三十三話 おじさん、第五獣魔王に挑む⑪
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【魔王】は孤独であった。
生まれながら【権能】によって、人と触れ合えない誓約を持ち、少女は自身の孤独を癒すために、その悲しみを自身の世界にぶつけた。
そして、彼女は拒絶され、恐れられた。
世界、世間が身勝手な悲しみを許すはずが無く、【魔王】と呼ばれた少女を擦り潰すために数多の人間、【勇者】と呼ばれる者達が送られた。
その中で、たった1人、自分に手を伸ばした人間が現れた。
彼は何処か自分と似た空気を纏っており、この世界に爪弾きになった孤独を宿していた。
「何、この手」
【権能】によって生み出された魔獣全てを焼き払い、無尽蔵にも近い【魔力】を尽かされた【魔王】ケルヌンノスは、突如として敵対していた男が地面に座り込んだ自分に剣を向けず、手を伸ばしたことに疑問を持った。
「差し伸べるべき場所に君がいたから、かな?」
【勇者王ベオウルフ】、数多の魔獣を切り伏せ、焼き殺した最も憎むべき最も忌み嫌うべき人間。
つい数分前に殺し合いをしていた筈なのに、それが何故か、【魔王】と呼ばれたケルヌンノスに手を差し伸べた。
「私たち、敵同士よ? 殺せば、貴方はこの世界に更なる肯定を得る筈、もっと名誉を得て、もっと好かれる筈なのに」
「肯定、名誉、好かれる、か。君は、誰かに好かれたかったのかい?」
ベオウルフの蒼い眼に映るケルヌンノス、それは自身の孤独に耐えきれず、愛に飢えた少女であり、彼はそんな彼女にかつて、自身の母から教わった通りの行動を取った。
「誰かのために何かをする。それが私の起源で、今、残っている唯一の人間性だ。なぁ、【魔王】、私は今、君のために何かしたい」
ケルヌンノスはそんな言葉を信じられなかった。
信じる筈などなく、それが出来るほどケルヌンノスは成熟していない。彼女はベオウルフへと吐き捨てる様に声を上げた。
「…なら、人間を皆殺しにして来て。それが出来なきゃ、私は貴方を信用しないし、信頼しない。貴方に残った人間性がどうこうなんてどうでも良い。この憎しみを少しでも和らげられるのは、それだけだから」
ケルヌンノスが要求したこと。
それは同族を殺すこと。
そして、それは最も生物が嫌がること。
特に人間は同じ形の人間を殺すことを嫌悪する。
形を模した物ですら、気分が悪くなり仕方がないと割り切っても、それは自分の足を引っ張り、必ず最後まで感情という物が付き纏う。
ベオウルフにそれが出来ないとケルヌンノスは踏んでいた。
だからこそ、ベオウルフの甘ったれた誰かのために何かをするという起源を、その大切そうにしていた信念をへし折ろうとする。
そうすることで、自分という存在が救えない怪物であり、この世界から消し去られるべき生き物であるという証明が、ケルヌンノスは欲しかった。
だが、ベオウルフはケルヌンノスの腕を無理矢理掴み、引き上げる。
「なら、滅ぼそう。とりあえず、あの大国でいいかい?」
勝手に掴まれた腕にケルヌンノスは戸惑うもベオウルフは彼女への信頼を得るために、たった1人で王国の一つを焼き滅ぼした。
淡々と作業をする様に、襲い掛かる兵士を軽々と焼き、命乞いをする男を切り伏せた。
ベオウルフは泣き叫ぶ赤子も、それを守ろうとする女も皆等しく平等に、跡形もなく燃やし尽くすとその最後に、王国の玉座に座る王を自らの手で首を絞めて殺した。
王が悶え苦しむ様を、ベオウルフは真っ直ぐと直視して、その死体を灰になるまで燃やした。
「なんで、そんな簡単に同じ形の生命を殺せるの?」
【魔王】と呼ばれた少女ですら、ベオウルフという男の行動は異常としか言えず、思わず問いかけてしまった。
老若男女関係なく一切を灰燼と化し、躊躇いなく殺し尽くすその姿に、【魔王】ですらと戸惑いを覚えるとそれに対して、ベオウルフは少しの間、腕を組み、考ける。
そして、その答えをポツリと呟いた。
「私はもう人間じゃないからね」
「は? 人間でしょう? おんなじ肉の形をして、おんなじ生態をした生物なんでしょう? それをどうして貴方はそんなにも簡単に、躊躇いもなく、殺せるの?」
ベオウルフは自分よりも人間味に溢れた問いに、淡々と口を開く。
「【魔王】ってのは案外、話が通じるんだな。何故、殺せるか。それはハッキリとは分からない。ただ、私は人を殺すのも、魔物を殺すのも何の感情も沸かない。教えを守った先にあったのが、私という欠陥の末路。そして、その教えを私に説いた母の末路だったんだ」
「貴方のお母さん、どんな終わりを迎えたの?」
ケルヌンノスはベオウルフの母の末路に食いついた。何故、そこに食いついたのか、今でもよく分かっていなかったが、それでも彼の言葉を聞きたいとケルヌンノスは問いかけるとベオウルフは抱えていたものを吐き出す様に喋り出した。
「誰かのために何かをする。この教えを守った結果、母は私が知らない間に、殺された。【魔王】が出す魔獣を殺すことを生業にしてた奴ら。ソイツらに殺されたんだ。私が【魔王】のところに行かない様にするために。だからかな、私が人を簡単に殺せるのは。私は多分、この世界が嫌いだったんだ」
出会った時に感じた闇、ベオウルフが持っていた自分と似た孤独を前にして、ケルヌンノスはようやく彼と自分が同じことを知った。
(そっか、貴方も孤独で、爪弾きにされていたのね)
そう考えながら、ベオウルフが握ってくれた手をケルヌンノスは強く握り返した。
「なら、私の下で人を滅ぼしなさい。私なら、貴方を理解してあげれるし、貴方なら私を理解してくれる。【勇者王ベオウルフ】、貴方は私のために、生きて」
ケルヌンノスの言葉を聞き、ベオウルフの視界は少しだけ晴れた様に感じた。
これまで、人のために生きて来た筈の男が、【魔王】に求められ、その道を踏み外す。
その一歩を踏み出すために、ベオウルフは燃え盛る城の中、彼女の目の前で地面に膝を付けた。
「そうか。君が求めるなら、私はそれに応えよう。【魔王】ケルヌンノス、私は君のために、世界を敵にして、人の殺戮に励む。私はようやく、世界を滅ぼす大義を得たのかもしれないね」
その言葉によって、世界の終わりは確定した。
【勇者】を失った世界、それは魔獣と氷土に覆われると災悪の一つとして、幕を閉じる。
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