4 ライの昔噺
カディア侯爵家へのお礼の品はクロードが一人で持っていき、お礼も彼がしてくれることになった。
自分もぜひお礼を伝えたいといったがクロードは首を横に振った。
「連日の訪問で疲れただろう。今日はゆっくりしてくれ」
そのため、ライラは別館でお留守番であった。ブランシュは今日おでかけしないライラの様子に満足して彼女の膝を独占している。
別館でライラはバートから最近の別館の帳簿の内容を確認したり、狩猟祭での準備をしていた。
すでにドレスや装飾品、靴は手配済みである。リリーが確認して、サイズ調整をするだけになっていた。
今はハンカチの刺繍作業を行っていた。
狩猟祭では淑女は参加者に無事と活躍を祈りハンカチを贈る。参加者は狩った獲物を淑女へ捧げ、淑女を優勝者・秋の女王にしようすることもある。
去年の優勝者はクロヴィス・カディア小侯爵であったそうだ。その前はイザベル公妃、大公と数人の騎士が彼女へ獲物を捧げて秋の女王となったそうだ。
ライラがハンカチを渡したい相手は二人である。
クロードとトラヴィス。
トラヴィスの刺繍はほぼ完成していたが、クロードの分はまだ決めていない。
以前はひまわりの刺繍を渡したなぁと思い出した。
今度は何を刺繍しようかと考え、ふと目の前でクッキーを頬張るライがいた。
今は少年ではなく北天狐の姿になっていた。
見ず知らずの人間が入ってくることはないとかなりくつろいでいる。器用にクッキーを両手で持ちもしゃもしゃと食べている。
そして先ほどまで膝の上にいたブランシュも負けないとクッキーをむしゃむしゃと食べていた。
種族は違うが、兄弟のようでほほえましい。
ライラは紙に北天狐と護竜のスケッチをした。簡略化した絵であるが、二匹が楽し気にしている姿である。
刺繍の絵はこれにしよう。少したいへんだが、1週間もある。何とかなるだろう。
しばらく作業をしているとライが退屈そうにしていたのに気づいた。
何か声をかけて欲しそうな雰囲気である。
「そういえば、ライ。気になったけど聞いてもいいかしら」
何だとライは尻尾をぴんとさせた。耳をふりふりと動かしていてわかりやすい。
「北天狐は他にも隠れ里があるのかしら」
「あるぞ」
元々北天狐は東側の種族であった。場所はアルティナ帝国と、西側の山脈にて一族の祖は生まれた。
事情により彼れは一か所にとどまらないであちこちへと移動を開始した。西の方へ行く者、東の方、海の先の島国にまで移動した者もいる。
「ある事情て何かしら。食べ物?」
「それもあるけど」
何と説明したらいいのかなとライは頭をかかえた。難しい内容か、一族の秘密であれば無理に聞く必要はない。
「別に秘密っていうほどじゃないよ。ベンチェルが普通に母国の伝承に残っていたっていうし」
北天狐が移動するきっかけになったのは一族から罪を犯した狐がいたからだ。
それはまだ神が人の世界に姿を現す古い時代であった。今となっては実際存在したかしていなかったか不明の帝国が東の大陸を占める帝国の物語である。その国は現在のアルティナ帝国の土地にも多大な影響を与えていた。
北天狐はその帝国の北の森の中に集落を作っていた。
魔力を持ち、知恵を持ち、人の生活を助けることから仙人、賢者と呼ばれ慕われていた。
一族の中で誰よりも優れた魔力を持ち、知恵を持つ女狐がいた。
ユァンという名の美しい銀狐であった。
長く生きた末に尻尾は9つに分かれており、将来的には一族を率いる族長候補として期待されていた。
彼女は何を思ったのか、集落を飛び出し南の帝国へと流れた。
帝国一の美姫と呼ばれる人間を襲い、成りすまして皇帝の元へと嫁いでいった。
彼女は皇帝をあっという間に篭絡し、帝国を乱した。
神が賢者を遣わし彼女を退治しようとするが魔力が強い彼女の方が上手であり逆に取り殺されてしまった。
そのまま皇帝は女狐に取りつかれ暴虐の限りを尽くし、ついに臣民は皇帝から離れ新たな皇帝を立てることとした。
そして、ついに女狐ユァンが取りついた帝国は滅んでしまう。
新しい国が建ったが、彼女は新しい国の賢者に捕らえられて処刑された。
賢者は女狐ユァンの力の源である9つの尻尾を切り分けて、9つの箱の中へ厳重に封をした。
二度と彼女が姿を現さないように。
賢者は9つの箱を持って北天狐の集落を訪れた。
同郷の北天狐たちはどうしてユァンがこのようなことをしたか理解できなかった。
事態の大事さを理解し、北天狐は責任もって彼女の復活を阻止するように協力した。
9つの箱をそれぞれ分担して移動を始めた。
