3 囚われ人
公城の豪華な部屋をわが物顔のように使用していたアメリーはレルカの声かけに頷いて公城の地下牢へと入った。
公城にも地下牢が存在しており、アメリーはすぐにここにある男を放り込んだ。
地下牢の中は甘い匂いで充満してある。そしてレルカの手配で至る場所に魔術の方式を組み立てていた。
精神面を鈍らせる効果があるのだが、レルカは正直になれるおまじないだと説明していた。
これだけ長く滞在していればさすがの北の英雄も篭絡することだろう。
「ご機嫌いかがですか。クロード様」
甘い少女の声で牢の中の男へ挨拶をする。
椅子に縛り付けられ身動き取れなくなったクロードがおもむろに顔をあげた。
結っていた紐が落ち小麦畑を彷彿させる金の髪がまばらに散っている。髪の隙間から碧の瞳が見える。
このように乱れた姿だというのに、何と美しいことか。
アメリーはうっとりとクロードを見つめた。こんなに美しい男だとわかっていれば、迷わず彼の元へ嫁いでいたというのに。
1年以上、彼を独り占めしていたライラへの嫉妬心が沸き上がってくる。もうすぐクロードに捨てられ惨めに処刑されるのだから許してあげるつもりであるが。
「のどがかわいたでしょう。美味しい果実水を持ってきましたよ」
アメリーはほほ笑み、彼に水の入った杯を差し出した。手は使えないので、介助してやろうとするが、クロードはふいっと顔をよそへと向けた。
「うそ」
まだ堕ちていないのか。
何か問題があったのではないかとレルカへにらみつける。レルカは冷静に応えた。
「お香も、方式も完璧です。何か邪魔をする魔法があるようですね。大公殿下と同じものが」
「一体何が、どこに」
レルカはじぃっとクロードを観察した。彼のどこかに魔法があるはずだ。
背中や胸元をみるが見つからず、耳のピアスを確認した。
「わかりました。これです」
レルカはクロードの耳に手をかけた。クロードはがぶっとレルカの指を噛みつく。
痛いとレルカは反射的に手を引っ込めた。
じわりと彼女の人差し指から血がにじみでる。
かみちぎってやるつもりであったが失敗したなとクロードは残念に感じた。
「まぁ、なんて野性的」
以前のアメリーであれば野蛮だと嫌悪していただろう。だが、美しいクロードであれば魅力的にみえる。
「そんなあなたに愛されるなんてどんな気持ちかしら。楽しみだわ」
うっとりと見つめるアメリーにクロードは笑った。
「俺が、お前を愛するわけないだろう」
いらだった嫌悪を含めた声である。辺境伯として身に着けた言葉遣いではない、素の言葉である。
修道院時代から、アルベルの傭兵時代だったクロードである。
「まぁ、まだ素直になれないのね。でも、大丈夫」
レルカは後ろへとまわりクロードの頭を抱えた。先ほどは不意打ちだったが、だいぶ弱っている彼を押さえつけるのは容易である。
アメリーはゆっくりとクロードの耳元に触れて琥珀石のピアスを外した。
「触るな」
眉をひそめてクロードは必死に抗うが、無駄であった。ピアスは奪われてしまう。
「それじゃあ、もう少し待ちましょう。あとどのくらいかしら」
「じっくりと5日かけましょう」
「さすがに死なないかしら?」
水と食事は与えているが、クロードは何が入っているかわからないものを摂取するのを抵抗していた。
さらに5日このままではさすがに衰弱してしまう。
「大丈夫ですよ。英雄なのですから」
レルカの言葉にアメリーはそうねとほほ笑んだ。ピアスはレルカへと渡す。
「捨てておいて」
そういいながらアメリーとレルカは地下牢から出て、部屋へと戻った。戻った後は用意された新しいドレスを確認して、今日はどれを着てサロンへ出ようかなとアメリーは嬉しそうにしていた。
「レルカ、帝都のブティックに頼んでウェディングドレスを作らせて」
「まずは皇帝たちの承認を得ないといけませんよ」
「大丈夫よ。大公の時もうまくいったし、今度こそ皇帝も、皇太子も全部いう通りにさせちゃいましょう」
どういう訳か、皇帝と皇太子はアメリーの毒牙にかかることがなかった。もしかするとクロードのように何か身に着けているのかもしれない。トラヴィスも同様にありえる。
今はレルカの魔法がある。本当はもっと早くこの魔法を使ってほしかったのだけど、完成するのに時間がかかったらしい。仕方ないから許してあげましょう。
彼女がいればアメリーは今度こそ本当のお姫様になれる。
「ああ、楽しみだわ。クロード様と結ばれる日が」
鏡の前でレルカに着飾られるアメリーはうっとりと未来のことを夢見た。
◆◆◆
「うぅ」
