第4話■みんなで考える時間
「うーん、完全によく分からないな」
「……当たらない、当たらないなぁ」
「ほんならもうちょっとこういう感じ?」向きを斜めにしてみる。
「だいたいね、おおむね、前が当たったっていうのは間違いない、ここら辺が当たったというのは間違い」
「うん、ここですね」
「じゃ、当たったのは?ここらへん?足らへんが当たった?足が当たったなら、もっと斜めやその延長線上に」
みんなで二台の自転車を眺めて何の研究そしているかと言えば、誰が見ても
「後ろから自転車を押してきて前方の自転車の右後輪に当てた、としか思えない角度」
「角度的に無理やな」
「無理やな」
二人も、どう考えても無理だと、ここは口に出していた。
◇再現の写真を撮影することが出来ない実況見分◇はじまりはじまり~!
■みんなでぶつかれる訳もない角度からどうやったら当てられるかを考える時間
盛山敦志「【録:衝突状況を、奥さんは、この辺に当たってるって感じなんですか、ちょっと自転車にまたがってもらっていいですか、もう不通にまたがるだけで大丈夫です】」
盛山警察官は、下坂啓二の自転車を握り状態を見始めた。普通に、傷や凹みがないかも、見るそぶりをした。
盛山敦志「【録:ここがへっこんでるとか?」
工藤直子「【録:ここ、ここです、ここら辺に当たってる】」
直子は、自分の電動自転車の右側の車輪カバーを指差した。
盛山敦志「【録:僕らがカメラ見た感じも結構後ろに当たってるのかなーって感じです、どう?あんまり覚えてへん?】」
下坂啓二に向かって盛山警察官は言った。
下坂啓二「【録:いやもう、バーンて当たってようにしか覚えてないですが】」
工藤純「【録:あーそういう感じで当たったんか……】」
工藤直子「【録:当たったのはこの辺りです。ここをこするみたいに】」
盛山敦志「【録:一回、今僕がご主人に聞いているんで、奥さんの話が、入っちゃうとノイズになっちゃうんで一回黙っとってもらえますか、ずっと黙っといてって言ってるわけじゃないんで】」
盛山警察官は下坂の自転車を指差しながら
下坂啓二「【録:当たった場所はここ、と明確なのはないけど、この辺かなぁーという】」
下坂啓二は自分の自転車の前輪を指差した。
盛山敦志「【録:じゃこの辺かな、だいたい】」
工藤純「【録:多重事故だからね】」
下坂啓二「【録:だいたい、もうちょっとこう】」
下坂啓二はクイっというように、自転車のハンドルをひねって見せた。
盛山敦志「【録:前が当たったっていう感じ?】」
自転車を横に並べた。直子の自転車が前を行き、その右側の後輪に、後ろから自転車を押して来ている。
松浦博之「【録:……当たらない、当たらないなぁ】」
松浦警察官も、困った風に言い始めた。「【録:ほんならもうちょっとこういう感じ?】」向きを斜めにしてみる。
盛山敦志「【録:だいたいね、おおむね、前が当たったっていうのは間違いない、ここら辺が当たったというのは間違いない】」
下坂啓二「【録:うん、ここですね】」
盛山敦志「【録:じゃ、当たったのは?ここらへん?足らへんが当たった?足が当たったなら、もっと斜めやその延長線上に】」
みんなで二台の自転車を眺めて何の研究そしているかと言えば、誰が見ても
「後ろから自転車を押してきて前方の自転車の右後輪に当てた、としか思えない角度」
だからだ。だってその通りだ。
彼らは、防犯カメラの映像を見たと言った。見た上で、向きをそれと乖離がないように、とは思ったようだった。
だが、どう考えても直子の自転車が、後ろの自転車、下坂啓二に何の力も加えることが出来ない位置関係なのは、誰の目にも明白だったのだ。
よって、再現したら当たり前だけど下坂啓二がそれで、怪我を負ったという……どうやってだ?
その「再現写真をどうやったら撮影できるか」
それを、松浦警察官と、盛山警察官、純と直子も、首をひねりながら考えた。
ただ一人、「キョトン」としながら、輪の中にいる下坂啓二。
工藤直子「【録:この辺で……】」
しかし下坂啓二は、松浦警察官が「当たらないなぁ」と言ったことに、「オドオド」していた。いつもみたいに、松浦警察官は僕が、当てられたことにしてくれるはず、だけど、首をひねっているぞ?
