの」


エリーゼが声を掛けると、

従者の肩がわずかに揺れた。


「今日は、温かいのね」


従者は少しだけ視線を逸らした。


「厨房に、まだ残っていたので」


短い返事。


でも。


以前なら、

そんな説明すらなかった。


エリーゼは胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。


従者は一礼すると、

そのまま部屋を出ていく。


扉が閉まる。


静寂。


エリーゼはゆっくりスープへ手を伸ばした。


温かい。


ただそれだけなのに。


指先が震えそうになる。


エリーゼは静かにスープを口へ運ぶ。


味は、

特別豪華なものではなかった。


それでも。


今まで食べたどんな食事より、

ずっと温かかった。


「……変わったんだ」


小さく呟く。


部屋は変わらない。


立場も変わらない。


悪意が消えたわけでもない。


けれど。


たった一人。


ほんの少しだけ。


こちらを見る人が現れた。


エリーゼは机の引き出しを開く。


あの不思議な本が、

静かにそこにあった。


エリーゼはそっと表紙を撫でる。


言葉は、

世界を変えられるのかもしれない。


まだほんの少しだけ。


けれど確かに、

この部屋の空気は変わり始めていた。

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