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魔物の私を『国宝級の可愛さ』と勘違いした女騎士が、過保護すぎて外に出してくれません  作者: こめりんご


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第十一話 今日からわたしは抱き枕。添い寝は騎士様の甘やかな特権

 翌朝の食卓。

 少女は自分の椅子ではなく、フレアの膝の上に乗せられていた。

 湯気を立てる完璧な焼き加減のオムレツを前に、フレアは静かに切り出した。


「……決めたぞ。小さいの。私は、騎士を辞する」


 その手には、すでに書き上げられた分厚い羊皮紙が握られている。


 昨晩、彼女は一睡もしていない。

 執務室で、愛用の万年筆を何度もインク壺に浸し、悩み、書き損じ、そしてようやく書き上げた一通だ。

 宛先は騎士団本部。内容は、「一身上の都合(養育専念)」による退役願だ。


 彼女の視線の先には、壁に掛けられた純白のマントがある。

 王から直接授与された、騎士団長の証。国一番の騎士であることの誇りと栄光の象徴。

 それを手放すことの重さは、筆舌につくしがたい。


 フレアは、少女を見つめながら、静かにつぶやいた。


「……私の剣は、国のためではなく、貴様を守るためにあると気づいたのだ」


(……え?)


 スプーンを取り落としそうになった。

 カチャン、と乾いた音が響く。

 冗談だと思いたかった。フレアさんが? 騎士の仕事を何より大切にして、国で一番強い、彼女が?

 けれど、フレアの(あお)の瞳はどこまでも真剣で、底知れぬ後悔と、悲愴(ひそう)なまでの決意を宿していた。


 少女は慌てて膝から降りて、フレアの顔を見上げた。

 手に触れる。

 その手は、しなやかなのにゴツゴツとしていて、無数の小さな傷跡が刻まれていた。

 テーブルの横に立てかけられた大剣は、手入れこそ行き届いているものの、長年の戦いで柄の革がすり減り、彼女の指の形に馴染んでいる。


(……これだけの時間。これだけの痛い思いをして、手に入れたはずの場所なのに)


 それを今、彼女は「わたし」というたった一つの理由で、投げ捨てようとしている。


(だめ……。そんなの、絶対にだめ)


 愛されることの嬉しさを通り越して、自分がこの人の人生を壊してしまうという事実が、胸を締め付けた。


 涙をため、フレアの辞表を持つ手を小さな両手で包み込んだ。


「止めないでくれ、小さいの」


 フレアは困ったように微笑み、少女のさらさらとした髪をなでた。

 その指先の優しさが、逆に少女の不安をあおる。


「昨夜、お前の涙を見て悟ったのだ。貴様をこれほどまでに衰弱させたのは、私が公務などという私情(・・)で貴様の側を離れたからだ。たった数日、目を離しただけで、貴様は死の淵をさまよった……。これは、私の『保護者』としての完全な敗北だ」


 フレアの声が震える。


「この件について、私は自分を許せん。……これから騎士団へ行き、辞表を叩きつけてくる。この剣も、栄誉ある称号も、貴様の命を危険にさらしてまで守る価値はない。私はただの『フレア』として、一日二十四時間、貴様の側で呼吸を合わせる。……それだけが、私の贖罪(しょくざい)だ」


(違う! 違うの! わたしが弱ったのは、ただ……寂しかっただけで……!)


 少女は必死に訴えたかった。

 わたしのせいなのに、フレアさんが責任を感じる必要なんてない。

 こんな子供っぽい理由で、この人の誇り高い道を閉ざしてしまうなんて、あってはならない。


(寂しくて死んじゃうなんて、ウサギみたいで情けないけど……。でも、だからってフレアさんの夢を奪っちゃダメだ)


 そして、懸命に、身振り手振りで伝えた。


(辞めないで! 仕事に行っていいの! ただ……!)


 少女は、自分の胸を叩き、次にフレアの胸を指差した。そして、両手を広げてギュッと抱きつくポーズをする。


(えっと、家にいる時は、できるだけ……できるだけ、くっついていてくれれば、それでいいから!)


 必死だった。

 さらに、寝室の方を指差してから、両手を合わせて頬に添え、安らかな寝顔の真似をする。


(夜も! 夜も一緒に寝てくれれば、きっと大丈夫だから!)


 自分でもあきれるほど甘えた、図々しい提案だ。

 でも、フレアとくっついていれば、あの「底冷えするような寒さ」は消える。それだけは確信していた。

 フレアは瞬きをした。

 少女の必死な様子と、その大胆な提案に、思考が停止する。


「……ふむ。仕事には行け、と? だが、それではまた貴様が寂しさで死んでしまう……」


 ブンブンと首を振り、再び「くっつく」ジェスチャーをしてから、フレアの服の裾をギュッとつかんで見上げた。

 上目遣いの合わせ技。


「……まさか。貴様、私と片時も離れたくないだけでなく……夜、寝る時ですらも共に在りたいと、そう言うのか?」


 コクコクと、首が折れそうな勢いでうなずく。

 フレアの瞳に、衝撃と、そして歓喜の光が宿る。


「私が騎士を続けながら、貴様の孤独を癒やすには……それこそ、帰宅後は一瞬たりとも離れず、夜は同じ寝台で肌を重ねるほどの『密着』が必要になるぞ? 騎士の無骨な体温で、貴様を包み込むことになっても、良いのか?」


(あたたかいのが一番だよ!)

