21話 半年後
「ねえ、ラディー、お父様に気に入ってもらえて良かったですね」
「ああ、本当に。リリアのお父上は、平民の僕にも分け隔てなく接してくれるのだから、相当、懐が深いお方なのだろうね」
「はい。お父様は、能力があると認めた者には優しいのです」
「そうか。それならこれからも、期待に添えるように頑張らなければならないね」
「ふふっ、そうですね。ところで、ラディー、領民たちは、あなたのことをロウタス家の遠縁にあたる貴族だと思っています。だから、自分が平民だなんて言わないでくださいね」
「まあ、貴族と思われた方が、領主代理の仕事をしやすいとは思うが……。領民たちは、政略結婚で僕がロウタス家の婿養子になったと思っているのかな?」
「まあ、そうかもしれませんね」
「僕たちは、情熱的な恋愛結婚だったけど……。でも、もし、リリアとなら、たとえ政略結婚でも、幸せに暮らせたと思うよ。僕は、恋愛感情がなくても、お互いを尊敬しあい、思いやりのある態度で接すれば、夫婦としてやっていけると思っているんだ。その気持ちがあれば、一緒に暮らしているうちに、自然と愛が育まれるんじゃないかな?」
「私もそう思うわ。でも、もしも、お互いを尊敬できなくて、思いやりもなかったら……、あなたはどう思う?」
「うーん、それは辛いことだね。僕だったら、毎日が地獄のように感じてしまうかもしれない。まあ、そう思うのは、リリアのような素敵な奥さんが、そばにいてくれるからだと思うけど……」
「ラディー、私は決してあなたに、地獄のようだなんて思わせないわ」
「ははっ、ありがとう。だけど、なんだか大げさだね」
ラディーは笑って済ませたけれど、私は笑うことなんてできなかった。
もしも、嘘がばれたとき、ラディーは、私と暮らせて幸せだと言ってくれるのだろうか……。
どうか、死ぬまで、嘘がばれませんようにと、心の中で願った。
幸せな結婚生活が半年を過ぎた頃、ラディーは薬草の研究に夢中になっていた。
彼が中心となって進めていた混凝土事業は、商売上手な兄ボガードに任せることになったので、余裕ができた彼は、新たに領民のために薬草園を作ろうと考えたのである。
「リリア、北部の本屋には、最新の薬草辞典がないんだ。領都のケントルムになら、大きな本屋があるから、ちょっと行ってくるよ」
ちょっと行ってくると言うけれど、朝早くから馬車で出かけても、帰って来るのは夕方で、一日がかりのお出かけになる。
「私も一緒に行きましょうか?」
「いや、リリアは婦人会の集まりがあるだろ? だから僕一人で行ってくるよ。一人だと、馬車を使わずに馬で行けるしね」
今回の婦人会の内容は、大したことではないので延期しても良かったのだけど、私はラディーの言葉に頷くことにした。
「本をたくさん買うのなら、馬よりも馬車の方がよくありませんか?」
「今回僕が買いたいのは、全集で百冊ほどあるからね。金だけ払って本は届けてもらうことにするよ」
「護衛はどうします?」
「ケントルムに行く道は安全だから、一人で大丈夫だよ」
ロウタス侯爵領は、治安がとても良いので、貴族でも護衛をつけずに動き回ることがよくあるのだが、私は後で、護衛を無理やりにでもつけたら良かったと後悔することになる。
「じゃあ、気をつけて行ってきてくださいね」
「ああ、リリアの好きなお菓子をお土産に買って来るよ」
「ふふっ、楽しみにしていますね」
「リリア、愛しているよ」
ラディーは、私の唇にチュッとキスをして馬に向かった。
私は笑顔で馬に乗るラディーを送り出したのだが、これがラディーを見た最後の瞬間になってしまった……。




