表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅界の花嫁  作者: アブ信者
第閑話
40/70

040

 ルリに誘われて、盗賊狩りをすることになった。


 などと言うと、これでは少しばかり説明不足が過ぎるかとも思うのだが、しかし流れとしてはこのままで、それ以外に説明すべき経緯やら何らがほとんど存在していないので、そう言うしかない。


 ただ、結果的にはついて行くことにした自分とは言え、いきなりそんなことに誘われて、二つ返事で同行することにしたわけではない。そこまでの安請け合いをするような性分の人間ではない。


 なので当然ながら、何故そんな危ないことをしに行くのかというようなことは尋ねた。するとルリからは「賞金首狩りはそれなりにお金になるからね」との答えが返ってきたのだった。そんなにギリギリの生活はしていないはずだが、それでも、自由に出来るお金は多い方がいいということなのだろう。


 しかし何も、この返答で以てついて行くことを決めたわけでもなければ、そのような危険な行為を認めたというわけでもない。本来であれば、賊の征伐などはお役所仕事のはずだ。なので、襲われたから仕方なくなど、やむを得ない事情でも無い限り、わざわざそんなことをする必要はない。


 だが、賊が存在することによる悪影響は当然ながら自分達にも降りかかりかねないわけで、それも、親が商会を営んでいる自分は、その被害に遭う可能性が高い。父親とて、遠出の際には傭兵などを当然雇っているわけだが、あくまで商売をしに行くのであって行軍をするわけではないので、それを上回るような人数で来られてはどうしようもないのだ。無事だったとはいえ、これまでにだって、全く被害が無かったというわけではないわけだし。


 そして、今回ルリが壊滅させることにしているらしい賊は、元々別の地域を縄張りにし、散々暴れまわった挙句、討伐軍が組まれた途端に雲隠れして流れてきたお尋ね者連中なのだそうで、早急に対処しなければ、すぐにでも被害が出始めかねないとのことだった。


 ならば、それならば、手柄を取られる前に潰してしまった方がいいのではないか──と。


 賞金首は売り払えて、被害も抑えられる、これを一石二鳥と呼ばずして何とするのか──と、そんな考えが脳裏を過ってしまったのである。


 そして現在、夜半の事である。


 皆が寝静まったのを確認すると、ひっそりと家を抜け出し、屋敷の前まで到着。そこで待ち構えていたルリが飛び掛かってきたので受け止め、引き剥がして地面に下ろした。大分抵抗されたが。


 ルリは以前サクラが着ていたのに似た雰囲気のある黒いボディスーツを着ていた。だが、あの時の物とは違い、スーツには所々に装飾が施されてもいる。サクラは試作品だと言っていたわけだから、これがその完成形なのかもしれない。ルリの趣味なのか、全体的に黒を基調としつつも、どことなくフェミニンさを感じられる。


「二人で行くの?」


 出発前、荷物を確認するルリに尋ねた。


 どうしてだか、屋敷には誰も──引きこもりのヒスイ含めて──いなかったのだ。


「うん。皆忙しいから」


 ルリはこちらに顔を向けると、そう言った。


「もしもだけど、僕が断ってたら一人で行くつもりだった?」


「そうだよ、たまにやってるし。でも、リュカ様は断らないって信じてたから!」


「……そりゃあ、まぁ、一人で行かせたりはしないけど……」


「ふふふ……。まぁ、安心してよ。僕一人でも叩き潰せるように準備してるからさ──リュカ様は見てるだけでも大丈夫だよ!」


 流石にそういうわけにもいかないのだろうが、しかし、それなら安心だと返事をして、屋敷を立った。


 そこからしばらくは空の旅である。ルリに置いて行かれないように気を付けつつ、飛翔を続けた──この夜闇の中では、先日貰った仮面が早速役に立っている。暗視をしている間は別の機能に切り替えることも出来ないが、この暗闇の中、それを意に介さず動き回れるだけでも十分だ。先んじて相手の位置を特定し、魔法で以て制圧していく──わざわざ剣で戦う意味もないので、基本的にはその立ち回りになるのだろう。


 そして、空の旅を終えると、山の麓、そこから少し離れた茂みの中に降り立つ。手で草を分け、ルリは山の入り口とも呼べる場所、そこに立つ二人を指差した。そこにいるのは、手に松明を持った二人の男。


「昼間は誰もいないんだけど、夜になるとあんな感じで、見張りを立ててるんだよね」


「アレ、見張りの意味あるの? あそこだけ見張ってるくらいなら、いっそ奥で待ち構えてた方がいいと思うんだけど」


 見張りがこの暗がりの中でどれだけの範囲を見ることが出来ているのかは知らないが、どうあっても二人でカバー出来るような範囲ではないのだし、いてもいなくてもそう変わらないような気はする──見えずとも、音で判断することは出来ると思うので、全くの無駄ということにはならないのだろうが。


「まともに整備された山道はあそこしかないから、一応立ててるって感じだと思う。本命はちゃんと奥にいるんだけど、ああして立てておけば、いざという時にすぐ対応出来るから」


「なるほど」


「昼間は上からでも見えるけど、夜はそうもいかないし」ルリは小さく首を横に振った。「……ま、ほんとはあんなの無視して上から入り込んじゃえばいいんだけど……」


「逃げられる可能性がある以上、あの道は確保しておきたいところか」


「うん! あの山道以外には所々罠が仕掛けられてる形跡があったから、この暗闇の中で山を降りて来るのなら、向こうはこの道しか使えないはず!」


「他にも脱出経路があったりはしないの?」


「あってもおかしくはないんだけど……僕が調べた限り、それらしいものは見つからなかったんだよねぇ……」


「そっか」


「まぁ、見落としてただけかもしれないんだけど……。でもいいんだ。逃がさなければ同じことだから」


 んふふ、と笑うルリ。仮面の奥の表情は分からない。


 賊とは言え、悪とは言え、これから人型の生物を殺そうと考えているとは思えない反応だった。


 しかしそれだって、現代日本人的な価値観が抜けきっていないことの証左なのだろうと思うと、どうしたものか分からなくなる。


 いや、別に構わないのだ──自分達に害を為すかもしれない賊を討とうというのは。必ずしも間違ったことではないのだし、人であれ魔物であれ、自分達の生活を脅かすのならそれは排除すべき敵なのだから、それを殺す事に躊躇がないというのは。


 寧ろ、そこで躊躇してしまうような人間から順に不幸な目に遭うのだと考えれば、躊躇などすべきではないのだろう。


 だがそれでも、子供のうちからそうあるのが正しいのかと言われると、そこはやはり肯定出来ないし、すべきでもないと思う。


「どうしようかなぁ……。頭撃ち抜いてさっさと殺しちゃってもいいんだけど……」


 ルリは指を鉄砲のようにして、二人に照準を合わせる。そして短く息を吐くと、それを解いた。


「いいや。普通に正面から行こう」


「え……? 闇討ちしていくんじゃないの……?」


「うーん。それでもいいんだけど、どうせ遅かれ早かれ気が付かれちゃうのは避けようが無いわけだし……。だったら前もって向こうの警備のレベルを確認しておきたいかなって」


