その1 副業と本業が逆じゃないかと思えてくる
はじめまして、と言うべきかな?小野秀だ。スオウなどと呼ばれている。
本来なら名乗ることさえ無い。何故かって?そりゃあ……まあ見れば分かるさ。
全身黒ずくめってか黒タイツ。つまりは……
「やはり貴様らか、イブゾーク!」
秘密結社の戦闘員だから。
うん。怪人じゃないんだ。戦闘員。
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さて、ここでなぜ私が戦闘員なんてものをやっているのか説明しよう。
とは言え理由は単純。
拉致られた。
日々是平凡が信条だった俺は、いつも通り電車に乗って、いつも通りに会社へ向かうはずだった。
そこでトレインジャックされなければ。
異常に気がついたのは、最寄りの駅を通り過ぎた時。そこからはもう後の祭りで、車両単位で乗客ごと強奪された。安全?んなもんあったもんじゃないさ。
怪人が片手で持ち上げて運んでたせいで、軽く「I can fly」な気分だったのは鮮明に覚えている。いや、メンタル的には既に|「I had flown」《キゼツズミ》だったが。
後はお約束の薬品漬けアーンド洗脳タイム。結局、戦闘員養成施設は忌々しいヒーロー共によって壊滅した。
ただし、救出時には被害者一同はすべからく教育済みだ。100人は確保できたのだから、まあ必要経費だろう。
戦闘員になった後に発覚したが、組織の研究員曰く――組織名は「秘密結社イブゾーク」だそうだ――私だけ洗脳の効果が薄めだ、と言われた。
がっちり洗脳を受けたなら、思考能力に影響が――ぶっちゃけ馬鹿もしくは脳筋になるとのこと。
その話を聞いて思わずツッコミをいれたが。やはり促成栽培の影響なのだろう。
まあ効果が薄いと言っても、がっちり影響を受けているのは事実。
聞いている時点で気が付いているだろう。日々是悪行・ヒーロー憎しの精神が出来上がっているのだから。
現在、バ化(ばか…馬鹿になること。出来たてほやほやの造語である)することのない洗脳方法を研究中。
洗脳を受けた手前、早々口には出来無いが……悪の秘密結社と言うだけあって、結構ブラックな会社であることは言わずとも分かるだろう。
生命保険?労災? ハッ、降りるわけ無いだろう!
労働基準法に真正面から喧嘩売っててバレないのは、単純に知られていないだけだ。
週休5日超は当たり前。副業を奨励しているし、裏でイロイロしているらしいし。
現在、私は「最も理想的な戦闘員」として組織内でこき使われている。
新兵器開発やら、新しい怪人のアイデアなど、主に開発方面でだ。
マトモな発想が貴重がられる時点でアレだな。変態どもめ。
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で、現在副業を臨時休業にして戦闘員稼業をしているところだ。
副業が何かって?アジトの近くの喫茶店。コレでもマスターである。オペレーター候補が「情報の並列処理訓練」と言う名目でアルバイトしている以外は、幹部一同が作戦会議するくらいで至って普通だ。
今回の怪人はドゥームコンドル。コンドル型の怪人で、無論飛行可能。ヒーローへの当て擦りで、ムダにカッコイイ仕様だ。
私は彼の隣から他の戦闘員への指示を任されている。戦闘員は死ぬこともあるが、別に気にする必要はないだろう。
第一、死亡率なんて数%だし。戦闘員スーツの安全性の高さを物語っている。優秀な変態どもに感謝しなければ。
だが、そろそろ死亡者数が危険域なので、機械兵の開発を進言しよう。
「よく来たな、紅蓮戦隊の諸君。」
っと、色々考え込んでいる内に始まりそうだ。
「サッサと博士を放せ!この鳥野郎!!」
彼(青いの)が言う通り、今回の作戦はとある博士の洗脳及びスカウト。拉致とも言う。
洗脳といえば聞こえが悪いが、何のことはない。ただ「欲望に忠実になってもらった」だけである。
つまりは、
「フン!貴様らの所では研究りたい事も出来んのでな。研究れる所に移るだけだ。」
