三十五話 おじさん、第五獣魔王に挑む⑬
【契約】とは、法律上の権利や義務が発生する約束のことを指す。
だが、それが【魔王】との、人の法律から抜け落ちた怪物、或いはこの世界の構造とは全く別モノであれば如何であるのか?
答えは簡単。
その【契約】は成立させられる。
【契約】を結んだ者は、怪物からその力を分け与えられるが、その対価として、怪物に、それ相応の対価を支払う必要がある。
それは任意のタイミングであり、理不尽な場合によっても、【契約】の対価を支払わせられる。
マーラはレンジへと勝手に【契約】をしていた。
レンジが気付かぬ様な【契約】であったが、マーラは【魔王】であり、相手に不利な条件でなければ、我儘をある程度、通すことなどは造作もない。
レンジが結ばされたり【契約】内容、それはマーラが復活するまで、レンジは彼女を殺せない。代わりに、マーラはレンジに協力し、その力を存分に貸し与えるし、ミリアを危険な目に遭わせないという物。
レンジは【契約】のことを知らない。
だが、知らないからと言って、彼がその力を使い熟せるかは別。
「無明一刀流、覇刃」
そんな心配は要らなかった様に、レンジはマーラ同様に漆黒の刃に空気の斬撃を纏わせた。
自ら思考を捨て、1つの結果を求める状態となったレンジは意識せずともその【権能】を、マーラの持つ【権能】の引き出し方と使い方を熟知していた。
それは何故か?
レンジがマーラの【権能】を使い熟せる理由は最もシンプルで、単純な物。
かつて、【魔王】と殺し合い、その末に勝利を掴んだレンジであり、幾度もその【権能】を見てきたからこそ、体が勝手に覚えていたから。
マーラの【権能】、その力の使い方を。
(【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す。【魔王】を殺す)
レンジの思考は既に【魔王】を殺すことに特化した極限のシンプルタスクに切り替わっていた。
それ以外の思考の放棄は、ミリアや、アルベールへ割いていた思考を全て投げ打つことであり、以前のレンジはそれが出来なかった。
だが、今は違う。
ミリアが勝手に自分の手を握ってくれると言ったから、それを信頼し、信用しているから。
レンジは【魔王】の【権能】を【夜叉】に纏わせ、ケルヌンノスへと疾走する。
ケルヌンノスは先程からレンジより放たれた威圧感に少しばかり、気圧されたせいか、【筺】を作り終えておらず、自身の影より、大小様々な魔獣を作り出し、それを彼に向けて放った。
魔獣達は主人を守ろうと走り出すもレンジはそれを前にして、走る速度を一切落とさずに、無明一刀流の構えを取る。
「無明一刀流、覇弓」
それはマーラが放っていた不可視の5つの矢を放つ技であり、剣撃で再現などは不可能な筈である。
だが、それをレンジは抜刀と共に再現した。
黒刀が鞘から姿を見せる間もなく、納刀されるとその瞬間に、魔獣に向けて、5つどころか、その倍以上の矢が一気に放たれた。
魔獣達は肉の壁となり、ケルヌンノスを守ろうと必死になるが、貫通力は先程とは全く別物の威力を持っており、それらを貫き、矢の1本が彼女の腕にかすり傷を負わせた。
(ああ、この理不尽な感じ。やっぱり、あの小娘がマーラだったのね。あまりにも矮小すぎて気付かなかった。コイツと私の【権能】の相性は最悪。このままだと今すぐにでも、私は)
そんなことを考えた1秒後、レンジは目の前に現れており、既に抜刀の構えを取っていた。
「無明一刀流」
「生命よ、虚空に眠れ!」
ケルヌンノスは自身の脳が理解するより早く、野生的な本能で完成直後の【筺】を地面へと投げ捨てる。
魔獣の特性などは一切考えず、ただひたすらに分厚く巨大な魔獣だけを選んで放つ過去一巨大な質量攻撃。
