5 クロードの小舅
公都別館にトラヴィスが訪れる日、ライラは今か今かと待ちわびていた。
外へ出ようとするが、外は雨が降っていることでクロードから止められた。
前日から続く雨で外は冷える。ライラの体に影響することを心配していた。
「今は大丈夫なのに……」
体調は全く問題ないと言ってもクロードは聞いてくれない。少し不満げなライラにリリーが耳打ちをした。
「それだけ奥様のことを心配しているのです」
わかってほしいと言われ、ライラはせめて玄関近くで待ちたいと願った。
ショールを着せられ、ライラはクロードとともに玄関で待つ。
「狩猟祭には晴れるでしょうか」
いまさらながらライラは外の様子が気になった。土砂降りというわけではない。ぽつぽつと小さい雨が降り続けていた。
「狩猟祭の前夜には晴れるが、夜は冷えるだろうな」
しっかりと防寒具を用意した方がいい。パーティーも挨拶を済ませたら早々に部屋へ戻ることも考えよう。
日が経つにつれクロードが世話を焼いてきていた。
心配してくれているのは確かにありがたいが、動く範囲が狭くなるのは少し困るなとライラは感じていた。
馬車の音が近づき、ライラはぱっと玄関まで歩いた。
外で待っていてくれたバートが扉を開ける。バートの後ろにトラヴィスの姿がありライラは淑女の礼をとり挨拶をした。
「ようこそ、いらっしゃいました。お兄様」
トラヴィスは穏やかにほほ笑みライラに対して紳士としてふるまった。ライラの手をとり口づけをする。
こうして兄にも挨拶のキスをされると久々すぎて照れてしまう。
夕食までの時間、ライラはトラヴィスを部屋まで案内した。
ライラがお世話をしているブランシュを紹介する。珍しい白いトカゲだとトラヴィスはまじまじと見つめていた。
ブランシュはいつもよりきれいな毛並みとうろこをみせて輝いているようにみえた。
ライラの兄が来るとわかっていたようで、すっかりとめかしこんでいる。
ライラはちらっとクロードに目配せをした。
「ライラが信じられるというのであれば話していい」
クロードが言ってくれてライラはちらりとトラヴィスの方をみてブランシュの正体を打ち明ける。
「実は、護竜の雛です」
トラヴィスは大きく目を見開いた。外交官の仕事をしている為、彼はリド=ベル公国の伝承について知識として入れていた。
それ以外にも帝国の支配により、アルベルが武装解除され、魔物を蔓延とさせ結果的に護竜が絶滅してしまったということも知っていた。
「アルベルの山で偶然見つけました。正確に言えば、私が迷子になったとき助けてくれたのです」
ライラの言葉にブランシュは鼻たかだかとふるまった。褒めてもらえると思ったのであろう。
「迷子、か……一体何をして迷子になったんだ」
「えーっと話せばちょっと仕方なかったといいますか?」
ライラは兄に小言を言われると視線をよそへ向ける。クロードに助けを求めるが、クロードはにこやかに笑って何も言ってくれない。
「まるで昔に戻ったようだ。ライラは幼いころ落ち着きなくて目を離せばすぐにどこかへ行っていた。ジュリアから聞いた話ではイセナでも同様でよく護衛たちを困らせていたな」
「はい……クロード様たちに迷惑を、かけまして」
ライラはしどろもどろに告白した。カレンの為に仕方なくというのは言い訳であろう。もっと他に方法があったはずなのに、勝手をしてリリーとクロードたちを困らせたのは事実であった。
一応罰は受けたのでこの話はここで終わりにさせてもらいたい。
「イセナから帝都へ戻った後のお前は人が変わったように落ち着いて、自分を抑え込んでいる印象だった。今のお前をみて、少し安心した」
ただし、目を離していなくなることはやめた方がいいと注意された。
「ブランシュだったか。私の妹を助けてくれたようだね。ありがとう」
トラヴィスは優しくブランシュの頭を撫でた。ふわふわのたてがみが揺れて、ブランシュは嬉しそうにしていた。
その後は、トラヴィスの子供誕生の祝いを伝えた。ライラは母となった義姉リザへの贈り物としてダイヤモンドのネックレスに、子供へはくまのぬいぐるみを用意した。
「荷物になってしまうかもしれませんが」
「いや、嬉しいよ。リザも喜ぶだろう」
トラヴィスは喜んで贈り物を受け取った。帝都へ帰ったら一番にリザと子供へと渡す予定である。
生まれてきた子供は男の子だという。きっと兄に似て綺麗な子なのだろう。
しばらくしてライラはようやく雪結晶病の話へと切り替えようとした。深刻な表情をみてクロードは何も言わず黙ってライラに頷いた。