「博士、何を……」
「やはり、貴様らは彼の闇を知らなんだか。」
「何!?」
「単純なことだ。大義名分を拭い去れば、彼の研究とは詰まる所『人体の強化』。技術の粋を結集させたそのスーツでさえ、彼は満足できなかった。只それだけだ。」
そう。強化服からの強化ではなく、肉体からの強化。彼が心の奥底で欲していたのは、「人体改造」だ。
賢い彼(赤いの)はソコに思い至ったようだ。説明乙、と言わせて貰おう。
おお、周りも動揺しだした。よくやった赤いの。十字勲章モノだ。
「納得したかね?それでは、戦闘開始だ。せいぜい足掻いてくれよ?」
やはり悪役は良い。崇高な悪ならば尚更だ。期待される身として、全力で応えよう。
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結果から言おう。作戦は成功だ。
死亡者2名、重軽傷者は20名。
ドゥームコンドルは生存、しかし片翼を切り飛ばされた。
損害レベルは比較的低く収まったのは嬉しい。
対する紅蓮戦隊。
5名重体。つまり、メンバー全員行動不能。
この隙を見逃す我等ではない。明日中にでも本拠地を襲撃すると通達があった。
さすがは総帥。潰せる時に潰すとは、戦略的に正しい。慢心の少ない悪ほど手強いものはないのだ。
「……で、毎度毎度ココで作戦会議をするなと申し上げているのですが、あなた方の辞書に学習の文字は無いのですか?」
「仕方が無いさ、スオウ。雰囲気がいい・話が弾む・コーヒーが旨い。三拍子揃っているのだからな。」
と、褒めつつも学習していないこと、そしてこれからも学習しないと堂々と宣言したこのナイスダンディ。六幹部の筆頭たる龍怪人、『怒涛』のガウルン様である。
こんな口を聞いても怒られないのは、まあ常識人同士のシンパシーだ。別名・苦労人同盟。
ココに集った幹部は5名。
龍怪人 『怒涛』のガウルン
麒怪人 『炎駒』のキリク
虎怪人 『夕凪』のシェンク
犀怪人 『石動』のライノール
鷹怪人 『瞬光』のフレス
皆さんシッカリと人間態でご来店。
五人しか居ないのは、先日のヒーロー本拠地への襲撃作戦で、猪怪人『圧壊』のシュヴァール様が殉職されたためである。
対集団戦の第一人者が亡くなったのは大きな痛手だが、よくある事なので皆さんサラっと流している。
作戦? 成功ですが何か。
「とにかく。明日の襲撃作戦だが、諜報部が手に入れた見取り図と拉致った博士の証言を合わせて、この辺りから侵入。
後は副空調室をいじってガスで制圧の予定です。」
いつの間にか作戦会議を始められました。
作戦の概要を説明しているのは犀怪人『石動』のライノール様。
『不動明王』だの『静かなる』だのと言われているほど落ち着き払った性格の、シヴい系の青年。幹部の中では最年少である。
その顔つきが羨ましい。
「こっちの構成員の腕が良いのか、はたまた向こうがショボイのか。スパイがいるのに気がついてないって、ヒーローとしてどうよ?」
厳しいお言葉を呟いているのは麒怪人のキリク様。中性的な外見の女性です。美男子とも美人とも言える外見が、凡庸な顔つきの私には羨ましゲフンゲフン。
炎駒というのは、火を司る赤い麒麟なのだそうです。酒に弱いのに無類の酒好き。酔った拍子にボヤ騒ぎなんてことはよくある話です。
「今回は俺の参加が必須っぽいね?あーぱー戦闘員じゃ設定とかイジれなさそうだし。」
「今までのじゃそうなんだけど、新しい洗脳方法を開発中なの。元のスペックを落としてないこの子が珍しいだけよ?」
参加に乗り気なインテリ美少年が虎怪人『夕凪』のシェンク様。洗脳云々を言っているクールビューティーは鷹怪人『瞬光』のフレス様です。
嵐の前の不気味な夕凪の如く、「勝つべくして勝つ」状況を創り出す後方支援の第一人者と、改造と洗脳のスペシャリスト。
彼らの性格を知らない人々からすれば、「絶対に逆らってはいけない幹部トップ2」と認識されているのが悲しい所。
実際は、マッドな愉快犯二人組ってだけです。
……あれ、もっと質が悪い?
