空で
純白の飛行船ミク・フォーリナー号が、音も無く森の空を飛ぶ。
木々の間から姫閣下の紋章が飛び上がって行く。
もはや兵達には当たり前の風景であり、あの中にはミク姫閣下と、姫閣下が仕えるあの方達が乗っている。
その純白の姿を見た者は、仕事の手を止めて見えもしないであろうが、皆静かに頭をさげる。
田畑を耕す者。
森の中で採取を行う者。
兵として訓練を行う者。
みんながだ。
今日も森の何処かで、新しい何かをお始めになるのだろう。
あの飛行船が飛ぶ時、自分達東部方面軍に対して驚愕と共に信じがたい「便利」を自分達に授けてくれる。
ただちょっと違うのは、自分達に新たな目標を授けてくれる、つまり努力の対価として新しい「便利」を手に入れる事が出来るという事。
それは自分達に継続していける資格と能力があるのかを試しているという事。
もはや自分達は帝国兵という感覚を失っていた。
帝国よりも進んだ文化・思考を彼は齎してくれた。
隣国なれど遠い国だったキクスイ王国とは日に日に交流が進んでいく。キクスイ王家と姫閣下のご家族は帝国政治家の誰よりも親交を深めているのだ。
山を、距離を、彼は簡単に縮めてしまった。
山を穿ち、山を越え、人を繋ぎ物を繋いだ。
そして早馬が司令部に届いた。
まもなくイリス将軍率いる家畜隊がトンネルに突入するという。
馬と違い、文字通り牛歩の速さで来るから到着は明日の午前中。
牛の種類、頭数、雄雌、健康状態。
イリス将軍は姫閣下の前で醜態を晒したものの、文官のトップらしく日々の状況を事細かに網羅して報告を寄越してくれた。
これを夕方の定時報告で閣下にこのまま提出する。敢えて意見は添えない。
自分如きの浅薄な意見など、あの方には参考にもならないからだ。
それでも時折、あの方は自分如きの意見を述べさせて尊重してくれる。
それは姫閣下があの方の元で「学んで」いる間、この駐屯地を預かる将官として学ぶべき器量であり技量である。
姫閣下はあの方への輿入れを望んでいるし、自分達もそう思う。
自分にはわかっていた。あの方の元で暮らす様になって、姫閣下は明らかに人として成長している。
願わくば、あの方の妻となって更に成長した姫閣下の元で、自分達は生を全うしたい。
それに見合うだけの努力をするのは、姫閣下だけでは無く、東部方面軍兵及び間も無く合流する家族にも課せられる事だろう。
「何か下でカピタン将軍が難しい顔でこちらを見てますわ。怖いわ怖いわ。」
貴女ちっとも怖がってないでしょう。
「最近夕方に会うと不機嫌そうなんですよ。」
だって珍奇な歌を歌ってたり、謎ダンスを披露してますからねぇ。帝国皇女なのに。
ものすご〜く心配してますよ。うちの姫さまは私の家で何してんだろう。
あの男が皇女としての何を壊してないか?って。
「皇女と言っても、私特に特別な教育を受けて訳じゃありませんから。私がまるっきり世間知らずな事は旦那様もよくご存知でしょう。」
うん。
「酷いですわ。少しは否定して下さっても良いじゃありませんか!」
はい。
「面倒くさい女と思う事禁止!ですわ。」
ひょっとして姫さんておばちゃん気質?