 奥に入ってから確かめるよりは、ここで確かめておきたい、と。危険な手だったが、どのみち危険な事をしようとしているのだから、今更な話でもある。


 ルリは立ち上がり、茂みを出ると、二人の方へ臆することなく真っ正面から向かって行った。自分も慌てて立ち上がると、それについて行った。


 いくら夜闇の中でも、真っ正面から音を消すこともなく近付けば気が付かれてしまうもので、見張りの二人は露骨に警戒態勢を取り始めた──ここまで接近されている時点で既に遅いような気もするが。


 向こうがいつ襲い掛かって来てもいいように魔法の発動準備だけは済ませておきながら、相手を観察する。


 二人の顔には青痣や切り傷が目立つ。賊などやっているわけだから、そのくらいは日常茶飯事ということなのか、それとも。


「誰だ?」


 右に立っていた男は松明を動かし、こちらが何者かを確認しようとする。そしてこちらを炎の光で照らすと、驚いたような声を上げた。


「お、お前ら……っ! あの時の……っ!」


「は?」


 と、思わずそう口にしていた。


 そして横にいたルリを見たが、彼も自分同様、首を傾げていた。


「間違いねぇ! 俺らの獲物を横取りしやがった二人組だ!」


 右側の男は言う。


「獲物?」


 ルリが問い、そしてこちらを見た。やはり心当たりはないらしい。だとすれば、自分なのだろうか。


「確かに似てるが、こんな感じだったか……?」


 左の男は警戒を維持しつつ、疑問を呈す。


「え? いや、まぁ、少し朧げだが……」それに対し、右の男は頭を抑えながら答える。「片方が金髪だったのは覚えてる」


「そう言えば……そうだったような……。クソ、殴られ過ぎたせいで記憶が……」


 左の男はそう言い、表情を険しくさせた。


 金髪と言うと、やはり自分なのだろうか。


 しかし、獲物を横取りしたなどと言われても──と、思い返していくうちに、一つだけ思い当たることがあった。


 つい先日、アザミと出掛けた際、変な魔物相手に苦戦していた数名を助けるべく、割り込んでいったのだ。あの時は勢い余って背中を切り裂いてしまったが故に、その返り血で服が大変な事になってしまったのだが……、その時のことを言っているのだろうか。


 というか、流れだったとは言え、自分は賊を助けてしまったというのか。なにぶん一瞬のことだったので、自分が助けに入った相手の顔などは確認さえ出来ていないわけだが──顔の青痣や切り傷はその時出来たものだったのか──心当たりがあるとすればそれくらいだ。


 しかし、だとすれば心外である。あれは獲物を横取りしたのではなく助けに入っただけなのだから。いや、結果的に、倒した魔物は持ち帰る事にしたわけだが、それだって別に、彼らがあの場に残っていれば、その遺骸は渡してもいいと思っていた。


「横取り……ね」


 多少不快にも思ったが、しかし相手側からすればそう思われても仕方がないかと、思考を切り替えた。


「そうだ! あの後俺達がどんな目に遭ったか──」


「けど、あの場で割り込んでなければ、君達、確実に死んでたよね?」


「ど……どういう意味だ!」


「どういう意味も何も……そのままの意味だけど」


「俺達があんなガキ一匹にやられてたとでも言いてぇのか!」


 あの魔物、あのサイズ感で幼体だったのか。大人になったらどれだけデカくなるんだ。


「そう言ってるんだけど。手古摺ってたのは事実でしょ? こういうこと言うのもなんだけど、自然界では、奪われる方が悪いんだよ」


 自分が割り込まずとも、別の魔物が獲物を横取りしていた可能性だってあるのだ。それが自然というもので、相手が人間に変わった途端に文句を言うのは、ある意味我儘というか、何というか。言葉が通じるが故に出て来る文句というものなのか。人間らしい思考だと言えばその通りなのだが、納得はいかない。


 しかし、その言葉は男を激昂させるに十分だったらしい。


「なっ……テメェ!」


 と、右の男がこちらに殴りかかろうと拳を振り上げ足を踏み出した──その瞬間、男の首元に氷の刃が伸びた。


「リュカ様……黙って聞いてればこの醜男、言葉遣いが全然なってないと思うんですけどぉ……殺してもいいですか?」


 ルリは冷たく言い放つ。


 男は凍てつかされた様に動きを止め、そしてゆっくりと下がる。虎か何かでも前にしたが如く、顔面蒼白であった。


「…………」


 しかし、どう返答したものか。


 相手が賊でなければ諌めたのだろうが、どのみち排除しなければならない連中である。止めるのもおかしな話だろう。


「なぁ……」


 考えていると、左の男が、右の男に対し、妙なことを言い始めた。


「頭に会わせねぇか?」


「頭に……?」


「俺らじゃどうせ勝てねぇ……だが、アレなら勝ち目はある。それに、この間の失態も、こいつらを連れて行けば……」


「なるほど……悪くはないか……」


 何の話かは知らないが、丸聞こえである。


 しかし頭というと、それ即ち盗賊の頭、つまりは賞金首になるわけで、それと直接会わせてくれるのだとすれば、下手に騒ぎを起こして逃げられるより、ずっと楽なようにも思えた。


 なので、「ルリ。取り敢えず殺すのはなし」と、ルリを止めた。


 ルリは数秒の後、渋々刃を引っ込める。すると、それをどう受け取ったのかは知らないが、男達は着いて来いとばかりに山道を登り始めた。


 自分が先について行き、ルリはその後ろから、通った道を凍らせながらついてきた。前を行く二人はそれに気が付く様子もなく、松明で足元を照らしながら進むことに注力している。


 そしてその道中。


 男は一度こちらに視線を向けると、口を開いた。


「そういえばお前、俺達から奪ったアレ、あの後どうしたんだ? アレを返すっていうなら、頭にはこっちから口添えしてやっても──」


「は? もうとっくに処理したよ」


「しょ、処理……?」


「……?」疑問に思いつつ、頷く。「皮剥いで、バラバラにして棄てたよ。可食部もそんなになかったし──まぁ、眼とか歯とか爪とか、あと一部の骨とかは使えないこともないから回収したけど」


「つ、使える……?」


「え? ……あぁ、うん。娯楽品にでもしようかと思って」


 骨は牛骨にも似ていたので、削って整えて、麻雀牌を作ってみる予定でいるのだ。それ以外は大体ヒスイが持って行った。


「な……」


「それを返せと?」


「い、いや……」


「なんてことしやがる……頭もひでぇが、コイツもやべぇ……」


 二人は引き気味に言う。


 他にどんな使い道があるというのか。そのままにしておくわけもないのだし、解体するしかないと思うのだが。


 何かが噛み合っていないような気もしたのだが、それが何なのかはよく分からないまま、山頂に向けて足を進めたのだった──勿論、警戒は怠らず。


 △▼△▼△▼△


 照明が潰されたことで真っ暗になった空間を、黒い影が飛び回る。


 部屋の中央には、慌ただしくピチャピチャと足音を鳴らしながら、その影を捉えようとする者が一人。それは頻りに辺りを見回しては、武器を振り回す──しかし、それは掠りもせず、影が肉薄した。目にも留まらぬ速度で短剣が斜めに切り上げられると、青白い光が奔ると共に、雑兵の首が飛ぶ。


