エピローグ
ウラナが魔女として捕まった翌日。レーテはラピスラズリ宮内の教会に足を運んでいた。
「光の女神ルミナスよ」
跪き、手を胸の前で組む。その手の中に、祖父から貰ったペンダントのチャームを握り込んで。
「わたしは、ウラナを殺せませんでした」
量刑を言い渡される罪人のような気持ちで、伝える。
だが、懺悔ではない。悔やんでいないから。
雷は、女神が罪人へ下す神罰の意味も持つ。そんな権能を女神から授かり、先祖から受け継いだからだろうか。女神にとっての罪人、魔道に堕ちた魔女を、なにがなんでも殺さなければならないと感じた。
しかし、レーテは本能とも言える衝動に逆らった。
ウラナを殺したくない。だが、雷は落とさなければならないと感じた。ただ、雷を落とせば手加減が出来ない。だから、威力を殺す魔法陣に雷を通してから、ウラナに当てた。そのお陰か、ウラナは死にかけたが、一命を取り留めたと今朝、アダルセリスからの使者が伝えてくれた。
女神の神託に背いたレーテを、女神は罰するのだろうか。嫌だが、構わない。ウラナを殺すか、背信者の烙印を押されるか。天秤は傾いて、私情のままにレーテは実行した。
レーテに告解したルチアの気持ちが、今更ながら、わかった気がする。
「どうか、如何ようにも、わたしをお裁きください」
耳鳴りの後、身体が硬直した。
『オスカルの乙女、レーテよ』
女神の声が聴こえる。
『わたくしは言いました。鉄槌を下せと。そして、そなたは下しました。わたくしの命じた通りに』
驚いた弾みで、目を開けてしまう。目蓋は動いても、まだ身体は動かない。
声は続く。
『そなたは執行人ですが、わたくしは裁判官ではありません』
身体から力が抜ける。色々な意味で。
レーテはそのまま、冷たい床に横たわる。目を閉じて、考える。必ずしも、女神の言葉全てに従えというわけではないのだろうか、なんて。
どれほど、そうしていただろうか。足音が床から響く。
「レーテ!? どうした!?」
聞こえた声に、レーテは目を開ける。早まった足音の後、レーテの視界に整った顔が飛び込んでくる。
「……アディさま」
白銀の髪が、シャンデリアから差し込む光で輝く。その眩しさに、レーテは目を細める。
「どうした? 体調が悪いのか?」
アダルセリスに抱き起こされて、レーテはその胸に身体を預けた。
「ちょっと、寝てた」
「は?」
アダルセリスがぽかんと口を開けた後、呆れたように溜め息を吐く。
「風邪を引くだろう。眠いのなら、ちゃんとベッドで寝ろ」
そのまま、膝の裏にも手を差し込まれて、持ち上げられる。
「わっ……!」
レーテはびっくりした。反射的に、アダルセリスの首に両腕をまわす。しがみ付くように、強く抱き着いた。
成長期が早く、女性にしては背が高い方だからか、誰かに抱き上げられた経験は遠い過去だ。
体調を崩して肩を借りることはあっても、レーテは出来る限り自分で移動していた。持ち上げられての移動は、気絶した時ぐらいだろう。
風魔法でジャンプするのはいいが、他力本願の浮遊感は慣れなくて、怖い。
「アディさま」
なんとなく沈黙が嫌で、話しかける。
「ウラナはどうしてる?」
「異端審問官から尋問されている頃だろうか。だか、出来る限り痛め付けないでほしいとは頼んである」
レーテの為だろう。そして、流石の異端審問官も、レーテの為と聞かされれば従う。女神の権能の一端を受け継ぐ存在だから。
「かなり素直に自白しているらしいから、それについての心配はしなくてもいいと思うぞ」
「……そっか」
第五側妃レーテを長年呪っていた真犯人は、その侍女、ウラナ・パレストリであると、後日、公表された。光魔法の使い手でありながら、魔物と契約した魔女だとも。
ウラナは親戚として、幼馴染として、特にレーテに信用された侍女としての立場を利用し、絶えずレーテに呪いをかけていた。
初めは、レーテの身のまわりを包む神力のお陰か、呪詛が効き難かった。そこで、自身と契約する魔物が産んだ卵を料理人に渡した。彼らはその卵が魔物が産んだものだと、夢にも思わない。その卵でレーテの食事を作った。
全ての食事は毒が盛られても効かないよう、光魔法で浄化する。普通ならこれで、魔物の穢れも込められた呪詛も消える。だが、光魔法の使い手という立場から、その役目を任されていたウラナは、浄化するふりをした。レーテはウラナを信用していたから、いちいちチェックしないし、重ねがけもしない。魔物が産んだ卵でも、魔物本体ではない為、鈍感なレーテは気が付けなかった。
なお、レーテの好物は卵料理である。なので、卵を使った品は一日でも最低一品は出てくる。
