第一王子⑦
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みくは結局、嵐山の近くの高校に進んだ。
嵯峨野学院という。桂川の東岸に校舎が建ち、渡り廊下の窓から渡月橋が見える。学力中位の公立校で、校訓は「自然に学べ」だ。六千九百年の人類史の中で何万という高校が生まれては消えたが、校訓というものはいつの時代も曖昧で壮大で誰の心にも刺さらない。在学生九割が校訓など覚えてはいないだろう。まあ、「自然に学べ」という事なので、つまらない校訓を自然に忘却するというのは理にかなっているかもしれないが。
ちなみに六千九百二十年の高校教育では「何を覚えるか」よりも「何を問うか」が重視されていた。人間の記憶容量に頼って知識を蓄積する時代はとっくに終わっている。脳外部の情報基盤に接続すればいつでも引き出せる知識をわざわざ頭蓋の中に詰め込むのは、死にかけた犬に確定申告を教えるのと同じくらい非効率だと見なされていた。そこで教育の主眼が思考の設計に移行したのは自然な流れだった。
もっとも、高校生が高校生であることに変わりはない。教育の内容がいかに変わろうと、屋上で弁当を食べて友達と下らない話をして放課後にだらだら帰るという生態は四千六百年前からびくともしていなかった。人類の本質とはそういうものだ。
みくが嵯峨野学院を選んだのは校訓に感銘を受けたからではなく、家から近いからだった。通学に徒歩二十分。自転車なら八分。もっと言えば別の理由もあったが、本人がそれを認識しているかは怪しかった。
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四月。桜舞い散るとある日──入学式。
みくは紺のブレザーの袖を伸ばして手首を隠しながら校門をくぐった。別にためらい傷があるからではなく、この日はやや寒かったのだ。周囲には生徒の親たちと退屈そうな新入生と忙しそうな教員がひしめいている。みくの母親も来ていた。端末を構えて娘の写真を撮ろうとしている。
外部端末で写真を撮るという行為は、実のところこの時代ではやや古臭い行為に当たる。この時代では、脳を電脳化している者はウインク一発で8.8ギガピクセルの超美麗写真が撮影できるのだ。まあ遥かなる古代から、人間には古きを温めるという習慣があったわけで、それを考えれば特段奇異とは言えないだろう。
「みくー、こっち向いてー」
「もー、おかあさんやめてよ」
十五歳のみくは母親のカメラから逃げる程度の羞恥心を獲得していた。数年前に嵯峨野で泣きじゃくっていた迷子の名人が、まがりなりにも年相応の反抗期を迎えている。
◆
高校一年の秋。
みくは自分の進路について初めて具体的なことを考え始めた。嵯峨野学院には二年次からの専攻選択制度があり、人文・理工・環境生命の三系統から一つを選ぶ。二十一世紀の高校なら文系か理系かの二択だったが、六千九百二十年の教育課程はもう少し細かい。地球圏の経済活動が太陽系全域に拡大した今、「環境生命」の中には地球外生態系の基礎が含まれていた。
みくが生物の授業で目を輝かせたのは結晶樹の話だった。
ティルヴァス。地球から百七十光年にある惑星の結晶樹は、鉱物と植物の中間のような存在で、光合成に類似した反応で結晶を成長させる。地球の植物とはまったく異なるメカニズムだが視覚的には樹木としか言いようのない形状をしており紫色の靄の中に林立するその姿は宇宙のラベンダー畑と呼ばれていた。
結晶樹は宇宙生物学の現在進行形の謎である。
何が謎かと言えばすべてが謎なのだが、中でも研究者たちの頭痛の種になっているのは「収斂進化の限界事例」という問題だった。地球の植物は炭素を骨格にした有機分子で光合成を行う。ティルヴァスの結晶樹はケイ素を骨格にした無機結晶格子内で光化学反応を行う。基質が違う。エネルギー変換の仕組みが違う。遺伝情報の媒体も違う。にもかかわらず外見上の形態がなぜ地球の樹木に酷似するのかが説明できない。幹があり枝が生え葉のようなものが広がる。二つの惑星は百七十光年離れている。進化史上の接点はどこにもない。それなのに同じ形をしている。
当然それは生物学者たちの良い話題の種となった。
ちなみに「光合成を行うなら結局この形に収束する」という物理的必然説が最有力だが、「じゃあなぜ他の千二百の光合成型地球外生物は樹木型に収束していないのか」という反論が常に追いかけてくる。
