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その1

 揺らめく海面を船上から頬杖をついて眺めていたアリーは、さっきから気になっていた存在にちらりと視線を投げた。

 金の波打つ髪にあどけない緑の瞳をした少年は、皮鎧を身に着け、旅用の分厚いマントを羽織っている。腰に差している剣は布を巻いて隠しているが、それがただの剣でないことは布から滲み出ている光が証明していた。

 聖剣か。

 幼さの残る彼の面差しに、アリーは小さく溜息をついた。

 ……まだ子供ではないか。

 最近は若年層が勇者に選ばれる傾向が強いと聞いている。確かに未来を考えれば若い者が選ばれる方が良いのだろうが……しかし勇者の重荷を背負わせるには少し若過ぎはしないか。

 不意に金髪の少年がアリーの視線に気が付いてこちらに顔を向けた。

「そこ、寒くないですか。もう日が暮れますよ」

 屈託なく微笑みながら少年が話しかけてきた。あまりに無防備なその様子にアリーは拍子抜けする。

「あ、いや。君こそ平気かい? 客で甲板にいるのは我々だけのようだ。足元も暗くなる。そろそろ客室に戻ってはどうかな?」

「僕はここでいいんです。後、少しで目的地に着きますから、落ち着かなくて客室にいられないんですよね」

「目的地とはクレモナかい?」

「はい。一旦、そこに上陸しますが、またそこから小舟を借りてある島に行きます」

「なるほど」

 ふっとアリーは唇の端を上げて笑った。

「どうやら目的地は同じようだな」

 その言葉に、少年の緑の瞳が警戒するように眇められた。

「あの、お兄さんの目的地って……」

 アリーはすっと、暗くなりつつある空の彼方を指さした。

「ここよりずっと彼方に『死の島』と呼ばれている島があるそうだ。そこに行きたいんだよ」

「死の島に……」

「君の目的地もそうだよね?」

「そこに行って何するの?」

「そうだなあ」

 アリーは不敵に笑うと言った。

「君たち次第、かな?」

「……僕のことを知っている?」

「君は、僕の見立てでは……光の勇者、だね? 死の島の王、悪鬼アルシュの想い人……で、間違っていないかな?」

「間違っているよ」

 ふわりと笑うと光の勇者は言った。

「僕の片思いに近いから。彼の想い人とは言えないんだ、残念だけど」

「へえ、そうか。本当に勇者が魔族に恋をしているんだ。それは面白い」

「人の恋路を面白がらないでくれる?」

 嬉しそうなアリーを上目遣いに見て、光の勇者は言った。

「それで、お兄さんは何者?」

「僕は」

 懐に手をやったアリーはすっと一本の万年筆を取り出した。

「それは……ペン?」

「万年筆だよ」

 金色をしたその上等そうな万年筆をアリーは眩しそうにみつめながら言った。

「僕はとある雑誌の記者なんだ」

「……記者?」

 アリーは、にっこり笑う。

「僕は『死の島』に君たちのことを取材しに来たんだよ。魔族が本当に勇者と恋仲になれるのか……これはすごいスクープだ。同性婚だけでなく、異種婚のありかたにも一石を投じる出来事だと思う」

「異種婚って……」

「君だって知っているだろう、頑なに同性婚、異種婚を否定する国もある。純血がどうとかってな。だがそういった自由な恋愛や結婚を認めている国も今は徐々に増えてきている。君たちの存在がそれを更に加速させるかもしれない。

 ねえ、光の勇者。君とここで知り合えたのも何かの縁だ。どうだろう、協力して貰えないかな」

「協力、ですか」

「ああ。『死の島』へ同行させてくれ。君が一緒なら僕も簡単に、そしてなによりも安全に島に入ることが出来るだろう? 記者魂を燃やして、なんとかここまで来たけれど、正直言うと少しびびっているんだよね」

「それはそうでしょうけど……」

 ううむと光の勇者は考え込む。

 この人をひとりで島に行かせて危険なことをされても困るな。

 一緒に行動した方がいいかもしれない……。

「判りました。一緒に行きましょう」

「そうか! ありがとう!」

 飛び跳ねるように喜んだ後、彼は片手を光の勇者に差し出した。

「僕はアリーだ。よろしく頼む」

「はい……」

 苦笑まじりで光の勇者はアリーと握手をした。

「あの、でも島に着いたら勝手に動き回らないでくださいよ。命の保証はできませんからね」

「判った、判った。では、お近づきの印にひとつ情報を進ぜよう」

「え? 情報って?」

「どうやら『死の島』に今、ひとりの勇者が向かっているらしいぞ。それも実は楽しみにしているんだ。派手な記事が書けるかもしれない」

「派手な記事って……いや、それよりその勇者って誰のことですか? 僕以外の勇者ってことですよね?」

「勿論だよ。誰だか判らないっていうのも面白くないか」

「……面白くないですよ。その勇者は何しに死の島へ来るんですか?」

「それは勿論、アルシュを退治するためだろう」

「……そんなことさせません」

 むっとして、光の勇者は言った。

「彼には指一本、触れさせません。僕のものなんだから!」


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