その3 ヒーローの陽動作戦和え 若干のダイナシズムを添えて
いよいよ作戦開始だ。幹部たちによる講義も、幹部候補が集まった時点で開始された。
まあ、そんな中でも相変わらずコーヒーを淹れ続けている。流石に人数が多いので、許可を取ってサイフォン式を持ってきた。部屋の隅に置いて、ゆっくりとかき混ぜる。
そして講義開始後の第一声。
「戦術に関してだが、ぶっちゃけ相手を上回る戦力で圧殺しちまえばどうとでもなる。」
……事実ですがぶっちゃけ過ぎですガウルン様。
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講義の間にも、作戦は進んでいく。
陽動部隊の方は順調に他のヒーローたちの気を惹きつけている。
勢力的には、現在襲撃中の紅蓮戦隊に並ぶチームが2部隊、新興勢力が1部隊。最近では珍しくなった、スタンドアロンで立ち回る者が一人。
その全員が、近郊では『こいつらに出来無い事は他の連中では出来無い』と認識される程度に実力がある。
こいつらが引っかかっているということは、シェンク様の方には気付かれていないか、住民への被害の抑止を優先しているか。
横の繋がりはそこまで強くなかったはずなので恐らく後者だが、確認のために傍聴(盗聴とも言う)してみる。
傍聴開始後の第一声かコレだ。
『ハッ、遅い遅い。見た目バッカリ速い癖してその実亀みたいに遅い。アンタはアリンコか何かなの?』
リンが物凄くつまらなさそうにぼやく。いや、つまらないと言うよりは期待はずれと言った方が正しいか。
『うるせぇ!とっとと人質を返せ!』
『そんな事を言っても返さないに決まっている。焦りすぎだ。』
『そうよ……落ち着いて。今焦って突っ込めば相手の思う壺よ。』
ふむ……やはり後者か。他もだいたい同じだが……リン、お前酷いぞ。そいつら一応速さが売りなんだが。
にしても何を焦っているのやら。この陽動作戦に連中を焦らせる要因なんてあったか?
「おうおうおう!なに一人で面白そうなことしてんだよ?」
少しばかり物思いに耽っていたら、不意に後ろから声をかけられた。
マスクのない戦闘員服をインナーにした、ドイツ系の軍服をベースにしたデザイン。幹部候補以上の階級の者が着用する制服である。
そして、幹部候補で此処まで馴れ馴れしいものは一人だけ。鵺怪人である《朧》のロウルこと出雲才蔵だ。
ちらりとその後ろを覗くと、ガウルン様とフレス様がものすごくイイ笑顔(良い、では無い)でサムズアップしていました。何となく腹が立ったのは気のせいではない。
余談ではあるが、ドイツ系の軍服がベースなのは単にカッコイイからだ。総帥の発言だから質が悪い。
「ああ、才蔵さんですか。ちょっとリンさんの状況を盗聴もとい傍聴していました。」
「で、どんなかんじだ?」
「天然って怖いですよね。流れるように挑発と侮蔑を会話の中に混ぜ込む手腕は、見習おうにも出来ません。」
ずい、とヘッドホンを差し出す。そして再び傍聴。
『それにしても……なんでそんなに焦っているのかしら?』
『……お前には関係のないことだ。』
『ふうん……まあ、いいけど。それよりさ、こんな面白いもの見つけたんだけど?』
『ッ……!』
『それは、藍の持っているロケット!?』
ああ、漸く合点が行った。人質の中に恋人が居たか。いやはや、コレを利用しない手はない。
……無いのだが、なぜだろう。事リンに限っては、嫌な予感しかしない。
果たして、その予想は見事的中することになる。
『ああ、なるほどねぇ。……じゃあ、こうしよっか。じゃんけんで私が負けたら、人質を開放したげる。』
『駄目ッ!罠に決まってるわ!』
「うぁ……やりよったコイツ、やらかすと思ってたら案の定やらかしやがった!」
「やっちゃいましたねぇ……」
才蔵が『何それ?馬鹿なの?死ぬの?』と言わんばかりに顔を顰めて唸る。
実際その通りである。いや、核地雷級の罠だが本人に自覚がない分、余計に質が悪い。
『……本当、か?』
あ、受けた。悪魔の契約書に躊躇なくサインしやがった。
『ええ、ホント。じゃあ行くわよ?ジャーンケーン、ぽん!』
……ん。声を聞く限り、リンが負けたみたいだ。負けたのにやたらと嬉しそう……ああ、ご愁傷様。足の小指の先ぐらいは冥福を祈ってるよ。
『んじゃ、人質解放!何も心配しなくて良くなったんだから、本気で戦ってくれるよね?』
その命令を出すリンの声は、さながら喜怒哀楽の喜一色。もしくは目に刺さるようなショッキングピンクに染まっているようだった。
そう、リンは生粋のバトルジャンキー。彼女の中では、人質は相手のリミッターであると定義されている。
『邪魔な人質はなくなったんだし、ね?答えはハイしか認めないから。』
『なッ……!』
ヘッドホンを外して、思わず十字を切る。ぶっちゃけただのノリですが。そもそもキリスト教徒じゃ無いですし。
そして、才蔵と顔を合わせて、二人してため息をつく。
「相変わらずひでえな。」
「といいますか、作戦の趣旨まるっきり忘れてません?」
まあ、二人して呆れ返るのは当然である。
「リンは帰ってきたら減俸2ヶ月……っと。」
「当然とはいえ鬼ですね。」
「紛う事無き鬼ですが、ソレがどうかしましたか?」
手元の端末に書きこみながら、そう言ったライノール様。
ライノール様、そういう意味ではありません。確かに種族的には犀鬼だと知っては居ますが。
そんな中、ガウルン様はフレス様と共に、冷静に相手を分析していた。師弟に近い関係だからか、フレス様が敬語を使っている。
「にしても、あの異界系戦隊。リン相手に善戦してるのは評価できるな。確か新興チームだった筈だな。」
「ええ、元は戦闘用ではなく救助用だったそうですが、紅蓮戦隊が半壊している以上、戦力になる者を徴兵に近い形で運用しているそうです。」
「なるほど。道理で動きが拙いはずだ。」
「昨日の今日ですからね。練度が低いのは当たり前かと。」
敬語を使っているフレス様は、なんというか新鮮だった。
こうして居ればちゃんとクールビューティーなのに、作戦中以外だとどうして残念になるのやらって危なッ!
