6 前夜パーティー
狩猟祭の前夜にパーティーが開かれる。
小雨が降り注いでいた日があるので当日どうなるかと思ったが、予定日の2日前には雨はやんで日の光が降り注ぐようになった。
太陽が出ている間はまだ暖かい、暑いと感じられる。
体温調整が難しそうだ。
ライラは狩猟祭の会場となるトラム城へと訪れた。王都ベラから少し離れた場所にあり、山に囲まれた城である。
ここには定期的に狂暴な魔物や害獣が出没するため、騎士団の訓練場にも利用されていた。
今回山城は狩猟祭の為に開け放たれている。
馬車が止まり、クロードが扉を開く。クロードの手に身を委ねライラは馬車から降りた。
「兄上が日のあたる部屋を用意してくださっているという」
クロードが言う通り、用意された部屋はお昼の日の光にあたってまだぬくもりを感じた。
「ぴゅー」
ブランシュはライラが抱えていたバッグから飛び出して、部屋の中を飛び回った。
快適なお部屋で満足しているようだ。
ブランシュが部屋の中で大人しくしてくれるか不安である。
城へ連れてこないということも考えたが、ブランシュだったらこっそりついてくる可能性もある。
散策の間はリリーと一緒にお留守番をしてもらおう。
アメリーに見つかったらいろいろと面倒だし。
「ライラ、薬を飲んでおくといい」
ライは荷物から薬の包みを開けた。
リーゼロッテ女史とライが作った散薬である。
お湯と一緒に飲む苦い薬であるが、北天狐の秘湯の湯の花を元に作った薬である。
すでに害がないことを確認済であり、ライラもこれを飲んでいると小雨の続いた間は特別寒いと感じなかった。
わずかでも効果が期待できそうである。
これがあれば、冬のジーヴルの寒さに耐えられるかもしれない。
リリーがライラのドレスの準備をする。
少し秋を感じさせられるようにブラウンの生地に真っ白なレースで全体を覆ったドレスとなっている。
ベースがブラウンだと地味に感じるかもしれないとクロードは言っていたが、デザイナーと針子の腕前で秋らしい申し分のないドレスへと仕上がった。
髪飾りはクラリンドウを模したものである。ライラの黒髪によく映える。
ドレス用にアップされた髪型は綺麗に編み込められており、ライラはリリーの仕事に感謝した。
「いつもありがとう。素敵に仕上げてくれて」
「奥様の姿が素敵だからですよ」
リリーはブランシュとライと一緒に部屋で留守番してくれる。ブランシュもリリーと一緒であればお留守番をできるようになったので安心である。
ライはわからない。
パーティーだとおいしいものが出るかなとしっぽが見えたような。気のせいだろうか。
ちらりとライラはライの方をみるとライはそっぽみて口笛を吹いていた。
「ライ、大人しくしていればおいしいお肉やクッキーを持って帰ってあげるからね」
「本当だな!」
ライはぱたぱたとかくれていたしっぽをみせていた。今の一声がなかったらライはこっそりとパーティーに忍び込んでいたかもしれない。危なかった。
クロードが迎えにきてくれて、ライラはクロードの手をとりパーティー会場へと向かった。
すでに多くの公国の貴族たちが集まっている。会場を訪れたときにクロードとライラは一斉に注目を浴びた。
辺境伯夫妻をはじめてみるという声もあり、ひそひそと言われる声がつい気になってしまう。
「兄上の挨拶が終われば、ダンス曲が流れる。一曲踊ろうな」
クロードの声にライラはほっとする。
「そういえば、クロード様が踊っている姿をみたことがありません」
今まで一度も踊った記憶がない。去年の星祭りのパーティーもなんだかんだ踊ることはなかった。
「一応、義姉上に何度かしごかれたことがあるからな。一曲くらいは踊れる」
パーティーで踊ることはなかったがとも付け加えられ、つまり公の場でのクロードのはじめてのダンスの相手が自分になるのかと思うと少しどきどきした。
これなら練習しておけばよかったなと少し不安になってしまう。
「第三皇子カイル様の登場です!」
会場からわぁっという声があがる。今回の主賓である。
ライラは入口の方へと見やった。
皇帝家が持つ美しい金髪に淡い紫の瞳を持つ端正な顔立ちの皇子の姿があった。
皇太子の姿は肖像画でみたことがあるが、それとは別の麗しい顔立ちである。
同時に彼の傍にいた令嬢をみてライラの心がざわついた。大丈夫だと思っても彼女をみると胸騒ぎがしてしまう。
第三皇子の手をとり供に入場したのはアメリーであった。
