23話 アピウムと再会
僕の名前を呼ぶのは誰だ?
声がした方を見たら、そこにいるのはアカデミー時代の友人だった。
「君は、アピウムじゃないか。どうしてこんなところに?」
「それを聞きたいのは私の方だ。だがその前に」
アピウムは、婦人と婦人に抱かれている子どもに視線を移した。
「ご婦人、お子さんにケガはないですか?」
「いえ、そちらの方に助けていただいたので、大丈夫です。それよりも、申し訳ございませんでした。息子が急に飛び出して、貴族様の馬車を停めてしまいました。どうお詫びすれば良いのか……」
「いや、詫びは結構だ。お陰で、友人に再会できた。これは礼だ。とっておきなさい」
アピウムは、幾ばくかの金銭を夫人に握らせた。
「アスラス、こんなところで立ち話もなんだから、移動しながら話そう。ところで、君の荷物は?」
言われて、僕は周りを見回したが、それらしき荷物はどこにもなかった。
「どうやら、荷物は持っていなかったようだな」
「そうか。じゃあ、乗ってくれ」
僕はアピウムの馬車に乗った。
気になって内ポケットを見たら、財布が入っていたが、小銭が少し入っていただけで、ほぼ無一文だった。
外ポケットを探ったら、小さな箱が入っていた。
ずいぶんと小さい箱だな。いったい何が入っているんだ?
蓋を開けて中身を見たら、とても自分の物とは思えない物だった。
いったいどうして、こんなものを僕は持っているのだろう?
アピウムはグラレンス伯爵の長子であり、アカデミー時代の友人である。
非常に優秀な成績を修め、それを買われて、宰相補佐の仕事に就いた。
卒業してから二年後に、僕がキャロル様と婚約して王宮に通うようになると、時々顔を合わせるようになっていた。
「アスラス、君はいったい、ここで何をしていたんだ?」
アピウムは僕に尋ねたけど、僕が聞きたいくらいだ。
「実は、僕もわからないんだ。さっき、子どもを助けた後、見慣れない町にいることに気が付いたんだ。」
「では、君が覚えている一番最近の出来事は?」
アピウムに聞かれても、すぐには思い出せなかった。
なんだか、頭の中がゴチャゴチャだ。
やっと思い出したのは……
「うーん……、王女様に婚約破棄されたことかな?」
「なるほど、それはおそらく記憶喪失ってやつだな。君がいなくなってから半年たつのだが、その半年間の記憶を、さっき頭を打って失ってしまったのだろう」
「半年間も……?」
「ああ、君は自殺したことになっている。当時は、それは大変な騒ぎだった」
「僕が自殺しただって?」
「ああ、君の遺書も見つかったからな。断崖絶壁の上で見つかったから、おそらく、海に身投げしたのだろうと思われたのだ。君は、覚えていないのか?」
「それが……、婚約破棄されて、自殺しようと思ったことは覚えているのだが……、そこから先があやふやで、よく覚えていないのだ」
「そうか、確かに婚約破棄は、気の毒だったな。だが、あの後、王女は国王陛下に、こっぴどく叱られたらしい」
「ん? 王女様は、陛下も婚約破棄を認めていると言っていたが……?」
「それは王女の嘘だったんだよ。陛下御夫妻が会場を出た後に、王女が嘘をついたのだ。王女は、君を王配補佐にすれば、陛下も認めてくれると思ったらしい。まったくバカげた考えだが……」
「そうか、そうだったのか……。陛下には婚約破棄の意思はなかったのだな。そうと知っていれば、自殺までは考えなかったかもしれないのに……」
「まあ、君が無事で良かった。今から王都へ戻って、陛下に君の無事な姿を見ていただこう」
「ああ、お願いする。ところで、アピウムは、どうしてこんなところに来ていたんだ?」
「ロウタス侯爵家が手掛けている混凝土事業の視察に来たんだ」
「混凝土事業って?」
「その技術を使えば、治水に非常に有効で、水に強い護岸工事ができるんだ」
「ああ、それなら、確か、海を隔てた遠い異国にも同じような技術があったはず。ロウタス侯爵家はすごいな」
「確かにな。ロウタス侯爵の後継者であるボガード殿は、かなりのやり手だからな」
「ふむ……。僕も一度会ってみたいものだ」
十日後、僕とアピウムが乗った馬車は王都に着いた。




