月なき夜の追跡
二日後。太陽が沈む。とうとう、魔法使いと魔女が最も活動的になる時間、月のない夜が来た。
レーテとアダルセリスは、共に皇宮前にいる。呪詛が飛んで来たらすぐに移動出来るよう、馬も用意して。人目に付かない端の方で待機。
一緒に、異端審問官も一人いる。赤いローブのフードを目深に被っているので顔はわからないが、体格や声的に男。流石に、新月の夜に大人数を割くことは出来なかったらしい。
「すっごい暇」
「寒くないか?」
グランツ帝国の帝都は常春だ。一年間の気候に差はあまりない。昼間は暖かいが、夜から早朝にかけては少し肌寒い日もある。
「大丈夫。ちゃんとコートも着てるし」
コートの下は、膝下のワンピース。馬に乗るので、本当は乗馬パンツで来たかったが、結婚前のものでサイズが合わなかった。
待っていると来ないというか、なんの音沙汰もないまま、日付が変わる。
「来月だったらどうしよう……」
「流石にそれまでは待てないな」
「だよね」
悠長に一月を待つ気はない。もし今日、動きがなかったらどうすべきか。
やはり、体調の悪さに託けてアダルセリスを狙う術師の調査を先送りにするんじゃなかったと後悔する。自分では動けなくても、せめて、アダルセリスに報告しておけば、彼が宮廷魔法師に探させるとか、なにかしらの調査や対策を行っていただろう。
「台下」
ずっと黙っていた異端審問官が口を開く。
「え? はい」
一瞬、ルチアが来たのかと思った。聖女と神女への敬称が同じせいだ。
ちなみに、教皇は聖下。
「台下のその御力ーー」
その時だった。
「!!」
北東から迫った気配に、レーテは反射的に右腕を振る。
瞬間、その気配はレーテが飛ばした魔力に弾かれ、遠ざかる。ピリリと腕が痺れる感覚は、間違いない。
「即死級呪詛!」
「来たか!」
アダルセリスが馬の腹を蹴る。
レーテはアダルセリスと相乗り。その後ろを、異端審問官が乗る馬が追いかける。
「待って、方角しかわかんない!」
目の前には、家がいくつも建っている。
「馬じゃなく、ペガサスを用意するんだった!」
アダルセリスが舌打ちする。
家や川などの障害物を避ける。やや遠回りになるが、仕方ない。ただの馬では、家の屋根を飛び越えることは難しい。風魔法で跳躍の高さを上げるにしても、馬は重くて持ち上げるのも一苦労。
レーテは、目的の方角で呪いが弾けたことに気が付いた。
「ん……呪詛返し完遂。対象は恐らく死亡。でも多分、今回も贄が肩代わりしただけだと思う。手応えが薄いから」
「贄はなんだと思う?」
アダルセリスに問われ、少し考える。
「人間ではないと思う。毎年、同じ時期に人間が呪詛で死んでいたら騒ぎになってるでしょ」
「そうだな」
死者の遺体は身分問わず全て、教会に運ばれ、そこで埋葬される。教会の神官ならば、たとえ光魔法の素質がなくとも、呪詛――穢れと負の感情の気配に気が付く。だから、呪殺された遺体も必ずわかる。
「だから多分、動物。でも、小動物だと対人間の即死級呪詛をカバーすることは出来ないから、最低でも豚ぐらいのサイズの動物じゃないかな」
「いえ、魔物です」
「えっ」
背後から、風に乗って声が聞こえた。異端審問官だ。
風魔法で異端審問官に会話を傍聴されていることは気が付いていたので、それについては突っ込まない。
「魔物? なら、今回の術師が魔女か?」
「それは考えにくいですね」
異端審問官は否定した。
「何故だ? 魔物を使役して……あっ」
アダルセリスは気が付く。
「なに?」
「魔法使いと魔女と、奴らが使役する魔物は対等だ。魔法使いと魔女は、魔物から魔力と禁術の知識を得る。魔物は魔法使いと魔女から、恨みや欲望など負の感情を得て、糧とする。だから、魔物を使い捨てにすることは出来ない。契約違反になる」