「スオウ、あんた変なこと考えてない?」
「イイエ、ソンナオソレオオイコトカンガエテナンカイマセンヨフレスサマ」
「カタコトなのが怪しいわね……」
「フレス様の戦法を知ってたら誰だってカタコトになりますって。」
「ああ、ロウルの言うとおりだ。」
こうして、私は命拾いをしたのであった。まる。
……とまあ、それは横に置いといて。「異界系とは何ぞや?」と言う話になるだろう。
早い話が、その組織がどの様な技術を扱っているか、ということである。
戦隊にしろ悪の組織にしろ、その分類は大まかに3つに分けられる。
まず「科学系」。
そして「魔術系」。
残る一つが「異界系」。
それらが複合しているものもあるが、取り敢えずウチは全部乗せ。ライノール様は魔術系の系譜だ。
リンも魔術系単品の「術式変生獣人」である。ガチガチの肉弾系だけど。
……ってか、おい。幹部候補ども。なに『そこだ、いけ』とか『今だ、スーパーウリアッ上!』って。
つーかいつの間に中継してんだよコラ。
「……はぁ。才蔵さん、ちょっと止めてきて「今だ!虎昇閃(タイガーアパカッ!)」……」
……お前もか才蔵!
ああ、そういえばそうだった。此処の連中は何かにつけて騒ぎたい典型的日本人ばっかりだった。
ああそうだった、そうだったよ失念していたとも……だがしかし……だがしかし!作戦中どころか講義中にまで騒ぐことはないだろう!
……もういい加減我慢の限界だ。堪忍袋が急激に膨らんでいくのが実感できる。
「……いい加減黙らんかいジェイムスン教授ぶつけんぞゴルァァァっ!!!!」
ちなみにジェイムスン教授とは、「ジェイムスン教授シリーズ」と呼ばれる小説の主人公で、立方体状の胴体に円錐形の頭部、八本の触手状ロボットアームに四本の足を持つ元地球人のサイボーグである。
そして、フレス様の配下がクローン培養実験の余り物で作り上げた「ノリと勢いと酒とほんのちょっぴりの狂気の産物」(ライノール様談)だそうだ。なお、投げつけられると避けづらい上に痛い。
今回は上下逆にして独楽のごとくに回転させながら投げつけてみた。
……チッ、二人しゃがんで避けやがった。
「投げた後で言うセリフではないな。」
「昔のエライ人はいっていました。『宣言したとき既に行動は終わっている』と。」
「何処の兄貴だソレは。」
というかJ◯J◯知ってたんですねガウルン様。
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講義も終盤に差し掛かり、そろそろ纏めに入るところだ。
「……とまあ、こういった様にして、相手に全力を出させないようにするのが基本だ。
分断するも良し、人質を取るも良し。
……ああ、先に言っておくが、アレは見習うな。あれはフレスの理論で言う『特化型ゆえの万能性』というやつだからな。」
そろそろ終わりかと話を聞いていたら、オペレーターブースが俄に騒がしくなっていた。
どうかしたのだろうか?
「報告しますガウルン様!攻略中の敵拠点に向かって進軍するヒーローを確認! 数は5!現地に対応できる人員無し!」
「……やはり横槍が入るか。該当するチームはあるか?」
「……確認しました。魔法系の新興チームです。」
「よし……誰か、出撃したいものは居るか?」
どうやら、早速実習の機会が巡ってきたようだ。幹部候補たちが俄に湧き立つ。
誰が行くのかと予想しようとしたら、右側から風切り音がなる。
……才蔵、お前どんだけ張り切ってんだよ?
などと思いながら再びオペレーターブースに目をやると、何やらまた騒がしくなってきた。……少しばかり嫌な予感がする。
「立候補者は一人……他には居ないか?なら……」
「ガ……ガウルン様!ドゥームコンドルが治療室から無断で出撃しています!目的地の予想は……攻略中の敵拠点です!」
その報告に、私は思わず息を飲んだ。
彼……ドゥームコンドルとなった人物は、私と同期だった。だから、彼の事は他よりも把握している。
彼は昔からそうだった。戦闘員時代からアイツはよく無茶をする。一時期は死にかけたこともある。 何度も咎められていたというのに、一向に無茶をやめなかった記憶がある。
治療も済んでないのに、アイツはなんでこうも無茶をするんだ!
その苛立ちを隠すこともせず、私はその事の成り行きを見守るしか無い。
……今ほど戦闘員であることを憎らしく思ったことは、後にも先にもないだろう。
2012年07月18日 誤字修正