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未執行


 皇宮に訪れた異端審問官は、二十名ほど。ラドミアの時よりも少ないのは、昨日の新月の夜に捕まえた魔法使いや魔女の対応があるからだろう。

 彼らを従え、アダルセリスとレーテはラピスラズリ宮へ向かう。その異様な光景に、ラピスラズリ宮前を守る騎士が戸惑いの様子を見せた。


「開門なさい」


 レーテは自ら言った。


「わたし達が入った後は、何人たりとも通しても、出してもいけません」


 彼女達に対して、異端審問官は誰一人、反応していない。つまり、その二人の門番は魔女ではない。


「ぎ、御意」


 ラピスラズリ宮を守る門が開かれる。

 レーテが先導し、中に入った。


「ラピスラズリ宮にいる全ての使用人、騎士に告ぐ。即刻、全ての業務を中止し、全員、エントランスホールに集合しなさい」


 風魔法で、敷地内の隅から隅まで声を飛ばす。


 間もなく、彼女達はやって来た。戸惑い、赤ローブの集団に驚きつつ、言われた通りに整列する。ラドミアの宮の者達とは違い、彼らに逆らう気はない。いや、女主人(レーテ)が皇帝側にいるからかもしれないが。


「レーテ様!」


 同じく、エントランスに来たジゼルが、二人の若い侍女を連れてレーテの元に来た。


「ウラナが突然、宮を出て行ってしまったそうなのですが……」

「本当に?」


 レーテは異端審問官達を一瞥する。彼らは揃って首を振った。このエントランスには既に、大半の者達が集まっているが、その中に魔女はいないということだ。


「慌てたように窓から外に出て行ってしまったんです」

「ウラナさんがなにかをしたのでしょうか……?」


 ウラナのことを目撃した侍女達は、レーテの通達に血相を変えていたウラナになんらかの疑惑が出たから、使用人達が集められたのかと思ったらしい。それで、筆頭侍女のジゼルにウラナの様子と逃亡を報告。ジゼルはレーテに伝えるべきだと、二人を連れて来た。


「ウラナは……」


 レーテは目を閉じ、皇宮内の気配を探る。だが、ウラナの気配を見つける前に、近づく禍々しい気配に気が付いた。


「っ魔物が来てる! 二時の方角!」


 異端審問官達がラピスラズリ宮を飛び出す。

 レーテもその後を追いかけて出たが、すぐにアダルセリスに手を掴まれる。


「こっちだ!」


 ラピスラズリ宮の傍らに、翼を持つ純白の馬がいた。ペガサスだ。レーテはその背中に乗せられる。続いてアダルセリスが乗って、手綱を握る。


「昨日の教訓だ」


 万が一、魔女が逃走した場合に備えて、ペガサスを用意してもらっていたらしい。


 ペガサスを魔物と間違える者が他国民の中にたまにいるが、彼らは聖獣だ。女神に仕え、かつて女神が乗っていた馬車を引いていたと言われている。だからか、ペガサスは女神の加護を持つ皇族によく懐く。皇族の多くは馬よりもペガサスに乗る方が得意だ。アダルセリスも、その一人。


 ペガサスが飛翔する。建物を越え、走る赤ローブ集団を空から追い越す。


「魔物はあれか!」


 アダルセリスとレーテの目に入ったのは、魔界がある方角から飛んでくる、巨大な黒鳥。


 レーテは地面を見下ろす。後宮を囲む高い壁の前に、人がいる。藍色のお仕着せは、皇宮に勤める侍女の制服。上空からだが、慣れ親しんだ魔力を感じ取る。


「ウラナ……!」


 ウラナもレーテの気配に気が付いたのか、顔を上げる。その顔が強張り、こちらへ迫る魔鳥を見る。あれに乗って逃げる気なのだろう。


 後宮、そして皇宮を囲む高い塀を自力で飛び越えることは出来ない。魔法を使っても、簡単には出られないように設計されている。

 風魔法を使って身体を持ち上げるにしても、普通はそこまで高く上げることは出来ない。今のレーテ達のように、ペガサスや、あの魔鳥のような、飛行能力を持つ聖獣か魔物に乗らなければ不可能だ。


