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王都を追われた土魔法使い、辺境を開拓せんとす  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 辺境伯との契約結婚


「……寒い」


 思わず本音が漏れた。

 通された辺境伯城の執務室は、外気と変わらないほど冷え切っていた。

 石造りの壁は熱を奪い、窓枠の隙間からはヒューヒューと寒風が侵入している。暖炉には申し訳程度の薪がくべられているが、煙突の吸気効率が悪く、熱がほとんど室内に回っていない。


「すまない。薪の備蓄もギリギリでな」


 ジルベール様は眉間のシワを深くし、インクが凍りかけたペンを握りしめていた。

 彼の指先は赤くかじかんでいる。

 恐ろしい光景だ。この国の北の守護神が、室内で凍死しかけているなんて。


「単刀直入に聞こう。アメリア・ローズバーグ」


 彼は書類から顔を上げ、あのアイスブルーの瞳で私を射抜いた。


「貴様のその力……あれだけの規模の土木魔法、代償は何だ? 魔力を吸う魔道具か? それとも寿命を削っているのか?」

「へ?」


 私はきょとんとした。


「いえ、素手ですけど。強いて言えば『前世の知識』と『土への愛』でしょうか」

「……愛?」

「はい。構造的に美しいものは、魔法効率もいいんです」


 私が即答すると、ジルベール様は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。

 理解不能、という顔だ。無理もない。王都の魔導師たちは「詠唱」と「杖」がないと魔法を使えないから。


「はぁ……まあいい。貴様が規格外なのは理解した」


 彼は重々しく口を開いた。


「だが、貴様をここで雇うことはできん」

「えっ!? なぜですか! 城門を直したじゃありませんか!」


 私は食い下がった。

 ここを追い出されたら、工事(楽しみ)がなくなってしまう!


「金だ」


 ジルベール様は短く言い捨て、机の上の帳簿を指差した。


「見ての通り、ウチの財政は火の車だ。防衛費で手一杯で、新たな人員を雇う余裕はない。貴様のような高位の魔法使いに払える給金など、金貨一枚たりともないのだ」


 彼の表情には、悔しさと無力感が滲んでいた。

 ああ、なるほど。

 この人は、領民や部下にはちゃんとお金を払いたい、ホワイトな雇用主なのだ。搾取することしか頭にない王都の貴族とは大違いだ。


(……ますます気に入りました)


 私はニヤリと笑った。


「閣下。私、お金なんて一言も欲しいと言っていませんよ?」

「何?」

「王都を追放された身です。今さら贅沢をするつもりはありません。私が欲しいのは――」


 私は一歩前に出て、彼の机に両手をついた。

 ドン! と身を乗り出す。


「『衣食住』と『工事の全権限』。それだけで結構です」


 ジルベール様が目を丸くする。


「……正気か? タダ働きをするというのか?」

「タダじゃありません。『私の好きなように領地を改造させてくれる権利』をください。それが私にとっての最高の報酬です」

「改造……?」

「はい。この寒くて不便な城も、泥だらけの街も、すべて私が快適な楽園スローライフに変えてみせます。もちろん、材料費も私が現地調達(土魔法)しますからゼロです」


 怪しい勧誘のように聞こえるかもしれない。

 でも、本心だ。私はただ、思う存分地面を固めたいだけなのだ。


 ジルベール様は長い沈黙の後、じっと私を見つめた。

 私の瞳に嘘がないか、値踏みするように。

 やがて、彼はふっと息を吐き、自嘲気味に笑った。


「変な女だ。……だが、その申し出、断るには俺たちは追い詰められすぎている」


 彼は立ち上がり、私の前に立った。

 見上げるほどの巨躯。威圧感があるはずなのに、不思議と怖くない。


「わかった。アメリア、貴様の力を借りよう。……だが、一つ問題がある」

「何でしょう?」

「貴様は『王族への不敬』で追放された身だ。公式に雇用すれば、王都の連中が『罪人を匿った』と難癖をつけてくる可能性がある」


 あ、確かに。

 忘れていた。私はお尋ね者一歩手前だった。


「どうすれば……?」

「抜け道はある」


 ジルベール様は真剣な顔で、とんでもないことを言った。


「俺の『婚約者』になれ」


「――はい?」


「ヴァルシュタイン家の家訓には『当主の伴侶となる者は、過去の一切を不問とする』という条文がある。貴様が俺の婚約者という立場になれば、王家といえども容易には手を出せん」