 真っ赤な血が噴き出し、頭を失った身体が糸の切れた人形の用に崩れ落ちた。


「きりが無いですね……」


 剣先を下ろし、アジサイが言う。


 この地下施設に乗り込んでから、どれだけの時間が経過しただろうか──既にアジサイは三十人近い敵兵を殺害していたのだった。ルリ除く他のメンバーと合わせると、既に数百人は超えている。


 彼女は頭を左右に軽く振ると、汗を飛ばした。


 その背後から、カツカツ──と、足音が聞こえてきた。


「まさか、こんな場所に繋がっているとはね」


 通路の奥から、黒い装束、黒い仮面に身を包んだ、金髪の少女──サクラが姿を現した。


「あ、サクラ様」


 彼女はアジサイの足元に転がる幾つかの死体と、真っ赤に染まった壁を見て、この辺りは制圧済みなのだろうと判断する。そしてアジサイに近付いていくと、怪我が無いかなどを尋ねた。


「この程度なら私一人でも問題ありません──と言うよりはむしろ、手応えが無さ過ぎて少し不気味なくらいです」


「そうね……。まぁ、手応えのありそうな連中はコハクが前もって片付けてるっていうのもあるのでしょうけど……。それを抜きにしてもよね」


「またハズレなのでしょうか?」


「でしょうね」サクラは一度首を縦に振り、そして横に振った。「──と、言いたいところなのだけど、そのハズレの施設にこれだけの人員を配置しておけるだけの余裕があるとは思えないわ」


 サクラ達が一太刀で葬れてしまうような雑兵とて、向こうからすれば大事な──大事にされているとは思えないが──人員だ。これまで潰してきた偽の拠点同様、幾人かは残していくのかもしれないが、これだけの数を残しておけるとは思えなかった。


「ですよね……」


「勿論、それら一切合切の全てを投げ出して遁走したというのなら、それも当然あり得はするのだけれど……」サクラは顎に手を当て、考え込む。「これまで逃げ続けて、ここで反撃に出ることもなく逃げ出すはずがない」


 アジサイはそれに対し、首を二度、縦に振った。


「だから、今私達が相手をしているのは『捨て置かれた雑兵』ではなく、『足止めの為の兵』の可能性の方が高い」


「反撃に出るまでの時間稼ぎ……ですか」


「えぇ。逃げたのならさっさと追いかけたいところだけど、もし反撃の機会を窺っているのだとすれば、下手に深追いすることも出来ない……とすると、一度全員を呼び戻した方がいいかしら」


「それがいいかと」アジサイは頷いた。「制圧が目的であれば単独で動いても問題ありませんが、向こうが構えているというのなら、こちらも無策でというわけにはいかないでしょうから」


「なら、一度集合するとしましょうか」


 サクラは懐から青い宝玉の埋め込まれた白い装置を取り出すと、それを左の掌に置く。そして、人差し指で軽く宝玉をなぞると、魔力を込めた。宝玉は幾度か光を放ち、そしてその光は溶けるように消えてゆく。


 これもヒスイが作り出した魔道具の一つで、効果としては、魔力を込めることで、指定した回数の光を別の場所にある同じ魔道具に伝えることが出来る。これにより、仲間同士の離れた場所での意思の疎通が可能となる。屋外であれば狼煙を使うことも出来るが、屋内ではそうもいかないという問題点が出たことで、開発が進められた物であった。


「これでよし……と」


 そしてサクラは間道具を仕舞い、代わりに剣を取り出すと、それを投げつけた。


 アジサイの真横を通り抜けたそれは、壁の方へまっすぐと向かって行き──そこに潜み、攻撃の機会を窺っていた兵の喉に突き刺さり、貫通し、そのまま壁に縫い付けた。


 声を上げることも出来ないままに絶命した兵を一度見遣ると、サクラは、


「皆が来るまで待っていましょうか」


 そう言った。


 △▼△▼△▼△


「あれ……? 何で誰もいないんだ……?」


「どこ行ったんだ……? ……え?」


 山頂に到着すると、あまりにも静かなその場所で、賊の男二人は不思議そうに周囲を見回した。


 パチパチという火の音、風に揺られてカラカラと鳴る葉の音、それ以外の音は聞こえない。


 松明などの明かりはついたままなので、誰もいなかったというわけではないのだろう。辺りには、つい先ほどまで飲み食いしていたと思われるような跡が確認出来た。


「逃げた?」


 辺りを見て、呟く。


 考えられたのはそれくらいだった──やはり、見つけられなかっただけで、どこかには隠し通路があったのだろう。そして、下で揉めている様子を察知し、登ってくるまでの間にそこから逃げ出してしまった、ということか。


 だとしても、逃げ出すのがやや早いような気がするのだが、早すぎるような気もするのだが、これはどういうことなのだろう。騎士団が征伐に来たというのならまだしも、相手は自分達二人──騎士団が乗り込んだ時のような騒がしさがあったわけでもないのだから、誰かが来たことを察知したとしても、早々逃げ出したりはしないのではないだろうか。


 普通、まずは相手が何者なのかを確認したりするものだろう。そしてそれをきちんと行ったのなら、つまりは相手が子供二人組であるということを賊達が確認したのなら、この状況はやや不可解だ。討伐されそうになったら逃げる、というのが彼らの生き残る術だったとして、そこまでは理解も出来るのだが、しかし誰かが来るたびに逃げ出しているのだとすれば、それは流石に理解出来ない。


 賊のような存在ををネズミと表現することはあるが、これでは本当にただの野ネズミだ。


 全てに怯える、小動物。


 そんな蚤の心臓でこれまで賊をやってこられたとは思えない──しかし、今ここにいないのだとすれば、それが答えなのだろうか。


 あるいは、この男の反応が演技である可能性も考えられる──賊の仲間は周囲に隠れ、奇襲を仕掛けるつもりでいて、そして油断させるために、わざとこんな反応をしている、という可能性。


 そちらの方が、まだ幾分か現実的に思えた──が、この男達のこの反応、これが演技だとも思えなかった。


 だとすれば──と、そこまで考えたところでルリが反応し、即座に両腕から氷の刃を伸ばした。そして二人を纏めて地面に叩き伏せると、首元にその刃を突き付けた。


「ねぇ……仲間はどこに逃げたのかなぁ? 頭に会わせるとか言ってなかった? まさか騙した? 騙したの? 君達が時間稼ぎしてる間に逃げたんだよねぇ? どこ? どこにいるの? 知ってること早く言いなよ。これ以上くだらない時間稼ぎに興じるようならここで殺すけど、時間かけて殺すけど──いや、君達みたいな金にもならなければ戦力にもならないゴミ、さっきリュカ様に暴言吐いたあの時点で殺しててもよかったんだけど。……ねぇ、もしかして、もしかしてだけどさぁ、何で殺さなかったか分かってないの? リュカ様が慈悲をかけたから特別に生きることを赦してあげただけなんだよ? 役目を果たすまでの短い間、人生の最期を過ごすことを赦されただけなんだよ? それなのに図に乗ってない? 乗ってるよね? いつ合図した? 逃げるように仕向けたんでしょ? 言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え。言え……言えぇっ!」