 レーテは右手の人差し指を魔鳥に向ける。


「――撃ち落とす」


 指先から、光の弾を放つ。だが、魔鳥は身体を傾けて避ける。


 すぐに、レーテは乱れ撃ちに切り替えた。いちいち狙いを付けるのが面倒臭い。数撃てば当たると信じている。


 信じた通り、魔鳥の脚と翼に被弾する。それで体勢を崩したところを、空中に展開した魔法陣から伸びた金の鎖で拘束。

 魔女、魔法使いと契約している魔物は殺さない方がいい。その逆も然り。殺すのなら、同時に殺す。でなければ、死んだ方の力が生きている方に流れ込む。彼らは大抵、片方が死んだら、死んだ方の力を生きている方が引き継ぐという契約を結んでいる。


 魔物の方は後で、異端審問官に引き渡そう。


 ペガサスが降下する。

 だが途中で、下から炎が放たれた。レーテが光の盾を作ったので、当たりはしなかったが。


「ウラナ」


 ウラナの魔法だ。だが、大したことはない。ウラナはレーテとはとこ同士で、同じ光魔法の使い手だが、得意な魔法のタイプは違う。ウラナは多くの光魔法の使い手の例に漏れず、補佐系に特化。レーテは攻撃系。つまり、


「君じゃ、わたしに勝てないでしょ。足ももうないから、逃げられない」


 ウラナはそれに対し、嗤った。


「それはどうかしら」


 レーテは目を見開く。


 ウラナの足元から浮かんだ魔法陣から、漆黒の槍が伸びた。レーテは結界を張って、また防ぐつもりだった。先程の炎のように。だが、貫通された。


「は、」

「っレーテ!!」


 間一髪、レーテはペガサスとアダルセリスを風魔法で吹っ飛ばした。だから、貫かれたのはレーテだけ。

 自分も逃げなかったのは、長く長く伸びた槍が一瞬、ブレたのが見えた。それで、自動追尾機能があると見抜いた。一緒に避けて追われて、諸共貫かれるよりも、自分一人を盾にした。

 槍の成長が止まったことから、少なくとも、今のウラナはレーテ以外を傷付ける気はないらしい。 


「なに、これ……」


 レーテは慣れない痛みと強い不快感に顔を歪める。

 大きな怪我をしたことがないから、痛みに耐性がない。自分でも今更、気が付いた。


 あと、気持ち悪い。この黒い槍が、穢れているからか。魔物から魔女へ、供給されている魔力を使ったのだろう。


「確かに、昔の私ならあんたに勝てなかったわ。攻撃系魔法の素質がからっきしだったもの。でも、今のわたしは魔女。魔物と契約して、攻撃の力を手に入れた」


 レーテは、ウラナが生まれた時からの付き合いだ。それでも、そんな顔は初めて見た。


「わざと拙くした炎で油断してくれてありがとう」


 そんな、毒々しい笑顔と、憎しみの詰まった瞳を、レーテは知らない。


「ウラナ……」

「ウラナ・パレストリ! おまえは何故、レーテを裏切った!」


 地面に降りたアダルセリスが問う。その背後にいつの間にか、異端審問官達が揃っている。


 アダルセリスも、ウラナが生まれた時から彼女を知っている。

 ウラナの母親は、ガルシア家に仕える侍女だった。母親が仕事をしている間、ウラナは一つ上のレーテと共に、レーテの乳母であるジゼルの母親が面倒を見ていた。だから必然的に、アダルセリス、ジゼル、オルテンシアとも深い交流があった。

 ウラナはいつも明るく行動的で、皆のムードメーカーのような存在だった。優柔不断なレーテと、姉と同じことしかしないオルテンシア、婚約者の家で遠慮がちだったアダルセリス、真面目ゆえレーテを立てようとするジゼル。皆をいつも引っ張って、何度も遊びに連れ出した。決して、レーテを呪うような人物ではないと思っていた。


「何故? 決まっているじゃない」


 愚問だと言わんばかりに、ウラナは言う。


「レーテ・ガルシアを不幸のどん底に突き落とす為よ!!」


 レーテは息を詰めた。

 何故。


「どう、して……? ウラナは、ウラナは……わたしが嫌い、だったの……?」

「そうよ」


 信じられない気持ちだった。ウラナから悪意を感じたことなんて、四十年近く生きてきて、一度もなかった。


「なんで……」

「私は、いつもあんたと比べられてきたわ。祖父同士が兄弟で、同じ光魔法の使い手。歳も一つ違い。でも、褒められるのは、認められるのは、いっつもあんたばっかり」


 レーテは、更に使い手が限られる攻撃系光魔法を得意とした。本人は苦手だと言いつつも、補佐系光魔法も平均以上の実力。それ以外の魔法にも、レーテは優れていた。


「でも、それぐらいでしょ。あんたの長所って。だから、私はあんたが嫌いな計算も、魔法の研究も頑張った。流行も常に追いかけた。でも、皆言うの。もっと頑張りなさい。それで、次期ガルシア女伯爵を支えなさいって」


