その4
「誤解のないように言っておくけど、僕は別に君を困らせるつもりはないんだよ。勿論、君を退治しようなんてことも思っていないから」
「ああ? お前が俺を退治だと? やれるもんなら」
「だからやらないと言っているんだよ。怖いなあ、そんな顔、しないでくれよ」
あっけらかんと笑うアリーに、渋い顔をしつつもアルシュは言った。
「それで、記事にしたいとかなんとか言っているが、お前はこれ以上何を知りたいというんだ?」
「そうだな。どうだろう、このお城の中を見せて貰うことは出来ないかな?」
「何だと」
「君の日常を見てみたいんだ」
「そんなもの、知ったところでどうなる? お前ら人間は想像たくましくおかしなことを考えているのだろうが、別に人間の生活とそう変りはしないぞ」
「そこさ」
ぱちりと指を鳴らすとアリーは言った。
「僕はね、人間の魔族に対する過剰な偏見を減らしたいと思っているんだよ。確かに人間を害する邪悪な魔族もいるがそうじゃない魔族もいる。君たちの日常や考え方が人間と大して変わらないと判れば人間が魔族に対する見方も変わると思うんだ。だから、知りたいんだよ」
「だめだ。お前ら人間にこの城の中の構造が知られたら、手薄な所を狙ってたちまち奇襲をかけてくるだろうが」
「ああ、なるほどね。警備の問題もあるわけだ。それじゃあ、当たり障りのないところまででいいよ」
「……当たり障りのないところだと?」
難しい顔をするアルシュにアリーはあっさりと提案した。
「君の部屋を見せてくれないかな。書斎なんてものはないの?」
「はあ? そんなものが見たいのか?」
「本棚が見たい。蔵書というものはその人の本質を語っていると僕は思うんだ。君は見たところ、知的だ。何冊か所持しているだろう?」
「お前、魔族を馬鹿にしているだろ」
「そうじゃないよ。あ。そうだ」
「何だ。まだあるのか」
「君って、日記とか付けてないの?」
「ない!」
言下にアルシュは言った。
「そんなものは断じてない!」
「ふうん。そう」
目を細めて疑い深くこちらを見るアリーの視線を振り払うようにアルシュは怒鳴った。
「わ、判った、書斎を見せてやる。だが、勝手に物に触るなよ! いいな!」
「判ったよ。しかし、そうなるとカメラが無いのが残念だなあ」
「あれ、アリーさんって記者なのにカメラ持ってないんだ」
「うーん。うっかり壊してしまって、それ以来、持ってないんだ」
「へえ……」
もの問いたげな光の勇者に軽く微笑みかけて、アリーは改めてアルシュに言った。
「それじゃ、書斎でもう少し話を聞かせて貰えるとありがたいな」
「判った。早く済ませて、早くこの島から出て行ってくれ」
「そんなに追い出したいのかい? つれないなあ」
苦笑するアリーに光の勇者も同調する。
「でしょう? 彼ってつれないんだよ。でもそこがまたいいんだよねえ」
「光の勇者。その性癖はあぶないぞ、その歳で」
「えー、だって」
「お前ら、うるさいぞ! 変なことで盛り上がるな! 行くぞ!」
いきり立ってアルシュが部屋を出て行こうとすると、侍女が先回りをして扉を開けながら言った。
「アルシュさま。私が先に立って案内いたします。勇者さまの光に当てられて大変なことになる者もおりますので。ええっと、何と言いますか、そう、露払い致しますね」
「……ああ、そうだな。判った」
こうして侍女を先頭に、アルシュとアリー、その後ろを光の勇者が付いて書斎に向かうべく城の廊下を歩くこととなった。そんな奇妙な行列が角を曲がった時、不意に侍女が明るい声を上げた。
「あら、アストラさま。アルシュさまに御用ですか?」
「お。これは」
アストラと呼ばれたのは見上げるほどの大男で、彼はいかつい顔にふと笑みらしきものを浮かべると、行列の最後尾を見て言った。
「やはり、光の勇者どのだったか。気配を感じたのでもしやと思い参上した」
「あ! アストラ!」
転がるように前に出て、光の勇者はアストラに駆け寄った。
「久しぶりだね、元気だった?」
「勿論だ。貴殿も元気そうでなにより」
「……おい、アストラ」
彼らの様子をアルシュは腕組みし、顔を強張らせて言った。
「お前ら、いつの間にそんなに親しくなったんだ」
「あれ? 知らなかったの? 一度、剣を交えてから友情が生まれたんだよ。ねえ?」
うむと深く頷くアストラに、アルシュはふるふると肩を震わせる。
「アストラ、お、お前……なに勇者と仲良くなってんだ」
「あら、アルシュさまだって、光の勇者さまと」
言いかけて、侍女は慌てて口を閉じた。
「ええっと、書斎に行くのでしたね」
「そうだ。おい、アリー。こっちだ、来い」
不機嫌そうに大股で歩くと、アルシュはひとつの扉を開けた。光の勇者がアストラとの歓談に夢中なのを見て取ると、アリーの腕を引っ張って彼を部屋の中に押し込んだ。
「あ、光の勇者はいいのかい?」
「構わん。あいつがいるとややこしくなる。お前もそこで待て」
アルシュは一緒に入ろうとする侍女を止めると、扉を閉め、アリーに向き直った。
「ここが俺の書斎だ。満足か」
「うん。なかなかいいね。落ち着く部屋だ」
薄暗い書斎は埃っぽく、お世辞にも感じの良い部屋とは言えなかったが、アリーは楽しげに部屋の中を見回した後、壁際に並ぶ本棚を興味深く眺めた。




