4 潜伏生活
ヴィイの森の小屋で、ライラの容態を確認したあと彼女が行ったことは小屋の掃除であった。
年単位でたまったほこりはかなりのものである。ライラの体をおそるおそる移動させながらひとつずつ部屋の掃除を行っていた。
小屋はかなり散らかっていてひどい有様であったが、寝室だけはほこりがたまっている程度であった。
ライラの容態に注意して、寝室の掃除をすませた後は暖炉の部屋や水場の掃除をさせた。
アビゲイル公女も簡単な掃除は手伝ってくれたが、さすがに公女に掃除をさせるのは抵抗感ある。
「別に構わないわよ。アトリエは私が掃除しているのだし」
アトリエを作る時の条件は、画材の管理はアビゲイル公女がしっかりとすることであった。それができないようであれば絵をやめさせようと大公に言われ、アビゲイル公女はアトリエの掃除だけはかかさなかった。
実は絵具用品の中には劇物も入っているので、不用意に素手で触られると困る。それらをしっかりと管理してアビゲイル公女は趣味を続けていた。
ほこりをはたいたり、本の整理をしてくれるがそれだけで助かった。
2日で小屋は何とか療養できる環境へと仕上がった。
リリーは近くの市場へとでかけた。郊外の市場であり平民や小売りが出入りしている場所だ。安物ばかりが出回っているが、人通りが多いので物資調達に利用させてもらっていた。
今回は食糧と毛布を手に入れたい。リリーは毛布の店へと迷わず近づいた。
小屋の納戸に毛布はあったのだが、虫の繁殖場になっており使える状態ではなかった。これが寝台に放置されていなくてよかった。
初日に安物の毛布を1枚購入したが、もう少し上質なのが欲しい。リリーは市場で飾られている毛布に触れて品質を確認した。
少しでもライラには快適に休んでほしい。
「おい、聞いたか。例の悪女がついに賞金かけられたそうだ」
ライラが失踪したという情報は公開された。ライラを救助した3日後のことである。
しばらく騎士たちで捜索したが見つからず、公開し彼女を指名手配することに踏み切った。
「いやだぁ。こわいわね」
ゴシック記事に流された公都の民はどこかに潜んでいる悪女に対して警戒していた。
「もしかすると兄が助けたのかもしれない。ほら、病院で行方不明になったというし」
「ということは兄妹共犯か」
「まったく、公都で迷惑なことだ。やるなら帝都でしてくれよ」
実情など知ることもない民の言葉にリリーは歯がゆさを覚えたが、今怒っても何にもならない。
公都別館は公城の騎士によって包囲されている。出入りはできず、不用意に近づくことができなかった。
バートたちが拘束されているのが心配であるが、今の彼女にできることは限られている。
ライラの容態が安定するまで何とか隠し通さなければならない。
「お、騎士の連中だ。随分必死だね」
ライラ捜索の為の騎士が数名、市場へと入ってきた。騎士の登場で民衆は道を作り頭を下げる。
リリーも怪しまれないように一緒に頭を下げた。
騎士があたりを見渡し、顔を隠す者がいればすぐに顔を出すようにと指示を出した。
リリーは頭まで被っていたショールを外す。髪の色は茶色から黒へ染めており、化粧も普段の雰囲気とは違うようにしてある。ひとめでライラの侍女だとはばれないだろうが、顔の知っている騎士であれば気づかれるだろう。
できれば良い毛布を購入したかったがとリリーは店に出されている毛布をみた。
上質なものは柄が多いものばかりである。
今回目立ったものを持って注目を浴びるのは避けた方がいい。
せっかく市場にでられたが、しばらく安物の毛布でやり過ごしてもらうしかない。
今回は食糧を手に入れられればよいと切り替えた。
騎士の点検が終わった後、リリーは食糧を購入してそそくさと市場を出た。