 アダルセリスが、レーテの不得意な政治方面で優秀な成績を修め、それでレーテを支えるよう期待されたように、レーテの周りにいたウラナ、ジゼル、オルテンシアも、レーテにないものを期待された。それを、将来、ガルシア領を治めるレーテの為に生かすようにと。


「私を認めてくれたのは母さんだけだった。母さんはいつも言ってくれたわ。私の方がレーテよりも頭が良くて、社交的で、可愛いって。レーテは、ただガルシア家直系の第一子なだけで優遇されてるって」


 レーテはまたも信じられない気持ちだった。

 ウラナの母親は使用人だが、レーテの父、ライスの従妹に当たる。先々代伯爵、トールの弟の娘だ。彼女はいつもガルシア家に忠実で、現在はガルシア家で侍女長を任されている。


「アグネスが……?」

「そうよ。母さんはいつも言ってたわ。偏屈な先々代伯爵(トール)よりも真面目なお祖父ちゃんの方が、パッとしない先代伯爵(ライス)よりも働き者で皆に信頼されている母さんの方が、馬鹿な本家長女(レーテ)よりも私の方が優秀で、ガルシア家の当主に相応しかったのにって。ガルシア家の長子相続は、誤りなのよ!!」


 長子ではなく、より優秀な者を選ぶべきと言いたいのか。そして、もしそうやって当主を決めていたら、祖父が、母が、己が選ばれると思っているのか。


「僻んでいるだけではないか」


 アダルセリスが呆れたように言う。


「は?」

「そうだろう? 爵位を継げず、貴族から平民になった次男の子と孫。自分達の父親や祖父が当主になっていたら、侍女として働くのではなく、自分達が貴族令嬢や当主として、多くの人間に傅かれていただろうと夢想しているだけだ。レーテがガルシアの跡取り娘としていい思いをしてきたと思っているから、自分よりも不幸にしようといる」


 勝手に、レーテとその祖父、父が自分達の栄光を奪ったと思っている。

 だが、その栄光は、初めから当主と定められていた直系長子達のものだ。第二子以下や、その子孫のものではない。


「私やオルテンシアを見て、その思いが強まったのか。第六皇子なのに皇帝になった私と、次女なのに女伯爵となったオルテンシア」


 相続権は移行する。他の相続者が死んだり、罪を犯したり、別の道を選んで。

 ただ、なにもなかったから、トールは予定通りに爵位を継ぎ、ウラナの祖父は平民になった。


「レーテが妃になってから呪ったのも、長子以外が家督を継ぐことも少なくないのだと、周りの人間を以て示されたからか。だから、自分達の状況がより、理不尽に感じた」


 図星だったのだろう。ウラナは歯軋りし、目を吊り上げた。


「うるさい、うるさい、うるさいっ!!」


 頭を振った拍子に、纏めていた髪が解ける。ガルシア家が代々受け継ぐ黒髪が顔にかかり、その間から、見開かれた茶色の瞳が覗く。


「なんで、私達が悪いみたいに言うのよっ!! 私達は被害者よ!!!!」


 魔法陣から別の黒い槍が伸ばされ、アダルセリスに迫る。だが、その身体を貫く前に、空から落ちた複数の雷が穂先を食い止めた。


「はっ?」


 ウラナは反射的に、レーテがいた場所を見る。そこには、血溜まりが残されていたものの、誰もいなかった。


 視界が明るくなる。ウラナは振り返った。


 ウラナの背後、その上空。レーテが浮いていた。

 遥か頭上、曇天の下には、金色の魔法陣が展開されている。溢れる光に照らされた細い身体に、傷はない。アダルセリスがウラナの注意を引き付けている間に、自力で槍から抜け出して治した。


「ガルシアの後継なんて、」


 ウラナになにを言えばいいのか、レーテにはわからない。

 ただ、すべきことがある。レーテに流れるガルシアの――いや、オスカルの血が、告げる。魔女を処刑せよと。


「オスカルの後継なんて、」


 黒い雲が唸る。一条の雷が、一直線に魔法陣を突き抜けた。


「そんないいものじゃないよ」


 己のはとこでも、幼馴染でも、侍女でも、女神の命令とあらば、殺さなければならないなんて。


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