ゆえに学会は紛糾していた。
が、みくにとってはその辺はどうでも良かった。
「……きれい」
声にしたつもりはなかったかもしれない。隣の席の友人は気づかなかった。だがその一語がくせ者で、たった一言を漏らした瞬間に何かの輪郭が定まることがある。例えば恋、例えば──進路。
「私、環境生命をとります」
一学期の三者面談でみくは担任にそう告げた。母親は特に反対しなかった。
◆
みくが着実に自身の未来への道程を見定めつつある中、ニヴィスはどうかといえば──相変わらず京都に降りてきた。
予告なく。理由なく。頻度もまちまちで、三ヶ月来ないこともあれば一ヶ月に二度現れることもあった。各国政府──特に日本国政府はやきもきとするのだが、毎回何事もなく終わるので次第に形骸化していた。至高天案件の警戒態勢が月例の防災訓練のようになってしまうのは由々しき事態ではあったが、由々しいと思える程度の余裕があるとも言える。
みくが十六の冬。
渡月橋の上で、みくはニヴィスに向かって息を吐いた。白い息が銀髪と重なる。
「あのさ、ニヴィスくん」
みくは欄干を背にして立っていた。マフラーに顎を埋めている。
「私ね、大学のこと考えてるんだけど」
高校二年が大学進学について考えるのは自然なことだが、西暦六千九百二十一年の「大学」は西暦二千年代のそれとは少し事情が違う。地球にも従来型の大学は残っている。だが恒星間航行の実用化から四千六百年、太陽系外への進学はもはや珍しいことではなかった。火星大学や木星衛星群のカリスト工科学院は定員割れどころか倍率が高い。そして地球から数十光年先のコロニーには専門的な研究機関が散在していた。
西暦二千年代の人間が「宇宙コロニー」と聞いて想像するのは、おそらく巨大な円筒形の人工構造物に芝生と湖と擬似太陽があるような絵面だろう。半分当たっていて半分外れている。
確かに初期のコロニーは回転式の円筒構造体だった。だが四千六百年の技術革新を経た現代のコロニーは、もはや構造物というよりも生態系に近い。自己修復型の有機金属外殻がコロニーの表面を覆い、外殻自体が光合成と放熱を行い、内部環境は地球の一地方都市と区別がつかない程度に精密に再現されている。コロニーの住人がコロニーの中にいることを忘れて傘を持たずに出かけ、人工降雨に濡れて帰ってくるくらいには自然だった。要するに地球の地方都市が一個まるごと宇宙に浮いている。ちなみに日本のコロニーでは町内会も商店街も忌々しいPTAも健在である。
「エイレーネ・コロニーって知ってる? ケプラー442bの軌道上のやつ」
「……」
ニヴィスは知っているかもしれないし知らないかもしれない。至高天の民にとって太陽系外コロニーの一つ一つは細胞の一つ一つのようなものだ。名前を覚える対象ではない。
エイレーネ・コロニーはケプラー442b──ハビタブルゾーンに位置する地球型惑星──の第三軌道に浮かぶ研究特化型コロニーだ。人口約十二万。住民の三割が研究者かその家族で、残りの七割がその研究者たちを養う商業・サービス従事者である。なお、ケプラー442bの地表には降りられない。大気組成が人間の呼吸に適合していないためだ。
だがこの星系の利点は近傍五十光年以内にティルヴァスを含む複数の地球外生態系保有惑星が分布していることで、宇宙植物学のフィールドワーク拠点として理想的な立地だった。外食する際は店が近いと助かる。それと同じことで、研究対象の惑星が近所にあると助かる。研究とはつまるところそういう実務的な人間の営みだ。
「そこに宇宙植物学の研究施設があるんだって。ティルヴァスの結晶樹を専門に研究してるとこ。すごくない?」
みくの声が弾んでいた。十六歳の少女が将来の夢を語るときの声だ。恒星間航行が日常化した時代にあっても、十六歳が夢を語るときの声の質は六千九百年前とそう変わらない。
「結晶樹ってね、鉱物なのに光合成するんだよ。地球の植物とは全然違うメカニズムなの。私、それがどうやって進化したのか知りたくて」
「……」
相変わらずのド陰キャめいた沈黙にもみくは臆さない。
「でもね、私がそこに行ったら、ニヴィスくんには会えなくなるかも」
みくの声が少し落ちた。
「ケプラー442bって百光年以上先だから。高速航路で片道二週間くらいらしいけど」