(あと無骨じゃないよ、ムキムキだけどやわらかいもん!)


 少女の迷いのない瞳(と必死のうなずき)を見て、フレアは長く、深く息を吐き出した。

 そして、握りしめていた辞表を――いや、それは捨てずに胸元にしまった(・・・・・・・)


「……左様か。貴様にとって、私の存在がそれほどの救いになっているのだな。……よかろう」


 フレアは少女を抱きしめた。

 骨がきしむほどの強い力。けれど、そこには絶対的な安心感と、揺るぎない愛情があった。


「辞表は一旦保留だ。その代わり、今夜からは一瞬たりとも貴様を一人にはせん。文字通り、肌を接して貴様の闇を私が引き受けよう。……覚悟しておけ、私の守護範囲(テリトリー)は狭いが、密度は濃いぞ」


(……良かった。でも、ちょっと暑苦しいかも?)


 こうして、二人の間に奇妙な妥協案が成立した。



        * * *



 その夜から始まった「完全密着添い寝」。

 ……とは言ったものの、実際の記念すべき第一夜は、それなりに前途多難だった。


「よし、警備上の安全確認を開始する。……貴様はそこで見ておれよ」


 就寝前、フレアは腕まくりをして、戦場陣地を構築するかのような手際で作業を始めた。

 まず、窓枠に鉄格子めいた金属棒をはめ込み、その上から対魔術用の結界布を目張りする。


「これは軍用の対霊結界だ。幽霊はおろか、蚊一匹通さん」


 次に、ドアには三重の鍵に加え、物理的なつっかえ棒(丸太小屋の柱みたいな太さだ)を設置。


「そして重要なのが、寝床の耐久性だ」


 フレアは真剣な顔で巨大なベッドを見下ろすと、あろうことかフルプレートアーマーの一部ガントレットとブーツを装着したまま、ベッドの上へ飛び乗った。


 ドスンッ! ギギギッ……!


 高級なバネが悲鳴を上げる。

 フレアはベッドの上で数回ジャンプし、さらに受け身の動作をとって耐久テストを行った。


「うむ。私が寝返りを打っても床が抜ける心配はないようだな。……さらに念の為、四隅に結界石を配置する」


 最後に、部屋の四隅に魔除けの塩を盛った(文字通りの盛り塩タワーだ)。枕元には、護身用のダガーナイフと閃光玉、聖水ボトルが常備されている。

 所要時間、一時間。

 少女のふわふわの要塞だった寝室は、またたく間に鉄壁の司令室と化した。


(……牢屋の独房かな?)


 少女は巨大なベッドの上で、その厳重すぎる警備体制に引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 そして、いざ消灯。


「…………」

「…………」


 広いベッドの中、フレアは直立不動で仰向けになっていた。

 軍隊の整列のように背筋が伸びている。


(あの、フレアさん? 緊張してる?)


 少女が寝返りを打つと、隣の騎士はビクッと体をふるわせた。


「……すまぬ。貴様のような壊れ物を隣にすると、寝返り一つで圧死させてしまいそうでな。呼吸すら浅くなってしまう」


 最強の騎士が、小動物を前にしてかつてないほどビビっている。

 少女は可笑しくなって、自分からフレアの腕の中にもぐり込んだ。

 固くなっていたフレアの体が、一瞬こわばり、やがてあきらめたように力が抜けていく。


「……まったく。肝が据わっているのは貴様の方かもしれんな」


 フレアは苦笑し、しなやかな腕で少女の背中に優しく手を回した。

 その瞬間。


 ドクン、と。

 少女の心臓が大きく跳ねた。


 温かさだけではない。

 フレアの体からあふれ出る膨大な覇気(はき)が、接触した肌を通して、乾いた砂に水が染み込むように雪崩れ込んできたのだ。


(んっ……!)


 それは「温もり」などという生易しいものではなかった。

 熱い。

 血管の中に、熱した蜂蜜を直接流し込まれているような、焼けるような充足感。

 指先まで熱が巡り、背中のあたりがゾクゾクと粟立つ。


(すごい……。おいしい……。頭が、とろけそう……)


 少女は無意識に、フレアの胸に顔をこすり付けた。

 もっと触れていたい。もっと吸いたい。そんな危うい望みが、体の奥底でうごめいた。

 だが、少女はその正体に気づくことなく、ただ、この心地よさを「寂しさが埋まったから」だと信じて疑わなかった。


「眠れ、小さいの。悪い夢も、孤独も、全て私が斬り捨ててやる」


 フレアの低く優しいささやきを聞きながら、少女は深いまどろみへと落ちていく。

 意識が途切れる寸前まで、彼女の本能は甘い蜜の味を反芻していた。





満たされた精気は、眠っていた別の本能をも呼び覚ます。

次回、深夜の密着生活に潜む、吸精種の無意識の暴走。

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