15、今後の計画
まず大前提として、僕が伝説の勇者エルシー・リウーカの能力のすべてを受け継いだことは、基本的にここだけの話にしておく。
「なぜだね? もちろん民衆全員に知らせるのは問題があるだろうが、少なくとも王族や一部の貴族、聖教会、せめて冒険者ギルドには話しておいた方が、きみたちも行動しやすいのではないかね?」
「かもしれない。けど勇者の後継者がいると知ったら、多くのひとが自分たちで闘おうとする前に、ユーリを頼ってしまう。私の時は高レベルの冒険者の中にもそういうひとがいた。それじゃいけないんだ」
「名付きの魔族を越える「災厄の王」たちのような敵を前にしたら、そうなるのは仕方がないのでは?」
「縋られるとちからを奪われるんだ。十万人程度ならまだいい。それが百万、二百万となってくると、さすがに無視できなくなる。強い願望や欲求は、ただそれだけで魔法なんだよ。だから、今度は自分の身は自分で守るという気概を、多くのひとに持ってもらわなきゃならない」
人事を尽くした上で、自分と愛するひとたちを守りたいという思いを託されると、それはちからになる。
だその前に縋られると、逆にちからを奪われるのだ。
もしエルシーが万全であれば魔王を倒せていたかどうかはわからない。
しかし、魔王と闘う前にちからを削がれることは、可能な限り避けたい。
「だから今回は隠しておいて、大陸中がひとつになって闘うという方向に持っていきたいんだ」
その上で、まずはリウーカ学園への復学。
これは各国から留学生が集まる名門リウーカ学園の生徒であることで、ミティラーガ大陸すべての国で、様々な便宜を図ってもらえるようになるからだ。
学園出身者は出世している者が多く、彼らの協力を得やすいのも魅力的だ。
「復学か……しかし一度、退学になった者を復学させるには、相応の実力と有力者の推薦が必要だ」
「実力?」
「いや、もちろんそっちは問題なさ過ぎるくらいだ」
「くだらないなあ。どうにかならないの? 学園を創立したばかりの頃は、いくらでも融通をきかせられたはずだよ」
「昔とは違うのだ。もちろん、今でも王族や貴族にとって、身内から強い冒険者を輩出するのが重要であることに変わりはない。自領の民衆は治めている者が先頭に立って守ることが、支配する者の義務だからな。だからこそ、どの家も子供を冒険者養成学校へ入れたがるし、優秀であれば結婚相手に事欠かない」
学園長はそこでふうっと息を吐いた。
「そのため、リウーカ学園は貴族たちのブランドと化しておる。そうなると、そこに様々な欲望や思惑が絡むようになる。くだらんことだが貴族たちの寄付金で運営が成り立っている以上、規則を無視できんのだ」
「ホントにくだらないなあ。ユーリ、どうする?」
「んー……要は有力者の推薦があればいいんですよね?」
「うむ。ただし、在籍中の生徒の親族以外でだがね」
「だったら、どうにかして推薦をもらわないと……」
「それならいい考えがあるわよ」
そういったのは錬金術担当のリュドミラ・ラーチェだ。
「リュドミラ、聞かせてくれ」
「リュディって呼んでくれないの?」
「そういうのはいいから、早く話せ」
「フフ……それじゃ後でふたりきりの時に呼んでね」
リュドミラはディシャナをからかう機会を絶対に逃さない。
これを生徒の前でも平気でやるから、ディシャナは男子生徒から羨ましがられているだけでなく、尊敬もされている。
「四日くらい前のことなんだけど、エンカーダ伯爵領の森に雑魔が出るようになったらしいのよ。騎士団に退治させたんだけど、そのたびに復活して困ってるって話よ」
雑魔とは完全に形を成すことのできなかった魔物のことである。
普通は魔物であっても、人間や動物、昆虫、植物と同様に、理に適った姿形をしているものだ。
しかし、雑魔は違う。
目や耳、手足等、身体を構成する部分が、あるべき場所にない。
あるはずのものがなかったり、あるはずのないものがあったりする。
雑魔はひとつとして同じ姿形をしたものが存在しない。
彼らの為すことはただひとつ、怒りや飢え、嫉妬等、負の想念に突き動かされるままに、他の生き物を襲い殺し喰らうこと。
「その話は俺も聞いた。あちこちに何匹も出てくるらしいな」
「発生源を見つけてサクッと解決してあげれば、推薦状を書いてくれるんじゃない? 私からもいってあげるわよ」
「だが、復活する原因を調べるのは面倒そうだな」
「あら、それは大丈夫よ。だって、調べるのは伝説の勇者エルシー・リウーカの後継者なんだもの。でしょ?」
リュドミラは妖艶な流し目を僕に送ってくる。
「は、はい。大丈夫だと思います……」
僕は少し顔を赤らめてしまう。
それを見て、リュドミラがクスッと笑う。
すると、エルシーがこっそり僕に手を伸ばして、脇腹の辺りをつねった。
「痛っ! なに、エルシー!?」
「じゃ、それで決定! ってことで次!」
エルシーがちょっと怒ってる。
なんで!?
