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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第謀話
57/70

057

 走り去っていったニコレッタを見送ると、自分は指定の時間になるまで図書館の中で時間を潰し、それから約束の場所へと向かった。予定外に荷物が一つ増えてしまったので、それの入った籠を持っての移動となる。


 図書館を出て、学園の外へ──街中を行き、地図を片手に、路地の奥へと進んでいく。


 いくつか角を曲がり、そこに到着すると、少し重ためなドアを開けた。そこには落ち着いた雰囲気のある空間が広がっていた。


 入り口で立ち尽くしてると、奥から誰かが歩いてきたので、その人が来るのを待った──この辺は、自分を呼び出した人間の指示通りだ。


「リュカ・リンカーネル様でよろしいですね?」


 と問われたので、首を縦に二回振り、「違います」と答えた。


 違わなくはないのだが、暗号というか、そうしろと言われてしまったのでそうするしかない。こういったやり取りが必要だということ一つ取っても、ここがどういう場所なのか、おおよその見当はつく。


「では、こちらへどうぞ」


 その人はその返答で本人であると確認をすると、付いてくるように示した。店の奥へと歩いて行き、突き当りの個室の前で立ち止まる。


「こちらです。お荷物は……お預かりいたしますが?」


「え? ……あぁ、いや、大丈夫です。来る途中で貰ったお菓子が入ってるだけなので」


「そうですか。では、私はこれで」


 そう言って、歩き去って行った。自分はその背を見送り、部屋の戸を開け──られなかった。どうやら内側から鍵が掛けられているらしい。仕方がないのでノックをすると、中から足音が聞こえ、それから声が聞こえた。


「リュカ?」


「違います」


「……別にここでそう言う必要はないわよ」


 カチャン──と、鍵の開く音がして、引き戸が開かれた。


 個室の中には、二つのソファ席と、それに挟まれるように机があるだけだった。どことなく、焼き肉屋の個室などを彷彿とさせる内装だった。


「座りなさい」


 王女は鍵をかけると、そう言って、先に座った。自分も向かい側に座ると、テーブルの上に籠を置き、一息吐いた。


「それは?」


「シュトーレン……お菓子です」


「手土産? 気が利くじゃない」


「いえ。図書館で貰って、そのまま持ってきただけです」


 とは言ったが、手土産のつもりで持ってきたわけではないというわけでもない。もしそんなつもりが微塵もなかったのであれば、少し早めに図書館を出て、寮の部屋に置いて来ればよかっただけの話なのだから。


「ふぅん……」


 と王女は言い、布を捲って中身を見た。それからテーブルの端に置かれていた高級そうなカップを二つ取ると、ポットの中身を注いでいく。紅茶だろうか。カップからは、白い湯気が少し上った。


「凄いわよね、これ」王女がポットを置きながら言う。「中に入れた飲み物の温度を保つことが出来るんだそうよ」


「保温機能……ですか」


 なんとなく、これを作ったのが誰なのか、これを売っているのが何処なのか、それが分かってしまったような気がした。


 もう本当に何でも作るんだな、彼は。


「流石に永遠にとはいかないそうだけれど、こんなものが少し奮発すれば誰にでも買えてしまうって言うんだから、凄いわよね」


 王女がカップを差し出してきたので、受け取り、一口飲んだ。ホッとする味がした。


 その間、王女は人を呼び、皿と刃物を持ってこさせていた。どうやらシュトーレンを切り分けるつもりらしい。


 しばらく待っていると、先程自分を案内した人が指定されたものを持って部屋に這入り、そのまま言われるまでもなく切り分け始めた。


 一切れ、二切れ、そして三切れと切り分けると、少し小さめに切った三つ目を口に含んだ。


「……念の為、毒見はさせていただきます」


 もごもごと、口を動かしながらの事後報告を添えて。


「……あ、はい」


 毒見ってあんな堂々と豪快にいくものなのかとか、切れ端を少し食べるだけなんじゃないのかとか、まずする前に言うもんじゃないのかとか、食べながら報告するなとか、色々思う所はあったのだが、そのどれも出ては来ず、そんな呆気にとられたような返事だけが、薄く開いた口の隙間からぬるりと出ていた。


