新たな時代へ
人魔共存条約の締結から、一ヶ月が経った。
王都の一角に、新たな区画が誕生していた。
『調和特区』
人間と魔獣が共に暮らす、実験的な地域だ。
「いい感じじゃないか」
カイルが、特区の様子を眺めながら言う。
通りでは、人間の商人と魔獣が取引をしている。
子供たちは、種族の区別なく一緒に遊んでいた。
「まだまだ始まったばかりよ」
エミリアが現実的な意見を述べる。
「偏見は、そう簡単には消えない」
◆
確かに、問題は山積みだった。
一部の保守派は、未だに共存に反対している。
魔獣の中にも、人間を信用しない者がいる。
だが、少しずつ、確実に前進していた。
「レイン様!」
通りから、声がかかる。
振り返ると、小さな魔獣の子供が駆け寄ってきた。
「これ、お母さんが作ったクッキーです」
魔獣の子供が、籠を差し出す。
「ありがとう」
俺は微笑んで受け取った。
◆
俺たち『絆の証』は、調和特区の管理者となっていた。
冒険者としての活動と並行して、共存の手助けをする。
それが、新たな役割だった。
「報告です」
リナが資料を持ってくる。
「今月の犯罪発生率、前月比で30%減少」
「順調だな」
「相互理解が進んでいる証拠ね」
ノアが頷く。
「お互いを知れば、恐れる必要がないと分かる」
◆
そんな中、懐かしい場所から招待状が届いた。
王立魔法学院からだ。
『特別講師として、後輩たちに体験を語ってほしい』
「学院か……」
俺は感慨深く手紙を見つめる。
一年前、Fクラスに追放された場所。
今では、すべてが懐かしい思い出だ。
「行くの?」
エミリアが尋ねる。
「ああ。後輩たちに、伝えたいことがある」
◆
数日後、俺たちは学院を訪れた。
校門をくぐると、生徒たちがざわめく。
「あれが、レイン・エヴァンス……」
「調停者様だ」
「人魔戦争を止めた英雄」
視線が痛いほどだ。
「有名人は辛いな」
カイルが苦笑する。
「慣れないよな、こういうの」
◆
講堂には、全校生徒が集まっていた。
Sクラスから、Fクラスまで。
その中には、見覚えのある顔もあった。
「お久しぶりです、レイン先輩」
ソフィアが、恥ずかしそうに挨拶する。
あの時、俺を見下していた彼女が。
「元気だったか?」
「はい。先輩のおかげで、目が覚めました」
彼女の隣には、アレクサンダーもいた。
「俺も、考えを改めた」
元ライバルが、真摯な表情で言う。
「強さの本当の意味を、教えてもらった」
◆
講演が始まった。
俺は、転生してからの体験を語った。
追放、仲間との出会い、そして共存への道。
生徒たちは、真剣に聞いている。
「大切なのは、力じゃない」
俺は語りかける。
「理解しようとする心。違いを受け入れる勇気」
Fクラスの生徒たちが、特に熱心に聞いていた。
かつての俺たちと、同じ境遇の彼ら。
◆
「君たちには、無限の可能性がある」
俺は力を込めて言う。
「クラスなんて、関係ない。大切なのは、自分を信じること」
「でも、先輩」
一人のFクラス生が手を挙げる。
「私たちには、特別な力なんて」
「俺も最初はそう思ってた」
俺は微笑む。
「でも、仲間と出会って変わった。一人じゃできないことも、皆でなら」
エミリアたちも、頷いている。
◆
講演後、たくさんの生徒が質問に来た。
特に、Fクラスの生徒たちの目は輝いていた。
「私も、先輩みたいになれるでしょうか」
一人の少女が、期待を込めて聞く。
「なれるよ」
俺は断言する。
「自分を信じて、努力を続ければ」
少女の顔が、パッと明るくなった。
◆
