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第1章事件発生

この小説は、2026年、2月20日土曜日金曜日16時29分ごろに発生した「京橋警察交通課が当たり屋を依頼」し、暴行と示談金をせしめる手段、それを動画に収め、取り調べを録音した記録をもとに、書いてみたものです。

もちろん小説なので、フィクション部分もあります(笑)


■当たり屋「下坂啓二」

■京橋警察交通課警察官「松浦博之」

■被害者「工藤直子」


安心してください、全て仮名です。

第一話 事件発生


京橋の交差点


◇2026年、2月20日金曜日。


 大阪、京橋の音楽教室でドラムレッスン受講の後、息子の純と二人で、今日はお昼ご飯をとコムズガーデンへ行った。

 大阪でピアノ教室を経営している工藤直子、58歳。

 一時は生徒数40名いた教室だが、2021年に始めた株式投資で、5年間で4600万円を超える利益を出すことに成功。ピアノの先生よりそちらの方に適性があったのね、と教室は縮小方向だった。

 長年ピアノは弾いてきたものの、これまでにやりたいと考えていても、中々踏み出せなかった「ドラム」。

 それを、2025年の5月に購入して、レッスンに通いはじめたのが5月の事だった。


 そして、同じく一緒に練習を始めた純は、30歳になる工藤直子の息子と共に、レッスン場の近くにある「コムズガーデン」でお昼を食べることに。

 牡蠣ラーメンの店を選んだ。

「今日はね、スティック回しを教わったよ」

 牡蠣ラーメンは美味しかったが、なんとなく胃にもたれていた。

 それから、直子は、ドラムスティックは息子に預けて、なぜか別行動で帰宅していた。いつもなら、一緒に帰宅するところ、なぜかこの時は……息子と別れて、京橋の交差点に差しかかった。


 そこは幅の広い交差点で、横断歩道の横幅もとても広く作られていた。直子はそこを南西方向から北東方向へ向かって斜めに横断した。その時、自転車に乗ったまま、走っている私の後方に何か気配を感じていたものの、すぐに横断歩道を渡っていたつもりだった。

 後日談になるが、この行為は交通違反であり、横断歩道を自転車に乗って走行してはいけない事を、この時知らなかった。

 (小説に、自分の交通違反を書くのもどうかとは思うが、全てそのまま書く、というつもり)


 すると後ろから何だか、接近してくるような気配は感じた。けっこう長い、5秒はあっただろうか。そして軽く接触するような音がしたので、右側を振り返ると、ミニサイクルと男が伸ばした腕が見えた。