「……取り敢えず、問題はなさそうです。では、私はこれで」


 取って付けたように恭しく礼をすると、その人は部屋を去っていった。王女は再び鍵をかけ、席に戻った。


「悪いわね。一応ルールだから」


「勝手につまみ食いをするのがですか?」


「持ち込まれた物の毒見をするのが、よ。貴人に死なれたら困るから」


「貴人でなければいいと……」


 と言いつつ、今回に関しては心配する必要も皆無だろうと、シュトーレンを見遣る。


 そもそも、ニコレッタは今日自分が王女と会う予定があったことを知らないのだ。そんな彼女が王女に毒を盛ることは出来ないだろう──彼女が自分に対して殺意を抱いていたというのなら話も変わるが、そんな恨みを買った覚えはない。


 まぁ、恨みなどは大抵、知らぬ間に買っている物なのだろうが。


「えぇ。命の価値は誰にとっても平等ではないからね。まぁ、その分高い賃金が払われてるはずだけど」


「それはそうでしょうけど……そもそもこの店は何なんです?」


「何って言われると……密会の為の場所を貸し出す店?」


 王女は何故か疑問形で言う。


「密会……ですか? こんな場所で?」


 ドア越しに声が聞こえていた当たり、防音性はさほど高くないようにも思えるのだが、こんな場所で機密性の高い話など出来るのだろうか。


「密会とは言っても、こんなところで国の命運を左右するような話はされないわよ」そう言って、言葉を選ぶ素振りを見せ、顔を逸らした。「……まぁその、察しなさい。こんな場所でもないと、集合場所としては使えそうになかったから」


「はぁ。なるほど。それなら本題に入るとしましょうか」


 気にしない事にして、そう切り出した。


「そうね。それで? いい手は浮かんだの?」


「まぁ、なんとか。本番前に対策されても困るので、実践はしてませんが」


「そう、それは重畳」


「それで、彼女……まぁ、ニコレッタについてなんですが──」


 言いかけて、王女が顔の前に手を出してきた。


 ちょっと待てと言いたげに。


「……そう言えばで悪いんだけど、そもそも詳しいことを私は知らないのよね。あの時になんとなくの事は聞いたけど、それもかなり端折った説明だったわけだし。その子を騙す……と言うと露悪的だけれど、お互いにとって都合のいいところで納得させるのはいいのよ。協力もする。けど、実際どういう経緯でそうなったのかは、知っておくべきだと思うの」


 個人的には話した事が全てでもあるのだが、王女としてはもう少し詳しい説明をご所望ということらしい。


 なので改めて、一から、きちんと話をすることにした。


「……まず、事の発端としては、あの件……僕がやらかした件が原因です。言うまでもありませんが」


「まぁそうでしょうね。けど、それだけではその子が穴にだけ執着する理由が分からないわ。実際、被害の度合いだけで言えば、学園の外の方が酷かったわけだし。死者ゼロで済んだ学園内よりも、むしろ興味はそっちに向かいそうなものだけれど」


 死者ゼロ。ゼロではないと思うのだが、被害者というわけでもないので、カウントするのもおかしな話か。


 まぁ、それはそれとしても、順当にいけばそうなるのだろう。しかし、問題は被害の度合いにないのだから、それは当てはまらない。


「王都の複数の新聞社が、その件について、ただの事故だとして報じてしまったのが、彼女の中の疑心のような物に火をつけてしまったらしい……と言ったところです」


「はぁ。まぁ、今はまだ色々と伏せられているから、そう報じるしかないでしょうね。でも、それだけで何をどう疑うのよ」


「その……彼女曰く、王都の新聞社はこれまで、同じ事件などに対しても、それぞれ微妙に異なる見解を示していたんだそうです。それは、改めて過去の新聞なんかを色々と読み漁ったので間違いありません──その上で、今回の件について記された記事を読んでみたんですが……」


 図書館には、過去数年分の新聞が保管されている場所があった。とは言え、何年分も遡る必要はなかったので、図書館に無ければ無いでクロユリあたりに頼んで入手出来ないかとも考えていたのだが、余計な手間を掛けずに済んだのだ。