 ルリは畳みかけるように言うと、叫んだ。


 狂気的である。


「ち、違う! 本当に知らないんだ! 逃がしたりもしてない!」


「っ、そうだ! 信じてくれ!」


「なら早く何処にいるか言いなよ。知らないわけないでしょ?」


「だから知ら──あ、いや……」


 知らないと言いかけた男だったが、急に言葉を切ると、もしかしてと呟いた。


「そういえばあの部屋……」


「あの部屋って何?」


 語気強めに、ルリは言う。


「あ、あぁ、いや、こっちに移ってきてすぐ頭が変わったんだが、そいつが絶対に入るなって言ってた部屋があるんだよ……だから、そこに逃げ道があったのかもしれねぇ……って」


 男は終始怯えながら、そう返した。


「頭が変わった?」


 今度は自分が尋ねた。


 すると、男は言う。


「そ、そうだ……、突然やって来て、それまで頭をやってた奴と他何人かを殺して、そのまま新しく頭の地位に座ったんだ」


 つまり、狙っていた賞金首は既に死んでいたということか。


「そいつの名前は?」


「確か、ベイケとか言ってたか……奇妙な爺さんだ。とんでもなく強かった。そいつが連れてた他の部下もいたみたいだが……」


「どうしよう……」


 ルリは刃を突き付けたまま、こちらを見、不安そうに言った──こんなことを言ったらルリは不機嫌になるのだろうが、仮面の不気味さも相まって、悪魔が振り返ったようにしか見えなかった。


 しかし、それはそれとして。


 現状は、当初予定していた賞金首狩りが当人の死によって御破算にされてしまった上、それ以外にもいたであろう札付きの人間は姿をくらませている状態──だとすれば、その反応は当然のものである。


「取り敢えずは……その部屋とやらを確認しないと」


「やっぱりそうだよね! 僕も同じこと考えてたんだ! これって以心伝心……想いが通じ合ってるってことだよね!」


「さ……さぁ……? この状況ならそれくらいしか選択肢なさそうだけど……」


「むぅ……」


 ルリは頬をリスのように膨らませると、それを解き、再び男達の方に視線を向けた。


「まぁいいや……。それで? その部屋っていうのはどこ? どっちが知ってるの? 知ってる方だけ連れて行くから──返事して?」


「「え……?」」


 その質問に、二人は固まる。どう返事するのが正解なのか、計りかねているようだった。


「……あれぇ? 聞こえなかったかなぁ。……返事返事返事返事返事返事返事返事っ、返事ぃっ!」


 ルリは腹立たしげにに言い、周囲に怒りと冷気を撒き散らす。


「え、えっと、連れて行かれなかった方は……その、ど、どうなるんでしょうか……」


 左にいた男は、そんなルリを怒らせないよう気をつけつつ、尋ねる。


「は? 普通に殺すけど」


「「っ、はい! 知ってます! 案内しますんで!」」


 ルリが無情にもそう告げた途端、二人は分かりやすく主張を始めた。


「えぇ……。二人もいらなーい」


「まぁ、お互い知ってることが違うかもだし、取り敢えず連れて行けば?」


「やっぱりそうだよね! 僕もリュカ様と同じこと考えてたんだ!」


 さっきと言っていることが違うが、ルリはそう言いながら、二人の手に水を纏わせ、それを凍らせて拘束した。


 そしてルリは少し黙る。


 黙り、そして、突然二人の首根っこを掴んだ。


「ねぇねぇ。……感謝の言葉が聞こえないんだけど。生かしてもらえた事に対する感謝は? ねぇ、今ある命が自分のものだとか考えてない? 違うでしょ? お前達は今この状況で自分の命さえ守ることは出来ないんだよ。全て僕達の決定次第でどうにでも出来るような使い捨ての玩具と大差ない命なんだよ。生きていることは当たり前の事じゃないんだよ。それを理解したら言うべきことがあるはずだよね。あったはずだよねぇ。それが無いっていうのは何、死にたいっていう意思表示と見做していいわけ? だったらはっきりそう言ってくれるとありがたいかな……今すぐ空までぶん投げてやるからさ」


「あ、ありがとうございます……!」


「感謝してます……!」


「はぁ? はぁ? はぁ? はぁぁぁ……。あのさぁ、僕に言ってどうするのかな? 今の流れで何で僕にそれを言うかなぁ? 本当に意味が分からないんだけど。今自分を助けたのが誰なのかさえ理解出来ないの? 僕という存在はリュカ様のもので、僕の持つ意思はリュカ様の意思なの。盗賊団の下っ端に甘んじるようなこの世の爪弾き者は、人様に迷惑掛けるだけのどうしようもない生活に身をやつしてる無能は、その程度のことさえ理解出来ないままに無駄な日々を送ってるの? 何でそれで自分から死のうっていう発想に至らないのか、本当に本当に本当に不思議で不思議で不思議で仕方がないんだけど。生きていたって誰の役にも立たないゴミが、生きれば生きるだけ周囲に迷惑を撒き散らすクズが、死んで初めて、それも世の平穏への一助という形でしか役に立てない蛆虫が、何で唯一許された他者への貢献としての死を択ばず生きることを択び続けているのか──僕には全く理解出来ないんだけど」


 ルリがそう言って手を離すと、二人は地面に頭をつけ、それぞれ感謝の言葉らしきものを述べた。


 何と言うか、ルリが少し怖い。


 だがこれはアレだろう。


 可愛がっていた猫がネズミを咥えて持ってきた時に感じる失望のようなものだ──可愛い可愛いという一面ばかりに目を向けて、それ以外の一面も存在することを知っていながらに目を背けていたからこそ感じる、裏切られたという感覚だ。なのでこれは、自分に対するルリの態度や、サクラ達に対するルリの態度は知っていたが、それ以外の者に接する際のルリを自分がよく知らなかったというだけの話でしかない。


 猫、飼ったことないけど。


「よし。それじゃあリュカ様、行きましょう!」


 そして、案内人二人を連れ、その部屋とやらに向かった。そこは木々や葉で隠された階段を降りた先にある地下室で、聞くに、この部屋はどうやらその新しい頭とやらがここに来てから作られたものらしく、二人はそれに参加していないためにそこがどういった空間なのかを把握していないようだったが、いるとすればここ以外に心当たりはないとのこと。


 確かに、逃走経路などに繋がっていてもおかしくはなさそうだった──ここから山を掘り抜いてそのための道を作ったのだとすれば、とんでもない作業だが。


 戸を引くと、それは抵抗することなくすんなり開かれた。


「開いてやがる……」


「普段は絶対閉まってるのに……」


 部屋に這入ると、そこは無人の空間だった。他の部屋や通路などもなく、テーブルや作業台、椅子などが置かれただけの部屋である。しかし、テーブルなどの上から何かしらが持ち出されたような痕跡が確認出来た。


「誰もいないんだけど」


「また騙したのかなぁ……!?」


 ルリは怒り心頭といった様子で、地団駄を踏んだ。男達は必死に違う違うと否定するも、寧ろそれがルリを一層激昂させているようだった。


 そしてとうとうルリが片方を手にかけようとしたその時、部屋の壁際、その床に描かれた紋様のようなものを見つけ、声を掛けた。


「魔法陣……だよね、これ」


『描かれた』と言うよりは寧ろ、『置かれた』と言ったほうが適切なのだろうが、それは魔法陣を思わせる形状をしていたのだった。


「そうみたい。設置型……形式からして、古代の魔道具かな……」


 ルリは屈み、それを観察して言う。


「これだけだと機能までは分からないかなぁ……リュカ様、どう思う?」


「どう……って言われても……」


 自分だって分からない。


 だが、この状況で可能性があるとすれば。


「別の場所への転移装置、とか?」


「転移……」


「そんな便利なものがあるとすればね」


 これが何なのかはよく知らないが、もし場所と場所を繋ぐ転移装置がこれの他にもあるのだとすれば、この世界の物流は大きく変わるだろう──盗賊などに襲われるリスクを背負ってまで、馬車でちまちま荷物を運ぶ必要は消えて無くなるのだから。