「参加怪人はクーとリン(両名共に山猫)、あとバルド(豹)あたりで足りるか?」
「いや、リンは残す。アイツの性格は奇襲に向かん。十中八九、全力全壊だ。勢い余って空調室を吹っ飛ばすぞアイツは。」
「戦闘員は何小隊使う?そこまで多くは使えんが、8小隊までならバレにくいだろう。」
「5小隊もあれば十分じゃない?あとは、撤退用の壊れない転送装置が三人分出来たから、実地試験と行きましょう。」
「自爆装置は悪の華。自爆なんてさせないでね!?ぜっっったいよ!」
上から順に、ライノール様・シェンク様・ガウルン様・フレス様・キリク様。
さすがは幹部。作戦前はしっかりしている。……ええ、作戦前は。
全員が一つの目標に向かっている時はコレほどまでにシッカリしているのに。
「っと、お待たせしました。カツサンド・ハンバーガー・エビグラタンとピザトーストです。オムライスもすぐにお持ちしますので少々お待ち下さい。」
まあ、それはそうとして副業の方を確りとこなさなければ。
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そして私の喫茶店「アゼリア」の、昼の営業時間が終わる。急用で臨時休業という名目でだ。当然ながら、幹部5名は未だ店内で食後のコーヒー。
対外的には、お得意様への贔屓ということにしている。
そして、閉店後のアゼリアはその姿を一変させる。
ブラインドを下ろし、更にホログラムで外側からの視線をシャットアウト。
店の奥からはゾロゾロと怪人たちが顔を出し、オペレーターや上級戦闘員たちが壁際に並び始める。
……まあ、私のやることはまだ変わらない。サイフォン式のブレンドコーヒーを用意している。
喫茶店のマスターということもあり、ココで集会を開く場合に限り、組織の制服ではなく店の制服で出席することを許されている。なぜか総帥公認で。
オペ子さんに手伝ってもらい、全員にコーヒーを配る。
配り始めて少したった頃、ガウルン様が壇上(決して机の上ではない。こんな事もあろうかと、最初からそういう装置を設置してある。)に上がり、一同を睥睨して口を開く。
「さて、我々は前回の作戦で、本来の目的の他に、紅蓮戦隊ブレイザーの戦闘部隊構成員五名に重症を負わせることに成功した。」
にわかに沸き立つ店内。
当然だ。今朝の作戦の結果は、事後処理を含めたとしても最速でこの時間が限界だからね。
「決議の結果、総帥以下6名全員の賛成を以て、敵本拠地への襲撃作戦を決行する事となった。」
ザワつきは収まる所を知らず、唯増すばかり。
コーヒーを配り終え、立つ場所がなかった私は、仕事で立ち慣れたカウンターの中で話を聞く。
「クー・バルドの両名はシェンクの指揮の下、5小隊を率い敵アジトの襲撃に当たれ。
そして、これから名を呼ばれたものは、陽動作戦に参加することになる。成功すれば間違い無く利益になるが、重要度は低い。撤退も視野に入れた行動を取れ。」
ここらへんが、他の組織とは違う所なんだよね。洗脳しているとは言え、個を尊重している。
――だが彼らは気づいていない。洗脳と情けの相乗効果で、忠誠度がアホみたいに上がっていることを。
――そしてその忠誠度故に命を賭けようとすることを。
――幹部どころか、総帥すらも。
お。リンは陽動の方に呼ばれたか。山猫と鴉、あとはメスカブトとパキケファロか。暴れたら被害がデカイのばっかり。
流石に他の組織も、本命に気付く可能性は低いか。
……ああ、やっぱりメスカブトに改造された男性が不憫に思えてきた。
山猫と鴉は別々に違法薬品の強奪、メスカブトは銀行強盗、パキケファロは一般人の拉致か。
そろそろ市内制圧は完了しそうだな。
「憎きヒーローの一団を壊滅させるまたとない機会だ!我々の総力を持って、叩き潰す!」
ガウルン様の締めの言葉に合わせて、一同は關の声を上げる。
……元気が良いのは結構だが、防音抜いて外に響きそうで怖い。
2012/7/27 設定との齟齬を発見。修正。