下坂啓二「【録:わああっ】」下坂はとりわけ、大声で叫んだ。「【録:って思った時にはもう来たんで、僕は当たったから】」
全員の空気の中で、取り繕う大袈裟なお芝居が始まった。
下坂啓二「【録:おい!って言ったらもう、なんか、文句言われて】」
盛山敦志「【録:……実際、こうなってます?】」
盛山警察官の角度の提案に、「アセアセ」とかぶせてくる。
下坂啓二「【録:なりましたなりました!じっさい!ある程度こうなりました】」
松浦警察官がそこへ
松浦博之「【録:ほんでヨロケはった】」
直子は、ヨロケているはずもない、あまりの下坂啓二の演技にあきれ果てる。
工藤直子「【録:防犯カメラ写ってますよ?】」
急に下坂は語気を荒らげ、直子に向かってくる勢いで言った。
下坂啓二「【録:おまえ!反省してんねやったら、そんな言い方はないやんけ!】」
(ほんまに、何回、下坂啓二は「おまえ」言ってるか、後で数えよう。今書きながらマジ、絶対に「おまえ」言い返したろ、と心に誓う)
盛山敦志「【録:あ、いやからこれはそれはオッケー。もうだからね、僕ずっと黙っててくださいって言ってるわけじゃないんで、それぞれからお話聞かないと喧嘩なっちゃいますよ、で、さっき、謝罪されてたでしょ?それも信用失いますよ、言葉の重みが変わってくるからね】」
下坂啓二「【録:うしないますよ!】」
幼稚な子供が、強い奴、ジャイアンの後ろからくっついて、陰から言葉を繰り返すスネ夫ように、下坂啓二は言った。
松浦博之「【録:今は下坂さんのターンやから今は、下坂さんが思い出して記憶の範囲で】」
下坂啓二「【録:僕はこの辺に来て、今カメラで見てくれてはる、この辺に来て
「【録:ああっ」そして「わあああつ】」
下坂は周りに響き渡る大声で叫んだ。「と来た時にバーンて当たったから。『あーーー』ってなって】」
下坂啓二「【録:おい!」ていうたら『わーっ』と逃げてきて、文句を言うたから】」
その、臨場感あふれる大振り演技に、
松浦博之「【録:ほんなら、角度はこんな感じ?】」
松浦警察官は淡々と、いや、シラケた顔で返した。
防犯カメラを見ているんだ。すごいスピードだけど、本当に見ているから、松浦警察官は、そんな事にはなっていないことも知っている。
いくらコンビでも、そんな「イタイお芝居」、と言うかキモい、下坂。
その場にいる全員がそう感じてうっすら冷笑した。
下坂啓二「【録:角度はまっすぐで、僕はでも】」
全員で「えっ」という顔になる。まっすぐ?
盛山敦志「【録:この方の自転車は、角度がこうだから、ここに当たろうと思ったら、こうならんとあかんと】」
松浦博之「【録:そうそうそう】」
下坂啓二はまた、自分が失敗したことを感じた。まっすぐ、と言うのはまずいのか。
下坂啓二「【録:こうですね、こんな感じです、角度はこんな感じ、だからもう
ここで下坂啓二は、もう、おもしろいジェスチャーとともに、
下坂啓二「【録:ぼおぅ⤴~~~~~ん」
まるでゴムボールがバウンドするように自分の身体をのけぞらせ
下坂啓二「【録:……とこんな感じですね】」
全員でその、滑稽なお芝居を見ていた。目が点。
これは、直子も純ももちろん、驚いたのは当然だが、実は松浦警察官と盛山警察官も、驚いて動きが止まっていた。
おかしな空気を悟ったのか下坂啓二はさらに
下坂啓二「【録:だからこんな感じで、ボーンとなってドーンとなって】」
「……おもろいというか……」
イタイ人、という認識は、全員の中にあった。何でこんな、おかしな芝居やるかな、下坂啓二。
内心、松浦警察官も苦々しく思った。「バカや、こいつ、バカすぎる」
盛山敦志「……はい、じゃ、今の写真撮りますね」
これ、この写真、撮影したのかな。本当に。見てみたいものだ。
ここでまた、電車の通過もあり、録音が止まっている。
盛山敦志「【録:今の下坂さんの言ってることについて、どうですか?】」
工藤直子「【録:いや……え……全く】」
直子は、そのお芝居があまりにも気持ち悪すぎて呆気に取られていた。
盛山敦志「【録:当たって、衝撃音があって……で、振り返ったら、相手さんがいはった】」という言葉が録音で聞き取れる。