 しかし現状、そうなってはいない。


 だとすればそれはつまり、そういうことなのだろう。


「凄い……、流石リュカ様……!」


「え?」


「実際、古代の魔道具の中にはそういう品もあるわけだし、その可能性は極めて高い! きっとそいつは手勢を連れてここから逃げたんだよ! 早く追わなきゃ!」


 何で古代の魔道具とかいうのについてそこまで知ってるんだろうか。好きなのかな。


「う、うん……。追う……のはいいんだけど、この二人どうするの?」


「あ……うーん、取り敢えずここに拘束しておこうかな。もしいなかったらたっぷり痛めつけてやらないとだから……ね?」


 ルリはそう言って二人を壁に張り付けると、氷を使い、二人の身動きを完全に封じた。そして魔法陣の上に乗ると、魔力を込めた。


 その瞬間、ルリの姿が消え、それを見た自分も慌てて追いかけたのだった。


 △▼△▼△▼△


「兵の練度がこれまでより格段に劣っていますね。こんな雑兵未満の雑魚を動員しなければならないほどに損耗している……と、素直に受け取っていいのでしょうかね?」


 不思議そうに、サンゴが言う。


 一度全員で集まっての作戦会議と相成ったわけだが、全員が持ち寄った情報はどれも似たような物で、共通していたのはそれだった。どこから駆り出されてきたのかまでは分からないが、出てくる兵がこれまで相手にしてきた『教会』の尖兵らに比べて、圧倒的に弱過ぎたのである。


 ただ弱いだけなら何を疑問に思うこともなかったのだろうが、弱過ぎるともなれば話は別だ。


 何かがおかしい──そう感じていたのはサンゴだけではなかった。


「精鋭を温存しているだけ……という可能性の方が高そうですが、いずれにしても引っ掛かります」


 アジサイが言い、クロユリが頷いた。


「温存しているのだとして、どこに構えているのでしょうかね」


「虱潰しに探していくしかないのでしょうけど……」サクラは周囲を見回す。「この施設内にいるとも限らない、というのが問題なのよね」


「隠れる以外に能が無いのでしょうか……。らしくて結構ですが、不愉快極まりますね」


 仮面の奥、その瞳を細め、サンゴは吐き捨てるように言った。


「そうね。まぁ、取り敢えず──行きましょうか」


 これより先、単独行動は危険だと判断した彼らは、固まるようにして、慎重に、しかし敵を逃がさぬよう迅速に、先へと進んでいくことにした。


 その道中でも、残党が物陰から飛び出て来ては奇襲を仕掛けようとした──しかし、サクラ達の前に立ちはだかる事さえ出来ず、一瞬のうちに切り刻まれ、血の霧と化していった。


 圧倒的な武力を持つ九人の前に、敵は無かった──が、ある程度進んだところで、彼らの足は鈍化した。


 施設内の空気が変わったのだ。


 それまでその場を支配していたのは血腥い、死の臭い。これはサクラ達が手ずから作り出したものだった。


 しかし今感じられるそれは──それが何なのかさえ理解出来ないような、不可解なものであった。


 毒などが撒かれているというわけではない──それくらいであれば仮面が勝手に無効化してくれるため、問題はないのだ。


 だが、そうでないのなら、これは一体何なのか──その答えは、彼らが辿り着いたその場所にあった。


 入り組んだ施設内を進んでいった先、そこにあったのは広い空間──まずサクラ達を出迎えたのは、精鋭らによる一斉攻撃だった。


 敵はやはり戦力を温存していたらしい。


 どこから現れたのか、一瞬のうちに構えると、彼らは抜身の刃物を光らせ、サクラ達に突貫した。


 しかし、サクラ達とて無警戒で踏み込んだのではない──奇襲を仕掛けた精鋭らは、雷に貫かれ、炎に焼かれ、岩に潰され、颶風に吹き飛ばされ壁にぶつかり、首を刎ねられ──それぞれ物言わぬ屍と化していった。


 そしてそれらが片付けられると、奥から怪しげな男達が現れた。


 彼らは一様に白いローブを纏い、フードを深く被っている。その首元では、銀色のネックレスが輝いていた。


 そしてその集団が左右に割れると、コツコツという音と共に、奥から何者かが歩いて出てくる。


「よもや、ここまでか」


 その男は立ち止まると、しわがれた声で言う。杖をついていたが、足腰はしっかりしているようだった。


「あなたがイカンテ派の重鎮……で、合っているのかしら?」


 サクラは剣を振るい、彼らを恫喝しながら尋ねた。風圧が、後ろに控えていたローブの集団を怯ませる。


「重鎮……か。合っていると言えば、そうなのだろうな。私はベイケ。イカンテ様の下で研究を行っている、しがない年寄りだ──さて、私は名乗った。今度はそちらの番だ。ここ数年、我々の手勢を削り、荒らし回っているのは、お前達で合っているのだな?」


「荒している? 失礼なことを言うのね。私達はただ、世界を正しい方向へ導きたいだけ……。けれど確かに、邪魔な連中を排除して回っているという意味では、それで正解よ」


「正しい方向へ……か。今の世界が間違っていると?」


「えぇ。そう言っているのよ。だから総てを滅ぼし、彼を中心とした世界へと作り替える──」


「彼? ……口ぶりからして、そこにいる誰かというわけではないのだろうが……誰の事を言っている?」


「それを言う必要が、果たしてあるのかしら?」


「……ふん」ベイケはつまらなさそうに鼻を鳴らす。「だが、今ある世界を、秩序を、それらを破壊するほどの価値がその人物にあるのか、この会話だけでは分からないからな」


「……それもそうね。けれど、名前だけ言っても分からないでしょう? 面識などないのだから」


「だろうな」


「けれど敢えて言うなら、全知全能。彼はこの世の全てを知っている──そして、今この世界に存在しない事柄さえも、未来含め、その全てを把握している……」サクラは一呼吸置き、続ける。「そして魔神すらをも上回り、その存在を作り替えることすら可能──」


「魔神……だと?」ベイケがその単語に反応を示し、呟いた。「まさかあの時の一件……」


 彼の脳裏に浮かんだのは、突如として出現したという遺跡を探索した、あの日の記憶だった──今でもその時のことは鮮明に思い出せる。


 あの日の事があったからこそ、苦節数十年、ベイケはあと少し届かなかったイカンテ派の上層に、ようやく上り詰めることが出来たのだ。


 そして同時に、かつてこの世界を滅ぼしたとされる古の帝国、それが実在したことも、また一つ証明されたのだ。


 だとすれば当然、忘れられるわけがなかった。


「彼はこの世界を統べるに相応しい──神よ」


 そんなベイケを気にすることもなく、サクラは続けた。その横では他八名が肯定の意を示すように頷いていた。


「大いなる女神アマテューラを差し置いて神を名乗るか」


「それはあなた達が勝手に信奉しているだけの存在でしょう? 我々はそんな神を認めた覚えはない」サクラは首を横に振る。「それに、私達に何をしてくれるわけでもない概念上の存在を有難がるその精神も理解出来ないわね──本当の意味で誰かに救われたことが無い者は、総じてそうなるものなのかしら?」