それは直子の自転車、右側後輪に自転車を当ててきている瞬間だった。

 直子はその時、男の体自体を見ていない。なぜなら、その男は自転車に乗っているのか、歩いているのか、そんな見分けも全くつかないほど男の体の位置は、私から遠かった。

「当ててこられたと」思ったので、その男、下坂啓二に向かって

「警察呼ぶで!」

と叫んだものの、見返ってそのまま走り去った。

 北側の歩道へ入り、少し進んだところの路地裏に、自転車も走れる歩道がある。いわゆるいつも通る道。

 そこへ入り、45m走ったところで、何やら

「わぁわぁ」言っているような、男の声は聞こえていた。でも、京橋やし変な人もいるやろう、程度に。

 次の瞬間突然自転車の前かごを掴まれ、転倒する寸前で踏ん張った。

 路地に入っていたとはいえ、電動自転車。正確には時速どのくらいかなんて分からないけれど。

「おまえ、止まれやこら!」

「何ですか!?何するんですか」

 第一には、頭がおかしい人間に突然引き倒された、恐怖で体中に力が入る。

 右側から引っ張られて、左側へ引っ張り戻すが、すごい力で私の自転車の右ハンドルを掴んでくる。

「お前なぁ!逃がさへんからな!お前、あそこでぶつけたくせに逃げやがって」

 下坂啓二はハァハァ激しく息を切らし、言葉も絶え絶えに言いながら

「何のことですか」

 スッと後輪の泥除けを、かするような音だぞ?直子は、バカバカしく思い「仕事があるんで」

と走りなおそうとするのを、力任せに直子のハンドルを右から掴んだ。


「お前、お前な、オレこれやぞ!」


 そう言って指差したのは、自分のミニサイクル。「お前、これでお前電動で、俺これで追いかけたんやぞ!」

「はぁ?何で?」

 顔には紙製のマスク。目つきがガンぎまりの男、しかも、独り言をと思いきや、右の耳に「ハンズフリーの携帯イヤホン」を付けている。電話に話しているんだ。

 これは、まずい。ガチなやつだ。咄嗟に携帯電話で、警察を、と思ったがその時、とにかく動画撮影を開始した。 下坂啓二「あーもしもし、そうです、今ね、えっとね」

「どういうことですか、何をやってるんですか」

 下坂啓二は自分の身にサイクルをハンズフリーで、携帯で警察に電話している。

ここから先は、動画の文字起こしの内容と、状況の説明になります。


 ハンズフリーは携帯で通話してても両手が使えるようにするためのもの。私ともみ合いながら、電話の先は京橋警察交通課だった。これは、京橋警察刑事課でも確認済みである。

 以下、目の前にいながら警察に話している文章には【(・)ハ(・)ン(・)ズ(・)通(・)話(・)】(・)と付けることとします。


------------

下坂啓二「【ハンズ通話】あ、あのね、あのー、 おし、おし、押しててってね 、防犯カメラあるから、 あのねー、もめているんですわ 今」

工藤直子「後ろからぶつかられたんです!後ろからぶつかられました!後ろからぶつかられました!今ね、撮ってるんですけどね」

下坂啓二「どうぞどうぞ」←撮影許可

ここで、ほんとに、ゾッとする。この人どうぞどうぞって?とにかく撮影許可は出た。

裏路地とはいえ、結構人は通りかかる。表の国道一号線の、北側に整備された、きれいな歩道。もちろん自転車通行可の標識もある。

工藤直子「後ろからね、ぶつかってこられてね、警察呼ぼうと思ったんです。」

右手で、私の自転車の右ハンドルを、掴み押してくる。

その手はブルブルと小刻みに震えている。

下坂啓二「これ、肖像権、肖像権 やから 、おら。やめろ言うてんねんゴゥルルラ」

工藤直子「やめへん。知らん、撮ってええ言うた」

下坂啓二「やめれぇろお前。お前の顔、撮ったらぁ」


 そう言いながら、直子に自分の携帯のカメラを向け始めた。携帯で警察と話しながら、ほんとに撮影出来てるのか。


 直子に向かって、赤い「イギリスの国旗」が書いてあるケースのスマホを向けてくる。

「あ、撮ってください」

 直子は、驚きとともに、またその行為が如何に異常な事であるかを、理解できるようで、理解できないで、理解してしまう……のだ。


撮影されたら私が怖がると思っているのか。なんじゃそら。


撮影されて、怖いのは自分が悪い事をしているからでしかない。私はいきなり交差点で後ろから自転車をこすられて、引き倒された。その証拠撮影を加害者がやるっての「なんだそれは」

やめろと言ったり、どうぞと言ったり、自分も撮ったり。

下坂啓二「【ハンズ通話】えーとね、東野田の、えーと、」

工藤直子「いや、もう一緒に警察行きましょう、なんやったら。あ、ここじゃないから」

下坂啓二「【ハンズ通話】わきの、わきの、う、う、 ちょ、待って」

工藤直子「警察行きましょう。助けてください!助けてください!助けてー!」

直子がそう言うと、突然下坂啓二が


「【ハンズ通話?】たすけてーーーーーーーーぇ! あー怖いよ。カメラ写しとるわ写しとるわ、カメラ写しとるわ。」


と、叫びだす。

 絶対音感のある直子はとっさに「ファの♯や!それは、fisや、音程すごい良い!歌手か?」←言ってないもちろん。


 とか、こう見えてもピアノ教室経営者だ。絶対音感がこんなところで、もう気になって気になって。

 というか、ぜひ読んでくれた方は動画を見て欲しいんですが、マジで「気持ち悪い」瞬間。

 背筋が寒くなるというか、頭がどうかしている人に会うと、こんな感じになるんだな。しかも、何。カメラ写しとるわって、それが怖いの?