これは、直子に向けて言われている。
工藤純「【録:うーん、完全によく分からないな】」
純が口を開いた。
下坂啓二「【録:右足ですね右足は】」
おかしな空気になっている下坂啓二は懸命に、どこに当たったかを主張する。
ここまでで、一度たりとも「ここが痛い」と言うどころか、そぶりの一つも見せることはなかった。
松浦博之「【録:うん?】」松浦警察官も、困惑した様子で下坂啓二を見る。
角度から見ても、直子は左から斜めに横断歩道を渡っている。
左側に立って自転車を押して歩いている下坂啓二が、直子の自転車の右後輪に、まっすぐの角度から歩いて自転車押してどうやって当たるのか?こいつ、そんな事主張したって、どうやって、再現すればいいんだ。
やったら最後「後ろからぶつけていった図」にしか、なりはしない。←実際そう。
松浦博之「【録:いや……右足は、座席と当っているかもしれません】」
下坂啓二「【録:当たってる当たってる】」
松浦警察官が、考え込んだ末に、言った答えに歓喜するように下坂啓二は言葉をかぶせてきた。
松浦博之「【録:こっちは、当たろうと思ったら、角度が真後ろから来やんと無理やし、斜めに行ったらここに当たっちゃうんで】」
今まで、松浦警察官と盛山警察官二人で、トンデモ捜査をしてきて、ここで、思いつかなくなっているのは、「再現の写真が撮影できないからだ」。下坂啓二の身体に、直子の自転車から衝撃を加えらる可能性は、ゼロ。
そこにいた警察官全員、これはどうしようもなさそうと、感じてはいた。
工藤純「【録:うーん】」
純も首をかしげる。
松浦博之「【録:後ろに当たってるから、……、足は……えーと、足は、当た……るのは】」
ここで、いったん間を取った。
松浦博之「【録:……難しいかな、左側ね】」
ま、松浦さん、どうしよう、松浦さんが困ってる、下手したのかな。僕は、……こういう時はこう言え言われたよな。
下坂啓二「【録:……ほなら、あいまいになってるのかな】」
松浦博之「【録:うーん、記憶があいまいになっているのかな】」
そうそう、そう言え、言ってるよな?おかしなことを言った時は、そう。
下坂啓二「【録:おこってるからね】」
そうそううんうん、と言った松浦警察官の目は笑っていない。
工藤純「【録:自分(直子に向かって)カーブしてた?自転車が、若干斜めだったとか】」
工藤直子「【録:いいや?……こっち側に斜めや】」
直子は、右に自転車を傾けて見せた。
工藤純「【録:なんか、曲がる時に、傾いてたりする?当たり方がよく分からないな】」
そりゃ、こっちは当ててこられてるだけだから、私が当てたなんて角度は出来るわけがない。直子はそう思った。
盛山敦志「【録:角度的に無理やな】」
松浦博之「【録:無理やな】」
二人も、どう考えても無理だと、ここは口に出していた。
下坂啓二は、焦った。
下坂啓二「【録:ここは当たってますよ、両方は一応病院には言うてますよ】」
下坂啓二が示したのは、右川の太もも部分だった。
共謀している警察官二人が、「足に当たるのは無理」と言っている言葉を、全く理解しようとしない下坂啓二。
松浦博之「【録:相手には言うといたらええんやろうけど】」
下坂啓二「【録:はい……、なるほどね……意味は分かります】」
ここでも、この言葉、もう松浦警察官は、全く自分が共謀している事を、隠す気すらなく、平気で直子の前でそんな言葉を言った。
下坂啓二は、自分が失敗していると、松浦警察官に思われている事を、とても恐れていた。
下坂啓二「【録:自転車には当たってます、……確実に】」
必死で、松浦の要望に応えようと、自転車を当てたことを主張する。直子の目の前で。
工藤直子「【録:うーん】」
直子の、間抜けな疑問の声が、録音されている。そう、録音を聞き直すまで、自分の目の前で確実に共謀しているセリフを言っている事にも、現場では理解できていなかったのだ。
この人が、どうやってどうなって、病院に行くような怪我ができるのか、まさか、私の自転車を引き倒した時になら、ありえそう?
