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魔物の私を『国宝級に可愛い』と勘違いした女騎士が、過保護すぎる!  作者: こめりんご
第二章:鉄壁の鳥籠はしめやかに完成する

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第十二話 壊さないために縛って

 フレアとの添い寝生活は、少女に劇的な回復をもたらした。

 毎晩、特級騎士の濃厚な精気を吸い放題なのだ。枯れ木寸前だった少女の肌は、数日で桃色に輝くような艶(つや)を取り戻していた。


(……んぅ)


 朝。少女が目を覚ますと、視界が肌色で埋めつくされていた。

 呼吸が苦しい。

 見上げれば、フレアの豊かな胸が眼前に迫っている。少女はフレアの腕の中に、抱き枕として完全に埋まっていたのだ。


「おはよう、小さいの。今日もあどけない寝顔だな。食べてしまいたいほど可愛いとはこのことか」


 頭上から降ってくる甘い声。

 抜け出そうともがくが、びくともしない。

 結局、朝の身支度が整うまで、少女はお人形のように扱われることになる。


「さあ、朝食だ。あーん、しろ」


(自分で食べるから……)


 少女は必死にスプーンを奪おうと手を伸ばすが、騎士の腕は鋼鉄の檻(おり)のごとくびくともしない。

「ならん。貴様の腕の筋肉はまだ発達途上だ。スプーンを持つ労力さえ惜しい。私が咀嚼(そしゃく)して口移しで……というのはさすがに衛生的にどうかと思うから、せめて運ばせてくれ」


 拒否権はないようだ。

 スプーンが口に突っ込まれる。美味しいけれど、視線が重い。


「着替えの時間だ! 今日はこのフリル地獄……いや、天使の純白ワンピースだ!」


(ひらひらが増えてるよ)


 少女はフリルの山を見て、あからさまに嫌そうな顔で首を振った。

 だが、フレアには通じない。


「何を言う。貴様の可憐さを引き立てるには、これくらいの布量が必要だ。さあ、腕を通して……うむ、尊い! このまま額に入れて飾りたい!」


 フレアの愛は、もはや濁流(だくりゅう)だった。

 息苦しい。けれど、決して不快ではなかった。


(ちょっと重いけど、平和だな……)


 だが、その安堵の裏で、胸の奥がざわめく。


(でも)


 胸の奥に冷たい棘(とげ)が刺さったような感覚を覚えた。

 フレアの腕の中は温かい。

 なのに、心のどこかで、言いようのない不安が広がっていく。


(フレアさんは、こんなに優しいのに。わたしは、嘘をついてる)


 鏡を見るのが怖くなっていた。

 肌艶(はだつや)が良くなるたび、自分の体が人間からかけ離れたものになっていく気がして。

 最近、フレアと一緒にいても、すぐにまたお腹が空くようになった。

 

 もっと欲しい。もっと濃いものが欲しい。

 そんな、得体の知れない渇きが、体の奥底で口を開けている。


(もし、わたしがもっとお腹を空かせて……フレアさんを食べちゃったらどうしよう)


 あの大好きな笑顔が、失望にゆがむ瞬間。

 優しい手が、わたしを拒絶して突き飛ばす瞬間。


(怖い……。自分が、怖いよ……)


 少女はフレアの服の裾をギュッと握りしめた。



        * * *



 ある深夜のことだった。

 少女は意識を深い霧の中に沈めたまま、ふらふらと、しかし確かな足取りでベッドを抜け出した。

 隣で眠るフレアにも気づかれぬほどの、忍び足。


 

(ん、あれ……?)


 少女が意識を取り戻したのは、肌を刺すような冷たい夜風のせいだった。

 パチ、と目を開ける。

 そこは自分の寝室ではなかった。屋敷の庭ですらなかった。

 見知らぬ、うすぐらい路地裏だった。


(うそ……。ここ、どこ? わたし、フレアさんとお布団で寝てたはずなのに……)


 混乱する少女の耳に、こっつ、こつり、と不規則な足音が近づいてくる。


「おい、嬢ちゃん。こんな夜中にどうした?」


 背筋に冷たいものが走る。

 目の前には、酒のにおいをただよわせた大柄な男が一人。千鳥足(ちどりあし)で近づいてくる。

 少女の本能が告げる。これは敵ではない。エサだ。

 少女の瞳が、妖しくうるむ。のどが渇く。


(だめ、見ないで! 逃げなきゃ!)


 理性の少女は必死に否定する。

 だが、本能に支配された体は言うことを聞かない。

 少女は無防備な姿勢で小首を傾げ、うるんだ瞳で上目遣いに男を見つめた。


「ひっ、う……!? なんだ、可愛いな……。おじさんが、家まで……」


 男の目がとろんとにごる。

 少女がおびえればおびえるほど、その儚(はかな)げな可憐さが毒となり、男の理性をゆるく溶かしていく。


(いやだ、体が勝手に……! わたし、この人を食べちゃうの!?)


 その指先が、少女の震える肩に触れようとした瞬間。ぬるりとした欲望の熱が、肌を焦がすように伝わってきた。

 少女の脳髄が、捕食の歓喜に打ち震える。意思に反して、口元が獲物を迎えるようになまめかしく開く。

 ダメ。食べたくない。気持ち悪い。でも、止まらない。


(いやっ! いやだっ!)