ウラナはそんな中、ラドミアの侍女が、レーテに呪いを飛ばしていることに気が付いた。レーテの身体に届く寸前で浄化されていたことも。それが神力によるものだとは知らなかっただろうが。ウラナはレーテのように鈍感ではなかったのだ。
これで、ウラナは保険を用意した。スージェンナが飛ばした呪詛を採取し、保管した。それは、レーテが女神の神託を受けて、モンスターインベイド阻止に立ち上がった時に使うことに。
ウラナは、攻撃系光魔法に長けるレーテならば、必ず魔物との戦いに赴くと考えた。特に、アダルセリスが現地にいるのなら尚更。そしてそこには、光魔法の使い手であるルチアやクリストファーもいると予想。
ルチアが呪いを見逃していることは気が付いていたが、レーテを好いていたギャザーに師事するクリストファーなら、レーテを見捨てないと思った。必ず助けると。
レーテが寝ている間に、今まで蓄積してきた呪詛のほとんどを解呪した。そして、保管していたスージェンナの呪いを、飲み物に混ぜて飲ませた。レーテも知らないうちに、呪いがすり替えられたのだ。だから、クリストファーの呪詛返しの対象は、スージェンナだった。
「ウラナは策士だったのね。知らなかったわ」
オルテンシアが言う。
ウラナの元雇用主であるガルシア伯爵家の現当主であり、親戚として、領地から呼び出されて色々と聴取されたらしい。ガルシア領にいた頃のウラナの様子だとか。そのついでに、レーテに会いに、ラピスラズリ宮へ来てくれた。
「わたし、感覚を磨こうなって思ってる。色々と気づかな過ぎてありえないって……」
この話をアダルセリスから聞いた時、レーテは頭を抱えた。この事件は単に、レーテが呪詛にさっさと気が付ければ、こんな長期に渡ることも、ウラナやスージェンナ、自称ルチアの婚約者が罪を重ねることもなかっただろう。
「磨けるものなのかしら?」
「わかんないけど、臨死体験をすると感覚が鋭くなりますよって異端審問官に誘われた」
「それは絶対やめて」
勿論、やる気はない。レーテは今回の件で気が付いたのだ。怪我はすごく痛い。もう二度と怪我をしたくないと。臨死体験なんて、絶対、怪我をするやつではないか。
ウラナには、脇腹や胸、肩、太腿、腕など、十箇所近くを刺された。人生でダントツトップの大怪我だ。治癒魔法をあんなに使ったのも初めて。
「ウラナの家族はどうしてるの?」
ウラナには両親と弟妹がいる。弟妹達は結婚し、子供もいる。彼らは全員、ガルシア家で使用人として働いているが……。
「流石に、側妃を……ガルシア家の元跡取り娘を呪い殺そうとした人の身内は雇用し続けられないわ。でも、長年、仕えてくれた恩も、親戚としての情もあるから、シモーネの農園での仕事を斡旋したわ。近いうちに出立する予定よ」
シモーネは、亡き父方の祖母――先々代伯爵の妻、アルフォンシーナの実家が治める領地だ。グランツ帝国内ではなく、他国にある。祖母は他国の公爵令嬢だった。
「そっか。なら、安心かな」
シモーネがある国、マデールナ王国まではかなりの距離がある。いくらグランツ帝国が大国だとしても、情報全てが伝達するとは限らない。側妃を呪った魔女の身内だと迫害される可能性は、魔物を忌み嫌うこの国よりもずっと低いだろう。
「アグネスは?」
ウラナの母、アグネス。ガルシア伯爵家の侍女長でありながら、歴代の主人達に強い不満があったらしい人物。
「聞いたわ。自分達の方が祖父さま達より優れてるから、当主に相応しかったとか言ってたんですってね。それ、母さまが追及したら、色々と話してくれたわ。母親……ウラナの祖母に、幼い頃から言われてたことだって」
ウラナの祖母は生まれも育ちもガルシア領の平民。ただ美しい人で、大叔父に見初められて結婚したと聞いている。
彼女はどうやら、自分の夫が貴族から平民になったことがお気に召さなかったらしい。それで、アグネスにその不満をいつも言っていた。アグネスはそれを聞いて育ち、同じような不満を持った。そして、母と同じことを娘にした。
「ある意味、ウラナとアグネスも被害者かしら。だからって、姉さまを呪ったことは許されることじゃないけれど」
ウラナは十中八九、死刑だろう。魔女と魔法使いは、身分がなんであれ、皆、死刑に処されるという法だ。
レーテもいつか、子供が生まれたら、どうするのだろうか。自分の思想を子供に与えて、その人生を歪めてしまわないだろうか。それを考えると、子を産み育てることは大変、責任があることなのだと思う。
目の前にも、三児の母がいる。後学の為にも、妹としてではなく、母としての話も、聞いてみようか。