そんなことまで考えた。
松浦博之「【録:前で……横切って……こうなってるから、そら、手首とかやったら】」
下坂啓二が、どこも痛いとも一言も言わない中で、松浦警察官は提案し始めた。
下坂啓二「【録:ほんなら、手首診てもらいますわ】」
ほんならって……。
そのやり取りを、「ぽかーん」と見ていた。
どこもやっぱり一度も痛がるどころか、力づくで走っている電動自転車をひき倒してきたんだぞ?バカバカしすぎる。コントか何かか?そんな事を通そうとしているのか。
いや、もう、ハメられているのは分かってる。分かっていても、こんなバカなやり取りが、信じられない。
「防犯カメラの映像を、私には見せてもらえないんですか?」
「それが見たければ、裁判をしてください。それで、裁判で開示請求をしてくれたら、見せます」
「なんでなんですか?そんなの、私が疑われているんですよね?自分で確認したいです」
「できません、そういう決まりです」
そんなバカな事があるか!直子は憤った。明らかに、後ろから当ててきている、こちらが当てられている動画があるはずだ!
こいつら……どこまでも、それをもみ消す?いや、削除するつもりなのか?
※重ねて書きますが、直子も横断歩道の防犯カメラ映像を5月19日に「当ててこられている動画」を調書作成時に見ていますが、この現場ではもちろん、想像ではありました。
■自転車は当たり前に無傷
そこから、盛山警察官は、
盛山敦志「【録:じゃ、ちょっと自転車の方見てみましょうか】」と、下坂の自転車を見分し始めた。
クリーム色のミニベロ。ミニサイクルだ。
当たったと主張している、前輪、ハンドル、塗装の様子ももう一人の警察官と二人で触ってみている。
盛山敦志「【録:下坂さんご自身では、どの程度の壊れやと認識していますか?】」
下坂啓二「【録:だからさっき言ったとおりです】」
下坂啓二は、盛山警察官に対しては、態度がデカかった。偉そうに口をきいている。
と言うのも、……松浦警察官はもちろん、自分をかばってくれるけど、盛山警察官は本当に味方なのか分からない言い方もしてくる。
盛山敦志「【録:だから具体的に】」
下坂啓二「【録:かごが、」かごを触りながら「ゆがみがあります】」
盛山敦志「【録:修理されるんですか?】」下坂啓二をにらみつけた。
盛山敦志「【録:もちろんあの、自転車屋さん持って行って、要望出したら修理してくれると思うんですよ。ご自身の判断で修理されるんですね?】」
ミニサイクルを、ハンドルを持ったり、カゴの角度なども左右から見ながら。
下坂啓二「【録:あと、言うたらね、カゴーゆがみと、ここが凹んでるとか。ハンドルとーそのゆがみとー直してもらわなあかんから】」
盛山敦志「【録:それって今回の事でなったんですか】」
松浦博之「【録:わかんないな】」
松浦警察官も口をはさんできた。
盛山敦志「【録:どこに傷かあるか分かんないな……いや、分からへん、だって、走ってるし、これがね、バーンと当ってる、こんなもんめくれてる、けれども錆が載ってるから今回じゃない】」
もう一人の警察官が、下坂啓二の自転車にまたがって、こいでみせた。「何もありませんね」
松浦博之「【録:だから、顕著な痕跡はないですわ、凹んでるとか】」
下坂啓二はたじろいだ。えっ、松浦さん、壊れているって言ってくれへんの?前は、修理費も請求やって言ったじゃん。
盛山敦志「【録:もう、ずっと使ってるから、それはいつの傷か分かりませんわ、直したいんやったらそれは、自分で行きはったらどうですか】」
下坂啓二はゴニョゴニョと口ごもりながら
下坂啓二「【録:別に……修理持って行って、別に何ともないですわ、言われたら、……直さんでもいいですわ】」
松浦博之「【録:タイヤに関しても、痕跡があるんやったら残ってるやろうけど、そんなに激しい当たりじゃない。前の方を横切ってんのは確かなんで、細かい傷はあるやろうけど】」
そこから、松浦は、下坂に向き直った。
松浦博之「【録:なんでやゆうたら、ご自身の記憶に、向きあってもらって。あとで、違う事になったら】」
そこでまた、電車の通過音で、録音はかき消されている。
「【録:ガタンゴトン】」という走行音。