苦しい。
息ができない。
ライラはぜぇぜぇと呼吸を乱した。もだえ苦しんでいた。
それでも尋問は加減されることがなかった。
こんなに熱を出しているというのに、騎士はおかまいなくライラを尋問する。ライラの意識が朦朧としていると冷たい水の入った盆を出し、ライラの顔をそこにつけた。
水が気管支に入りせき込む。
顔を水から放してしばらくするとまた水をとりつけられた。
「早く罪を認めろ」
そう言い放つ声にライラは首を横に振った。やっていないものはやっていないのである。
尋問はどんどん過激化していく。
ようやく解放されライラは寝台へ戻る気力もなく、石畳の上で寝そべっていた。
暑くて、寒くて、苦しい。
そして体のあちこちが痛んだ。
ちらりと右手をみると人差し指と中指の爪がはがされていた。
いつの間にと思う。
熱のおかげでもう手の痛みに対して麻痺しているようだった。
いつまで続くのかなとライラは考える。
大公のことを思い出すと、簡単には信じてもらえそうにはない。
それよりもクロードがどうなったかが気になった。
アメリーの言葉を思い出す。
クロードが怒ってライラと離婚すると言っていたと。
嘘だと思った。だけど、もう否定する気力がない。
彼に会うまでは、確認するまでは耐えようと思った。
自分の身の潔白を訴え続けようと思った。
でも、もう無理かもしれない。
苦しくて仕方なかった。
「ふっ……うぅ」
ライラは涙をこぼした。これだけの目に遭ってもまだ涙が流せることに驚いてしまう。
涙を流せばその分体力を奪われるのだが、今のライラにできることはもう見当たらなかった。
「ライラ!」
上の方から声がする。
懐かしい声のように思えるが、誰だっただろうか。クロードではなかったと思う。
「ライラ! 返事をして」
必死に訴えかける声にライラはかすれた声で、その呼び名に応じた。しゅるるっと音が出てライラの身が上の方へと引っ張られる。
きゅぽんと封のする音がした。
修道院の古びた建物の外には白い狐が器用に首にかけられたひょうたんを握っていた。
白い狐はライであった。
彼が持つ、呼んだ者をひょうたんの中へ入れる道具によりライラは地下牢から回収できた。
ひょうたんの中は暖かいので先ほどの環境よりましになっているだろう。
「もう大丈夫だ。ライラ、頑張れよ」
狐はひょうたんに言い聞かせ、がさがさと鬱蒼と茂る草木の中を走った。
「ん、何だ?」
見張りの騎士が草木の方へ目を見張る。狐はやべぇと思いながら「こーん」と鳴いた。
「なんだ、狐か」
野良狐が餌を漁りにやってきたのだろうと気に留めなかった。
修道院の敷地外を出て、白い狐は手をぱんと合わせて銀髪の少年へと変わった。
外に待機しているリリーたちと合流する。
「いましたか」
「いた。ライラ、この中」
ライは首にかかったひょうたんを見せた。「ぴゅー」とリリーの持つ籠ががさごそと動く。ひょうたんの中にライラの気配を感じてブランシュが外へ出たがっているのだ。
「ブランシュ、もう少しの辛抱よ。とにかく安全な場所へ移動しましょう」
公都別館へ戻っても失踪したライラの捜索に騎士たちが来るだろう。
一行はとにかく郊外の森へと急いだ。昔魔女が住んでいたと言われるヴィイの森である。その奥の方に小さな小屋が建てられていた。
魔女の家があると噂があったが、誰もたどり着くことはできない。
だが、オズワルドから教わった呪文を唱えるとスムーズに小屋へとたどり着けた。
ここは昔オズワルドが使用していた隠れ家であった。ここにしばらくライラを隠して看病しよう。
「ちょっと待ってくださいね」
リリーは部屋の中のほこりを確認する。長いこと使用されることはなかったようだ。奥の方のベッドも埃がたまっている。
本当は掃除したいが、ライラの状態を確認することが先である。
せめて換気をよくしておこう。リリーは窓を開けた。
ライはひょうたんの呪文を唱えてライラを取り出した。
囚人服を着て、熱病に弱り、尋問の跡を認めたライラをみてリリーは目を潤ませた。
「まずはライラに薬を飲ませよう。お湯がいいけど、とにかく飲ませて。水でもいいから」
ライは近くの小川へ水を汲みにいった。
「奥様、よく頑張りました」
リリーは必死に彼女の手をとり握りしめる。よくみれば右手の指も爪がはがされているではないか。
彼女がここまでの目に遭わなければならないなど信じられない。
手首の病の印をみてリリーは首を横に振った。
今は嘆いている場合ではない。とにかく彼女の熱病を落ち着かせるのが先であった。