「同じだった……と?」


「はい。概ね、同じことしか書かれていませんでした。王都の襲撃事件については各々違った見方があったにも関わらず」


「…………。まぁ、それは……そう……でしょうね。うん」


 酷く困惑した様子で、王女は言う。


「そしてそれを見て、検閲が行われているんじゃないかと考え始めたようで。そして何故検閲が行われるに至ったのかを自分なりに考えた結果……あの場所には何か隠すべき……不都合な真実があるに違いないと考えるに至ったようです」


「……検閲自体は常に行われてると思うんだけど。あんな危険な媒体、そんな条件でも付けないで野放しにするわけないでしょうし」頷いて返すと、王女は続けた。「というか、流石に飛躍しすぎじゃない? 強ち間違っていないとは言え、今回たまたま合ってただけで、そんなの殆ど妄想の類じゃない」


「妄想……まぁ、そうですね。自分の中にある常識だとか、前提条件だとか、そういった物と照らし合わせた結果、その答えが導き出された……というのが正しいのでしょうけど」


「……常識、ね。権力者は欺瞞に満ち満ちていて、常に市井を欺いているという、被害妄想の事? やっぱり妄想なんじゃない」


「…………」


「何も清廉潔白だなんて言うつもりはないけど、流石にそこまで行くと病的ね。悪の組織か何かのように扱われてるってわけでしょ?」


「怒りますか?」


 処刑されるのではないかと、怯えた様子で言っていたニコレッタを思い出しながら尋ねた。


「怒りはしないわよ。あれこれ言われるのは今に始まったことでもないし。まぁ、不愉快ってだけ」


「……そうですか。それで、彼女を騙す方法についてなんですが……」


「それについてはこっちである程度考えて来たわよ」


「え?」


「え? って……ほら、実際その場でその子を騙すのは私になるわけじゃない? それに私は改めて現場を見てもいるわけだし、その辺は考えやすいかなと思って」


「そうだったんですか……てっきり全部こちら任せかと」


「そうしてもよかったんだけど、別にそこまで忙しくもなかったし、考えるくらいはするわよ。ただ……」


「ただ?」


「教頭室についてどう説明したものか……と思ってね。教頭自体は横領がバレてクビになったということになっているけど……どちらにせよ、あの通路が教頭室に繋がっているという事実を知られるのはマズいと思うのよ。タイミング的に」


 どうやら、王女もまた自分と同じところで引っかかっていたようだ。


 しかし、問題はない。


「それについては──教頭室に繋がっていること自体は、そのまま開示してしまっても構いません」


「え、いいの?」


「はい。図書館でいろいろと調べまして、学園のこれまでについて色々と情報は得たんですが、少なくともその中には、どの部屋が何の目的が使用されていたかといったような記述はなかったんです。なので、あの部屋が元々は物置として使用されていたという嘘を吐いたとして、それを見破られることはないかと」


「……なるほど。学園はこれまで何度も建て替えや改築が行われてるわけだから、言い訳自体はいくらでも出来る……ってことね」


「いくらでもってことはないと思いますけどね。ですが、それが嘘であるということを証明することが出来ません」


「うぅん……でも実際、どうなのかしら。嘘であると証明出来なかったところで、本人の中でそういう認識が出来上がっちゃってるんだとすれば、あまりそれ自体に効果はなさそうだけれど」


「それは完全に狂っている側の話ですよ。狂っているというか、都合のいい情報に溺れてしまっているというか……少なくとも、彼女はそこまでの重症患者でもありませんから。そうでなければ、こんなことは考えませんし」


「こんなことっていうと……つまらない事実を突きつけて、こちら側に引き戻すってこと? 純粋に疑問なんだけど、その子は一体リュカにとっての何なの?」


「何……ですか?」


「えぇ。あなたのあの時の口ぶりからして、別に仲がいいわけでもなければ何か恩があるわけでもない──ただ絡まれているだけの、言うなれば面倒な相手だと思ったんだけど……わざわざ時間をかけて調べ物をして、夜な夜な外に出て事前調査をして、そうまでして何とかしようとするのには、何か理由があったりするの? タイプの子だったとか、そういう……」