ヴィイの森へと向かう途中についてくる騎士がいた。軽装であるが足取りから騎士と認識できる。
注意していたが、怪しいと思われたのか。
ヴィイの森へ行く前に人の通りが多い場所へと移り、撒いてしまおう。
意外にも騎士はリリーにしつこくついてまわった。
いざとなれば隙をみて倒してしまおう。
さすがにリリーのような女が剣術・体術を身に着けているとは思うまい。
リリーは程よい路地裏をみつけて、騎士をまちかまえていた。
「ちょっと、待って!」
足技で急所部分を狙おうとしたが、騎士の慌てた声でリリーは動きを止めた。兄から教わった逃げる時の手段のひとつである。
「あなたは……カディア小侯爵」
リリーは慌てて後ずさった。しまったなと内心思った。
クロヴィスが相手であれば、倒すのに苦労する。先ほどの隙をついての攻撃が一番の好機であった。
それなのに無意識に動きを止めてしまった。
今やライラの侍女であるリリーであるが、実家はカディア侯爵家につかえる騎士の家である。幼いころから染みついた習慣がリリーの好機を奪ってしまった。
「あっぶな……どこを狙おうとしたんだ」
クロヴィスはささっと両手を組み、右足で身を庇う姿勢をした。狙う位置がどこかだいたい察したようである。
「あ、そうか。君は……確か、エステル卿の妹か。奴はなんてものを妹に教えたのやら」
はぁとあきれたようにため息をついた。
ここでクロヴィスの口から兄のことがでるとは思わなかった。
「兄をご存じなのですか?」
意外そうなリリーの声に、そういえばあまり言ってなかったなとクロヴィスは頷いた。
「知っているよ。一緒にアルベルへ行った戦友で私の部下だったのだから」
北の悪夢の際、アルベル辺境伯はカディア侯爵家へ助力要請した。カディア侯爵が出したのはクロヴィスはじめ騎士たちで編成した応援隊である。リリーの兄はクロヴィスの隊へ編成されていた。今、リリーは過去の記憶を思い出す。
「私を知っているとは思いませんでした」
それでもリリーはエステル卿の妹としてクロヴィスの前へ出たことはない。出た時はいつもライラの侍女であり、クロヴィスも彼女に気づかなかった。
「最近気づいたよ。父親の方のエステル卿から君がアルベル夫人の侍女になったと聞かされて……でも、過去の話を打ち出すのも抵抗あって今まで声をかけられなかったのだよ」
悪かったねとクロヴィスはリリーに謝罪した。
クロヴィスとしてもあの時の戦は後悔していた。ひどい戦場であり、敵のだまし討ちに遭いクロヴィスも怪我を負ったが、リリーの兄の方がひどい傷であった。治療魔法使いの応援を頼んでもなかなかこれず、リリーの兄含めた重傷者を治療魔法使いの元へと送るが間に合わなかった。すぐに治療魔法使いのもとへ送ればよかったのだが、敵の攻撃を受けながらのこで攻防の方を優先してしまった。
「俺の采配ミスだったから」
「いえ、あれは……仕方なかったことです」
リリーは理解していた。クロヴィスが謝る必要はない。
「それで私になんの用ですか?」
「いや、アルベル夫人のことだけど」
「知りません」
リリーは目を伏せて拒否した。
クロヴィスに対して信用はできない。いくら実家の主君の家系であろうと、大公すら信じられない現状である。
少しでも油断すればライラを危険にさらすことになる。
「そうだね。信用できないか……、それなら信用できるものを用意しないと」
クロヴィスは困ったようにつぶやいた。
「明日、噴水のところで用意してある。信用できなければそのまま無視してもらって構わない」
「用意とは何ですか?」
包囲網の騎士団の配置かもしれない。
「トラヴィス・レジラエ殿を連れてくる」
名前を聞きリリーは顔をあげた。なぜクロヴィスがトラヴィスを連れてこれるのだ。