「あの、お兄様」
まだ夕食まで時間がある。
このまま楽しいひとときを過ごしたいと思ったが、ここで打ち明けておきたい。
ライラはトラヴィスに雪結晶病のことを打ち明けた。
雪結晶病によりライラは寒い時期になると熱を繰り返してしまう。もしかすると母親も同じ病だった可能性がある。
突然の告白にトラヴィスは声を失った。すっかりと冷えてしまったお茶を飲み干して、しばらく項垂れていた。
「なぜ、もっと早くに言ってくれなかった」
「ごめんなさい。……お兄様に心配をかけたくなくて」
ライラは裾をぎゅっと握って、トラヴィスに頭を下げた。同時に母のことを思い出す。
母が熱病で苦しみ命を落としたのは雪結晶病であるが、とどめをさすきっかえになったのは自分が池におぼれたからだ。
これも口にしようとするとトラヴィスはライラの肩に腕をまわし、強く抱きしめた。
「謝る必要はない。つらかっただろう」
兄はいつでもライラに優しかった。ライラを責めることもしない。
しばらくして落ちついた後、トラヴィスは帝都へ戻った後ライラの母のカルテについて調べることを約束した。
「オズワルド様や、リーゼロッテ女史が治療を探してくれています。ここにいるライも私の診療を携わってくれて、彼のおかげで私は今も無事に過ごせているのです」
「そうか……ライ、これからも妹のことを頼む」
トラヴィスは傍らにいた小さな従僕へ挨拶をして頭を下げた。突然のトラヴィスからの願いにライは少し慌てたが、すぐに落ち着いてまかせろと豪語した。
「本当であればお前を帝都へ、もっと温暖なイセナへ連れていきたいところだが」
「ダメです。そうなれば、クロード様と離れ離れになってしまいます」
ライラは首を横に振った。
「私は、クロード様の妻です。クロード様の傍にできる限りいたい。我儘だというのはわかっていますが、私はそばにいたいのです」
ライラのかたくなな言葉にトラヴィスは困ったように笑った。
「そうか……そうだな」
そのあとは夕食を済ませ、ライラはトラヴィスの為に安眠効果があるお茶を用意した。しかし、すぐに効果があったのはライラの方であった。
ライラはクロードに運ばれて寝室へ先に失礼した。
クロードはライラがよく眠っているのを確認する。
「ぴゅ」
ブランシュがとててと足音をたて寝台へともぐりこみ、クロードは困ったようにため息をついた。
「今回はまぁ、いいか」
今日はまだ起きているつもりだしとクロードは寝室から出た。
実は、トラヴィスに話があると呼ばれていたのである。
トラヴィスがいる部屋へと戻ると彼はお茶を味わっていた。
「あなたと話すのははじめてですね」
「はじめて、ではないのだけどね」
トラヴィスは深くため息をついた。緑の館の時のことだろうかといえば違った。
「3年前、私は外交の仕事で公都のパーティーで、あなたと出会っている。ちょうど辺境伯の養子となり、大公の弟と認められ、皇帝からも英雄として認められ始めた頃……」
思い出したのかトラヴィスは苦い顔をした。
「あなたは私にアルゥナの血を飲ませた」
アルゥナというのは植物型の魔物である。田畑を荒らす厄介な生き物であるが、実からは甘美な果汁を出す。
味はブドウジュースに近く、それを発酵させたものは上質なワインとして公国の貴族の間で人気であった。
滅多にとれない魔物であるため、重宝され、大公主催のパーティーですらたまにしかお目にかかれない。
だが、この飲み物には一部の人間の舌には合わない。どういう違いがあるか不明であるが、鉄さびの味にしか感じない人間が一定数いた。
それゆえにアルゥナの血と呼ばれている。
上質なワインか、鉄さびの飲み物か。それは飲んでみるまではわからない。
クロードは何も言わずにトラヴィスへこの飲み物を薦めた。そしてトラヴィスは鉄さびの味に感じる方であった。
しぶい顔をみてクロードは面白げに笑った。
魔物の血という名前だけでも嫌な感じであるというのに、飲んでみたら鉄さびの味でさらに不快感を感じた。
せめて事前の説明があればまだよかったのだが、クロードはそれをしなかった。
その時からトラヴィスはクロードに対して負の感情を抱くようになった。何を聞いてもクロードの功績は素晴らしいものであったとしても、重箱をつつくような評価を下した。
クロードの社交界で見かける行動もひどいもので、北の英雄だから公国では許されているが、帝国ではアウトな状態であった。
トラヴィスの話を聞いてクロードは首をかしげながらようやく3年前のことを思い出した。