「だーれがおばちゃんですか。私はまだ10代ですわ。誇り高い皇女をおばちゃんにしたのでしたら、それは旦那様の仕業ですわ。私が本当におばちゃんになる前にちゃんと契りを交わして下さい。サリーさんが一番とか嫌ですわ。ねぇ旦那様ぁ。」
おい、助けてくれミズーリ。帝国第四皇女が発情し出した。
「ミク。私も女扱いされないどころか、母ちゃん扱いされたから、トールさんに女の扱い方を期待する方が無駄よ無駄。」
しまった。身に覚えが沢山ある。
などと意味不明な供述をしているミク・フォーリナー殿下のリクエストでご飯を炊きます。
空にいるのはちょいと欲しいものがあるため。
「まずはお米を研ぎます。とりあえずは一合だけ。計量カップに目盛まで入れましょう。」
「は、はい。」
お米は噛み付かないから落ち着いて、肩の力を抜きましょう。
「こ、こんなものですか?」
そうそう。
「それをお釜に入れます。」
ざー。
「では、お釜に水を入れて下さい。」
じゃー。
「入れました。」
こらこら、いきなりスイッチを入れないの。
「そしたらお米を洗います。下から掻き回す様に優しく掻き回して下さい。」
じゃらじゃら。
「乱暴に掻き回すと、お米が割れちゃいます。素早く優しくお米を手で研ぐ様に。」
「は、はい。」
「では、お米が溢れない様にお釜を傾けて研ぎ汁を捨てて下さい。傾け過ぎるとこぼしちゃいます。」
「こぼしちゃいました。…全部。」
全部…。
「ではもう一度お米を測るところから。」
「は、はい。(泣)」
そんなんでも無事ご飯を炊けた。
きちんと昆布で出汁を取ったワカメと豆腐のお味噌汁も作れた。
なんとミズーリがちゃんと豆腐を掌で切る事を知っていて、姫さんに見本を見せていたよ。出来たんだ、料理。しかも和食。
塩水に浸した手でおにぎりを作りましょう。
南高梅の肉厚酸っぱさ控えめのものを具にして、海苔半畳で真っ黒に包みます。
肉厚の梅っておかずになるんだよね。
「嬉しい。美味しい。酸っぱい。」
と姫さんは泣きながら、初めて自分が作ったおにぎりとお味噌汁を味わっている。
その姿を優しく眺めているのはチビちゃん。
おねだりもせずに姫さんの足にそっと身体をくっつけている。
今後は、こんなお昼を食べる日も来るのかな。
で、特にやる事がなくなったのに飛行船を出した理由ですが。
ここ、久しぶりに風車まで来ました。
はい、娘達は歓声を上げて果樹園に突入していきます。
風車を作ったのはいいけど何の役にも立って無いなあと思い出したからです。
果樹収穫用のモノレールの動力にしようとは思ってましたが、一つ思いつきました。
風車の用途、発電や挽臼と一緒に揚水があります。発電はまだ早いし、山の上で臼を引いてもしょうがない。
どうせ遊んでいるなら、いっそ遊ばせよう。
という訳でパイプを取り付けます。
山の地下には広大な地底湖があるので、そこから水を揚げる訳です。
揚げた水はどうするか。そのまま下に落とします。つまり滝です。
森の中に小さな渓谷と小さな滝を作りましたが、小さ過ぎました。
どうせ万能の力があるのだから、たまには遊んでも良かろうって事です。
とは言っても変な所に作る訳にもいかず、万能さんと相談した結果、風車から少し離れた峠が岩盤であるのでツリーさんの許可を貰って作りました。
風車の揚水能力をはるかに超える水量な気もしますが、滝です。
轟轟たる滝…とまではいかないけれど、それなりの水量が山肌を滑り落ちる滝です。
やがて土砂を削り岩盤を滑り落ちる滑滝になるでしょう。
落ちた水はそのまま、森の貯水池に流れ込む様に森の中の地面も細工済。
ああ、土砂崩れとかしないように周囲には細工しといて有ります。
環境アセスメントは完璧です。
たまにはね。こんな力の無駄遣いもします。
娘達は呆れ返っていますが、何故かツリーさんがご機嫌なので良いでしょう。
将来に渡って自然に対する悪影響がない
と森の精霊が認めてくれたって事ですから。
さぁ、帰って晩御飯を作ろう。
その採取した枇杷はジャムにして、明日の朝御飯行きですかね。
嵐の様なサリーさんが去った後でしたが、家族でのんびり過ごせた一日でした。