まあ、それはともかく――。
最後はリウーカ学園に復学後、各国の情報に注意し、高レベルの魔族の出現に備えること。
「私が復活したことで封印のちからが弱まっているから、自然と地上世界に対する魔王の影響力も強くなってる。百年前だと、最初は魔族の数や出現する回数が各地で増えはじめて、少しずつ強さのレベルも上がっていった。やがて名付きの魔族があらわれて、有力貴族を操ったり、成り代わったりするようになった。次に「災厄の王」が四体、順に誕生し、最後に魔王があらわれた。これが約五年の間に起こったんだ」
「それと同じことが今、ミティラーガ大陸全土で起ころうとしています」
「…………とんでもないことを、さらっといってくれるな。しかし、魔王が近いうちに復活するのであれば、そうなるのが当然か」
「で、魔族の活動が活発になるのはいつ頃からなんだ?」
「もうはじまっているかもね」
「「「「「「「!?」」」」」」」
エルシーの言葉に、教師たちの顔が強張った。
「エンカーダ伯爵領の雑魔も、そのあらわれかもしれません」
「大げさにいってないか?」
「ならいいんですけど……」
「期待はしない方がいいと思うよ」
「それでも、きみたちのことを誰にも話してはいかんのかね? せめて、各国の王族と有力貴族のごく一部、それに各ギルド長にも教えておいた方が……」
「ダメだよ。そんなの隠しておけるとは思えない。必ずどこかで情報が漏れる。本当は誰にもいいたくなかったくらいなんだから」
「勇者の誕生と魔王の復活、魔族の侵攻なんて聞いたら、権力争いに忙しい貴族たちが、陰でいろいろ動くだろうしな」
「中にはわざと情報を漏洩させる者も出てくるかもしれんか……」
「しかし、隠しておくとなると、それはそれで後々やっかいなことになりそうだが」
「その頃には魔族の対応で大陸中大騒ぎになってるんじゃない?」
「うむ、かもしれんな」
「話はわかってもらえたかな? まあ、まだ私がエルシー・リウーカで、ユーリが後継者ってことを納得しきれてないひともいるだろうけど、それはこれからの魔族との闘いで証明していけばいいだろうし……」
エルシーは僕を見た。
「さっさとエンカーダ伯爵とかいうひとのところへ行っちゃわない? サクッと魔族を退治して推薦状を書いてもらってこようよ」
「うん、それに一度、実家に帰って僕の無事を皆に知らせたいしね。ってことで、行ってもいいですか?」
「む……」
学園長がキョロキョロと教師たちを見て意向をたしかめてから、
「かまわん。わしの方からきみたちが行くことを、エンカーダ伯爵に伝えておこう」
「ありがとうございます」
僕とエルシーは立ち上がった。
「エンカーダ伯爵領は、たしか北部ディア山脈の手前でしたよね?」
「ああ」
「だったら、麓の寂れた山林修道院の地下に行けるね」
かつて勇者だったころ、エルシーはミティラーガ大陸各地に、転移魔法用の魔法陣を描いてまわった。
迷宮や修道院、洞窟等、人里離れた場所や都市にある教会、村の外れ等にも描いた。
魔法陣は気で描いているので、目には見えない。
発動して初めてその姿をあらわすようになっている。
「それじゃ早速行こうか」
僕は手を差し伸べた。
エルシーの柔らかな手が、僕の手をそっと握りしめた。
すでに魔力をエルシーと共有している。
今の彼女が扱える魔力量は、名付きの魔族を倒せるレベルだ。
僕は脳裏に魔法陣を描いた。
「『転移』」
僕とエルシーの足下に魔法陣が浮かびあがった。
次の刹那、僕らは会議室から姿を消した。




