お蕎麦
「それで一体何がどうなったのですか?」
ミズーリに目と耳を塞がれてツンボ桟敷に置かれていた姫さんが不安そうに話しかけてきた。
のんびりと馬車の旅を楽しんで居たのに、突然馬くんが全力疾走始めたと思いきや、飛行船に放り込まれて、気がついたら私とミズーリが深刻そうな顔して話し合って居るのだから、そりゃ不安にもなるでしょう。
私はこういう時は、なるべくぶっちゃける様にしています。大人相手でも子供相手でも、誤魔化したって良い事は有りませんからね。
「コマクサ公爵がおよそ100人の勢力をもって攻めて来ました。火矢を用いて森を燃やそうとしていたので撃退しました。」
「森を燃やす!なんて事を!」
【木に油を仕込んでおいて森ごと敵を燃やす】が東部方面軍の戦術だった筈ですが、森の精霊とずっと一緒にいますから、自然保護の意識に目覚めた様です。為政者の意識としては結構な事です。
「なので全員お帰り頂きました。ただし死体で。」
「…今更ですから旦那様のやり方には驚きませんが、せめて苦しまなかった事をお祈りしますわ。」
焼死した人は無理だろうなぁ。炎の地面を転げ回ってたし。
「それで、お二人は何を話し合われていたんですか?」
「トールさんはやり過ぎと注意したんだけど、論破されちゃった。」
「圧倒的な力の差を見せつけた方が、まともな敵なら出方を考えるでしょう。ただコマクサ公爵はどうも考えない人の様なので、今回は無理矢理考えさせる様に仕向けました。これでも分からない様ならば、次は超ド派手に行きますが、そうなると罪の無い市民も大量死しますから、なるべくしたくは無いですね。」
「知らなかったとはいえ、我が軍はよく旦那様に攻め掛かろうなんて思ったものですわ。」
「だから次はBBQで迎撃して、カレーで懐柔したでしょ。馬鹿な上司や為政者に犠牲になる市民は少ない方が良いからね。でも私は聖人君子では無いから、攻撃されれば地上から敵兵が全滅するまで反撃し続けます。」
「はあ。」
「壁の向こう、森の中では何がが始まっている。それは森の中とは思えない快適な暮らし。鉄道馬車が走り飛行船が空を飛び、美味しい水が飲めて美味しい料理が食べられる。
そんな別世界が壁の向こうにはある。でも、攻めて行こうものならば滅ぼされる。ならば壁の外の人は何を思うか。そう言う事です。
帝国と、森の中とキクスイ王国との間に文明格差を作っちまおう。そういう事です。」
でもそれは手段であって目的では無いんですけどね。女神が気が付いて無いんだから、今は黙ってますけど。
で、お昼ごはんですが。
「焼肉以外が良い。」
と、人肉がこんがりと焼かれていく様を眺めていた死を司る女神のリクエスト。
おや、以外と繊細。
「具体的に言うとお蕎麦。魚介とキノコの天ぷらを添えた天ざる蕎麦希望ナリ。」
ちっとも繊細じゃなかった。ナリなり。
「ついでに板わさで大吟醸を一杯。」
「(賛成!!)」
ツリーさんは良いけど、ミズーリは駄目ね。
「ぶーぶー。」
「私は、お酒は控えますわ。」
なんで?
「なんか余り評判が宜しくないので。」
そういえば姫さんは酒乱の気があった。ミズーリは淫乱の気がありそうだな。言えないけど。
でもさっぱりツルツルとって言うのは良いな。
さて、どこで食べようか。森の中も開発が少しずつ進んで、あちこちに人が居るからなあ。
「水辺。水辺がいい。水に足を浸してお蕎麦を食べる。なんか良くない?」
ふむ、京都の床をイメージすれば良いのかな。それと足湯を合わせて。なるほどなるほど。だったら川だな。この間作った滝のであたりで良いだろう。
幸い今は飛行船で飛んだままなので、このまま現地まで飛んでいける。
必要な設備と物だけを万能さんと家から持ち出して、のんびりと出っぱつ。
ほんの僅かの段差で、ほんの僅かの水量でも滝は滝。ほんの僅かに水音を上げたせせらぎでも耳触りは良いもので、娘達は歓声を挙げて素足を川に浸けている。
この風景だけで、この川を作って良かったな、と思う。
とは言う物の、冷たい地底湖の水を流用した水なのでいつまでも浸かっていられる訳もなく、ごちゃごちゃ言い出す前に竹で編んだ台で川を蓋してテーブルを乗せ、両岸に椅子を置いた。狭い人口河川だから出来る芸当である。
蕎麦は各人に一枚ずつ。テーブルの真ん中に大笊を置いて蕎麦をたんまりと置き、おかわりは各自自由に。前はツリーさんを気遣って専用の容器を別に用意したのだけど、女神や姫如きには一歩も引かない肉体的な強さと精神的な逞しさを確認出来たので、本人の意志もあり全員纏めている。
つゆもかえしも、この間カレーうどんの時に作って置いたのでそのまま使用。
薬味に揉み海苔、輪切りネギ、茗荷を別皿に盛り山葵も各々ご自由に。
天ざるの天ですが、魚介とキノコと言ったな。キノコはいつもの椎茸、エリンギ、舞茸、今日はおまけで松茸もつけよう。
魚介はエビ、鯵、イカ、カニカマ、ちくわ、はんぺん。後半練り物ばかりだけど、味覚がお子様の娘達のリクエストなのでしょうがない。
椎茸と舞茸は石突きを切り落として、エリンギと松茸は半分に裂きます。これを七輪と炭火で焼きます。このまま醤油垂らして食べたいぞ。
エビは背腸を抜き、小鯵の骨処理をピンセットで行う。圧力鍋を今度取り寄せようか。
アレなら骨ごと食べる様に調理出来る。あとは1品目ごとに170〜80度の油に落とします。
一つ揚がるたびに娘達がみんな持ってっちゃうのには参りました。せめて油がきちんと切れるまで我慢しなさい。
特にカニカマとはんぺんは揚げるそばからなくなって行く。
ツルツルじゅうじゅうひょいパクツルツル。私が食べる分がなくなってしまいます。
なので、松茸、椎茸、エビだけをキープして1人七輪で焼きます。
私的にはこっちの方がいいや。大吟醸を冷でのんびりと頂きます。
板わさは要らないね。
「あっ!そっちも良いなあ。」
「でももうお腹いっぱいですわ。」
「(かんぱーい)」
ハイハイ、乾杯ツリーさん。
二女三女には代わりに冷やし緑茶とドリンクヨーグルトをご馳走します。
真昼間から松茸の七輪焼で一献。
ダラけるところは、徹底的にダラけます。
神経を徹底的に緩々に緩める事は精神衛生上良いんです。
それに私にとって究極の癒し。小さな小さな森の精霊が小さなお猪口で、お酒を呑んでニコニコ笑っているんですから。
チビも呼ぼうかな。




