9、リウーカ学園の教師たち
「バカな……きみは『魔界の顎』に入って、どこかへ跳ばされたはずでは……」
「はい。跳ばされて戻ってきました」
「まさか、一年以上も経ってから帰ってくるなんて、そんな記録はなかったはずだが……」
「あのー、ディシャナ先生?」
「なんだね?」
「とりあえず、いったん外に出たいのですが」
「ん? ああ、そうだな……いや、待て。きみは本当にユーリ・エルヴェディか?」
「どういうことですか?」
「ユーリを装った魔族ではないのか?」
ディシャナはそういって杖を構えた。
その杖は魔道具の一種で、魔法を使うと様々な効果が付与されるようになっている。
ディシャナ自慢の一品だ。
「魔族じゃないですよ。疑うんでしたら鑑定すればいいじゃないですか」
「隠蔽魔法でごまかすとも考えられる」
「ディシャナ先生をごかませるレベルの魔族だったら、とっくに全員殺してると思いませんか?」
「む、いわれてみれば……。では試しに『鑑定』………………うむ、たしかにユーリ・エルヴェディのようだが……」
「わかっていただけたようでなによりです」
「きみの後ろにいるその娘は誰だね?」
ディシャナはエルシーを指さした。
「私はエルシー・リウーカ。ユーリの恋人だよ」
「む……そうか」
「ちょ、エルシー! 冗談はやめてよ!」
「フフッ、なんだか難しい顔で話してるから、ちょっとなごませたかったんだよ」
エルシーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
楽しそうでなによりなんだけど、いつも冷静無表情のディシャナ先生相手にやられると冷や汗が出る。
「たしかに魔族ではなさそうだな」
「え?」
「魔族は冗談などいわないものだからな」
「あ、なるほど」
もしかして、エルシーはそのためにわざと……違うか。
エルシーはいいたいからいった。
それだけだ。
とはいえ、エルシーのことはどう説明したらいいんだろう。
「あの、先生」
僕が悩んでいると、生徒のひとりが声をあげた。
「なんだね?」
「その……私たち、大丈夫なんですか? そのひとたち、魔族じゃないんですよね?」
「うむ、問題はなさそうだが………………」
ディシャナは黙りこんだ。
必死に考えこんでいる様子だった。
やがて口を開いた。
「とりあえず、いったん外へ出よう」
*
迷宮探索の授業は中止となった。
ディシャナは緊急に学園長と相談し、魔法と武術、錬金術、錬丹術、調薬術、工作術の主任教師たちを全員、呼び集めた。
基本的に学園の教師たちは皆、変人だらけで、招集を呼び掛けてもなんだかんだと言い訳をして、応じない者が多い。
だが、今回は違った。
『魔界の顎』で消えた生徒が帰還したというと、ディシャナ以外の五人全員が、即座に校舎の一階にある会議室に集合した。
学園長と教師たちは長机の座席に、僕とエルシーが会議室の中央に置かれた椅子にすわった。
まるでこれから面接されるみたいだった。
「実に興味深い! まさか『魔界の顎』から出てきた人間を、この目で拝むことができるとは!」
興奮気味にいったのは、錬丹術担当のベルク・ガーシュインだ。
年齢は五〇歳くらい。
おそらく、教師の中で一番の変わり者、というより自由人という評判だった。
錬丹術を本格的に学ぶのは二年次以降なので、彼のことはほぼ知らない。
「本当にユーリ・エルヴェディとかいう生徒なのか? 俺はよく知らんが、魔族が送りこんだスパイじゃないのか?」
武術担当のブラム・リーク。
年齢三五歳。
強さこそすべてで、弱者は眼中にない。
かといって、バカにするわけではない。
ただただ意識に留めないだけで、悪意はまったくないのだ。
だから、武術が全くダメだった僕のことは、ほとんど覚えていないだろう。
「少なくとも私の鑑定では、間違いなくユーリ・エルヴェディ本人だった。私より鑑定術の得意な者がいるのであれば、どうか彼を鑑定してもらいたい。私が間違っているのであれば素直に頭を垂れて、責任を取って学園を辞めよう」
「ケイくんがここまでいうんなら間違いないわねぇ」
そういって笑みを浮かべたのは、錬金術担当のリュドミラ・ラーチェ。
年齢は二八歳。
妖艶という表現がぴったりな、奇麗でつかみどころのない先生だ。
ラーチェはディシャナの幼馴染で、本人曰く、すごく仲良しさんらしい。
一方、ディシャナはとても迷惑がっていて、ラーチェの姿を見るとすぐに逃げ出す。
普段、ディシャナは感情をあまり表に出さず、常に冷静で氷のような印象なのだが、唯一、ラーチェの前でだけはキャラを崩されてしまっていた。
「ケイくんは止めろといってるじゃないか」
「ウフフ、ごめんね、ケイくん」
ちなみにディシャナは三〇歳。
年上なのに弟のような扱われ方をしているのは、周囲から見れば不思議で仕方がない。
「ふん、相変わらずいちゃいちゃしおって。場をわきまえろ」
「フフフ、ケイシー、あなたも大変ですね。ドワーフなどに嫉妬されて」
「誰が嫉妬などするか、この糞たれエルフめ!」
「やれやれですね。ドワーフという種族は下品すぎて、見るだけで目が腐り落ちてしまいそうです」
「やめんか!」
学園長のガディン・ネレスが一喝した。
工作術担当のドワーフの男、ディーグと調薬術担当のエルフ女性、シーリアは素直に口を閉じた。
ふたりの喧嘩はいつものことで、学園の生徒は全員、二人の仲の悪さを知っている。
魔法と武術以外は二年次以降に学ぶことになっているので、僕はふたりともどういう人物かほぼ知らない。
年齢も不明。
「ユーリ・エルヴェディ、それと、エルシー・リウーカ……うーむ……。まずはどういうことなのか、きみたちの口から話してもらえるかね?」
学園長がいった。
ちなみに学園長の年齢は六三歳。
どういうひとか、よく知らない。
「わかりました」
僕は『魔界の顎』に入って以降のすべての経験を話しはじめた。