その5
「この書籍は君の趣味?」
「元々は人間どもの持ち物だ。それが色んな事情でここに集まってこの本棚に収まっている。人間自体はろくでもないが、人間が生み出した書籍というものは捨ててしまうには惜しい」
「やはり君は知的だね」
「そんなことはどうでもいい。それで聞きたいこととは何だ? それが終われば光の勇者ともどもさっさと島を出て行けよ」
「はいはい。判りましたよ。……ねえ、秘密にしたいことってさ」
アリーは窓を背にして立ち、黒革の手帳と金の万年筆を上着の内ポケットから取り出しながら言った。
「どんなに外部に漏れないよう気を付けていても、どこからか漏れてしまうものなんだよね。で、それは一度、漏れてしまうと噂となって風に乗り千里を走る」
「……何を言っている?」
「そんなこともあるかなってハナシ。気を付けないと噂は侮れない。……さて、それじゃあ、折角二人きりになれたんだから、はっきりとしたところを聞かせて貰うよ」
アリーは真摯な表情でアルシュをみつめた。
「君は光の勇者と結ばれる気はあるの?」
「……な、何!」
「それとも、既に結ばれちゃった後?」
「なわけあるか!」
「なんだ、つまらないな」
「お、お前なあ」
「魔族と勇者の恋、なんてさ、前代未聞の大ロマンスだ。これは大きな話題になる。で、どうなの? 結ばれるの?」
「……そんなこと不可能だろうが。魔族と勇者がどうにかなれると思うのか、お前は」
「不可能とか、可能とか、僕はそんなことは聞いてないよ。僕が聞いているのは君の気持ち。光の勇者は本気のようだけど、君はどうなのかってこと?」
「俺の気持ちだと?」
アルシュは何か言おうとしたが、次の言葉が出てこない。
光の勇者をどう思っているのか。
それは誰にも触れられなくて、今までずっと見て見ぬふりをしてきた気持ちだったからだ。それを真っ直ぐに突きつけられて、アルシュは大いに困惑した。
「そこが僕の一番聞きたいことなんだ。そのために危険を冒してここまで来たといってもいい。だから答えてくれないかな? 立場も性別も種族もすべてを超越した愛があると、君が、君たちが、僕たち人間どもに証明してはくれないだろうか」
「そんなこと……どうして俺が……」
「君たちみたいに身分違いどころか、同性や異種に恋して、苦しんでいる者はこの世界にはたくさんいるよ」
「だから何だ。そういうものに偏見を持っているくせに何言いやがる」
「確かにそうだ。だけど、僕にも少しぐらい判ることはある。本気の恋愛ってものはコントロールが効かないってこと」
「何だと?」
「恋に落ちるというのはさ、理屈じゃない。ただ好きになっただけなんだ。
相手が同性だから好きになったわけではないし、異種だから好きになったわけでもない。恋愛なんて何にも思っていないのに、ある日突然出会ってしまって、そして心臓を撃ち抜かれたように相手の虜になってしまう。それが恋だよね。
それを非難する権利なんて誰にもないってこと。君なら判るでしょ? 君と光の勇者はまさにそうだものね?」
「そ、そんなわけ……!」
「まあ、聞いてよ。君たちのように、異種の上に同性同士だと風当りはより強いよね。同性同士で添うたところで子孫を残すことは出来ない、何も生み出さない関係は不毛だってわけ。けれど僕は思うんだ。何も生み出さない、何もない関係だからこそ、その愛の純度は高いんじゃないかって。
家柄がどうとか、血筋がどうとか、何かと比べて損とか得とか計算するような駆け引きは一切ない。それこそ純粋な愛だって。……なのにそれを貶め、差別する輩は必ずいる。しかもそれらは根深いときている。
僕はそういうおかしなものを減らしたい。だから、書く。書くことで、そういうおかしなことを減らせるのなら死ぬまで書き続けてやろうと思っているんだ」
「……何を勝手に盛り上がっているんだ。まったく、よく喋る若造だ」
「僕の信条を判っていただけたようで嬉しいよ」
「誰が判ったって言った……!」
むっつりとして胸の前で腕組みをするアルシュを好意的に眺めてアリーは言葉を続けた。
「そういう目をしているからさ。さて、質問を続けるよ。君と光の勇者が恋人関係にあるということは認めるんだね?」
「認めてねえよ!」
「ええっと。それで君は光の勇者のどこに惹かれたんだっけ?」
「どこにも惹かれてねえ!」
「ええっと、それで」
「ちょっと待て! お前、少しは俺の話を聞け! 勝手に進めるな!」
「何か問題でも?」
「いいから、その万年筆、一旦、止めろ!」
アリーの手帳の上を滑るように進む万年筆の動きはアルシュをただ苛立たせた。
「止まらないよ。この万年筆は僕の身体と心の一部だもの」
「お前、いい加減にしないと叩き斬るぞ」
腰の剣に手をやり威嚇するアルシュに、アリーは柔らかく微笑んだ。
「叩き斬る、か。僕はどうやら人を苛立たせる天才のようだ。僕を相手にする人はみんな最後には怒り出してしまうんだよね」
「……そうやって怒らせて本音を引き出そうという作戦じゃないのか」
「そういうつもりはないんだけどね。君みたいな魔族まで苛立たせるのだから、これを天才と言わず何と言おうか」
「知るか」
アルシュは戦意も殺意も喪失して、書斎のソファーにぐったりと座り込んだ。
「それで?」
「それで、とは?」
「そろそろ本題と行こうじゃないか、アリー」
「本題ね」




