二三章・貴女の声が聞きたいです?
不思議体験から目が覚めたらベッドの隣にルドさんがいて、
『最近はよく倒れるねぇ』
なんて皮肉をぶちかましてくれたので、私の脳は滞りなく起動し、彼の腕をつねるという行為を腕に要請しました。もちろん、私はそれに従いました。
皮肉もそうですが、なんで嫁入り前の少女の部屋(自分で自分のこと少女とか言うの変だなぁ)に男が一人で居座っているんですか、と。そういうのはなんか、その…あれじゃないですか。ルドさんならやらなそうだけど、ルドさんだからやりそうで……って、あれ? なんで意見が矛盾しているんでしょう、私。
と・に・か・く!
何故いるんだと問いただしたら、お義父さんの許可があると言うじゃないですか。信じるべきかどうか悩みましたが、べつに危害を加えられたわけではなかったので、それ以上どうこう言うのはやめました。
あと、少し寝ただけなのに、ひどくルドさんが懐かしく思えてしまって、私はなんだか悔しかったです。いつもチャラチャラしてるし、何考えているのかわからないし、本当のことは全部謎に包まれているし、軽薄だし、口説き魔だし、スキンシップ多いし、大好きとは言い難い人ですけど、まぁ、友達ですけど、これほどまでにこの人に会いたいとか、懐かしいとか思ったのは初めてだったのです。
だから。だから、許してしまったんですよ。
『シャルが生きてて、本当によかった。俺、心配してた』
なんて大仰な台詞と共に安堵の息を吐くルドさんが握ってきた手を。
ちなみに、その日の夜はルドさんに何回も名前を呼ばれる夢を見ました。カオスでした。胸焼けがしました。甘い物をむりむり口に押し込まれたような感じでした。
それが私の潜在意識や願望のなしたことだなんて、認めません。っていうか違います。きっと! そう、きっと!!!!
私が不思議体験をした日、起きた私にお義父さんは何も言いませんでした。その翌日である今日もそれは同じ…それ以前にお義父さんはまだ目覚めていません。営業放棄してグッドスリープですよ。
今日は、ニーナさんが来ていました。
赤茶の髪を頭の上で丁寧に結っており、楚々とした振る舞い。しゃっきりと伸ばした背筋、優しいのに真っ直ぐな辰の強さを窺わせるその顔は「美人」以外のどの言葉が似合うか理解できない感じです。
「ホンっトに久しぶりだわ、金魚草」
万年筆をことり、と机に置き、伸びをしながらニーナさんは呟きます。
「一ヶ月ぶりですね。小説の締め切りが近かった、とかですか?」
先程頼まれたコーヒーのお代わりを注ぎながら尋ねると、「ええ」と返ってきます。
「最後に来たときに読んでもらった小説が出版されてね〜。大人気御礼、ってことで新シリーズ決定よ。はぁ、面倒くさいわ」
美しい眉を寄せて、溜息を一つ。
「でも、まぁ、私は何か書いていなきゃ落ち着かない性分だから、この仕事が好きなのよね。忙しくても、筆を握って、紙と向き合って、金魚草ブレンドのコーヒー飲んで、悩みながらストーリーひねり出す。そんな時間が愛しいのよ」
ふふ、とニーナさんは笑います。そこまで熱中できることがあるっていいですね。私なんか仕事と仕事と仕事くらいしか夢中になれませんから。
「そんだけやってりゃ立派な仕事病だ」
「あいたっ」
頭にチョップが一発。見なくても、声でわかります、ルドさんです。
「くぅぅ。つむじは反則ですよ! ずるい、ルドさん!」
子犬ばりにきゃんきゃん喚く私を「はいはい。俺が悪うございました〜」と受け流すルドさん。
「なに、ナニ〜?」
ニーナさんがによによしながら間に入ってきます。なんですか、その「うっわ、やべっ。今から面白いこと始まるぞ」みたいな顔は!
「…なんです、その顔。絶対面白がってますよね? 私なんて煮ても焼いても炙っても面白いところなんて出てきませんけど?」
「そんなことないわよ。ふふん」
爛々と瞳を輝かせるニーナさん。たたえた光は何だかアヤシイ色なんですけどっ!