 と言うか、いや、そりゃね、58歳のオバサンを引っ張り倒し、肘で押しているのを撮影されるのは、それは怖いんだろうけれど、そうじゃないよな?その意味が分かってて怖いのではない。


 では何が怖いか、下(・)坂(・)啓(・)二(・)自(・)身(・)で(・)も(・)分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)、何を「たすけてー」なのか分からない(?)ので、とりあえずカメラが怖いとでも言うしか思いつかなかった。もう、ゾッとするほど思いつかなかった。全てがお芝居がかっている。


 お芝居しているのか、それは、全てにおいて、それを感じた。

 通行人が何人か、足を止めてくれる人がいたので

工藤直子「助けてください!あー、顔。助けてー!警察呼んでー!助けて!誰か助けて!絡まれてるんですわ」

 そうしている間にも、何人かが通りを歩いていく。

 最初から何かがおかしい。頭がおかしい人なんだろうけれど、直子と自転車を引っ張り合ってから、殴るでも、金を奪うでもない。

 自転車で斜めに倒れた時は引っ張られて手首足首をひねっても、とにかくその後 男の言葉に、驚くしかなかった。(これは、帰宅後夜に寝ようとしてやっと手足が腫れている事に気づき、捻挫していたのだが、この時点では、もう驚きで頭が真っ白の状態だった。この時は衝撃過ぎて痛みも分らなかった)。


 しかし、その後ずっと「肘で私を押してくる」

 動画の0:40肘で携帯を押さえつける。暴行なのか何だこれ?

「後からこれがどういう意味なのか分かる」のだが、怪我をさせようという意図じゃない。とても奇妙な押し方だ。

 とにかく、自転車は掴んで右耳のモニタースピーカーに話し続けている。

下坂啓二「脇野(精神病院)後ろですわ」

通行人「今警察呼んでますから大丈夫ですよ」


 工藤直子は通行している人に助けを求めた。「もう見たらわかるでしょ、こんなん、もうずっと後ろからぶつかられて」

下坂啓二「よう言うわ、自分がぶつかってきてんねやろ、アホ!」

工藤直子「助けてください!警察!お願いします!」

下坂啓二「警察も呼んでるんで」

工藤直子「呼んで、今電話してるとこなんですけど←これは、(下坂啓二が呼んでいるんだと言っているので)、後ろからぶつかってこられて」

下坂啓二「よう言うわ」

工藤直子「いや、もう、もうぶつかってこられたんで、後ろ、後輪に当たってるんですよ」

 これに関しては、先述の通り、京橋警察交通課の調書の時点で横断歩道の監視カメラを見せられたので、全くその通り、私の方からは全くその、傷害男に対して、力を加える余地のないものだった。

下坂啓二「【ハンズ通話】だから、わけの後ろの、路地です」

 この路地は、国道1号線の北の路地になる。中々、場所の特定が難しいとも言える。

工藤直子「来てください!助けて!助けて!助けて!」

 この、動画で言っている言葉の間、本当に長い時間だった。しかし、動画撮影を止めるわけにはいかない。

下坂啓二「【ハンズ通話】建物の裏の路地」

工藤直子「警察の人助けて!もう怖い、怖い、もう。後ろからぶつかってこられて、助けてください!」

下坂啓二「もっとだれか警察呼んでーー。 カメラ映しとる、顔。お前もカメラ映しとったるわ」

 このセリフも、本当に訳が分からない。この間もずっとハンズフリーで通話し続けている素振りがあるのに、何を言っているのか。確実に頭がおかしい人間だ。


 いや、後になれば、このわけが分かるのだ。


 動画の1:33後ほど受傷診断されている右手で携帯の本体を持ち、左手で携帯のカバーを持っている

工藤直子「警察助けてください!助けて!こんなんされてるんですよ!」

その「こんなん」はとにかく、肘でぐいぐい押してくるやつ。

下坂啓二「何がされてるんやねん。はいはいはい、なんか叫んでるんですこのおばさん」

先の「どうぞどうぞ」と言い、「はいはいはい」ってこれは、何かの掛け声なのだろうか。

工藤直子「何で、どうしようがあるんですか。私の方が先に、走ってて後ろからぶつかってきはったんですよ」

下坂啓二「お前がぶつかってんねや押して」

工藤直子「もう何で」

下坂啓二「警察が、あのカメラも映っとるから」

 そう、横断歩道の監視カメラ、2ヵ所から撮影している事は前から知っていた。だから、何を言われようが、それを見てもらえば私がぶつけたなどと言う事は全くの言いがかりだとしか、思わなかった。