アダルセリスの説明に、レーテも納得した。
そう何度も魔物を切り捨てて契約違反を犯せば、相応の報いが返ってくる。魔法における契約は大抵、命か、それに準ずるものが賭けられる。
「その通りです。術師は不当に捕まえた魔物を材料に、即死級呪詛をかけていると思われます。そこに、魔女達とのような魔物との契約は存在しません。恐らく、そこら辺の人間でも容易く卸せるような、弱い魔物を利用していると思われます」
魔物の強さもピンキリだ。攻撃には向かない種類の魔物もいる。そういう魔物なら、簡単に捕まえられるだろう。力が弱いから一度限りの使い捨てになるが、呪詛の媒体に使えば呪詛返しもまず、魔物に行く。魔物が受け止めきれない分が人間の術師へ溢れ落ちるが、レーテが先程言ったように、小動物サイズでもなければ問題ないだろう。
「今回もハズレか」
でも、今回こそ、アダルセリスの命を狙う者を見逃すつもりはない。
「見えた! あれ!」
レーテは人差し指を差す。帝都の一角にある小さな教会。その裏の墓地に、人影がいる。近付けば、血肉が焼けるような臭いがした。
魔力で夜目は利かせているが、わかりやすいよう、術師の近くに小さめの雷を落とす。閃光が術師の姿を照らした。
「っなんでだよ……!」
悪態をつき、術師が背を向けて走り出す。
油断していたことだろう。この二十年、呪詛返ししか来なかったのだから。だが今回、皇帝と神女が、異端審問官まで連れて来た。
「逃がさない」
レーテの瞳が、暗闇の中で黄金に光っている。
その瞳と同じ色に輝く魔法陣から飛び出した鎖が、術師の身体を絡め取る。四肢を捕らえれば、もうどこにも行かない。
「……抵抗しないの?」
レーテはつい、聞いてしまう。思ったよりもあっさりと捕まえられたから。
一年に一度、執念深く即死級の呪詛を飛ばして来たのだ。きっと、ものすごく手強い術師だと思っていた。だから念を入れて、アダルセリスにタリスマンを二つも用意したのに。
「出来ませんよ。頼みの綱は、そこで死んでいますから」
異端審問官が、手に持つランタンで少し離れた先の地面を照らす。巨大な魚のような魔物が血を吐き、その肉と鱗の一部を爛れさせて横たわっていた。これが、今回の呪詛の媒体であり、贄か。
「どういうことだ? 普通の魔法は?」
「その子、魔法の才能がないんです」
異端審問官は、術師を指差す。黒い外套を纏った、痩せぎすの中年の男だった。
レーテとアダルセリスはポカンと術師を見る。
「魔法の才能が、ない?」
「えぇ。だから魔物を利用したのでしょう。自前の魔力と才能じゃ、即死級呪詛どころか、チェストの角に指をぶつけさせることすら出来ませんよ」
ただ、魔物の穢れで呪詛の威力を高めたいとか、呪詛返し対策に身代わりにしたいとか、そういう意味で魔物を使ったのではなかったのだ。
「何故、おまえがそんなことを知っているんだ? 知り合いか?」
アダルセリスが異端審問官に問う。
「はい。昔から、私の娘に付き纏っていた男です」
異端審問官が断言した。
それに対し、術師は身を捩って暴れる。光の鎖が金属音を立てる。
「付き纏ってなんかないっ!! 俺はるーたんと結婚の約束をしてた婚約者だっ!!!!」
レーテにはちょっと、意味がわからない。娘って誰。るーたんって誰。
「あの異端審問官はルチアの父親だ」
アダルセリスが耳元で囁く。
「えっ、そうなの!?」
レーテはルチアの話を思い出す。
異端審問官であるルチアの父親。だが、血は繋がっていない。本当の父親は先代の教皇、ボナヴェントゥーラだから。それをこの異端審問官が知っているかは、レーテにはわからないが。