「な、なるほど……?」


 法的ガードのための偽装婚約。

 合理的だ。実に合理的だ。


「もちろん、形式上のものだ。貴様の貞操を奪うつもりはないし、時期が来れば解消しても構わん。……どうだ?」


 彼は少し不安そうに私を見た。

 「こんな強面と婚約なんて嫌だろうが」という自虐が見え隠れする。


 私は即答した。


「喜んで! 契約成立ですね、旦那様スポンサー!」

「だ、旦那様はやめろ……」


 ジルベール様がわずかに頬を染めて顔を背ける。

 可愛いところがあるじゃないか。


「では、契約ついでに早速仕事を始めますね。手始めに……」


 私は寒さに震える彼の足元を指差した。


「この冷凍庫みたいな部屋を、人間が住める環境にします」


 私は跪き、床に両手を当てた。


(対象、執務室床全面)

(構造解析……石板の下は土。よし、いける)


 イメージするのは、前世の韓国出張で体験した「オンドル」と、最新の床暖房システム。

 床下に空洞を作り、そこに熱伝導率の高い密度の土パイプを張り巡らせる。


「『床下配管生成パイピング』!」


 ゴゴゴ……と床下で土が動く音がする。

 ジルベール様が「またか」という顔で警戒するが、今度は破壊音ではない。


「そして熱源は……これですね」


 私はポケットから、先ほど城門の瓦礫から拾っておいた小さな「魔石」の欠片を取り出した。

 微弱な火属性の魔石だ。これを魔法陣で増幅させ、パイプ内の空気を循環させる。


「『熱循環ヒート・サーキュレーション』、起動!」


 カッ、と床下が微かに光り、すぐに消えた。


「……? 何をしたんだ?」


 ジルベール様が怪訝そうに聞いた直後だった。


「……む?」


 彼は足元を見た。

 軍用ブーツの底から、じわじわと温かいものが伝わってきたのだ。

 冷え切っていた石の床が、まるで陽だまりのようにポカポカとし始めている。


「足元が……温かい? 火を使っていないのに?」

「床の下に温風を流しています。頭寒足熱ずかんそくねつ。作業効率も上がりますよ」


 効果は劇的だった。

 底冷えしていた部屋の空気が、下からふわりと暖められていく。

 かじかんでいたジルベール様の指先に、血色が戻ってくる。


「これが……貴様の魔法か」


 彼はブーツを脱ぐのも忘れ、その場に立ち尽くしていた。

 そして、ゆっくりと椅子に座り直し、床に足をつけ――


「…………ああ」


 深い、深い溜息を漏らした。

 それは今まで張り詰めていた緊張が、熱と共に溶け出すような音だった。


 いつも強張っていた眉間のシワが消え、凶悪に見えた目つきが、とろんと和らいでいく。


「温かい……。冬に、室内で凍えなくて済むなど……いつぶりだ……」


 彼は机に突っ伏しそうなほどリラックスしている。

 まるでコタツに入った猫だ。


(か、可愛い……!)


 北の守護神、床暖房に陥落。

 私はガッツポーズをした。


「気に入っていただけましたか?」

「……ああ。最高だ」


 ジルベール様は、夢見心地のまま私を見上げた。


「アメリア。貴様は……いや、君は、俺にとっての女神かもしれん」

「ただの土木屋です」

「いや、女神だ。……頼む、この床から離れないでくれ」

「離れませんよ。まだ断熱リフォームが終わっていませんから」


 私は微笑んだ。

 契約成立。

 これで私は、堂々とこの領地をいじり回せる。


 彼が私の技術に依存し始めたように、私もまた、彼に依存してもらう計画プロジェクトが、順調に滑り出したのだった。

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