 一旦カメラ撮影を止めて、直子は、自転車を走らせようと振り切ろうとした。下坂は直子の自転車の前に自分のミニサイクルを進路をふさぐように斜めに停めた。

「仕事があるんです、帰らないと」

 金曜日17時からは小1の彩人君のレッスン時間だ。彼は一人で来る。どうしても帰らないといけないと考えたのは、すでに16時45分ごろだった。


------------

2本目の動画


工藤直子「もうどうしたいんですかね、もう。もうどうしたらいいんですか」

下坂啓二「お前がぶつけるんやろ」

工藤直子「警察の人来てください。あ、警察呼んでください」

通行人「警察、呼んでます」

下坂啓二「あ、呼んでください」

 自分が警察を呼んだと言いながら、まだ通行人にさらに警察を呼べという。これは一体、どういうことなのか?完全に頭がイカレている。

工藤直子「呼んで?呼んでませんの?呼んでないんですか?」

 時折、その耳にかけたハンズフリーに話しかけたり、来てくださいと言ったり、支離滅裂すぎる。

下坂啓二「【ハンズ通話】もしもし、だから、脇野、わきの病院の裏手の路地です」

工藤直子「もう後ろからこられて、こんな感じなんですよ、後ろから追いかけてこられて。で、もう信号のとこなんですけど」

 立ち止まってくれた通行人に話しかける。肘で押されながら。

下坂啓二「【ハンズ通話】はい。はい、路地に、もう、もうないですね、駐車場も横にあって、その...」

 そして、話しながらも、携帯を持つ手を右手で掴みかかり私の携帯を取ろうとしてきた。

工藤直子「もう、どうしたらいいんですかこれ?いや、もう襲われそうなんですよこれ。

下坂啓二「いや、逃げるからですよ。逃げて追いかけて……

 右手で私の、自転車を力強く押さえている。

工藤直子「逃げてないですよ。走ってたんですよ普通に。 カゴでこないして」

 引っ張られた時の状況をやってみる。

下坂啓二「捕まえたんや。ぶつかって……【ハンズ通話】あのね、」

工藤直子「いや、そんなわけないじゃないですか」

下坂啓二「アホ!カメラもあそこあるからな」

工藤直子「そんなわけないじゃないですか」

下坂啓二「病院も行ってとことんまで取ったるわ自分―」

 この「自分」の言い方、語尾を上げて、まるで吉本新喜劇のようだ。

 声を裏返らせてそう叫んだ。

工藤直子「なんでそんなことせなあかんのですか?」

下坂啓二「当たり前や」

工藤直子「ぶつけられたんですよ」

下坂啓二「カメラ回しとる証拠あんねん、(【ハンズ通話】がONのまま)俺に。消せ」

工藤直子「私にもありますよ。なんで消すんですか?おかしいでしょ」

下坂啓二「消せ。当たり前やろが」

工藤直子「警察呼んでるんですか?呼んでへんかもしれんから。呼んでください。呼んでください。もう、怖い、怖いもう」

下坂啓二「(【ハンズ通話】がONのまま)自分やろうが当たったんは」

工藤直子「なんで当たったんやろか、なんでこうやって当たる...」

下坂啓二「あそこにカメラいっぱいありますから。あ、はい。後で謝んのあんたやから。はい、はい、ほんで怪我もしてるし」

工藤直子「どういう怪我ですか?当たり屋じゃないですか」

下坂啓二「当たり屋でええんちゃう?」

 褒めてもらった子供のような顔、そう、得意げな顔で。

工藤直子「そんなことしてんのにぶつけてきといて自分で当たったって何言うてんの?」

下坂啓二「謝るべきやろが、おい。こらぁ」

工藤直子「なんで謝るべき...なんで謝るの?」

下坂啓二「ええ年こいてお前、おい、やめや、お前、嫁はんも」

 はぁ?一瞬ここで、何、嫁はん?

