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8ページ目「ハンカチの行方」

 アレックスさんは私たちを見て頷くと、口を開いた。


「翌日目を覚ましたパイクから更にいろいろと聞いたんだが、落ち着きを取り戻したアイツの話を聞くとおかしいコトが出てきた。」


 アレックスさんはそこまで言うと、テーブルに置いてあったお茶を手に取り、一口口にした。

 カップから口を離すと、溜め息と共にこう言ったのだ。


「パイクが言うには、『ゴンザレスさん(おとうさん)は懐中時計を持つコトを許してくれていたし、それで文句を言うコトはこれまで一度もなかった』と。


 『お前もお母さんが突然いなくなったコトに戸惑うだろうから、その寂しさを埋めるために、その懐中時計は肌身離さず常に持ち続けていなさい』って、『きっと天国からお母さんがその時計を通してお前を見守っていてくれるから、大事にしなさい』って言ってくれていたのに、


 本当に突然に、()()()()()()()()()()()()()怒られたってそう言っていた。」


「‥‥‥再婚相手の方に気を遣ったのでは?」


 新しい妻が気を悪くしないように、彼女のために‥‥‥

 再婚したヘレンさんは、当然新しいママである自分を受け入れずに前の母親にいつまでも執心してその形見をいつまでも大事にしているというのは面白くはないだろう。

 

 ゴンザレスさんはそれに気づいてヘレンさんを庇った。言動は褒められたものではないが、そう考えれば納得はいく。


 そう、理屈をこねればこうなるのだが‥‥‥。


 私の意見にアレックスさんは静かに首を横に振った。


「パイクが可哀想で、その日から俺とパイクふたりで捨てられたって言う懐中時計を探したんだ。


 幸い懐中時計はなんとか見つかったんだけど、時計を探してる間にゴンザレスさんの家の方で異変が起こったんだ。」


 サラッと言ったがこの人凄くない?

 失くした懐中時計を探して見つけた??


 後で聞いたんだけど、彼の人脈を活かして聞き込みをしたらなんとか質屋に入れられていた時計に行き着いて、事情を話して返して貰えたらしい。まあここは話の本筋から外れるから余談として割愛しよう。問題はこの後だった。


「パイクを預かって数日。息子が家を空けている間にお父さんのゴンザレスさんが倒れて入院したんだ。

 パイクはずっと俺が俺の家に預かっていたんだけど、ゴンザレスさんの家のご近所さんが知らせてくれて、パイクを連れて慌てて見舞いに行ったよ。」


 話を聞いていた私は顔を引き締める。


「‥‥‥パイクを連れて行かなければよかった。

 一緒に連れていったコトを後悔した。」


 そう呟いたアレックスさんが再び泣きそうな顔をした。





「意識を失くしてベッドに横たわっているゴンザレスさんの姿。‥‥‥ひどくやつれて憔悴していたよ。


 ヘレンさん(奥さん)にひどく詰られたよ。『パイクが居なくなったせいだ。私を苛めてそんなに楽しいのか』って。」


 ヘレンさんはえらく怒鳴り散らして、医師や看護婦がなんとか取り押さえるコトでその場を収めたらしい。


『パイクを返せ!』ってえらい剣幕でわめき散らかしたそうだけど、医師がなんとか宥めてアレックスさんが一緒に彼の家にパイクを連れて帰ったそうだ。


「パイクのやつ、ずっと自分を責めててさ‥‥

 『僕のせいだ。僕が家を出たせいだ。僕が時計を捨てなかったせいだ。』って、えらい追い詰められてる。

 ひどく怯えて、ひどく落ち込んで‥‥」


 アレックスさんが本当に悔いているの伝わる。

 彼は膝に着くくらい頭を下げ項垂れると、乱暴に両手で髪を掻き乱した。


 私は対面の席から立ち上がると、彼の隣に座り、彼の背中をさする。

「パイクくんのせいではありません。

 ましてやアレックスさん、貴方のせいなんかでもあり得ません。」

「けど俺は!

