第三側妃の結末と事前準備
新月までの間に、ラドミアとその関係者の処遇が決まった。
ラドミアは、アダルセリスと離婚。ラドミアは祖国へ強制送還される。そのことは既に、民に向けて公表された。
だが、暗殺方法が呪詛であることは内密にされている。光魔法の使い手でもある神女が、自分にかかった呪詛に二十年も気が付けなかった間抜けだとは言い難い。
同じ妃である聖女も、第五側妃にかけられた呪いに気が付かなかったのか? なんて指摘される場合もある。聖女がわざとレーテを見殺しにしたと取られかねない話も出せない。
ラドミアは二人の皇子を産んでいる。十七歳の第三皇子ガルブレイスと、十五歳の第四皇子ジャレル。本人達は母親やその侍女の凶行を知らなかったが、お咎めなしとはいかない。皇族の殺害未遂という重罪には、連座が適用される。
ガルブレイスとジャレルは、それぞれ男爵位と小さな領地を与えられた。念の為、皇位継承権は持ったままだが、クリストファーやその他の皇子皇女が結婚し、子供が産まれて皇位継承権保持者が増えれば剥奪される。結婚は出来るが、ガルブレイスとジャレルの子供や孫に皇位継承権が与えられることはない。
「ラドミア元妃は祖国に帰るんですね。いいんですか? 公女として自由に暮らすんじゃ……」
「グランツとベルカで結んだ契約だと、地方の離宮で生涯、蟄居するらしいよ。グランツで裁かない代わりに、アディさまがガッポリ賠償金をぶん取ったらしいから、生活も慎ましくせざるを得ないかも。少なくとも、国民はラドミアを許さないだろうからね」
ベルカ公国は先帝に吹っ掛けられた戦で負け、かなり金銭的に苦しんでいた。元々、小国で、特別裕福なわけではないからというのもある。公女が大国の皇帝の妃になったお陰で資金援助も受けられ、数十年の間に財政はそれなりに持ち直せた。だが、救世主とも言える公女本人の犯罪でその援助も切られ、逆に多額の賠償金を支払う羽目になった。
「ということは、ベルカ公国はラドミア元妃を引き取らない方が良かったってことですか?」
「まぁそうだね。どうせ、グランツに任せたとしても蟄居止まりだっただろうし。でも、ベルカ大公は妹のラドミアを溺愛してるらしいから、グランツに任せたら、知らんところで妹になにをされるかわからん! って、賠償金が増えてでも引き取ったらしい」
「この処刑される侍女も可哀想ですね……。見捨てられたようなものですし」
ウラナの視線の先にあるのは、テーブルの上に置かれた新聞。グランツの帝都にある新聞社が出していて、スージェンナは祖国ベルカに見捨てられたと書いている。
首謀犯のラドミアが兄大公のお膝元で幽閉。対してスージェンナは、グランツで処刑される。側妃の暗殺未遂に手を染めてでも助けようとした最愛の母に、最期に一目会うことも出来ないまま。
だが、憐れむつもりも、許すこともない。十七歳から、二十年の歳月は大きい。
普通は、子供を産めなくなるし、美貌は衰え、可愛いドレスも着にくくなる。しかし、レーテは恐らく、皇族のように長命で、老いが遅いのだろう。だからまだ子供も余裕で産めるだろうし、皺もない。実年齢を考慮しなければ、リボンとフリルたっぷりのドレスだって違和感なく着られる。……着ないけど。
レーテは運が良かっただけだ。数代に一人のみが受け継ぐ雷の権能を受け継いだから、未だ若さを保っている。多分、長い寿命がある。
ルチアは呪いに気が付いていてわざと放置したが、ラドミアとスージェンナが呪いに手を出さなければ、そんなことはしなかっただろう。
ラドミア達の処遇が決まったからか、アダルセリスの仕事も一旦落ち着いたらしい。久しぶりにラピスラズリ宮に来た。
「ルチアのことだが」
ルチアはアダルセリスにも、レーテに話したようなことを告白したらしい。
「現教皇とも共有した。その上で、ルチアが聖女であることは続行したままとする」
レーテも異論はない。
「だが、全くのお咎めなしというわけにはいかない。女神の神託を己の私利私欲に利用したことは、背信行為と見做される。異端審問官に知られれば、ただでは済まない。それほどの重罪だ」
女神からの神託と言えば、ほとんどが未来予知。これは二パターンに分けられる。
一つは、女神が変えたいと願う未来の預言。レーテが受け取った二つの預言が相当する。モンスターインベイドによるグランツの滅亡と、魔女によるレーテの呪殺。女神はそのどちらもを回避せよと命じた。
二つ目は、ルチアに下した預言のように、特に守れとも回避しろとも言わず、ただ、未来に起こることを伝えるだけ。この場合、どう動くべきかは、神託を受け取った者次第。
――なんてことはない。その未来を変えてほしいのなら、ちゃんと変えてと言う。言われてもいないのに、勝手に変えるのはアウト。偶然、変わってしまったのならばともかく、ルチアは自身の野心を以て、わざと未来を変えた。それは、女神の意志に反する行いであると見做される。
「では、どうなさるのですか?」
「如何なる場合でも、聖女として、このグランツ帝国とその民に尽くすことを女神に誓わせた。たとえやりたくない、助けたくない相手がいても、皇帝、教皇、神女、いずれか一人でも要請があれば、必ず光魔法を使って救わなければならない」
