12、リーク先生との決闘
「まいったなあ……こんなことになるなんて思ってもみなかったよ」
「フフッ、ホントきみは天然だよね。私はわざとあの脳筋先生を挑発してるんだと思ったよ」
「そんなことするわけないじゃないか。喧嘩なんか一度もしたことないのに」
「おい、なにをしている! いちゃいちゃしている暇があったら、さっさと来い!」
「は、はい! ……それじゃ行ってくるね」
「うん、軽ーく捻ってやってよ」
僕は急いでリークの許へ駆け寄っていった。
「なんであの落ちこぼれがあんな可愛い娘を連れてるんだ?」
「くそっ、羨ましい……」
「もしかしてサキュバスじゃ……」
「「「「「「それだ!」」」」」」
「そんなわけないだろ!!!」
生徒たちが妄想を膨らませていたので、思わず突っこんでしまった。
まったく、伝説の英雄に対してサキュバスだなんて……。
などとやってる間に、リークの前まで来た。
五メートルくらい離れている。
「武器はどうする?」
「えっと………………素手じゃダメですか?」
「素手? 別に構わんが……なぜだ? 一年次の授業では剣術を中心に教えたはずだが」
「まあ、ディシャナ先生の治療術があるから問題ないですけど、できることなら酷い怪我は避けた方がいいですから」
「ふふん、斬られるのが怖いか?」
「あ、いや、僕じゃなくてリーク先生に怪我させたら悪いですから……」
そういったとたん、リークの額に青筋がビキビキッ、と音が聞こえそうなくらい浮き上がった。
「アハハハハハッ! ユーリ、きみのその優しさ、大好きだよ!」
エルシーが大笑いしながらいった。
それがさらにリーク先生の青筋の数を増やした。
「え、エルシー、煽っちゃダメだよ、そんなつもりないんだから! す、すみません先生、気にしないでください」
僕は慌てていった。
「すげぇ。あいつ、リーク先生を挑発してる……」
「大好きだよっていわれてる……」
「死んだぞ、あれ」
「俺もあんな娘に好きっていわれたい……」
「ユーリの奴、『魔界の顎』に入っても死ねなかったからって、今度はリーク先生に自分を殺させるつもりじゃないか!?」
「あのユーリがあんな可愛い娘に……許せねぇ……」
「血の雨が降るな」
生徒たちのざわめきがどんどん大きくなる。
教師たちは青ざめている者、難しい顔をしている者、笑っている者等々、様々だった。
ていうか、リーク先生以外にも僕に怒ってるひとが増えてる気がするんですけどー!?
「……いいだろう。素手でやってやる。素手喧嘩最強がどちらか、今ここで決めようじゃないか」
リークは静かにそういい放った。
背景に、ゴゴゴゴ、という効果音でも背負っていそうな雰囲気だ。
素手喧嘩最強とか、もうわけがわからない。
「あ、ありがとうございます」
ともあれ、素手でやることになってよかった。
本当に怪我をさせたら可哀想だもんね。
ディシャナが僕らに歩み寄ってきた。
「私が立ち合いを務める。決着はどちらかが気絶するか立てなくなるまで、あるいは負けを認めるかのいずれかで決める。それで良いか?」
「俺は一向にかまわん」
「はい」
「強化魔法はどうするのかね?」
強化魔法とは、身体能力や攻撃力、防御力等を向上させる魔法のこと。
相手は人間ではなく魔族を想定しているため、武術をやる上で強化魔法は必須。
なので、近接戦闘を担当する武術系冒険者は、基本的に誰もが強化魔法を使える。
当然、リークも強化魔法を使える。
それもディシャナ並に――。
「おまえにできる最大の強化魔法をかけてやれ」
「リークはどうするんだ?」
「俺も同じだ。そうしなければ、また嘗めた口をきかれてしまいそうなんでな」
リークは僕をギロッと睨んできた。
もう完全に嫌われちゃってる……。
この分じゃ、僕が勝ってしまったらどうなっちゃうんだろう。
心配だけど負けるわけにはいかないしなあ……。
上手いこと接戦を演じてみるとか……うーん、さすがに気づかれるよなあ。
どうしようかなあ……。
「了解した。ユーリはそれでいいかね?」
「あ、なんでもいいです」
考えごとをしていたせいで、無意識にそんな返事をしてしまった。
ビキキキキイイイッッッ!!!!!