風が吹いた。桂川の冬の風は骨身に沁みる。至高天の民の知覚系には「沁みる」という概念がないだろうが。
「ニヴィスくんは──」
みくは言いかけて、やめた。何を訊こうとしたのかは分からない。「来てくれる?」だったかもしれないし「待っててくれる?」だったかもしれない。どちらにせよ至高天の民に問うには荷の重い質問であった。百光年は犬の散歩の距離ではない。至高天の民にとっては瞬きの距離かもしれないが。
「……」
「まあいいや」
みくはマフラーに顔を埋めて、笑った。
「まだ一年以上先だし」
この一年で「まあいいや」という語彙を獲得したのはみくにとって確かな成長であった。答えの出ない問いを答えの出ないまま置いておける人間は少ない。十六歳でそれができるのは中々大したものだった。
ニヴィスは何も言わず、灰色の瞳で桂川を見ていた。
◆
みくが十七の夏。七月。
嵯峨野学院の第二教室棟の屋上で、みくは友人たちと弁当を食べていた。夏休みまであと三日。屋上から見える嵐山は夏の緑に覆われて、山全体が膨張しているように見えた。
「みく、進路調査票まだ出してないでしょ」
友人の一人が言った。
「出したよ。エイレーネ・コロニーの宇宙植物学プログラム」
「え、マジで宇宙行くの」
「だからそう言ってるじゃん」
みくは笑った。声が落ち着いていた。二年前に「私環境生命にする」と宣言したときの声には芯がなかったが、いまの声には芯があった。十七歳は十五歳と違う。二年の差は体の成長よりも声の質に出る。
「てか百光年先でしょ。帰省とか大変じゃない?」
「高速航路で片道十二日だって。まあ、ちょっとした船旅だよね」
「ちょっとした……?」
六千九百二十二年の高校生にとって百光年先への進学は、二十一世紀で言えば国内から海外の大学に行く程度の感覚だった。物理的な距離は比較にならないが、心理的な壁はその程度まで低くなっていた。恒星間航行の常態化とはそういうことだ。
ただし「常態化」と「快適化」は別の概念である。
光速の八千倍で巡航する量子圧縮航法の高速航路なら、地球からケプラー442bまで十二日で着く。片道の料金は地球圏の平均年収の約二割。学割がきくとはいえ痛い。もっと痛くない航路もある。光速の千五百倍で二ヶ月弱かかるが料金は五分の一。時間を金で買うか金を時間で買うかという問題は四千六百年後の宇宙でも解決されていなかった。なお、光速の百二十倍程度というもはや移民船のような低速航路も存在し、片道一年をかけて移動する学生が毎年数人いた。船賃を浮かせて研究費に回す。学問に対する執着は時として合理性を凌駕する。
ちなみに量子圧縮航法が安全になったのは比較的最近のことだ。
西暦二千二百七十年に実用化されたこの航法は、出発地点と到着地点の空間を量子的に「圧縮」し、事実上の距離をゼロに近づけて通過するという仕組みである。原理としては美しい。だが初期型には致命的な欠陥があった。
圧縮座標のキャリブレーションが甘く、目的地から数光年ずれた座標に射出されることがあったのだ。地球からケプラー442bを目指したら三光年上にぽんと出ました、というのは笑い話のように聞こえるが、三光年のずれを修正するのに低速航法で二十五年かかる。
乗客八百名が二十五年間船内で暮らすことになった「ケプラー迷子号事件」は統合暦百二十年の出来事で、到着したときには乗客の半数が船内で結婚し子供が生まれ、子供たちは地表を知らずに育った。宇宙版の浦島太郎だが、当人たちにとっては笑い事ではなかった。
さらに厄介だったのが「部分圧縮」と呼ばれた現象だ。船体全体を均一に圧縮場で包むべきところが、場の揺らぎで一部だけ先に圧縮されてしまう。どうなるかと言えば、船の前半分が目的地に着いて後ろ半分がまだ出発地にいるという状況が発生する。人間で言えば頭と胴体が百光年離れているという話になる。
想像したくない光景だが実際に起きた。統合暦初期の事故報告書には「乗客の被害状況」という項目に三文字だけ「全員即死」と記載されたものが複数残っている。
現在の量子圧縮航法ではキャリブレーション精度が初期型の一京倍に達しており、座標ずれは原子一個分以下に抑えられている。部分圧縮は三重の安全機構によって物理的に発生し得ない。事故率は年間〇・〇〇〇〇〇〇三パーセント。地球上で落雷に当たる確率より低い。だがそれでも宇宙船に乗る前に遺書を書く習慣だけは四千六百年経っても廃れなかった。