学院を後にする時、学院長が見送りに来た。
「素晴らしい講演でした」
学院長が深々と頭を下げる。
「そして、改めて謝罪を。あの時の処遇は」
「もういいです」
俺は首を振る。
「あれがなければ、今の俺はいない」
「寛大な……」
学院長の目に、涙が浮かんでいた。
◆
それから、さらに時は流れた。
*
五年後。
調和特区は、王都全体に広がっていた。
いや、王国全土で共存が当たり前になりつつある。
街では、人間と魔獣が普通に会話している。
魔獣の店員がいる店も珍しくない。
学校では、人間と魔獣の子供が机を並べて勉強している。
◆
「隊長、新人の紹介です」
冒険者ギルドで、部下が報告する。
そう、俺は今やAランク冒険者。
そして、新人育成を担当していた。
「よろしくお願いします!」
元気な声の主は、人間と魔獣のハーフの少年。
調和特区で生まれた、新世代だ。
「頑張れよ」
俺は少年の頭を撫でる。
この子たちが、新しい時代を作っていく。
◆
「レイン!」
ギルドに、懐かしい声が響く。
振り返ると、仲間たちが集まっていた。
「今日は、『絆の証』結成記念日だろ?」
カイルが、酒瓶を掲げる。
彼は今、王国騎士団の教官をしている。
「忘れるわけないだろ」
俺は苦笑する。
エミリアは宮廷魔導師として活躍。
リナは王立図書館の司書長。
ノアは……相変わらず謎の仕事をしているらしい。
◆
「あの頃を思うと、夢みたいね」
エミリアが、グラスを傾けながら言う。
「Fクラスで出会って、ここまで来るなんて」
「運命だったんだよ」
リナが微笑む。
「きっと、出会うべくして出会った」
「大げさだな」
ノアが茶化すが、顔は笑っている。
皆、あの日々を懐かしんでいた。
◆
「なあ、レイン」
カイルが、ふと真剣な顔になる。
「お前、最近どうなんだ? その……」
「何が?」
「エミリアとの、その……」
カイルの言葉に、エミリアが赤くなる。
「な、何言ってるのよ!」
「いや、だってお前ら」
「実はね」
俺は照れくさそうに言う。
「来月、結婚することになった」
◆
「ええええ!?」
カイルが椅子から転げ落ちる。
「い、いつの間に!」
「おめでとう!」
リナが手を叩く。
「やっとね」
ノアもにやにやしている。
エミリアは、真っ赤になって俯いていた。
「みんなには、最初に伝えたくて」
俺は仲間たちを見回す。
「式には、必ず来てくれよ」
「当たり前だ!」
カイルが立ち上がる。
「俺たちは、永遠の仲間だろ?」
◆
その夜、俺は一人で王都の城壁に立っていた。
眼下に広がる街は、人と魔獣が共に作る光で輝いている。
平和な光景だ。
(これが、俺が望んだ世界)
転生してから、もう六年。
過酷な道のりだったが、後悔はない。
「レイン」
後ろから、エミリアが近づいてくる。
「みんな、まだ飲んでるわよ」
「そうか」
俺は微笑む。
「少し、感慨に浸ってた」
◆
「ねえ」
エミリアが、俺の隣に立つ。
「これから、どうなるのかな」
「さあな」
俺は正直に答える。
「でも、きっと良くなる」
「そうね」
エミリアが俺の腕に手を絡める。
「あなたとなら、どんな未来でも」
二人で見上げる夜空には、無数の星が輝いていた。
それは、無限の可能性を示すようで。
◆
そして、さらに月日は流れ――
*
十年後。
俺は、ある場所に立っていた。
『調和の里』
かつて滅ぼされた村と同じ名前を持つ、新しい村。
ここは、人と魔獣が完全に平等に暮らす理想郷だ。
「パパ!」
小さな女の子が、俺に駆け寄ってくる。
エミリアとの間に生まれた、俺たちの娘だ。