「いつものシャルならルドと関わる事を極力避けるし、チョップ食らったら「なんだ、ルドさん来てたんですか? 存在価値が見いだせなすぎて私の中では空気と化していましたよ」って言うはずなのに今日は…」
ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくださいよ。私、そこまでひどい物言いですかね? べつにルドさんの存在価値が見いだせないなんてことはないですし、まず、思っていても口に出しませんよ、そんなこと。
「なんだか自分からちょっかいかけてるみたいに見えたのよねぇ。構ってほしいわんこみたいな?」
ニーナさんの言葉に、私はぴしり、と固まります。
「え、何? シャル、俺に構ってほしかったんだ、へぇ。言ってくれればいいのに。シャルの要望なら、いくらだって構ってあげるのに」
あははは、と笑うルドさんに、ぎゅーっとハグされても抵抗しないくらい、私は衝撃を受けていました。
私が、ルドさんに構ってほしいだと!?
あ・り・え・な・い!
聖女アリア様に乗り移っちゃうような不思議体験ができても、それはありえない! だって、なんで上手く丸め込まれちゃうのにわざわざ構われたがるんです!? マゾですか、Mですか!?
構ってほしい。
それを強く否定する一方で、自らの存在を激しく主張する感情が、私の心の中にいました。
相変わらずルドさんにぎゅっとされたまま硬直する私を見ながら、ニーナさんはけらけらと笑います。この人、完全に人ごとだから楽しんでます。なんっかイラっとするなぁ!
「もう、本当に面白いわね。変なシャル」
…自分がおかしいことくらい、私自身が一番よくわかってますよ。
だって。
「ルドにされるがままだし」
明らかに変ですもん、私。
「人聞き悪いなぁ。これは抱擁。友人同士の挨拶の一種じゃないか」
いつもなら恥ずかしくて抵抗しますけど、なんかあったかくて気持ちいいって思っちゃうし。
「はっ。本当は友情じゃすまないんじゃない?」
照れとは違う何かがこみ上げてきそうだし。
「……」
無駄に心臓がバクバクいってるし。
「あれ、ルド、どしたの? 言い過ぎた?」
なんかのぼせたみたいにあっついし。
「いや、真顔になってニーナさんびっくりさせただけ」
「何よそれ〜。マジでびっくりしたじゃない」
でも嫌じゃないし。
「それにしても、どうして今日はこんななの、シャル?」
「え…」
私は、何と応えるべきか迷いました。
だって、言えるわけないじゃないですか。
ルドさんの声が聞きたい。
ルドさんに名前を呼んでもらいたい。
なんて。
あれ?
私は、心の中で首を傾げます。
おかしい、おかしい。
己の中で導き出された、この、私らしくない答えを、どうして私はすんなりと受け入れられているのでしょう?
おかしい。
っていうか、どうしてこの想いを認めてしまえるのでしょうか。
なんで?
「ちょ、ルドに続いてシャルまで私をびっくりさせたいの?」
ニーナさんの問いに、私ははっとしました。
「あ、いえ」
気まずいときって、どうすればいいんでしょう。私には、無理矢理話題を変える他に、この空気から脱出できる術を知りません。
「そうだ、ニーナさん。コーヒーのお代わり、いりますか?」
いつの間にか空になっていたコーヒーカップに目をつけるとは、流石、職業病(?)の私。
「ん? じゃあ、お代わりちょーだい」
「はい」
私は力の緩んだルドさんの腕をすり抜けて、二人に背を向けるようにカウンターに入り、コーヒー豆を挽き始めます。
「そうだ、ニーナさん」
「何?」
「今日、ルドさんをスルーしなかったのは」
「うん」
優しく相槌を打ってくれるニーナさん。全てわかっているのかな、とときどき思うことがあります。けれど、彼女は知っていても、望むなら知らない振りをしてくれる。だから、私はそれに甘える。
「そういう気分ですよ」
「珍しいわね」
カリカリという、ペンを走らせる音。
ニーナさん、ありがとうございます。貴女のその優しさが好きです。
でも。
こうしてしまうと、余計に意識してしまうんです。
ルドさんのことを。