「ってことは、るーたんって、ルチアさまのこと?」
なんか不敬な呼び方……と思うのは、レーテにとってのルチアは聖女で皇后だから。
だが、よくよく考えれば、元は平民。誰かしらからあだ名や呼び捨てで呼ばれていたことがあるのは、当たり前といえば当たり前。
「なのに、皇帝が権力を振りかざしてるーたんを俺から奪ったんだ!!」
冤罪です。
「だから俺はるーたんを手籠にした皇帝からるーたんを助ける為に、皇帝を倒そうとしたんだ!! るーたんは俺の助けを待ってるんだ!!」
この術師の中では、ルチアは囚われの姫で、アダルセリスは魔王。術師は勇者ということか。
言い切られ、レーテはどんな顔をすればいいのかわからない。そのるーたんは、皇帝の妻になる為に女神の神託を曲げた女だが。
「えー……」
レーテはちょっとどころじゃなく、引いている。なにをどうしたら、こんな勘違いをするのだろうか。
「えーと、その男はルチアさまと幼馴染ってこと?」
「違います。近所に住んではいましたが、誘われてもいないのにルチアとその友達の輪に勝手に入っていっては、ルチアに近付く人間全てを虐めて嫌われていました」
なんて酷い。友達ですらないじゃないか。悪者はどっちだ。
「こいつ、どうするの?」
相手にしたくないので、さっさとどこかへ押し付けたい。レーテはアダルセリスと異端審問官の顔を交互に見る。
「魔法使いではありませんが、魔物を使っていたのは事実です。できれば教会で引き取り、ごうも……っいえ、尋問をしたいのですが」
わざわざ言い直さずとも、異端審問官の尋問が拷問に相当することは、レーテでも知っている。
異端審問官のローブが赤いのだって、元は黒かったところ、当時の皇帝と教皇が、「宮廷魔法師と混ざるから色変えね?」「じゃあ赤でよくね? 血の色」と話し合って決めたらしい。
ちなみに、その皇帝はアダルセリスの高祖父に当たる。
「それは構わないが、自白内容はこちらにも送ってくれ。処遇を任せる旨を書いた書状を後で教会に送っておく」
取り合いにならなくて良かった。こんなのを巡ってアダルセリスと異端審問官が火花を散らすところなんて、見たくない。
基本的に、背信行為を行った者は教会の異端審問官に任される。だが、皇帝など、皇族や高位の貴族に被害があった場合は、軍や騎士団が出て来ることもある。
アダルセリスとしては、ちょっとどころじゃなく理解不能な男の相手はまともな軍や騎士達には荷が重いと思ったのかもしれない。
いや、異端審問官がまともじゃないと言いたいわけではない。決して。
ただ、魔物と契約した者、魔法使いや魔女の中には、負の感情や穢れの影響で、思考や感情が支離滅裂になっていることがある。なので、異端審問官は精神異常者の扱いには慣れている……はず。よくわからないから力技で拷問をしているわけではない、と思う。
異端審問官は謎が多いので、レーテも詳しいことはわからないが。
「ありがとうございます、陛下」
異端審問官は術師の両手に手錠をかける。魔法の才能がないらしいこの術師に必要かは知らないが、魔力を封じる魔導具でもある。大抵の犯罪者は魔法で逃げられないよう、この手錠で拘束するのだ。
あと、るーたんるーたん煩いので、気絶させておく。
「レーテ神女台下も、情報提供及び捕縛へのご協力に感謝申し上げます」
「いえ、こちらこそ……。その男を任せます」
レーテとしては、長年アダルセリスを狙われ続けた鬱憤を晴らしたいところだが、仕方ない。異端審問官に拷問されることを期待して、大人しく引き渡した。