その中に紛れて、聞き取れる松浦警察官の音声がある
松浦博之「【録:自転車においては、顕著な変化は認められなかったと。でも、角度的に、あの角度で、こっちは自分が避けるのに、当たってるやろ、言うんなら当たってるやろう、いうところ】」
結論的にそう言った。
下坂啓二「【録:じゃ、ここから、病院に見てもらわんといかんので、一緒に行かんとダメなんで】」
松浦博之「【録:じゃ、息子さん一緒に行ったらどうですか】」
工藤純「【録:あ、行きます】」
下坂啓二「【録:後で来てくれはるんですよね】」
工藤純「【録:あ……後で、大丈夫ですよ】」
下坂啓二「【録:本人は来おへん言うて、最初はね】」
工藤直子「【録:あ、行きます行きます】」
松浦博之「【録:ほしたら連絡先も交換してるから、またね、もしね、家族に何ぞあってとか言う場合もあるから、行かれへんとかいう場合もあるんで、ほな、現場検証もあるんで】」
下坂啓二「【録:後で来てくださいね、明生病院に行ってるから】」
ここで、純は下坂啓二と一緒に横断歩道から135mの位置にある明星病院に向かった。
下坂啓二「【録:何で来たん?】」
まるで友達に話すかのように、馴れ馴れしく関西弁で。
工藤純「【録:あ、自転車です】」
純は直子と別れて、振り返った。まだ現場検証を続けるようだ。
3mほど横断歩道から離れたところで、松浦警察官が下坂啓二に声をかけた。
松浦博之「【録:ほしたら、次、火曜……火曜に来てください】」
下坂啓二「【録:わかりました、はい】」
松浦博之「【録:火曜、祝日明けやから】」
下坂啓二「【録:わかりました】」
下坂啓二は、歯切れよく、返事をし、頭を何度も下げている。純の見ている前で。
松浦博之「【録:お疲れ様です。お大事に】」
下坂啓二「【録:はい】」
松浦博之「【録:お大事に。気をつけて。さっきも言うた……あの、ヨロケんのも一つやで】」
は?何を……言ってる?純は目を左下に向けた。
下坂啓二「【録:うん】」
松浦博之「【録:あんまり、運転も危ない場合もあるから】」
下坂啓二「【録:いや、もう、また勉強になりました】」
下坂啓二は深々と頭を下げた。
松浦博之「【録:他の人、巻き込む場合もあるから 。もうそれしか見てない。ちっちゃいお子さん、ね、パッて出てきて】」
下坂啓二「【録:いやほんとに】」
松浦博之「【録:はねてしもたら、どえらいことやから。安全第一、うん】」
下坂啓二「【録:おっしゃる通り】」
松浦博之「【録:プラスで考えて】」
下坂啓二「【録:ありがとうございますはい、はい……いつもすいません。はい】」
下坂啓二「【録:みつけといて、また、当たり屋やらなあかんけど】」
松浦博之「【録:ああ、当たり屋】」
+最後の言葉は、二人で、「当たり屋」と言った。純は携帯を握りしめた。こいつら一体、何を言ってんねん。
本物のバカバカしいやり取りに、もう、呆れてモノが言えない。
全く、俺と、お母さんもそこにいる所で。
この時直子は、盛山警察官に横断歩道での写真を撮るからと促されてはいたものの、その、下坂啓二が松浦警察官に頭を下げているところを、横目で見ていた。
こいつら……絶対に、この事を警察に通報してやる。
この時の段階ではまだ「公安委員会」というものの存在を知らなかったのだ。
純と下坂啓二が明星病院に向かい、直子は盛山警察官に促されて、3度目現場の横断歩道に立った。
往来する人々は多く会社帰りの人でごった返していた。
南側の歩道に立ち、そこは見慣れた場所だった。週に4度以上は来る場所。対岸を見れば、警察車両、電光板で「事故」と大きく書かれた、黄色い車が停められていた。
「事故」なぁ……。
もう、警察に動画を削除させられて、脇野病院の遊歩道に警察官が5人来てからも、警察は「一度たりとも私の話を聞かなかった」
動画を録りながら、あの異常な叫びや、暴行に必死で抵抗したことも。
こいつらは、グルで私は、当たり屋のカモにされたんだと、分っていた。でも、あまりにも異常なあの男下坂啓二、あんなことが通るわけもなく、こいつら警察官も異常なので、どうすればこの場を逃れられるか、ばかり考えていた。