「実は夫人が投獄された日、レジラエ殿も捕縛されそうになった。異変を気付いた彼はすぐに病院を脱出して、緑の館へと転がり込んだ」
だけどアルベル辺境伯の義理の母の館であり、騎士の捜索はいずれ来るだろう。
アリサ夫人はカディア侯爵夫人、クロヴィスの母へ手紙を出しトラヴィスの身柄をカディア侯爵夫人に預けることとした。
「私の母はトラヴィス殿の大ファンだから、すぐに動いたよ。母のサロン用の屋敷で匿われている」
「そんなことをしてカディア侯爵家は大丈夫なのですか?」
一応トラヴィスも第三皇子暗殺に関わっていると指名手配されている。
大公が敵と認識した犯罪者を保護するなど、大公へ忠誠を捧げたカディア侯爵家ではありえない行為だ。
「本来はやばいことなんだけどね。でも、今回は明らかにおかしい」
大公の豹変ぶりに合わせて、他の公国の男たちもおかしくなっている。クロヴィスの父、カディア侯爵もである。
「公妃が幽閉された理由も母は不審に感じている。穏健派の父も、急に意見を取り合わない男に変化していた」
アメリーが公国へやってきてからおかしくなっている。特に上層部の男たちがである。
身分低い下の者が不用意な発言をすれば、どうなるかわからない。公妃は大公の妻であるから幽閉で済んでいるようだし。
カディア侯爵夫人は夫の異変と公妃の幽閉を聞いて、かなりパニックに陥っていた。
幸いなことに息子のクロヴィスは大丈夫なので冷静を取り戻せた。
緑の館から手紙が届き、カディア侯爵夫人はすぐにサロンの邸へと移りトラヴィスの保護に動いた。
「どうして、小侯爵様は変わっていないのですか?」
多くの騎士がライラを悪女とののしり、敵と認識している。
「リリー・エステル嬢。君が俺を信じてくれることを願っているよ」
クロヴィスはただそれだけを伝え、姿を消した。
◆◆◆
リリーがヴィイの森の小屋へたどり着いたときにはライラは目を覚ましていた。
まだ熱が続いて倦怠感が強かったが、水分を自力でとれるようになっていた。
今までリリーの介助のもとスプーンで少しずつ口の中へ運ぶだけであったが。
彼女の回復を確認して泣きつかれたブランシュが安心して枕元ですぴすぴと寝息をたてている。
「奥様、ああ、よかった」
リリーは涙ぐみライラの身を案じた。食欲について確認するが、胃が荒れて食べられそうにないと彼女は笑った。
ライの診察によると1日以上高熱にさらされており、胃腸と気管支がだいぶ弱っていた。ライの治癒魔法で少しだけ回復を早めるのは可能であろう。
それまでに流動食を中心に作ることとしよう。
「リリー、心配かけたわね」
木を下に入れて枕を少したかくしてライラを起き上がらせた。その状態でリリーの介助で食事をとっていく。
2口ほどでもう食べられないとライラは音をあげる。次はもう少し食べられるようになればいいとリリーは片づけた。
時間をおいてからりんごをすりつぶしたものを用意しよう。
「リリー。クロード様は」
ライラの質問にリリーは悩んだ。ここで嘘でも安心させた方がいいだろうか。いや、ライラは今それを望んでいないだろう。
「閣下は行方不明となっております。ですが必ず見つけてみせます。早くよくなって一緒に探しましょう」
震える声でいうリリーにライラは困ったようにほほ笑んだ。無理なことを言わせてしまったなと感じ、彼女を労った。
こんな状態になったというのにまだ人を気遣おうとするライラの姿にリリーは悲しく感じた。
何とか彼女が喜びそうな話題をみつけたい。
トラヴィスが無事かもしれないと言おうか。いや、まだクロヴィスのことを信用していない。罠かもしれない。
ちゃんと確認するまではライラの耳に入れるのはやめておこう。




