表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都を追われた土魔法使い、辺境を開拓せんとす  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/10

第2話 初仕事は「街道整備」


「答えろ! 貴様、何者だ!」


 怒号が鼓膜を震わせた。

 目の前に立ちはだかるのは、黒い軍服に熊の毛皮をまとった巨漢――ヴァルシュタイン辺境伯、ジルベール様だ。


 噂通りの強面だ。

 鋭い眼光は氷のように冷たく、右頬の古傷が威圧感を倍増させている。

 私の周りには、抜剣した騎士たちがずらりと円陣を組んでいた。切っ先がこちらを向いている。


 完全に包囲されていた。

 けれど、私の心臓が高鳴っている理由は恐怖ではなかった。


(すごい……! なんて素晴らしい骨格かしら!)


 私はジルベール様の肉体をまじまじと観察した。

 広い肩幅、分厚い胸板、そして何より、大地に根を張る大木のように安定した下半身。

 構造力学的に見て、これほど完璧な「耐震構造」をした人間を見たことがない。彼なら震度七の地震が来ても倒れないだろう。


「……おい。聞いているのか」


 無視されたと思ったのか、ジルベール様の眉間のシワが深くなる。

 おっと、いけない。挨拶が遅れた。


「申し訳ありません、辺境伯様。あまりに立派な……ええと、体幹でしたので見とれておりました。私はアメリア・ローズバーグ。王命により、本日よりこちらの領地でお世話になる者です」


 カーテシーをしようとして、スカートが泥で汚れていることに気づいたが、そのまま優雅に礼をした。

 ジルベール様は私の名を反芻し、怪訝そうに目を細める。


「ローズバーグ……? 王都から追放されたという公爵令嬢か? か弱い女が一人で来ると聞いていたが」


 彼は私の背後に続く、地平線まで伸びる「灰色の道」を指差した。


「あれは何だ。俺の斥候の報告では、今朝まであの道は腰まで埋まる泥沼だったはずだ。それが、たった数刻で、王都の目抜き通り以上の石畳に変わっている。……貴様の仕業か?」

「はい! 道中の揺れが酷かったものですから、つい」


 私は胸を張った。

 いい仕事をした自覚がある。褒めてもらえるかもしれない。


 しかし、ジルベール様の反応は予想外だった。


「馬鹿げている! 北からは帝国がいつ攻めてくるかわからんのだぞ! こんな平坦で進軍しやすい『滑走路』を作ってどうする! 敵の騎馬隊を歓迎するつもりか!?」


 騎士たちの殺気が膨れ上がる。

 なるほど、軍事的な観点か。


(言われてみれば、確かに)


 私は首を傾げた。

 土木屋としての「利便性」しか考えていなかった。


「ですが閣下。道が悪ければ、こちらの補給物資も届きません。物流の遅延は経済死を招きますよ? それに、あの道はただ平らなだけではありません」


「何?」


「敵が来たら、路面を液状化させて足止めできます。スイッチひとつ(私の魔力)で、底なし沼に戻せる仕様スペックにしてありますから」


 私がサラリと言うと、ジルベール様は絶句した。

 周囲の騎士たちも顔を見合わせている。


「……道を、沼に戻せるだと? そんな魔法、聞いたことがない」

「土魔法の基本ですよ? 構造を変えるだけです」


 信じていない様子だ。

 まあいい。言葉で説明するより、現物を見せたほうが早い。


「それよりも閣下。あちらの方が緊急性が高いのではありませんか?」


 私は視線を背後の「城門」に向けた。

 黒い岩で作られた重厚な城壁。一見頑丈そうに見えるが、プロの私の目は誤魔化せない。


「あの主塔の基礎、不同沈下ふどうちんかを起こしていますよ」


「……なんだと?」


「右側の地盤が緩んでいて、塔全体がわずかに傾いています。その歪みがアーチ部分にかかって、キーストーン(要石)にクラック(ひび)が入っていますね。……あと震度三くらいの地震が来れば、崩落して跳ね橋を直撃します」


 私が指差した先。

 城門のアーチの頂点にある石に、髪の毛ほどの細い亀裂が入っていた。

 素人目には風化に見えるだろうが、あれは致命的な構造欠陥だ。


「馬鹿な。あの城壁は百年以上、魔物の攻撃に耐えてきた鉄壁だ。傾いているなど……」


 ジルベール様が否定しようとした、その時だった。


 ズズン……。


 微かな地鳴り。

 遠くの山で雪崩でも起きたのか、地面がわずかに揺れた。


 メリメリッ、パキン!