 理由。


 問われると、答えになりそうなものはない。


「はぁ。何で……でしょうかね。……まぁ、理由なんてものは、この場合、無いのかもしれません」


 これ以上変な話を持ち掛けないで欲しいというだけで──いや、でもそれならキッパリと拒絶してしまえばそれで済む話でもあるのだから、自分が一体何をしようとしているのか、あまりよく分からない。傷つけるようなこともしたくはないと思ったのは事実だが、だからと言ってここまでするものだろうか。


「は……? 何もないのに、助けるの?」


「──助けられなんかしませんよ。あくまで、『あの場所に貴女が求めているものはない』ということを突き付けるだけです。彼女の思想だとかにまで手を付けようとしているわけでもありません──ですから、今後また似たようなことになっても、その時僕が関わっていなければ、それについてはどうするつもりもありません」


 どうする権利もないだろう。


「根本的な解決には至らない……ってこと? 前にも同じようなこと言ってたわよね」


「まぁ同じ人間ですからね。変化することもあるでしょうけど、この短期間で考えを変えたりはしませんよ」


「……それは、その考えは何なの? 恩を感じられたりしても嫌だからそう言ってるの?」


「恩……? いえ、別にそういうわけじゃありませんが。言葉の通りですよ。王女にしても何にしても、僕がやっているのはどれも姑息な……その場しのぎの応急処置でしかありませんから。助けるという行為とは程遠いものですよ」


 それに今回の──ニコレッタに関しては、王女の時などとは違って頼まれてさえいないのだ。それでどうして助けるなどと言えるだろうか。恩着せがましいにも程があるだろう。


 まぁ勿論、助けてと言われなければ助けない、というわけでもないのだが。


「その場しのぎの応急処置だって、大事なことだとは思うけど」


「……それは怪我とかの話じゃありませんか?」


「それは助けるには入らないのかしら?」


「それは入りますよ? 怪我なんかであれば確かに、その場での応急処置が何よりも大事ではありますけど……でも、怪我とは違いますし」


 この辺は考え方の違いなので、どこまで突き詰めても意味はない。


「違うの……分かんないわね、その辺は」


「僕自身分かり切ってなんかいないんですから、それもそうでしょう。まぁ、それはいいとして……決行日は二日後、その放課後の深夜にしようと思ってるんですが、どうですか?」


 無駄な会話を適当なところで切り上げると、指を二本立てながら、そう尋ねた。


 このままいくとどんどん横道に逸れて行きかねない。王女との会話は別に嫌いでもないが、目的も果たしきらぬうちから雑談に興じるべきではないだろう──何も、アイスブレイク的な雑談までをも否定したりはしないが。


「二日後……わざわざ指定したということは──」


 と、王女はそこで言葉を区切った。


 テーブルに両肘をつき、顔の前で手を組んでいる。


 目はじっとこちらを見据えており、瞬きはない。


 さっきまでとは打って変わって、真剣な面持ちであった。


「その日が一番忍び込める可能性の高い日……ということなのよね?」


 と、重い口調で問いかける。


 何が彼女をそうさせるのかは分からなかったが──


「違います」


 そう返事をして、カップに口を付けた。


「…………」


「…………」


 カチャ──と、カップを置く音が、普段よりも大きく聞こえた。


「な、なら、必要な物が揃うまでに二日掛かるとか……」


「違います。二日の間に物を揃えることは否定しませんけど」


「…………。じゃあ何よ」


「深夜に行動する関係上、次の日が授業だと辛いかなと思いまして」


「…………あ、それだけ?」


 それだけだった。


 衛兵の行動パターンだとか、見張りの甘い衛兵だとかがいないかというのは、自分も調べていたところではある。しかし、基本的に定時の交代制なので、いつ行っても顔は同じで、行動パターンも何も、そもそもその場からほとんど動くことが無いのだから、曜日による違いはまずない。なので基本こちらの都合で動ける──というか、自動的にそうなってしまう。