「神を愚弄するか……!」


「していないわよ。初めから存在していないのだから」


「ふん……、まぁいい。この議論をどこまで続けても、そこに意味はないのだろうからな」


 ベイケはそう言うと、控えていた一人に手で合図を送る。


 そして続けた。


「そろそろ終わらせるとしよう。いい加減、逃げ続けることも出来んのだしな」杖を持ち上げ、そして勢いよく叩きつける。「ここでお前達を葬り、その死をイカンテ様への土産とさせてもらう」


 サクラ達が構えると同時、施設全体が激しく揺れ始めた。


「研究成果のお披露目がこんな形になったことは少々遺憾なものの……、その相手を務めるのがお前達のような強者であることは、幸運に思うべきなのだろうな。良質な記録が取れそうだ」


 そう言って、ベイケは右に視線を向けた。


「何を……」


 サクラ達もそちらへ視線を向ける。


 その瞬間、壁が吹き飛んだ。


「……っ!」


 ドス──ドス──と、大きくゆったりとした足音。


 ドシン──ドシン──という、建物の揺れ響く音。


 そして、人間の絶叫にも似た、呻き声。


 土煙の中から巨大な紫色の腕が突き出ると、それは横に薙ぐように動き、土煙を払った。


 姿を現したのは、人間の数倍の大きさを持ち、筋肉が膨れ上がったような肉体を持つ、まさに異形の化物。


 しかしそれは──あまりに醜く、あまりに惨いものであった。


 打撲痕のような色をしたその全身に浮き出ていたのは、無数の顔──それも魔物や動物ではなく、人間と思しきもの。


「これは……」


 それを見、サクラは思わず呟いた。


「それは擬似的に『災害』を再現したものだ。魔力を多く保有する人間に、魔物の肉やその他諸々を混ぜてある。……とは言え、本来目指していたものと比べると、格段に劣るがな」


「ただの化物ね」


「目指したものが『災害』なのだ。それも当然だろう」


 ベイケは魔道具を取り出すと、それを作動させた。魔道具が赤く怪しげな光を放ち、怪物の瞳もそれに呼応するようにして輝く。


「──やれ」


 そして怪物が動き出すと、彼らは元来た道を引き返していく。サクラ達はそんな彼らに魔法を放ったが、そこに怪物が割り込み、阻害した。怪物は魔法を受けても平気なのか、サクラ達に向けて狂ったように咆哮し、駆けだす。


 逃すわけにもいかないが、しかしサクラ達は一先ずベイケよりも先にこの怪物を処理することを優先させることにした。


 サクラが剣を振るうと、怪物はバラバラに切り刻まれる。


 しかしそれも一瞬の出来事で、瞬きをしたサクラが次に怪物を視認した時には、既にその肉体は再生していたのだった。


「──っ! 来るっ!」


 そして、怪物が腕を振り上げると、サクラは叫んだ──その瞬間、全員が散り散りにその場を離脱した。


 巨腕が振り降ろされると、床が砕け散り、破片が飛び散る。アザミが瞬時にそれを吹き散らすと、サクラとコハクを中心に、サンゴの指示のもと、『擬似災害』討伐戦は幕を開けた。


 △▼△▼△▼△


「ここは……何だろう……」


 魔法陣に乗り、別の場所へと転移を果たした自分とルリだったが、そんな自分達がまず初めにしたことはと言えば、周囲を見回し、首を傾げることであった。そこはどこか古めかしい石壁に囲まれた部屋で、窓などは無く、恐らくはここが地下にあるのだろうということは何となく予想がついた。しかし、そこが具体的にどこなのか、そして何故こんな場所に繋がっているのか、そういったことは何一つ分からなかった。とは言え、分からないのが当たり前で、これで自宅にでも繋がっていようものなら大変なのだから──当然そんなことはつゆほども懸念していなかったが──ここがどこだか見当もつかないというこの状況には、ある意味安心出来たと言えるのかもしれない。


「遺跡……みたいな場所なのかな?」


「その可能性もありそうだけど……でも、そんな場所に賊の頭が居着くかなぁ……」


 ルリは言う。


 確かに、ここが歴史的な遺跡などであるとするならば、場合によっては調査のために人が入ることにもなりかねないわけで、人目につかない場所に居を構えたいような、後ろめたいことのある人間からすれば、塒として選ぶにはあまりにも危険だと言える。


「じゃあ遺跡ではない……のかな」


「だとしてもおかしいんだよねぇ……」


「おかしい?」


「うん。だって、もし遺跡じゃないなら、ただの地下施設か何かだって言うなら、初めから全員ここに連れて来れば良い話じゃない?」


「……確かに。でも、ここがたまたま部屋になってるだけで、後はただ避難通路があるだけっていう可能性は?」


「だとしてもだよ。あんな場所にいるくらいなら、その通路に横穴でも掘って暮らしてる方がまだ安全だと思うんだよね」


「それもそうか……」


 とすると、ここには賊を入れたくないような何かがある──と考えるべきなのだろうか。


「それはそれとしても、これ、戻れるのかな」


 呟き、元来た道──魔法陣に視線を向ける。


「ダメみたい。一方通行しか受け付けてないや」


 ルリが軽く調べ、そう結論付けた。


「じゃあ……新しく頭になったっていう……ベイケだっけ? そいつは、賊を束ねつつ、定期的にここに来る必要があったっていう感じなのかな」


 自分はそう言って、「いや」と、首を横に振った。


「ここに来る必要があったのはそうなんだろうけど、どちらかと言えば、ここに何かを運び込む必要があった……って考える方が自然か」


「何で?」


「だってこれだと、行き道は一瞬だけど、帰り道は結局自分で山まで戻らなきゃいけないわけだから、ここと向こうを繋ぎたい人間の行動としてはやや不自然なんだよ」


 ここから山へは自力で戻っていたのだろうから、別にこんなものがなくとも行き来は可能で、そのための手段は持ち合わせているはずなのだ。


「確かに片道を短縮出来るのは十分なメリットかもしれないけど、だったら、入口と出口は逆にしておくべきじゃない? さっきの二人の話だと、あの部屋には誰も這入るなって言いつけてたわけでしょ? この魔法陣が一方通行しか受け付けてないのなら、こちらから向こうに行けるようにさえしておけば、それでよかったはずなんだよ」


 しかし、そうしてはいない。


 勿論、こちらから向こうに行くための魔法陣が別の部屋に設置されている可能性もあるので、この時点では、この時点までで分かっていることを基にした推論でしかないわけだが。


「なるほど……確かに。流石リュカ様」


「いや……まぁ、それが分かったところで、だから何っていう話でしかないんだけどね……」


 何かを運び込んでいたとして、何を運び込んでいたのかという一番大事な部分が不明だし、仮に金品などを運び込んでいたとして、それを見抜いたから何だという話でしかない。盗賊なら当然、奪ったりした金品は隠しておくものだろうし。だが、それはそれで都合がいいのかもしれない。賞金首狩りは失敗というか不発に終わってしまったが、ここにそういった金品があるのなら、それらを返却するか売却するかして、そのお礼として金銭を受け取ることが出来るかもしれないのだから。