「あの方は確か、噂のご友人のノース夫人」
「エスコートをなさるとはずいぶんと親しいのね」
「あの噂は本当だったのか」
噂というのは第三皇子とアメリーの熱愛のことだろう。
まだ公にされていないとはいえ、第三皇子はアビゲイル公女の婚約者である。
このパーティーでアビゲイル公女がいるというのに、彼は別の女性をエスコートするなど。
これで客人がそろった。
しばらくして階段上の入口から大公一家が登場した。
大公の傍には公妃の姿があり、後ろの方で公子と一緒に登場するアビゲイル公女の姿があった。
アビゲイル公女は会場を一望するや第三皇子の方をみやった。彼女はいったい何を感じているか表情が読み取れない。
内心複雑であろうが、貴人として表情を表に出すことはしない。
「みな、よく集まってくれた。そして帝国よりはるばる訪れたカイル皇子殿下に深く感謝する」
カイル皇子は周囲の注目を浴びて、軽くうなずく。
「軽いパーティーであるが、楽しんでほしい。そして明日の狩猟に臨んでほしい」
狩猟祭前夜パーティーは終了時間が早い。明日の狩猟祭に響かないようにである。
あとは各自の責任の下で夜をどう過ごすかである。
乾杯がなされ、パーティーは始まる。
ゆるやかな音楽が流れ、人々はダンスに興じた。
クロードはライラの手をとり、ダンスの輪へと混じった。
一時期公妃が猛特訓しただけはあり、クロードの誘導は上手だった。ライラは安心してクロードに身を任せ、ダンスに夢中になれた。
人々はアルベル辺境伯がダンスをしているのが珍しいのかちらちらと視線を向ける。
「上手ですね。さすが公妃殿下が鍛えただけあります」
「実はいうとジーヴルでも練習はしていたんだ」
去年からであるが、自主的に練習するようになったと聞きライラは少し頬を染めた。
違うかもしれないが自分の為のように感じた。
「うれしいです。クロード様と踊れて」
クロードは優しく微笑みライラを見つめた。
社交界は実は苦手であった。貴族令嬢の嗜み、必要だから参加していたが、楽しむ余裕はなかった。
ダンスは一通りできたが、不安でしょうがなかった。いつ失敗するかわからなくて、少しでも失敗したら父と兄の評判に影響するのではないかと思った。
今はクロードと踊れることが素直に楽しい。
一曲終えてクロードは飲み物をとってくるといい席を外した。ライラは少し疲れて会場の端の方へと移動しようとした。
「まぁ、お姉さまじゃないの」
明るい声にライラは胸がずぅんと重く感じた。表情に出さないように声の方へ向き、淑女の礼をとる。
「ノース夫人、お久しぶりです」
何とか形になったが目の前を冷静にみることができない。
ライラの前に現れたのはアメリーと第三皇子であった。
「殿下、この方が私の従姉のライラお姉さまです」
無邪気な声に対して第三皇子の表情は一瞬で険しくなる。
「ほう、そなたが例の氷姫か」
久しぶりの呼び名にライラは胸が苦しくなった。忘れかけていたが帝都で呼ばれていた呼び名である。
それを聞くと、婚約破棄のことを思い出す。
「カイル皇子殿下、はじめてお目にかかります。ライラ・アルベルと申します」
「アルベルというと北の辺境か。氷姫には住み心地が良いだろう」
ちくちくとささるような物言いにライラは苦しくなる。それでも表情に出すまいと必死であった。
「はい、アルベルの方々にはよくしていただいております。彼らの役に立つように微力を尽くさせていただきます」
カイル皇子ももうライラへの興味はないようなので、早く立ち去ってほしかった。
だが、アメリーは動く気配がない。
「お姉さま、どうしておひとりなの? もしかして旦那さまとはぐれちゃったのかしら」
暗に夫に放置されているのだと言われているようだ。
違うのであるが、第三皇子の手前で何といえばいいかとライラは頭を巡らせる。
帝都で行ったようにすればアメリーの思うつぼである。
「でも、お姉さまもひどい方だわ。夫を放ったらかして素敵な殿方とはじめのダンスをしていたのだから」
先ほどのダンスをアメリーは見ていたのか。
もしかしてクロードを辺境伯と認識していないのだろうか。
「これなら夫に放置されても仕方ないな」
あきれるカイル皇子の言葉にライラは裾をぎゅっと握った。はしたないとわかっているが、そうしないと自分はどんな声を出してしまうかわからなかった。
それでもクロードが妻を放置するような男であると思われるのはよくない。