ケルヌンノスは自分自身が【第六天魔王マーラ】に勝てないことを知っていた。だからと言って、勝負を捨てるなどという行動はケルヌンノスの頭にはない。
勝ちを掴み取りに行くために、ケルヌンノスはマーラの攻撃ですら通せぬほどの質量を持った生命よ、虚空に眠れを放つ。
一瞬にして、肉塊が膨張し、それらはレンジを押し潰そうと襲い掛かる。
「覇穢流」
刀は抜かれると同時に、不可視でありながら、肉塊を簡単に断つほどに巨大な斬撃が放たれた。
マーラの【権能】は空を操る異能であり、彼女が6体の【魔王】の中でも最強と呼ばれた所以。
空気を干渉不可能な斬撃と化し、相手に理不尽を押し付ける物であり、生命よ、虚空に眠れを縦に割くとそれはケルヌンノスの体をも傷付けた。
「ぐ、は」
ケルヌンノスの腹部から、左肩までに巨大な切り傷を生むと彼女は膝を地面に突きそうになる。
だが、痛みがそれを拒否し、立ち上がった。【魔王】の意地を見せねばならないと、そうでなければ、ベオウルフに、彼に顔向け出来ないと感じ、ケルヌンノスはレンジへと攻撃を放とうとした。
そんな彼女をレンジは真っ向から否定する様ために、黒刀・【夜叉】の鞘を握りしめ、トドメを刺す構えを取った。
既に、5度の生命よ、虚空に眠れを放ったことで、ケルヌンノスの【魔力】は底を突く直前。
レンジの過集中もまた、【魔王】の【権能】を使用しながらの慣れない戦闘より、体力の限界を迎える手前。
レンジもケルヌンノスもそれらを理解しており、最後の攻防の幕を開けるために、同時に互いの必殺の間合いに、足を踏み入れる。
「無明一刀流」
それを前にして、ケルヌンノスは【魔力】の全てを込め、今持てる【権能】の根源を詰め込んだ【筺】を生み出し、両腕で握りしめた。
「|生命よ、その虚空に跪け《ギシュ・マルドゥック》」
産み落とされるのは漆黒の剣。
骨と肉塊を混ぜて硬化した禍々しき刃は、凡ゆる呪詛が込められておりながら、命が尽きる寸前に見せる輝きと交わり合うことで、生と死を同居させていた。
ケルヌンノスは自分が剣を握ることなどは出来ないことを知っている。知っているからこそ、敢えて握った。
ベオウルフ、彼が自分のために剣を握ってくれた様に、今度は亡き彼に報いるために、ケルヌンノスが剣を握る。
そして、その剣をレンジへと振り下ろした。
迫り来る【権能】の根源の塊、死よりも深い絶望を押し付ける様な理不尽。
それらを前にして、レンジは恐れを一切無くしたまま、マーラが持つ最大の必殺技を自分の無明一刀流に昇華し、新たな必殺を放つために、鞘から漆黒の刃を疾らせた。
「武甕雷」
空の斬撃に、黒雷が載る。
それらが【魔王】をも殺した剣と交わると必然として、敵対者に死を齎す。
振るい下ろされた|生命よ、その虚空に跪け《ギシュ・マルドゥック》を砕き、黒い龍が閃光の様に前を駆け、ケルヌンノスの肉体を逆袈裟斬りに切り裂いた。
その斬撃は、ケルヌンノスをも通り越し、地面すらも傷付ける。
胴体と下半身が、斜めに断ち切られたケルヌンノスの肉体は、断面より、エネルギーが抜け落ちたかのように、地面へボトリと音を立てる。
ケルヌンノスは【魔王】殺しの鬼神を目の当たりにし、肋屋レンジという【魔王】の片鱗を前にして、敗北を認めた。
(あ、ああ、これは、別次元だ。悔しいな、ベオ。私、貴方の仇が取れなくて、悔しい。ごめん、ね)
その最後は、ベオウルフと同様に、相手を思った物であった。
【第五獣魔王、極刑なるケルヌンノス】、再び世界に現れた【魔王】との決着は、人類に勝利の旗が靡くことで幕を閉じることになる。
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