「取り敢えず……そのベイケとか言うのを探そうか」


「そうだね! 頑張るぞー、おー! ぶっ殺すぞー、おー!」


 ルリは拳を天高く二度掲げると、物騒な宣言をした。


 そしてその部屋を出ると、薄暗い通路をまっすぐと進んでいく。分かれ道や部屋などは特になく、やはりこれはただの避難用通路なのではないかと思わされた──が、しかし、どれくらい進んだか、それなりには進んだはずだが、そこで道は途切れた。


 行き止まりである。


「え……。行き止まり……?」


 ならばここは何のための通路と部屋なのか。


 あの魔法陣を踏んでしまった人間を閉じ込めるための空間ということなのだろうか──それであれば別に、瞬間移動の魔法で帰ることは可能なのだし、これといって重大な問題はないのだが。


 しかしそうでなかったとすると、ここまでの何処かに隠し通路的なものがあったということになるのだろうか。ここからそれを探しに戻るのは実に面倒極まる。


「閉じ込められちゃったってこと? 怖ーいっ!」


 全然怖がる様子など感じさせない声色でそう言いながら、ルリが腕に抱きついてくる。顔や体を擦り付けられると、どうにもマーキングをされている気分になる。


「全然怖がってる風には見えないけど。道を探さないと」


 言いつつ、指を立てると、そこに火を灯し、息を止めた。すると、赤々と輝く小さな火が一瞬揺れた。


 それを確認すると、風が吹いてきていると思われる方へ歩いていく。


「これで隠し通路のある場所が分かるってこと?」


「多分ね。おおよその当たりをつけて手当たり次第にぶっ壊せば、隠し通路の一つや二つは出てくるでしょ」


「おぉ……、流石リュカ様」


 ルリは感嘆した様子で言う──何が流石なのかは分からなかったが。


 しかし結果として、秘された通路はすぐに発見することが出来た。多分本来であればこれまた隠されたスイッチなんかを押すなり何なりしてドアを開けなければならなかったのだろうが、そんなものまで探していては夜が明けてしまうので、一気に破壊することで解決させてもらった。


 これが遺跡なのだとすれば何かしらの罪に問われそうな行為だが、閉じ込められたために仕方なく破壊しただけなので、きっと問題はないはずだ──というか、この世界にそのような法はあるのだろうか?


 そしてその隠し通路を進んでいくと、これまたよく分からない部屋に出た。何か色々なものが置いてある、作業部屋のような空間である。資料らしきものなどの広げられた長机、雑に置かれた椅子、壁一面の黒板、並んだガラス瓶に、醸造台のようなもの──薬品の実験でもしていたのだろうか。


 どちらにせよ、その部屋に金品らしきものは見当たらない。


 しかしルリは真剣な表情で、そういった資料などを見ては、それを懐にしまい込んでいた。この際二束三文でもいいから全部回収してしまおうという魂胆だろうか。読めない字なので何が書いてあるのかはさっぱりだったが、確かに、どこか然るべき場所にでも売り払えばそれなりの値がついたりはしそうだ。


「なるほど……そういうことだったんだ……」


 回収し終え、ルリは呟く。


 そして二人で部屋を出ると、入り組んだ道を、何となくの勘で適当に歩いて行った。


 すると、その途中──妙な集団と出くわした。


 やや急ぎ足にも見える、白いローブの集団──彼らは頻りに後方を気にしながら駆けてきたが、こちらの存在に気が付くと、そこで足を止めた。


「な……。先回りされていただと……!」


 先頭の、杖をついた、少ししわがれた声の持ち主がそう言うと、後ろから付いてきていた他の面々が、その人物を護衛するようにして前に出た──その動きだけでも、この中で重要な人物が誰であるのかを言外に示してしまっているわけなので、あまり賢いとは言えないような気はする。


「先回り……?」


 自分達は追って来た側……だよな。


「流石リュカ様! 敵が何処から来るかはとっくに見抜いてたんだね! やっぱり、リュカ様は全てを知っている──!」


「え? ……さぁ?」


 まぁ、そのうち出くわしたりするかな、とは思っていたが、流石に向こうから来るとは思っていなかった。


 しかし、相手はどうにも賊っぽくない。どちらかと言えば、修行僧のような感じだ。


「全てを……」しわがれた声はそう呟く。「そうか……別動隊か」


「別動隊……?」


「多分、サクラ達の事じゃないかな」


 首を傾げると、ルリが耳打ちした。


「ここまで来てるってこと? え、何で?」


「うーん……。僕とは別件で動いてたはずなんだけど……まぁ、この感じだと、ブッキングしちゃった感じかな」


 ルリは呟いた。


 別件──というと、ルリ同様、サクラ達も似たようなことをしていたということなのか。全く、全員揃いも揃って危険なことをしているものだ。しかしまぁ、サクラ達と言っていたわけだから、一人で賊を狩ろうとしていたルリよりは、集団な分、まだ安全なのかもしれない。と言うか、どうせ集団で動くのなら、一人くらいはルリの方に回してやってもいいような気がするのだが、どういう采配なのだろう。賊程度であれば単独でも潰せるという、ルリに対する信頼か、あるいは……いや、変なことを考えるべきではないか。


「ベイケ様……! どうしましょう……!」


「どうするもこうするもない──相手は二人、突破するだけだ!」


「ベイケ……」


 確かにそう聞こえた。


 自分は構え、ルリも構えた──その瞬間、前にいた二人が真下から生えた巨大な氷の棘に貫かれた。頭頂部から棘の先端が突き出し、血が噴き出す。当然そんな攻撃を受けて生きていられるはずもなく、その二人は瞬時に絶命した。白かったローブが次第に赤く染まっていく。


「突破するだけ……? この程度にも反応出来ないような雑魚が群れて、一体何が出来るのかなぁ……?」


「何という構築速度……、それに精度……!」


「凄いでしょ~。でもね、そうやってこっちばかり気にしてると──」ルリは言いながら、魔法を発動させた。「──足元掬われちゃうよ?」


 更に一人、足元に視線を向けた白いローブの人間が、天井から伸びてきた幾本の氷柱に、全身を貫かれた。


「敵の言葉を信じるあたり、意外と純粋なんだ?」


「っ……、お前達、構えろ! 先にあの青いのを潰せ!」


 残った数人が一斉に構え、ルリに向けて集中砲火を試みる。


 ただ、黙って攻撃させるわけにもいかないので、その魔法は全て打ち消させてもらった──適当に魔力を送り込み、相手の魔法をグチャグチャにしてやるだけである。とは言え、これもまだ感覚でやっているだけなので、誰かに教えたりはしていないが。


 イメージとしては、波に波をぶつけて打ち消すということに近しい。しかしこれは、魔法の構築が速い相手には効かないので、正直使い勝手は悪い。ある程度の構築速度を持つ相手には、いっそ打たせた上で対処する方が確実である。