何とか声にしようと口を開くと、その前にクロードが近づいてきた。
「すまないな。放っておいて」
クロードは左手でライラの手を握った。右手には2つのグラスを器用に持っていた。
「ほら、そなたの好きな桃の飲み物があった」
わざわざライラの好物を探していて時間がかかったようだ。
ライラはようやく落ち着いてクロードからグラスを受け取った。
「失礼しました。第三皇子カイル殿下ですね。グラスを持ちながらで失礼しました」
クロードは礼をした。
「私はクロード・アルベル。若輩ながら北の防衛を任された辺境伯です」
以後お見知りおきをと丁寧に挨拶をする。
先ほどのダンスの相手がクロードとは思わなかったようでアメリーは茫然としていた。
同時に呆けているようにみえる。
「クリスサァム帝国、第三皇子のカイルだ。貴殿の活躍は帝都でも耳にしている」
「殿下の耳に入るとは身に余るよろこび」
「これからも期待している」
挨拶が終わり、第三皇子はアメリーの手を引いてみたがアメリーは動く気配がなかった。
未だにじぃっとクロードの方を見つめている。
「クロード様、私はアメリー・スワロウテイルと申します」
ようやく動いたと思ったらクロードへの挨拶であった。クロードは軽く会釈をする。
「ここで会えるなんて不思議な縁ですわ。元は私があなたの婚約者だったのだもの」
「そうでしたか」
クロードは適当に受け流す。
「ねぇ、一曲踊ってくださらない?」
いいでしょというアメリーの声にクロードは首を横に振った。
「失礼。明日の狩猟に励みたいので、そろそろ休憩に入らせていただきます」
「まぁ、まだパーティーはお開きではないわ」
「私は早起きなもので」
クロードは適当なことをいいアメリーの誘いを断った。
アメリーと第三皇子に礼をしてクロードはライラの手を引っ張り会場を出た。
少し足早な様子でライラは慌ててクロードに声をかけた。
「もう退場していいのですか? 大公殿下に挨拶をしていません」
「構わない。兄上も今日は軽いパーティーで、適当にしていいと言っていた」
そういっていただろうかとライラは首をかしげる。
「気になれば、明日公妃のお茶会に参加すればいい。確か、公都の令嬢たちを集めて、秋の色づいた葉を眺めながらお茶会を開くと言っていた」
公妃は男たちが狩猟へでかけている間に何度かお茶会を開く予定だった。
もちろんライラにも招待はきている。
「アメリーの誘いを断る理由、少し強引じゃなかった?」
少し気になったことを口にするとクロードは立ち止まりライラの方をみやった。
「では、私がアメリーとかいう女と踊ってほしかったのか?」
そういわれるとライラはうつむいた。正直に言えば踊ってほしくない。
「そうであればそれ以上気にしなくていい。あんなお前を氷姫と呼び、平然としていた奴らなど」
「クロード様、怒っているのですか?」
「怒っていないようにみえるか。お前に対して嫌味を重ねてきている女など」
直接的な言い方はしていなかったが、アメリーの言葉は毒を含み嫌味であったのには気づいていた。
「それにあの皇子……気に食わない。皇子ではなかったら決闘を申し込んでいたところだ」
クロードはぷんぷんと怒りをあらわにしている。わかりやすい怒りで逆に安心してしまいそうになる。
「一応私にしては礼儀もって接したのだから文句はないだろう」
ダンスの断り方は強引であったが、クロードなりに頑張って接したようである。
「ふ、くすくす」
ライラは思わず笑いが込み上げた。
先ほどまでの苦しい感情が嘘のようである。
「まったく、私の妻を氷姫などと呼ぶとはあの男の目はとんだ節穴だな」
クロードはライラの頬に触れて、あごをとらえる。彼女の顔を上の方へあげてうつむいて顔を近づいた。
クロードはライラに口づけをした。
軽い口づけであったが、ほのかにブドウの甘いかおりがした。
用意された宿泊部屋へと戻る途中、ライラは思い出した。
「あ、ライにお料理を持っていくって約束していたんだった」
「部下に頼んで持ってこさせよう」
いざとなれば厨房に頼んで残りを持ってきてもらえばいい。
これでも大公の弟だし、それくらいの融通は利かせられる。
クロードの言葉を聞きライラはまた笑ってしまった。彼の腕を組み、城内の廊下をゆっくりと歩いて帰った。
窓の外をみると少しまるみのある月がみえた。まだ満月にはならない欠けた状態の月である。