世界中の各所にそれを厳重に保管して決して交わらないようにする。
集落は小さくなり人目を憚りひっそりと暮らしていった。移動した北天狐は現地の人に受け入れるか、警戒して隠れて棲むかのどちらかであった。
シャフラの北天狐の隠れ里ははじめ現地に受け入れられ協力して美しい神殿を作ったが、魔物の過激化により人から警戒されるようになって隠れるようになったという。タキが鎮座している奥には祭殿があり、そこにユァンの尻尾が封されている箱が安置されている。タキが長になる前から、何百年も守り続けられている。
実は、ライはタキの後継であり、将来的にあの場所で鎮座する予定になるという。
「その前にうんと外の世界を見ておきたいし、長もそれを知っていて俺をライラのところに置いたんだと思う」
ライはぬるくなったお茶を飲みながら自分のことへ話をつなげた。
「おっと、大丈夫だ。もし俺が長になってもレイが後を継ぐからお前の健康はしっかり管理するぞ」
思った以上に壮大な話と、ライが大事な役目を背負っていたとは知らなかった。
「狩猟祭とか楽しみだな。ネズミ系の魔物とかとってくれないかな」
じゅるりとよだれが垂れているのがみえる。そういえば、本性は狐だった。
基本的に雑食だったと思う。木の実も好きだと言っていたのを思い出した。
「狩猟の場所は木の実も採れるみたいよ」
「本当か! じゃあ、一緒に木の実狩りだ」
淑女の中には狩猟祭の間は薬草を採り、帝都の治療院へ届ける風習がある。
だいたいの淑女はお茶を飲んで優雅に待っていることが多いようだが。
ライと散策しながら、木の実狩りをするのも楽しそうである。
◆◆◆
ライラがハンカチに刺繍を施している間、クロードはカディア侯爵邸を訪れた。
カディア侯爵父子はライラに会うことも楽しみにしていたようだが、クロードは長旅で疲れているから休ませてあるとわびた。
ライの診察によるとライラの体調は問題ないという。だが、夜の冷たい風に触れると少し心配になる。
ライとリーゼロッテが共作した薬はどこまで効果を持つかわからない。
早く狩猟祭を終わらせたら、彼女の容態を安定させるためのシャフラの秘湯へ連れて行きたかった。
侯爵邸へついていこうとしたライラにブランシュが邪魔をしてくれて助かった。
この時ばかりはブランシュに感謝した。
侯爵はお礼の品物に満足してくれた。
ちょうどベルトを買い替えたい頃合いだったようだ。
「多めに用意しており、家門の騎士たちにもどうぞ」
「ありがとう。早速配らせてもらうよ」
クロヴィスはクロードが持ってきたベルトを確認した。品質は申し分ないとほめてくれた。
そしてライラの提案で侯爵夫人にはアルベルが最近手を出している産業物のひとつを提供した。絹織物である。ようやく形になりつつあるが売り物として出すのは不十分である。だが、うまくいけば公都だけではなく帝国への輸出も狙えるだろう。用意できたのが小さな布切れであり手ぬぐいにしかできないが、それでも手触りは申し分ないはずだ。
「そういえば、アルベル夫人は息災か?」
クロヴィスの口からライラのことが出てクロードは無意識に身構える。
「長旅で疲れが出たようなので今日は休ませている」
「そうか。大人しくしてくれるのならいいのだが……去年は随分と気の強い令嬢が嫁いできたものだと思ったよ」
料理店で遭遇したときのことを思い出しているようだ。
確か、ヴィノ伯爵家のバカ息子がやらかしていたな。
そういえば、決闘のことが結局あいまいなまま終わってしまった。
「ジェノス・ヴィノの狩猟祭で参加するようだ。さすがに大公の御前、辺境伯の傍で愚かな真似はしないと思うけど注意した方がいい」
「忠告、感謝する」
そういえばとクロードは懐から木箱を取り出した。ライラがクロヴィスへ渡したいと言っていた品である。
琥珀石の指輪であった。
「去年は世話になったから私と妻からのお礼だ。受け取ってくれるか?」
「もちろんだとも」
シンプルなデザインであるが、指輪作成に利用している金属は銀である。何かと役に立つだろう。
「うれしいな。夫人から指輪をいただけるとは」
「私と妻からだが」
クロードの念をいれた声にクロヴィスは苦笑いした。すぐに冗談だと言ってきた。
「一応魔除けにもなっているそうだ」
簡単な説明をしてクロードは早めに侯爵邸を出ることにした。侯爵家の騎士の鍛錬場への見学にも誘われていたが、外がわずかに雨を降らしておりひんやりとしてきた。ライラが暖かい部屋で過ごしているか気になって仕方がない。