 あらがえない本能が、男の喉笛(のどぶえ)に喰らいつこうとした――その時だった。


「其処に直れェェェッ! 不届き者ォォォッ!」


 ドゴォォォォンッ!


 金色(こんじき)の流星が空から降り立ち、男をゴミ捨て場の彼方まで吹き飛ばした。

 もうもうと舞い上がる土煙の中、その人影は立っていた。

 寝間着(ネグリジェ)のまま、裸足で、逆立つ金髪を夜風になびかせて。

 フレアだ。


「……ッ! ここは……? 俺は一体……?」


 ゴミの山に埋もれた男が、ふらつきながら上体を起こした。

 殴られた衝撃で脳が揺さぶられ、魅了が霧散したのだ。

 彼は目の前に立つ、鬼のような形相の女騎士を見て、ガタガタと震え上がった。


「ヒィッ! き、騎士団長様!? す、すみません。俺は酔っ払って……そうか、天罰か……!」


 男は魅了されていた記憶が曖昧なまま、「騎士団長にぶん殴られた」という事実だけを恐怖と共に刻み込み、脱兎のごとく逃げ去っていった。


「小さいのッ! 無事か。怪我はないか。けがらわしい手で触れられはしなかったか!?」


 フレアは少女を抱きしめ、全身をくまなく調べる。

 少女の体は小刻みに震えていた。

 安堵よりも先に、激しい自己嫌悪におそわれた。


(わたし、なんで……)


 フレアに抱かれながらも、呆然として震えた。

 違う。そうだ。自分は「寂しがり屋のただの子供」なんかじゃない。

 隙あらば人を襲い、精気をすする化け物なのだ。

 フレアさんが来てくれなければ、今ごろあの男の人を吸いつくしていたかもしれない。


(怖い。自分が怖い。……きたない)


 屋敷に戻ってからも、少女の震えは止まらなかった。自分が、ひどく汚れているように感じられてならなかった。

 このままでは、また寝ている間に誰かを傷つけてしまう。フレアを悲しませてしまう。

 決意し、クローゼットから荷造り用の太いロープを引きずり出した。

 そして、涙を溜めてフレアを見上げ、それを差し出した。


(わたしを縛って。どこにも行けないように。誰のこともおそえないように……。わたしが、わたしじゃなくなる前に!)


 少女は自分の手足を縛るようジェスチャーで示し、さらにベッドの頑丈な柱を指差した。


「……小さいの? これは……」


 フレアは息を呑み、少女の涙を指で優しくぬぐった。そして、ある一つの推論がひらめく。


 これは……自縛(じばく)か?

 以前読んだ聖騎士の教本にあった、己の中の魔を封じるための荒行。

 つまりこの子は、無意識に暴れようとする自分の体を、自らの意志で止めようと……!


「そうか。貴様、そこまで自分を追い詰めていたのか……」


 フレアの声が震える。


「呪いが、貴様の清らかな意思に反して体を動かそうとするのだな。貴様は、その身を縛ってでも、何者かの手による連れ去り……あるいは操りを防ごうとしている。おお、なんと、なんと高潔な魂か……!」


(えっと、ちょっと解釈が違うけど……まあ、結果は同じか)


「分かった。貴様の願い、このフレアが引き受けよう」


 フレアはロープを手に取り……それを放り投げた。


(えっ?)


「あのような粗末な縄では、貴様の柔肌が傷つく。……これを使おう。我が家に代々伝わる、『竜髭(りゅうし)の編み布』だ!」


 フレアはおもむろに、桐箱から一枚の布を取り出した。

 一見すると上質なシルクだが、表面にはびっしりと封印の魔術文字が刺繍され、ほのかに線香のようなおごそかな香りがただよっている。


「さあ、じっとしていろ。これが貴様を悪しき放浪癖から遮断する。……古の竜よ、この迷える子羊を守りたまえ……」


 フレアはなにやらとなえながら、少女の体を足先から丁寧に、しかし容赦なく巻き上げ始めた。

 くるくると、幾重にも重なる布の層。

 手足は胴体に密着させられ、指一本動かせない状態に固定される。

 少女の体が、巨大な白いサナギになっていく。


「さらに念には念を。この秘術で強化された革ベルトで、絶対に抜け出せぬ『封印』を施す!」


 フレアは職人のような厳しい顔で、ベッドの柵と少女の簀巻きボディを、ギチギチと音を立てながら固定した。


「完了だ。たとえ呪いが貴様の体を操ろうとしても、この『守護の繭(ドラゴニック・ニット)』からは出ることはできん。苦しくはなかろう。これは慈愛(じあい)の重みだ」


(動けない。本当に、ちょっとも動けない。……でも)


 ミノムシのような状態で、天井を見上げた。

 不思議と、不快ではなかった。

 ガチガチに拘束されているという事実が、逆に「もう私は誰も傷つけない」という安心感を与えてくれる。

 それに、竜の髭(ひげ)とやらは驚くほど肌触りが良く、通気性も完璧だった。さすが高級品。


「貴様一人が苦しむことはない。私も、こうやって貴様に寄り添おう」


 最後にフレアは、繭状態の少女を抱き枕のようにガッシリと抱え込み、満足げに目を閉じた。


(あったかい。これなら、もう迷子にならない)


 愛と拘束の重みに包まれながら、深い安堵と共に眠りについた。





男も魔物も自身の本能さえも寄せ付けぬ鉄壁の守り。

だが次回、最も原始的な『生理現象』が、その守りを打ち破る。

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