リークの青筋と背中のゴゴゴゴ、がとんでもない量と大きさになった。
「ユ、ユーリ! 今のはいくらなんでも……」
「す、すいません! 考えごとをしていたので、つい……あ、あの、僕も同じレベルの強化魔法でお願いします!」
慌ててそういったけど、リーク先生の青筋とゴゴゴゴ、は収まってくれなかった。
「わ、わかった。リークの分も俺がやるぞ、いいな?」
ディシャナは返事を聞く前に、僕とリークに強化魔法をかけた。
強化されたのは攻撃、防御、敏捷性、持久力だ。
ディシャナはかけ終えると、僕とリークから少し距離をとった。
「では……はじめ!」
僕とリークの決闘がはじまった。
ざわめきが少しずつ静まっていく。
リークは両手を前にかまえ、重心を丹田に据えた。
当たり前だけど、リークは強い。
元は高名な武術系冒険者で、パーティーを組んで何体もの名付きの魔族を倒している。
人型魔族・グルヌイユとの死闘は、吟遊詩人によって唄われているくらい有名だ。
そのリークの本気を観ることができる。
これは誰にとっても得難い経験だ。
なのに……。
「ユーリ、もう面倒だから、さっさと倒しちゃってよ!」
エルシーが暢気にいってくれる。
もしかしたら、リーク先生をからかってるのかな?
……いや、エルシーはそんなことしない。
本当に面倒だと思っているんだろう。
それもそうだよね。
僕だけならまだしも、エルシーも見世物みたいになっちゃってるもんなあ。
そう考えると、少しリークに腹が立ってきた。
だからといって、本気ではやらないけど。
それはともかく……。
「あの、リーク先生?」
「決闘中に話しかけるな。それとも、会話で俺の心を乱そうとでもしているのか?」
「いえ、そうじゃなくて……気が乱れてますよ?」
「気が? バカなことを。俺の気の操作は完璧だ」
「どこがですか? 流れが速かったり遅かったり、途切れてるところもあるし……」
「くだらん嘘を吐くな!」
「ユーリ、いっても無駄だよ、そのひとは自分の身体の気の流れを把握できてないんだ」
「ええっ、そんなはずないよ、だって、リーク先生なんだよ? 気の流れの把握なんて、基本中の基本じゃないか」
「その基本中の基本をマスターできていないんだから、しょうがないんだよ」
「ええー」
名門・リウーカ学園の教師が、基本をマスターしてないわけがないじゃないか。
やっぱりエルシーはリーク先生のことをからかってるのかなあ……。
と思ったけど、リークの様子見ると、相変わらず気が乱れている。
エルシーのいうとおりなのかな……でも、それだとあまりにレベルが低すぎ……。
「いちゃいちゃタイムは終わったか?」
リークが静かにいった。
冷静なようだけど、気の乱れがさっきより大きくなっている。
怒りが増しているみたいだ。
「あ、すみません」
とりあえず謝っておいたけど、どうもリークは僕とエルシーの仲を誤解してるっぽいなあ。
別に付き合ってるわけじゃないのに。
もちろん、そうなれたらいいなと思わないでもないけど、でも……。
などと考えていると、リークがかまえを解いて、全身脱力した状態で無造作に歩み寄ってきた。
「面倒くさいのは好かん。一瞬で終わらせる!」
「あ、気の流れが良くなりましたよ。やればできるじゃな……」
次の刹那、リークは一瞬で間合いを詰め、真正直な正拳突きを、僕の顔面目掛けて放ってきた。
真正直といっても音速を超える一撃だ。
しかも、さりげなく左足で僕の左足甲を踏みつけて逃げられないようにしていた。
ゴッ!
鈍い音が鳴り響いた。
たぶん、生徒たちのほとんどが、なにが起こったのか理解できなかったと思う。
「マジか……」
そう呟いたのは、武術担当のドリス・ネルムだった。
「ユーリ、お疲れさま」
「ありがと、エルシー。っていっても、全然疲れてないけどね」
僕はリークに背を向けて、エルシーの許へ歩いていく。
「お、おい、ユーリ、なにをやって……」
「あ、ディシャナ先生、早く治療魔法をかけてあげてください」
「え? それはどういう……」
最後までいい終わる前に、リーク先生がドサッとその場に倒れた。