あの時のクロードははっきりいえば完全に社交界や帝国への態度が悪い人間であった。
というのも、トラヴィスが訪れる前まで帝国貴族の使者からさんざん嫌味を言われ続けていた為帝国に良い感情は抱いていなかった。
それが子供っぽい行為に出てしまった。
後は社交界でのマナーについて一切学ぼうという気配もなかった。対帝国の対応については大公とオズワルドにまかせっきりである。
後々大公や公妃に説教されてようやく可もなく、不可もない状態になったが、それでもふとした拍子に出る無礼な行為で公妃の頬を引きつらせていた。途中からクロードは逃げるように、社交に出ることはなくなった。北の防衛で忙しいという理由をつけて。
「それは……その」
「わかっている。アルゥナの血が公国にとって一級品だということも、勧められたことも悪いことではないということも……ただ」
説明はしてほしかった。
トラヴィスの言葉にクロードはおっしゃる通りですと縮こまった。
記憶になかったとはいえ、知らぬうちに義理の兄からの評価が最低点になっていたとは思いもよらなかった。
「あの時は……私も子供でした。いい年していたというのに、世間を知らず」
ライラに出会って、彼女と合わせる為に社交界についても勉強するようになったが、過去の自分の稚拙さに気づかされた。
「帝国での社交界に出る予定はないだろうが、一応言っておく。ライラの夫としてせめて平均的なマナーは身に着けてほしい」
ライラの恥になる。
「公都での社交界ではせめて彼女の恥にならないように精進しよう、します」
クロードはたじたじになり言い直す。その様子をみてトラヴィスはようやく溜飲を下げた。
「本当はあなたがライラを大事にしなさそうであれば、すぐに帝都へ連れ戻す気満々でした」
もしくは帝都内に館を買ってライラの住居にしようかとさえ思った。
「久々にライラと出会って、あなたがライラを大事にしているのはわかりました」
それは緑の館でも感じたことである。ライラが一瞬こわばった表情を浮かべたのをトラヴィスは見逃さなかった。クロードはライラを救うように一声かけてくれた。
この時ライラは何か大事な話をしなければと思っていたがまだ心の準備ができていなかったのだろうと察した。
それなら本日まであえて待っておこう。
「ライラはクロードからみてどうですか?」
「良い妻です。そして何よりも私は、ライラに恋をしました」
クロードはライラにいかに夢中かを語った。
義兄に対して話すのは恥ずかしいが、ここで適当にしていれば本気でライラを帝都へ連れて帰ろうとしかねない。
オズワルドから聞いた話ではトラヴィスはライラのことをかなり溺愛しているという。
クロードはライラにいつから恋をしていたか語った。
公城でライラにはじめてであったときからである。
「ほぅ、恋をした娘にマンティコアの生首をみせたのですか」
トラヴィスは深い声でつぶやいた。クロードはたじたじになる。
「あの時はてんぱってて、ライラに何を見せれば喜ぶかなと思って……その日の獲物を」
「見せるのはどうかと思いました」
過去の行為で公妃からさんざん言われていたことである。こうして義兄からも言われるとは。
「でも、ライラはあなたと一緒にいたいと言っていました」
トラヴィスは夕食前にライラが言っていたことを思い出した。
あそこまではっきりと自分の意思を言うライラの姿をみるのは初めて出会った。
公都へ訪れクロードに嫁ぐと決まった時も彼女の意思であるが、あれはどこか投げやりな印象を受けた。
この状態で合わぬ場所、合わぬ結婚相手と一緒にいても幸せにはならないだろう。ライラが追い詰められたとき、すぐに迎えに行かねばと考えた。
だが予想とは異なり、この1年の間にライラはクロードに心惹かれ、一緒にいることを選択した。
母と同じ病になり不安であろうその身で、クロードを選んだのである。
「悔しいが認めざるをえない」
トラヴィスははぁと深くため息をついた。
この男も、それなりに努力をしてライラに合う男となろうとしている。
そこは認めておくべきであろう。
「ライラを頼みます」
「はい、この身にかえても私はライラを守り抜きます」
クロードは顔をあげて真剣にトラヴィスを見つめた。
「ところで次の狩猟祭……変なものをライラに見せたら今度こそ許しませんからね」
動物型植物型の死体はやむを得ないが、人型の魔物の生首などみせたら承知しない。
最後に念を押されクロードはこくりと頷いた。