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「噂の彼には言ったの?」
別の友人が訊いた。みくの銀髪の知人については学校内である種の地位を確立していた。年に数回ふらりと現れる謎の銀髪の美少年。みくの彼氏説、コスプレイヤー説、外国のモデル説、亡霊説など諸説あったが、みくは一切を説明しなかった。説明しようにも本人が何者かを知らないのだから。
尋ねようと思った事はある。何処から来たの、あなたは何者なの──しかし、それらの問いの一切に答えが与えられないであろうことはみくにも何となくわかっていたし、答えないと言う事は言いたくないと言う事だと察するだけの知性もあった。
「言った」
「で?」
「無言」
「無視されてるじゃん」
みくは弁当の卵焼きを箸でつまんで笑った。
「まあね。でもニヴィスくんが無言なのって、否定じゃないんだよね。多分」
「そうなの?ってか話聞くたびに思うけど無口すぎるでしょ」
「そうかも。でも一回だけちゃんと聞いた事あるよ」
みくは嵐山を見た。
「嵐山は、いいって」
友人たちには意味が分からなかったが、みくの横顔がやけに穏やかだったので誰も突っ込まなかった。
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みく、十八歳。
嵯峨野学院の卒業式は桜に間に合わなかった。この年の三月中旬の京都はまだ蕾だ。校庭の染井吉野は沈黙している。
卒業証書を受け取ったみくは校門を出た。
「おめでとう、みく」
目を潤ませてみくの母が言う。
「ありがと、おかあさん。もう泣かないでよ」
みくの声は十五歳のときと変わっていた。「もー、やめてよ」ではなく「もう泣かないでよ」になっていた。語尾の角が取れていた。同じことを言っているのに、響きが違う。同級生に対する口調は相変わらず崩れていたが、母親に向ける声にはいつの間にか労りが混じるようになっていた。
帰り道、みくは渡月橋を渡った。母親は用事があるらしく、途中で別れた。
三月の桂川はまだ水温が低い。橋の上から見下ろす川面には枯葉が一枚も浮いていない。冬が終わり春が始まる前のほんの数日間は川が一番きれいだ。
橋の中ほどで、みくは足を止めた。
銀色の髪が欄干の向こう側に立っている──。
「ニヴィスくん」
みくは笑った。驚きはない。
「卒業したよ」
みくは制服の胸元にある校章のピンをつまんで見せた。
「これで最後。明日からは私服だよ」
ニヴィスの灰色の瞳がみくを見た。
みくの身長は百五十八センチになっていた。十歳のときにニヴィスの胸元までしか届かなかった頭が、今は顎のあたりにある。なお、ニヴィスの見た目は一ミリも変わっていない。至高天の民にとって八年は文字通りの刹那だ。
「来月からエイレーネだよ。百光年先」
「……」
「寂しくなるね」
みくは言った。
三年前なら「来てくれる?」と訊いていたかもしれない。二年前なら「まあいいや」と誤魔化していたかもしれない。十八歳のみくはそのどちらでもなかった。
寂しくなるね、と言った。それだけだった。答えを求めていない。要求でも質問でもない。ただ自分の気持ちを橋の上に置いた。渡月橋の上に、小さな石ころを一つ。
そしてニヴィスは──。
黙っていた。いつも通りだ。だがいつも通りの沈黙にも、八年の間に何かが堆積していた。
みくはそれを待たなかった。待たないことを覚えた子供は大人になる。
「じゃあね……にびす、くん」
みくは笑って手を振り、背を向けて歩き出した。
三歩。五歩。十歩。
「……みく」
みくの足が止まる。
振り向いたみくは、「ぽかん」という効果音が似合うような間抜け面であった。
ニヴィスが名前を呼んだのは初めてだった。八年間、一度も。みくが呼びかけるばかりで、ニヴィスがみくの名前を口にしたことはなかった。
みくの目が大きくなった。
「……大きく、なった」
ニヴィスはそういって、背を向けて去って行った。
みくは何も答えなかった。
だが──卒業式で泣かなかった涙がここで出た。
泣いている理由はみく自身にも分からなかっただろう。
まあ、分からなくて良いのかもしれない。未知を無理くり既知にすると、往々にして陳腐になったりするものだ。