「他にも何か理由が欲しければ今考えますけど」


「……いや、別にいいわ」


 王女は無言のままフォークを手に取ると、シュトーレンを小さく切り、口に運んだ。一瞬小さく目を見開いて、二口目三口目と、食べ進めていく。こういう場では自分が先に口を付けておくべきだったかと思いつつ、同じくフォークを手に取った。


「美味しいですね」


「そうね。そういえば誰から貰ったの? 今更だけど」


「本当に今更ですね。そんでもって、誰からの贈り物なのかさえ気にせず口にするって、とんだ胆力ですね」


 王女は一度食べる手を止めてから続けた。


「私を毒殺して誰がどんなメリットを享受出来るのか──そんなことを考えたら、一々怯えるほうが滑稽というものでしょう?」


 と。


 そう言われてみれば、そうではあるのかもしれなかった。


「それで警戒を止めてしまうというのもどうかとは思いますけどね」


「別に警戒していないわけじゃないわよ?」王女はそう言って首を傾げた。「けど、何か利益を求めるのなら、私みたいなのは殺すよりも攫った方がいいわ。第一王子にもなると流石に殺すことそれそのものにメリットが出てき始めるからアレだけど」


「……。まぁ、これをくれた……作ったのはニコレッタですよ」


「へぇ……。ふぅん……」


 絡みつくような、じっとりとした視線。


 その意味を掴みかねて、「なんですか?」と、訝しんで問うた。


「いいえ。仲良くしてるんだ、と思っただけ」


「仲良く……ですか」


「そうでしょう?」


「……そうなのだとしたら、僕は悪人ですね。そんな相手を騙そうと、こうして計画を練っているんですから」


「仲のいい相手は騙しちゃいけないの?」


「そうは……そうは言いませんが」


 確かに、必要に迫られて、仲のいい相手を騙すこともあるだろう。それを、それそのものを悪だと言うつもりはない。


 ないが、しかし。


「僕は、早々に正攻法での解決を諦めたんですよ。見切りをつけたと言ってもいい」


 それは手段にか──あるいは、ニコレッタという少女に対してか。


「それに、仲のいい相手を騙してもいいのは、それが相手の為である場合だけです。今回僕は自分の為に彼女を騙すわけですから、それには当てはまらないかと」


「やっぱりあなた、変なところで頑固よね。過去に何かあったの?」


「────」


 奥歯を舌がなぞり、それから──


「──いえ、何もありませんよ。まだ十二年しか生きてないんですし」


 噓を吐いた。


「……そりゃそうよね」


 それからしばらくシュトーレンを食べては茶を飲むだけの時間が続き、王女が三切れ、自分が二切れ食べたところで、その日はお開きとなった。


 残りのシュトーレンの入った籠を提げ、その建物から一人で出ると、元来た道を歩いて帰るのも面倒だったので、どこか人目につかない物陰を探し、そこからゲートを開いて寮に戻ることにした。


 歩きながら、目線を空に泳がせ、やるべきことを指折り数える。


 まずは、二日後──それが決行日であることを改めてニコレッタには伝えておかなくてはならない。


 さっきはたまたま会ったから話だけしておいたが、その時はまだ王女の了承を得られていなかったこともあり、日付に関しては伝えられなかったのだ。


 まぁ、それ自体は明日でもいいのか。


 それよりも、後でクロユリの所へ行って、必要な道具を買い足す必要がある。


 尤も、自分だけなら道具など必要とはしないのだが──いや、そもそも自分だけならこんなことをしようとは思わなかったか。兎に角、あの二人をあの場所へ侵入させるにあたり、必要なものがいくつかある。今回はちゃんと金銭を支払わなくては。


 それと、屋敷にも戻っておく必要があるか──こちらは現状目的を果たせるかどうかが未知数なのだが、可能性は高い。もしかしたら望んだ物は手に入らないかもしれないが、あくまでおまけだ。