下坂啓二「旦那も子供もおるんやろが、お前」

工藤直子「おりますよ、おりますよ」

下坂啓二「おんのかぁーほうそうかー↗」

 ↗を書いたのは、まるで吉本興業のコントのように、セリフを言うように語尾を上げたからだ。

工藤直子「もう、いや、おかしいし。助けてくださいもう。なんでこうやってぶつけられて、なんでそんな...」

下坂啓二「当たり前や、押しとるやんけ、お前、乗っとるやんけお前、なんで嘘を...歩行者と自転車とぶつかってますね」

工藤直子「え、ほんまに警察来ます?こんな、警察」

 そうして、私と言葉を交わすうちに、また、何か携帯に言い始めた。

下坂啓二「【ハンズ通話】えっ、歩行者ですよ、歩行者。歩行者で自転車、自転車押してます」

工藤直子「助けてくださいもう。変な人にずっともう...」

下坂啓二「横断歩道でぶつけてきて 、 ほんま助けてって、 頭がお前、病院行け」

工藤直子「助けてください」

下坂啓二「わきのに行け、わきの」

工藤直子「もう助けてください。もう何したはるんですか」

下坂啓二「【ハンズ通話】後で救急車呼びますわ」

工藤直子「何したはるんですかもう」

下坂啓二「【ハンズ通話】とりあえずね、 いや、いります、いります」

工藤直子「わけがわかんないです、もう、いや、なんでそんなん、こんなんで救急車ってどうするんですか?迷惑でしょ?」

下坂啓二「【ハンズ通話】とりあえず弁償してもらうわ」

工藤直子「何の弁償なんですか?あなたが後ろからぶつかってきて... 」

下坂啓二「【ハンズ通話】やかましい!、喋るな言うてんねん今、警察と喋っとるかルルラァ」

工藤直子「全部撮ってますよ」

下坂啓二「【ハンズ通話】撮ったルルラァええやん自分」

下坂啓二「自分だって撮っとんねん」

下坂啓二「【ハンズ通話】肖像権あるわ」

 ここで、手をひねられた。

記録終了 2:05ここまでが二本目に回した動画となる。


 カメラ撮影ができたのはここまでだった。

 直子は携帯に付けてあるストラップ、黒いリングに薬指をかけて撮影していたのだが、下坂啓二は携帯を持つ工藤直子の手をひねりあげ、工藤直子の自転車の前方へ引っ張った。指は外れず当然、携帯は奪われはしない。しかし、下坂啓二は撮影されまいと、奪い取ろうとした。

 もみ合っても手の痛さはその時は感じなかった。とにかく必死で。

 その時、サイレンが鳴り、救急車が見えた。

 下坂啓二は直子の携帯から手を放し、10mほど離れた。

 電動自転車の横で立ち尽くす直子に、救急隊員が話しかけた。

「けが人はどちらですか?」

「しらん、あの人が呼びはった」

 直子は下坂啓二を指差した。救急隊員は「えっ」となり、しばらく直子と下坂を見た後、沈黙が流れ、下坂啓二は

「……かえって、やっぱりええわ」

 直子はもう、ポカンとするしかなかった、けど、帰ってって、それ、そんな事、それでいいの?

 一瞬、「私乗せてくれないかな」と考えはした。この頭のオカシイ男から、離れることが出来るかもしれない。それでも、自転車を置いていく事はできない。その時はショックで気が動転して、今から思ってもそこはもしかしたら「離脱できたポイント」かも知れなかった。

 

 そう、後から考えると、ここは、「離脱できたかもしれないポイント2」だな。


 後から考えると、離脱ポイント1は直子がもう少し、しっかり急いで電動自転車をこいでいれば、後100mほどで、京橋区ではない、蒲生警察の管区だったんだ。桜小橋の向こうまで走れていたら、このバカな警察当たり屋共謀物語は、存在しなかった。