だから、もう抵抗しない方がいいのかとか。でも、とにかく私は「ウソついても意味がない」ので、何もかもに正直に、そのままでいようと決めていた。
でも、その「事故」と言う電光板をみて、涙が出てきた。
盛山警察官は、通行人を止め、直子に
「どの地点からどの地点へあなたは走りましたか」
「ここから」横断歩道には、真ん中あたりに電信柱が一本ある。通常、電信柱を東側に越えたところで、信号を待つ。
で、青になれば、北側へ、今回は斜めに北東に走ったことになる。
「で、ここら辺で?当たったと」たぶん接触したあたりを指した。
実は今となっては、2026年5月19日に京橋警察交通課で、その監視カメラを見せてもらっているのだが、やはり、私からは下坂啓二に何も力を加えることのできない角度から私の後輪に前輪をこするようにぶつけてきた。
直子は現場でも、その主張しかしなかった。そして、もう一台の自転車を持って来て、写真を撮るのかと思ったけど、そうは盛山警察官はしなかった、なぜならどうしても、当てることすら難しい。再現したら怪我などさせていないことも逆に証明になってしまう、との考えだった。
よって、二台が接触している再現写真など、調書には付いていない。
そこで盛山警察官は直子に言った。
「……ほんまに、当たりましたか?」
「……えっ」改めて、何を言い出すねん。だって、ずっとそう言って話を必死で進めてきたじゃん。
直子は困惑した。ここで、もしかして
「いやいや、やっぱり、当たってませんわー気のせいでした―」ってアリなのか?
(ここが「離脱ポイント3」地点。本当にそう主張していたら?この異常な数か月間はなかったのかもしれない)
この人……盛山警察官マジで言う事がころころと変わりすぎ。
「でも、監視カメラに、写ってたんじゃないんですか」
「僕らもね、神様じゃないんで、本当に当たってるかは見ても分らなかったんで、……ほんまに当たりましたか?」
3秒の間に、
当たっていないという主張をした場合、どうなるのか。
当っていると言った場合、どうなるのか。
高速で考えてみる。
当たっていないと、そこから先言い続けて、あの病院に行った、下坂啓二がそうですかとは言わないだろうし、あれだけ「警察が脅迫してきた」事実を、誰にもどこにも言わないのか?
それは、違う、断じて違う。
直子は思った。
「こんなバカな事を、当たり屋との共謀を、何件もやっている連中を、許してはならない」
この時点では、「録音があるとは思っていなかった」それでも。
こんな事許されるわけがない。
「……うん」
「あなた『おい』言われて、ここで、振り返ってますよね?」
「……うん、振り返って」「何か言ってますよね?」
「警察呼ぶで!と、当ててこられたんで」
ハッとした。なるほどそういう事か。下坂啓二は、「自分が警察に頼まれて」斜め横断してくる自転車を懲らしめるためにやっているのに、警察呼ぶでってお前が言うんか!
そこで「逆上したんだ」。
お前、ふざけるなよ、僕は警察側じゃ!そんな思いだったのだ。
そういう事か。
点と線がつながった気がした。
「プラスチック部分をこするように、当たったと思います」
当てられたと言いたいのをぐっとこらえる。
「わかりました……」
盛山警察官は語尾に少しだけ間を持たせた。
後から気付く。これを言った時盛山警察官のそばには「松浦警察官」はいなかった。
それにしても本当にこの盛山警察官……言う事がころころ変わる……一体どういうことなのか?
「わかりました、じゃ、実況見分は以上なんで、病院の方へ行ってください」
明星病院へ向かおうと饅頭屋から自転車を動かすため、商店街の入り口へ戻り、ハンドルを握った。
「いたっ」
左手の小指と薬指に力が入らない。いやそんなに、痛くはないか……。
横断歩道は、押して自転車を駐輪所に停めて、歩く。その時左足もなんだか、つっているようだ。
力が入ったからかぁ……とそれでも、あまり、引きずって歩くのも恥ずかしく、でも左足首がうまく前に出ない。
警察官がひとり
「足、どうかしましたか?」と声をかけてくれた。
「あ、いや、ちょっとつってるみたいで」
「……気を付けて」
そう言われて「はい」と病院に向かった。