 乾いた音が響く。

 私の予言通り、城門の要石から亀裂が一気に走り、拳大の破片がパラパラと落ちてきた。


「危ないっ!」


 騎士の一人が叫ぶ。

 巨大な石材がバランスを失い、真下にいた門番の頭上へ落ちようとしていた。


 間に合わない。

 誰もがそう思った瞬間、私は無意識に動いていた。


(間に合わせる!)


 右手を突き出す。

 魔力を練る時間はない。イメージだけで物理法則をねじ伏せる。


「――『緊急充填グラウト』!」


 ドォン!!


 空気が破裂するような音と共に、地面から太い「土の柱」が槍のように隆起した。

 それは落下しかけた巨大な石材を下からガシッと受け止め、支えとなる。


 さらに、私は左手を握り込む。


「『結合バインド』!」


 崩れかけたアーチの隙間に、周囲の土砂が生き物のように吸い込まれていく。

 土砂は瞬時に石化し、強力な接着剤となって亀裂を埋め尽くした。


 ものの三秒。

 傾いていた主塔は、隆起した新たな柱によって垂直に補正され、ひび割れ一つない新品同様の強固な姿へと変貌していた。


「…………」


 沈黙。

 風の音だけがヒューヒューと吹き抜ける。


 門番は腰を抜かして座り込み、騎士たちは剣を取り落としていた。

 ジルベール様に至っては、彫像のように固まって、補修された城門を口を開けて見上げている。


「ふぅ。とりあえず応急処置は完了です」


 私はパンパンと手を払った。

 やはり現場仕事はいい。机上の空論よりも、コンクリートが固まる手触りの方が生を実感できる。


「あ、勝手にいじって申し訳ありません。請求書は出しませんのでご安心を。……ただ、材料としてその辺の土を少し使わせてもらいました」


 恐る恐る振り返ると、ジルベール様がゆっくりとこちらに向き直った。

 そのアイスブルーの瞳から、殺気は消えていた。

 代わりに浮かんでいるのは、底知れぬ驚愕と、得体の知れない生物を見るような目。


「……貴様、何者だ」

「ですから、アメリアです。趣味は土地開発の元公爵令嬢です」

「これが……土魔法だと? 俺の知っている泥遊びとは次元が違うぞ」

「王都では嫌われていましたけどね。地味で汚いって」


 私が自虐的に笑うと、ジルベール様は眉をひそめ、補修されたばかりの完璧な継ぎ目を指先で撫でた。


「……地味? これをか?」


 彼は何かを噛み殺すように唸り、それから騎士たちに向かって低い声で命じた。


「剣を収めろ。……彼女は敵ではない」


 そして、私に向き直ると、不器用そうに一つ咳払いをした。


「……礼を言う。部下の命と、城門が救われた。アメリア嬢、貴様の入城を許可する」

「ありがとうございます!」


 よかった、追い返されなくて。

 私はホッと胸を撫で下ろす。


「ただし」


 ジルベール様が一歩、私に近づく。

 巨大な影が私を覆う。近い。軍服から微かに鉄と革の匂いがした。


「貴様のその力……詳しく話を聞かせてもらう。俺の執務室に来い。……逃げられると思うなよ」


 低く囁かれた言葉に、私はコクコクと頷いた。

 逃げる? まさか。

 城門をくぐる時、ちらりと見えた城下町の惨状――穴だらけの屋根、泥水の流れる側溝、傾いた井戸――を見て、私の土木魂エンジニア・ソウルはすでに最高潮に達していたのだから。


(逃げるわけないじゃないですか。こんなに『直しがいのある』現場、前世を含めても初めてですもの!)


 私はニマニマする口元を必死に抑えながら、強面の辺境伯様の後について、堂々と凱旋入城を果たしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