第10話 新しい国、新しい愛
一年後。
私は城のバルコニーから、眼下に広がる景色を見下ろしていた。
「……良い仕上がりですね」
思わず職人としての満足げな声が漏れる。
かつて泥沼とあばら家しかなかったこの場所は、今や大陸で最も美しい「白亜の都市」へと変貌を遂げていた。
幾何学模様に整備された石畳の道路。
等間隔に配置された魔石灯の街路樹。
ガラス張りの温室農場からは、冬だというのに鮮やかな野菜の緑が透けて見える。
そして街の中央には、噴水広場を中心とした円形交差点があり、馬車がスムーズに行き交っている。
渋滞なし。汚水なし。スラムなし。
私の理想とした「完全計画都市」が、そこにあった。
「アメリア。ここにいたのか」
背後から、穏やかな声がかかる。
振り返ると、純白の礼服に身を包んだジルベール様が立っていた。
黒い軍服も似合っていたけれど、白も破壊的に似合う。強面だった表情はすっかり柔らかくなり、今の彼を「氷の辺境伯」と呼ぶ者はもういない。
「ジルベール様。準備はよろしいのですか? 今日は貴方の晴れ舞台ですよ」
「俺のではない。俺たちの、だ」
彼は私の隣に並び、手すりに手を置いた。
今日は、この地がサン=クレール王国から正式に独立し、「ヴァルシュタイン公国」となる建国記念日だ。
「……王都からの使者は?」
「先ほど帰した。新王――弟王子殿下は、話のわかる方だったよ。『技術提供をしてくれるなら、過去の非礼を詫び、賠償金を支払う』と頭を下げてきた」
ジルベール様は苦笑した。
あの日、私たちが絶縁を叩きつけた後、王都は文字通り崩壊した。
汚水まみれになった城から貴族たちは逃げ出し、王太子ジェラルド殿下は責任を問われて廃嫡。
聖女リリィは、いつの間にか行方知れずだ(噂では、隣国の富豪に取り入ろうとして失敗し、詐欺罪で投獄されたとか)。
代わりに即位した弟王子は、賢明にもプライドを捨てて、私たちに「インフラ復興支援」を求めてきた。
私はそれを承諾した。
もちろん、ボランティアではない。法外な技術コンサルタント料と引き換えに、私の作った「建設会社」の社員を派遣するというビジネス契約だ。
「民が笑っているな」
ジルベール様が広場を見つめる。
そこでは、新しい国の誕生を祝う人々が、温かい食事と酒を囲んで踊っていた。
彼らの肌は血色が良く、服も清潔だ。一年前、泥にまみれて震えていた姿はもうない。
「アメリア。これが、君の作った景色だ」
「いいえ。私はただ、基礎を固めただけです。その上に生活を積み上げたのは、彼らの力ですよ」
私が謙遜すると、ジルベール様は首を横に振った。
「基礎がなければ、城は建たない。……俺も同じだ」
彼は私の手を取り、その指先に口づけを落とした。
ざわめきが遠のく。
彼の熱い視線が、私を射抜く。
「君が俺の足元を固めてくれなければ、俺はとっくに崩れ落ちていた。……君は俺にとっての『要石』だ」
「っ……」
専門用語!?
不意打ちに、私は顔が熱くなるのを感じた。
「あの、それは褒め言葉として受け取って……?」
「まだ話の途中だ」
ジルベール様は少し照れくさそうに、懐から筒状に丸めた羊皮紙を取り出した。
リボンで結ばれている。
「これを、受け取ってほしい」
「? 新しい用水路の計画書ですか?」
「……開けてみろ」
私はリボンを解き、羊皮紙を広げた。
そこには、精緻なペン使いで、ある建物の「設計図」が描かれていた。
南向きの大きな窓。
子供部屋と思われるスペースが二つ。
広い中庭には、私の好きな作業場まで完備されている。
そして図面のタイトル欄には、不慣れな筆跡でこう書かれていた。
『ジルベールとアメリアの家(本邸) 基本設計図』
「……これ」
「俺が描いた。……君の図面のようには上手くいかなかったが」
ジルベール様は耳まで赤くして、視線を泳がせた。
「アメリア。俺の人生の設計図には、君が必要だ。君という永久構造物を、俺の生涯のパートナーとして組み込みたい」
彼は私の前に跪き、まるで聖遺物を捧げ持つように、私の手を取った。
「耐震性は保証する。俺の腕(基礎)は、どんな嵐からも君を守るためにある。……だから、どうか」
言葉が詰まる。
武人である彼が、精一杯、私の言葉(言語)で愛を伝えようとしてくれている。
その不器用さと、圧倒的な愛の重量に、胸がいっぱいになった。
涙が出そうだった。
前世でも今世でも、私はずっと「作る側」だった。誰かのために環境を整え、裏方として支えるのが役割だと思っていた。
でも、この人は違う。
私自身の居場所を、私と一緒に作ろうとしてくれている。
私は涙をこらえ、ニカっと笑った。
精一杯の、職人としての愛を込めて。
「……設計ミスがありますよ、ジルベール様」
「なっ!?」
彼はショックを受けたように目を見開いた。
「ま、まだ直せる! どこの寸法だ? 構造計算が間違っていたか?」
「いいえ。ここです」
私は図面の「寝室」を指差した。
「ベッドが小さすぎます。これじゃあ、二人で寝る時に狭いじゃありませんか」
「――――」
ジルベール様が、ぽかんと口を開けた。
そして次の瞬間、意味を理解して、顔を爆発しそうなほど赤くさせた。
「そ、そうか……。では、ダブル……いや、キングサイズに変更だ」
「はい。承認します(・・・)」
私が頷くと同時に、ジルベール様が立ち上がり、私を強く抱きしめた。
肋骨がきしむほどの強さ。
でも、痛くない。彼の鼓動が、私の鼓動と重なる。
「愛している、アメリア。……一生、離さない」
「私もです。覚悟してくださいね? メンテナンス費用(愛)、高いですよ?」
彼の唇が、私の唇を塞いだ。
バルコニーの下から、民衆の大歓声が湧き上がるのが聞こえた。どうやら見せつけてしまったらしい。
空は青く、澄み渡っている。
私たちの新しい国。新しい生活。
やることはまだまだ山積みだ。
隣国の街道整備も頼まれているし、新居の建築もしなきゃいけない。子供ができたら、公園の遊具も開発しなくちゃ。
ああ、忙しい。
でも、なんて幸せな忙しさだろう。
私はジルベール様の胸の中で、こっそりと次の計画を練り始めた。
とりあえず、新婚旅行は温泉旅館の貸切で決まりね!
土魔法の追放令嬢による国造り、これにて完工(竣工)。
――本日の現場、異常なし!