「リリア、走ると危ないぞ」
「だって、パパが遅いんだもん」
◆
「まったく、誰に似たのかしら」
エミリアが、苦笑しながらやってくる。
その手には、生まれたばかりの息子が抱かれていた。
「元気いっぱいで、いいじゃないか」
「そうね」
家族で、村の中を歩く。
道行く人々――人間も魔獣も――が、温かく挨拶してくれる。
ここには、もう偏見も差別もない。
◆
「村長!」
若い魔獣が、慌てて走ってくる。
「新しい移住希望者が」
「分かった、すぐ行く」
そう、俺は今、この村の村長をしている。
冒険者を引退し、共存社会の象徴となるこの村を守っている。
「行ってらっしゃい」
エミリアが微笑む。
「夕食までには戻るよ」
◆
村長室で、移住希望者と面談する。
若い人間と魔獣のカップルだった。
「私たち、一緒に暮らしたくて」
女性が緊張した様子で言う。
「でも、他の場所では」
「ここなら大丈夫です」
俺は優しく微笑む。
「愛に、種族は関係ありません」
カップルの顔が、明るくなる。
◆
夕方、俺は村の丘に登った。
そこには、小さな記念碑がある。
『ここに、新たな時代の始まりを記す』
人魔共存条約締結の記念碑だ。
「ザルディス」
俺は、天に向かって呟く。
彼は三年前、静かに息を引き取った。
最期まで、共存社会の発展を見守っていた。
「あなたの夢は、実現しましたよ」
◆
丘から見下ろす村は、夕日に照らされて黄金色に輝いている。
人間と魔獣の子供たちが、一緒に走り回っている。
大人たちは、協力して畑仕事をしている。
まるで、千年前の理想郷のように。
(これが、俺の選んだ道)
転生して、十六年。
無能と呼ばれた俺は、世界を変えた。
いや、正確には――
皆で、世界を変えた。
◆
「レイン様!」
丘の下から、声がする。
見ると、かつての仲間たちが集まっていた。
カイル、リナ、ノア。
そして、シルヴィア、ガルム、ミラたち。
皆、この村の住人だ。
「今日は、祭りの準備だぞ!」
カイルが手を振る。
「早く降りてこい!」
◆
俺は丘を駆け下りる。
仲間たちの輪に加わり、祭りの準備を始める。
明日は、収穫祭。
人と魔獣が共に祝う、喜びの日だ。
「今年も豊作だな」
ガルムが、満足そうに言う。
彼は今、村の農業指導員だ。
「皆で頑張った成果よ」
シルヴィアが微笑む。
◆
準備を終えて、皆で食卓を囲む。
大きなテーブルには、様々な料理が並ぶ。
人間の料理も、魔獣の料理も。
全てが調和して、豊かな食卓を作っている。
「乾杯!」
俺がグラスを掲げる。
「平和な日々に」
「「「乾杯!」」」
皆の声が、夜空に響く。
◆
その夜、俺は家族と共に星空を見上げていた。
「パパ、お星様きれい」
リリアが、俺の膝の上で言う。
「そうだな」
「大きくなったら、私も冒険者になる」
娘の言葉に、俺は微笑む。
「そうか。じゃあ、強くならないとな」
「うん! パパみたいに、世界を守るの」
◆
(世界を守る、か)
俺は、静かに考える。
確かに、俺は世界を変えた。
でも、本当に大切なのは、これを維持すること。
次の世代に、より良い世界を残すこと。
「リリア」
俺は娘を抱きしめる。
「お前たちの時代は、もっと素晴らしくなる」
「ほんと?」
「ああ。約束する」
◆
エミリアが、優しく微笑んでいる。
息子も、すやすやと眠っている。
平和な夜。
幸せな時間。
これが、俺が掴んだ未来。
転生して、本当に良かった。
心から、そう思える。
明日も、きっと良い日になる。
人と魔獣が共に生きる、この素晴らしい世界で。
【完】