 それから、何かあっただろうか。


 こうして数え始めると途端に出てこなくなったりするのはありがちなことなのだが、そうと分かっていても不安になる。


 何か忘れていないか。


 何か──見落としてはいないだろうか。


「考えても出てくるわけはないんだよな……」


 と、呟いた後ろから、


「──何が?」


 そう声が掛った。


 声でサクラだと分かったので、特に警戒することもなく振り返る──鼻先のすぐ触れそうな距離に、サクラはいた。


 今日はそういう気分だったのか、彼女にしては珍しくパンツスタイルだった。濃い紺色のズボンに、上は明るい色のシャツ。比較的どこにでもいそうな装いである──尤も、デザインがデザインなために、その『どこにでも』は現代の東京などに限定されてしまうのかもしれないが。


「何か悩み事?」


「悩み事……ってほどでもないんだけどね。ただまぁ……買い物に行こうとすると、途端に何を買おうとしてたのか思い出せなくなる……みたいな状態に陥ってただけ」


 買い物しようとしてたわけではないんだけど──と付け加えた。クロユリの所へは行くつもりだが、今ここでは関係の無い話だった。


「それで、サクラは何してたの? こんな所で」


「アジサイが王都に用事があると言っていたから、一緒についてきたのよ。それで用事を済ませている間、独りで上空を飛び回ってたってだけ」


 その途中で自分を見つけ、こうして降りて来たというわけか。


 それにしても。


「アジサイも来てたんだ」


 皆結構自由にあちこち飛び回っているんだなと実感。


 クロユリやスズランなどは店まで構えているほどなのだから、それに比べれば、何を今更と言ったところではあるが。


 王都以外にも結構足を運んでいたりするのかもしれない。自分が王都からほとんど出ないために、それを目撃する機会が無いだけで。


「えぇ。必要なことを済ませてるわ。……で、リュカは何をしてたの? 授業はもう終わったんだと思うけど」


「まぁ……そうだね」そう言って間を繋ぎ、言葉を選んだ。「ちょっとした悪だくみ……かな」


「悪だくみ……ふふっ、そう。サンゴもよくやってるわ」


 サクラは小さく笑って言った。


 サンゴがそういったことをしているというのは、正直、彼のイメージからは外れる部分があったのだが──しかし、予定を立てさせたり計画を練らせたりすれば右に出る者の無い彼の事だ、悪戯やドッキリ、サプライズなどは得意分野だろう──悪戯に関しては、ルリの専売特許な気もするが。


「そうなんだ。まぁ、程々にね」


 そう呟いた。自分も同じような──あるいはもっと悪辣なことをしようと企んでいる側の人間だったので、あまり強くは言えず、消え入るような声だった。


「……。手伝えることはありそう? 私に出来ることならさせてもらうけど」


「手伝い? あー……どうだろう」


 手伝いを申し入れてきたサクラに対し、考える素振りを見せながら、どう返したものかと思案する。


 現状、サクラに頼めそうなことはない。買い物に付き合ってもらうくらいなら頼めなくもないが、道具をいくつか買い込むだけの事なのだし、そんなこと、わざわざ付き合わせてまでするようなことでもないだろう。


 かと言って、折角こう言ってくれているのを無碍にもしたくはない。


「……アジサイはいいの?」


 尋ねると、サクラは首を一度縦に振った。


「大丈夫よ? 私が途中まで勝手についてきただけで、別に待ち合わせとかはしてないから」


「そうなんだ……なら、手伝ってもらおうかな。これもまぁ、大したことではないんだけど……僕よりか、サクラの方が適任だったりするかもしれないから」


 そうして少し歩いて行き、適当な場所でゲートを開くと、寮の自室を経由せず、そのまま屋敷にへと帰還──そして必要なことを済ませると、その日は寮に戻らずに一日を終えた。アジサイ同様、どうやら皆あちこちに行っているらしく、屋敷内の人は少なかったが、ゆっくりは出来た。


 まぁ、普段から大体ゆっくりしているような気もするが。


 その翌日は、学園で出会したニコレッタに日取りを伝え、放課後にはナゾノハ百貨店へと赴き、いくつか必要なものを集めていき──従業員全員が自分を見つけたらクロユリの下へ連れて行くよう指示されているのか、以前と同じ部屋まで連行されるということもあったが──買い物自体は無事に終えられたのだった。


 そして迎えるのである──その日を。

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