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その1

 店に入るや否、グラントはぐたりと席に着き、テーブルに顔を伏せた。

「あー、腹減った。しかも疲れて眠い。もうちょっとで死ぬ」

「人の店で勝手に死ぬな」

 黒のロングタブリエを付けた青年がうんざりとそう言うと、グラントの前に水の入ったグラスを無造作に置いた。

「喰うのか寝るのか死ぬのかはっきりしやがれ」

「……喰う」

「ご注文は?」

「なんでもいい。すぐに腹に入るもの。この際、乾パンでもいい」

「ふざけんな。ここは料理屋だ。乾パンは料理じゃねえ。乾パン喰いたきゃ乾パン屋に行きやがれ」

「……もう、うるさい人だなあ」

 グラントはそろそろと顔を上げ、傍に立つ青年を見上げた。そしてはっと目を見開く。

「え? あれ? 女の人、じゃないよね?」

「男だ。それ以上、容姿のことを言いやがるとぶち殺す」

「……言いません。ぶち殺すのはやめて」

「やめてやる。で、何が喰いたい?」

「あ、ええっと。温かいものがいい、かな」

「判った。待ってろ」

 ぶっきらぼうに言うと、青年はとっととカウンターの奥にある厨房に戻って行った。そのほっそりとした背中を見送りながら、グラントは自分の耳を覆っているヘッドフォンを少しずらしてみる。途端にわあんと嫌な音がなだれ込んできて、彼は慌ててヘッドフォンを元に戻した。

 やっぱ、だめだ。

 どうしても慣れない。

 自分を落ち着かせるためにグラントが深呼吸をしていると、先ほどの青年がトレイに白い陶器のボウルを乗せて戻ってきた。

「ほら」

 どんと重量級のボウルが目の前に置かれる。中を覗きこむと、色とりどりの野菜と大きな肉片がたっぷりと入った琥珀色のスープだった。

「うわ。うまそう」

「うまいに決まっている。俺が作ったんだ。とっとと喰いやがれ」

「あ、はい」

 苦笑しつつ、グラントはスプーンを手に取った。

 まずはあふれんばかりのスープを掬って口に運ぶ。野菜と肉からしみだした甘さが優しく舌を包む。塩味もほどよく利いて汗をかいた体に丁度いい。

「うま!」

 目を見開くグラントの様子に微かに青年は微笑んだ。

「しっかり喰え。子供がそんな青白い顔をしているのを俺は許せない」

「青白い、かなあ?」

 グラントは不思議そうに自分の顔を片手でなでた。

「そういえば最近、たいしたもの喰ってなかったから」

「子供が何を言っている。大人になれんぞ」

「ああ、そうだね」

 気の抜けた笑い方をして、グラントはにんじんと思しき野菜の欠片を掬い上げた。

「元々、大人になる予定はなかったから、なれなくてもいいんだけど」

「あ?」

「ごめん。どうでもいい話でした」

 陽気に言って、にんじんを口に放り込む。

「おお、スープが染み込んで絶妙にうまい! お兄さん、料理の天才だね」

「……恐れ入ります」

 褒められることに慣れていないのか、青年は微妙な表情になると、ぎくしゃくとした歩き方で厨房に戻って行った。

 グラントはそれをにこにこ笑って見送った後、スープを食べることに専念した。

 そうしてボウルの中身を半分ほど平らげると、グラントは静かにスプーンを置いた。

「ごちそうさま」

「おい、そこの子供!」

 顔を上げると、カウンター越しに怖い顔で青年がこちらを睨んでいる。グラントはぎくりとして思わず「はい!」と良い子の返事をしてしまった。

「まさか、それで終わらせる気じゃないだろうな」

「え? あの、もうお腹いっぱい、かなって」

「残っている」

 カウンターから出てくると、青年はつかつかとグラントに歩み寄った。

「うちの店は、お残し厳禁だ」

「お残しって……?」

「料理を残すなと言っている。何だ、うまいと言っておきながらこんなに残して」

「え……。うまいのは本当だよ」

「なら、なぜ最後まで喰わない?」

「いや、だから、お腹いっぱい……」

 じっと青年に上から睨まれて、グラントは小さく息を吐いた。

「なんか、疲れるんだ」

「ああ? 喰うことが、か?」

 こくりとグラントは頷いた。

「たくさん喰わなくても、空腹がおさまればいい。そう思う」

「お前、いくつだ?」

「えっと、確か十六、かな」

「なら、喰え」

「それって、成長に必要とかそういう話になる?」

「そうだな。お前が五十過ぎの大人なら、その位の量でも構わんが、十六の子供ならこれから体が大人になっていくんだ。そのための栄養が必要だろうが。空腹がおさまればいいということじゃない。喰わないと大きくなれませんよ、という奴だ」

「大きく」

 グラントは無表情にその単語を繰り返し、じっと自分の細い腕を見た。

「大きくとか、大人とか、そういうの、疲れる」

「……おい」

「ねえ、お兄さん」

「何だ」

「もう気付いているよね? 僕、勇者なんだよ」

 グラントはそう言うと、自分の背中に差している一振りの剣を指さした。白い布でぐるぐる巻きにされているそれは、よく見ないと剣だと判らない。

「これ、聖剣なんだよ」

「そうか」

 青年は胸の前で腕を組むと言った。

「それで、俺を斬りに来やがったのか」


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