長年、聖女は国と民に奉仕すべきという考えがあったが、ここ数百年ほどは聖女でも、仕事は選べるようになった。たとえば、個人的に嫌いな相手は助けたくないとか、怖いから戦場に行きたくないとか。
皇帝と教皇、レーテ以外からの依頼は今まで通り選べるのだから、充分、良心的だろうとは思うが。
「これでたとえ、魔女がレーテを呪ったとしても、即死級でない限り、ルチアに解呪させられるはずだ」
ルチアは一度、アダルセリスから病床のレーテを癒してほしいという要請を拒んだ。アダルセリスはそれを根に持っていたらしい。今度は、レーテを助けることを拒否出来ないようにした。
「罰というには生温いかもしれないが……」
「いや、そうでもないんじゃない?」
レーテはアダルセリスを見る。
「ルチアの話を聞いてどう思った? 聖女で、皇后でもあるルチアが神託を利用したなんて」
「……失望した」
レーテも、きっとアダルセリスと現教皇も、皆、ルチアがそんなことをする人だとは思っていなかった。
「なら、それが充分重い罰じゃないかな。好きな人に失望されるなんて、普通は辛いでしょ。わたしなら、アディさまに失望されるのは嫌だもん」
だから嫉妬とか、負の感情を見せたくないと思っている。そんな醜い感情を持つような奴だったんだ、なんて思われたくない。
アダルセリスは納得したように頷く。
「そうだな。私も、レーテに失望されたくはない」
「しないから、大丈夫」
隣に座るアダルセリスの肩に頭を預ける。
「だが、きっと……」
「きっと?」
至近距離にいるから、小さく囁かれた声もレーテの耳に届いた。
「いや、なんでもない」
アダルセリスが、レーテの髪を指で梳く。それに、誤魔化されたと感じる。
「ねぇ――」
「明後日が新月だな」
「え? あぁ、うん…………あっ、そうだ!」
レーテは勢いよく顔を上げ、立ち上がる。呟きの意味を追及しようとしたことも、すっかり吹き飛んだ。
「念の為に、タリスマンを用意したから、明後日は一日、身に付けてて」
両手を叩く。壁際に控えていたウラナが一旦別室へと行く。彼女はクッションが敷かれた箱を持って来た。その上に、二つのタリスマンを乗せている。
神が使い、女神に捧げる祝詞などにも使用されている神語を鎖一つ一つ全てに刻んだ金のペンダント。魔除けの石、アメジストをあしらっている。
もう一つは、守護の紋様を刻んだラピスラズリのピアス。
基となるペンダントとピアスを作ったのは、レーテが昔から贔屓にしている職人。ただのアクセサリーではなく、魔法的な素材と工程を使ったもの。加えて、レーテが神語と紋様を刻み、光の魔力と守護の術式を込めた。
万が一、即死級呪詛がアダルセリスに到達しても、即死は免れるだけの守護と浄化の力を持つ、魔除けのお守り。少しでも生きてくれれば、解呪か、呪詛返しかで対応出来る。最も、一番いいのはその前に弾き返すことだが。
「わざわざ用意してくれたのか? これもあるが」
「なに?」
過去になにかあげただろうか。レーテが疑問に思っていると、アダルセリスが左膝を立てる。ソファーに上げられた左足の上、ズボンの裾が少し上がって、見えた。
「えっ、これ……!」
足首に巻かれた銀のチェーンに、小さなラピスラズリが付いた金のリングが通されている。
この指輪も、基本の形を職人に作ってもらった後、レーテが魔法的に手を加え、タリスマンにした。なにかと命を狙われるアダルセリスの為に。
「えーっ。ずっと持ってたの? 全然気が付かなかった」
「足だからな」
足元を見下ろすレーテの顔を、アダルセリスが覗き込む。
「……引いたか?」
「なんで? タリスマンを身に付けるのはよくあることでしょ」
「そうじゃない。レーテと婚約していた証だから、身に付けていた。結婚品はつけられないから」
グランツ帝国では、婚約者同士の証として、揃いの指輪を持つ。結婚後は、揃いの装飾品であれば種類を問わない。
だが、最低でも六人の妻を持つ皇帝が、妃全員との結婚品を持つことは難しい。だから基本的に、皇帝とその妃達は結婚品を持たない。代わりに、皇帝から妃達に対して、ティアラを贈る風習がある。レーテも貰った。ごくたまーに、体調がいい時に参加した公務で数度、身に付けたぐらいだが。
妃達からはなにもない。特定の妃が贈ったもののみを使う、身に付けることが、争いの原因になりかねないからだ。
「い、いや、全然引いてない……」
レーテは困った。勝手に一人、気まずくなる。
レーテが持っていた婚約指輪は、アダルセリスが皇帝になると、レーテと結婚が出来ないとなった時に、自棄になってそこら辺に放り投げてしまった。その後、側妃にはなったけど。
つまり、失くした。
今度、実家に問い合わせておこう。母や使用人辺りが見つけ、回収して保管してくれてたり…………しないだろうか……。
「嬉しいよ」
指輪を撫でる。
これは本当。レーテの指輪はどこかと突っ込まれないか、ハラハラしつつも、頬が熱い。
そんな頬を突くアダルセリスの人差し指を、レーテは片手で握り締めた。