 100mか。


 直子は今これを書きながら、感慨にふけっている。

 運命が変わるポイントって、やっぱりあるんだよな。

 救急隊員がストレッチャーを片付けた頃、制服の警察官が来た。

「呼んだのは、誰ですか?あの人?あなたは?」

「やっと来てくれた、助けてください!」

 そう、警察官に言ったら、何だか雰囲気がおかしい。

「呼んだのはあの人の方ですよね」

「そうですけど襲われたんです!」


 そこまでは、思い出せるのだが、その会話をしている時、下坂啓二が一体どこで、どうしていたのか、記憶がない。離れていたのか何をしているのか。

 下坂啓二が離れたタイミングで私はとりあえず、一緒に教室をやっている真理子先生に電話をした。

「ちょっと、変な人に後ろから倒されて、警察よばれてるねん、彩人君がもうすぐ来るんやけど、先生、申し訳ない、一回分レッスン見てあげてほしいねん」

「わかりました、先生大丈夫?」

「うん、何とか、私の方は。ほんとゴメン、彩人君の事お願いします」

 金曜日でよかった。真理子先生がいてくれてる時で。

 それから、いったん、息子の純に電話した。

「純、お母さん、当たり屋にやられた」

「はぁ?何それ」

「後ろから自転車ぶつけられてさ、警察呼ばれてんねん」

「はぁ?どういう事?」

 純はその時家のトイレにいた。そして、電話越しに、男の大声が聞こえた。

「ああ!そうやな、5人くらい来てくれるかー若いもん、5人くらいで来てー!」

 下坂は、私の暴行しながらもずっと右耳に付けたハンズフリーで話し続け、今も話している。

「なぁ、今5人くらいで来てくれるかって」

「うん、俺にも聞こえたよ」

「なにヤクザの仲間でも連れてくるんかな、5人って」

「どうしよう、どうしたらいい」

「とにかく、すぐ行くから、場所どこ」

「わきの、脇野病院の裏なんよ、あの遊歩道の、自転車でしょっちゅう通るあの裏」

「わかった」

 ただ事ではない雰囲気に、純も緊張が走った。とりあえず、お父さんには連絡しておくか。

「お父さん、お母さんがさ、なんか自転車に当てられたって、警察呼ばれてるって連絡来た」

「なんだと?」

 靖之はとっさに「直子が事故を起こした」と考えた。

「とにかく、僕が現場に行くから、また連絡する」

 その会話をしている頃、下坂、直子の前には、警察官が現れた。

 ハッと周りを見る、制服の警察官と、ワイシャツの警察官がいる。


 ……5人、来た?……5人来た。


 そして、そのうち二人が目前で、下坂啓二に会釈をした。

「お疲れさんです」「あの人?」

 さし示されたのは直子。

 さっき、下坂啓二が「5人よこして」と言ったのは、……警察官の事なのか。

 直子は信じられない思いで、それでも、今起きている事の情況を理解できないでいた。

 配置は、下坂啓二の方に警官二人、直子の方に一人、その間に一人立っていた。全員、マスクをしている。

 そのうちの一人が直子に向かって

「今、そのあなたの携帯の、動画撮ったでしょ、それ、今すぐ消して!」

「え、これ、今、あいつに暴行されたんで撮影したんですよ、見て」

「そんなんするからですやん!そんなんしてたらあの人収まらへんから、今すぐまずそれ消して」

「え、何で?そんなん」

「消さなあかん、そんなんしてたら」

「なんで?こんなんされてたんです、見てください!」

「ほら、そんなん撮影するから、あの人怒ってんねんやん」

 警察官は、携帯をのぞき込んで、画面を指差した。「ほら、これ、動画はよ消して!」

「えっ、えっ」

「そしたらあの人落ち着くから、ほら!」

 促されるままに、削除、してしまった。

「これは?これも?」

「そうそう、全部消して」

「……うん、消しました」

 警察官のホッとした目「そうか、それなら安心や」

「でも、あの人、掴みかかってきて、倒されて」

 その時、猛烈な吐き気に襲われた。「うわっ」

 さっき、食べたカキフライラーメン……。吐きそうになりつつも、カキフライラーメン……もったいな。

 ちょっと歩道の縁石の方へ行き、茂みに向かってちょっとエズく。

 動画を削除命令した警察官は、直子に何を言うでもなく、そうしている姿をただ見ていた。

 思えば突然倒されて、手足ひねられて「アドレナリンが出た」状態だったんだろう。そんな経験、ほんとに初めてだった。

 その後も、何度か足がつる。左も右も。もともと、膝が痛むし、それにしても何度か「こむら返り」になる。


 いったんまた純に電話をした。

「今な、警察官5人来て、下坂にやられた動画を削除させられた、どうしよう、なんかな、お母さんが悪いみたいになってる、はやくきて」

「わかった、今向かってる」

 純は自転車で、現場へ向かう途中10分間で考えた。

 これはおかしい。暴行された動画を消されただと?しかも、電話越しに聞いた「5人寄こせって声」。

 そして、お母さんは言った。「警官が5人来た」だと?

 一体どうなってる?これは。

 純が現場に着いたのは17時20分。直子は警察官と共に、横断歩道の現場へ連れて行かれ、京橋の商店街の入り口、「真実の口」の前にいた。

「じゅん……純、来てくれた」

「どうなってるん」

「息子です」

 一人、若い警察官が、歩み寄ってきた。

 ここからは、また、録音の文字起こしの部分になる。

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