 ‥‥‥俺がパイクを病院に連れていったせいだ。


 いや、それだけじゃない。

 俺がパイクを詰め所に顔を出せよって誘ったせいだ。アイツを両親から引き離したのは俺だっ。

 俺がパイクを傷つけたっ、俺が‥‥‥!」


 私はアレックスさんの手を慌てて掴む。

 強く握り締め過ぎて血が滴り始めていたのに気がついたからだ。


 いきなり手を掴まれたのに驚いたアレックスさんは、俯いていた顔をパッと上げて私の顔を見た。


 そして私の視線で、自身の掌が傷ついているコトにそこで初めて気がついたようだった。


「! すまないっ‥‥‥」


 アレックスさんは慌てて私の手を離そうと動く。

 が、私はガッツリと彼の手を握り離さなかった。


「‥‥離してくれ。キミの手が汚れてしまう。」

「離しません。ケガは放っておくと病気に繋がる可能性があります。

 ────【ヒール】。」


 私は彼の手を握ったまま、回復魔法を唱える。

 以前にも言ったが、この世界に転生してから私は聖魔法が使えるようになった。更に言えば、ハヤテがいなくても魔法を扱うコトは出来る。ハヤテを介せば威力のコントロールが上がるというワケであり、ハヤテがいなければ魔法が使えないというワケではないのだ。


 傷が塞がったと判断した私は、彼の手を離す。


「‥‥申し訳ない。キミの手が汚れてしまった。」


 アレックスさんはすまなそうにそう呟くと、ポケットからハンカチを出し、私の手を拭こうとした。

 けれど私はそのハンカチを彼から貰い、自身の手ではなく、アレックスさんの顔に近づけた。


「‥‥何を?」

「‥‥泣かないで下さい。」


 私は彼の目元から頬をハンカチで拭く。


 拭うのは涙。


 顔をあげたときから、彼は涙を流していた。

 自分が許せず、何も出来ない自分の力のなさを不甲斐なく思ったのだろう。

 けれど彼は、私に言われるまで、自身が泣いているコトに気がついていなかった。


 自身が涙を流すくらい辛い状況。

 それなのにこの人は、私が汚れるコトを気に掛けた。

 更に言えばこの人が涙を流すくらい辛い理由は「パイクくんのため」。

 自分のためではなく。誰かのためにこの人は涙を流している。自分が辛いときに、それでも自分よりも他の人の身を案じられる。


「‥‥情けない。みっともなく泣いてる姿まで見せて。」


 私は首を左右にゆっくりと振った。



「誰かのためにと想って流した涙は尊いものです。誰かを想ってついた傷が汚いなんてコトはありません。


 誰かのために、必死になるその姿を、みっともなく想うことはありえません。


 貴方が懸命に頑張っているコトは、その言葉から、表情から、その姿からきちんと伝わっています。


 もういちど言います。

 悪いのは貴方でも、パイクくんでもありません。


 一番悪いのは‥‥」




 一番悪いのは、霊障をもたらす妖怪だ。

 

 アレックスさんの涙を拭ったときに私にも解った。解ってしまった。

 彼の涙から妖気が感じられる。彼の身体の内側に入り込んだ妖気が、涙とともに出てきたのだろう。身体の外にはほとんど漏れ出てなかったその妖気は、ハヤテには感じ取れたようだが私には感知出来なかった。


 心を弱めた彼が、弱音とともに流し出した涙とともに外に出てきたのだ。そうしてようやく私にも感知出来た。


 そして確信する。


 彼の傍に妖怪がいる。

 アレックスさんが自覚していなくても、彼のすぐ傍に妖気の持ち主がいるのだ。

 すぐ傍にいたから、アレックスさんは妖気を吸い込んだりして体内に妖気を取り入れてしまっている。


 彼の弱気は、或いは妖気の仕業なのかもしれない。厳しい訓練を受けて、資格を手に入れて、犯罪者と戦う警備兵がこんなに弱気になるなんて少しおかしい。

 自分のせいだと自分を追い込んで、弱気になってしまっているのも、ネガティブがオーラである妖気の影響なのかもしれない。


 パイクくんの一家の仲をメチャメチャにして、ほくそ笑んでいる悪意がいる。

 ゴンザレスさんを、ヘレンさんをおかしくさせて、パイクくんを怯えさせて、


 そしてアレックスさんを泣かせた悪意がいる。



 こんな優しい人を、そしてこの人が守りたいと願っている家族の仲を壊し傷つける悪意‥‥‥



「絶対に許せない‥‥‥!」

 彼の涙を拭ったハンカチ、私は無意識に握り締めた。



 

 


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