「何と……! 何だ、今のは……! 知らん、知らんぞ……!」


 ベイケとやらは瞠目した。


 そして言う。


「アレの使い所を間違えたか……!」


「アレ?」


 ベイケは手元にあった何かを掲げると、「来い……来い……っ!」と叫んだ。その何かが怪しげな光を放つと、少しして、遠くから何かが近づいて来るような揺れを感じられた。その揺れは段々と大きくなっていく──自分はそちらに気を取られていたが、ルリは淡々と、残りの取り巻きを排除していた。


 これでは自分が何のためについてきたのか分からない。


 そして、それはやってきた。


 壁を突き破り現れたのは、サツマイモのような色をした、全身筋肉質の巨人のような生物。脚があり腕があり頭があるが、とても人型には見えず、全身のいたるところから、人の顔らしきものが浮かんでいた──化物そのものだった。


「何これ……?」


「これは保有魔力量の多い人間に魔物の肉を混ぜて作った──かの『災害』の持つ力を疑似的に再現したものだ……」


「災害……?」


 どこから反応すればいいのやら──驚かされる事ばかりである。


 人間に魔物の肉を混ぜた──それはつまり人体実験のようなことをここでしていたということで、恐らくだが、賊が根城にしていたあの山からは、それに必要な物──人間や魔物などを運び込んでいたということになるのだろう。それだって許されることではないのだろうが、しかし、より重視しなければならないのはその後だ。


『災害』を再現したとはどういうことなのか──どういうつもりなのか。


「ルリ」呼びかけ、ベイケを指差した。「そっちの相手は任せてもいいかな」


「大丈夫だけど……リュカ様はどうするの?」


「これをこの世から消し去る」


「……分かった。雑魚の相手は任せてよ!」


「雑魚……だと……?」


「気を付けてね」


「舐めるな……! そう簡単に討ち取れると思──」


「うん!」


 そう元気に返事をするや否や、ルリの姿が掻き消える。そして、「ごはっ──!」と、ベイケが吹き飛ばされた。腹に飛び蹴りを喰らったようだった。


「さて……と。しかしどう対処したものか」


 一撃、雷を打ち込み、呟く。その雷撃は化物の頭を貫き、大きな穴を開けたが、その穴は瞬時に埋まり、塞がっていった。


 人間であれば即死の攻撃も意味を成さないどころか、その傷が修復されると来たか。『災害』とやらの多くを自分は知らないわけだが、それを再現したものがこれということは、実物はより厄介極まるということになる。尤も、実物は空を飛んでいたという話もあるので、その点でもそうだと言えるわけだが。


 自分はそれから、魔法によって弱点などがあったりするのではないか──刺突、斬撃、殴打など、攻撃の方法によって効き目が変わったりするのではないかと、色々と考えては試してを繰り返したのだが、それを経て言えることは、「どれも同じように効くが、どれも同じように再生によって無効化されてしまう」ということだった。


 それも、向こうからの執拗な攻撃を回避しながらなので、出来ることが少ない。さっきルリがしていたように串刺しにしてしまえば身動きを封じられるのではないかとも考えたのだが、向こうの膂力がこちらの拘束をことごとく破壊してしまうのである。


 いっそ、瞬間移動のためのゲートをわざと出来損ないにして、絶対零度の世界に招待してみるか──受けた傷を無限に回復してしまうと言えど、細胞の働きを完全に停止させてしまいさえすれば、それだって不可能になるはずだ。


 しかし、それをしようにも、誘導が難しい。向こうは命令された通りにこちらを狙ってきてはいるものの、かといって知性が全くないというわけではないのだ。同じ攻撃をし続ければそれを回避しようとするし、それに対する対抗策も勝手に編み出してしまう。


 アレは体の免疫機能か何かなのか?


 いや、適応が早いというべきなのだろう。重ね重ね、そのモデルとなった『災害』は本当に何だというのか。


「しかし……この化物……」


 一度距離を取り、体勢を立て直す。


 そして考える──一瞬で切り刻んでも、大量の穴を開けても、燃やしても凍らせても押し潰してもなお蠢く化物の殺し方を──否、分解の仕方を。


 切り刻み続ければ、穴を開け続ければ、燃やし続け、凍らせ続け、押し潰し続け──つまりは再生に気を取らせ続けることが出来れば、動きを封じること自体は出来るわけだが──いや、絶賛実験中の魔法の中に、ちょうどいいのが一つあったか。ちょうどいいとは言っても、何もこんな状況を想定していたわけでもないのだが、しかしそれが『災害』を相手取ることを想定して実験を進めている魔法であることは事実だ。


 以前から、『災害』に相対するならば核兵器でも持ってきたほうがてっとり早いのではないかというようなことは考えていたのだが、流石に第二のアインシュタインを目指そうとは思えなかったので、というか目指したところでなれるようなものでもないので、自分は結局別の方向から考えていくことにしていたのだ──その結果生み出されたのが、この魔法である。


「太陽擬き……現段階ではそう呼ぶしかないんだけど……」


 掌、その上に浮かんだ小さな橙色の球は、みるみるうちに膨張を始める。


 化物はこちらに向かってくる。今これを放てば、向こうは当然避けるだろう。


 なので、太陽擬きを構えつつ、別の方向から攻撃を畳みかける。化物はそれを回避──その隙にゲートを開き、太陽擬きをそこに放り込む。


 化物が踏み込む。


 自分は化物の足元から氷の棘を生やし、串刺しにした。化物の動きが一瞬止まると、拘束から抜け出そうと、全身を動かし始めた──そこから次の動きには繋げられない。


 そんな化物の真横に、再びゲートは開かれた。


 ゲートから太陽擬きが飛び出すと、死に体の化物に直撃する。太陽擬きはそれを轢くようにして、壁を何枚も突き破り、地中を掘りながら進み続けた。


 そしてそれを追おうと一歩踏み出したその時、後ろから声が掛かった。


「リュカ……?」


 振り返ると、仮面を付けたサクラと、ルリを除く全員がいた。彼らは全員ルリと似たような、それでいてそれぞれ少しずつデザインの違う黒いボディースーツを着用していた。


 以前のような身体のラインが丸分かりになってしまうようなデザインからは脱却したらしい。インナーとしてはアレでも良かったのだろうが、衣服としては少々アレだったからな。


「サクラ。来てたんだね」


「どうして、あなたがここに……?」


 どうしてと言われると、


「……導かれるままに進んだら、自然とここに行き着いたって感じかな」


 そう言うしかなかった。


「そう……よね。ごめんなさい、訊くまでもなかったわ」サクラは何故かそう言って謝った。「……そうだ、ベイケ……ベイケっていう男がいたはずなんだけど、知らないかしら」


「それなら今ルリが戦ってたはずだけど……まだ終わってないのかな」


 そう言うと、サクラがコハクやサザンカ、アザミに指示を出し、向かわせた。多分大丈夫だとは思うが、もしものことがあった際の援護のためだろう。


「それで……さっきの魔法は何?」


「さっきのと言うと……アレは最近完成に近付きつつある魔法で、太陽の力を模したものなんだ」


「太陽を……? まさか、それが……」


「そう。まだ未完成なんだけど、それなりにはやってくれたみたい」


 化物が吹き飛んでいった方へ、視線を向けた。


「も、もう倒したというの?」


「倒した……と言うと、また少し違うかな。まだやらなきゃいけないことがあるから」


「やらなきゃいけないこと……?」


 一つだけ、戦闘中に気が付いたことがある。


 戦闘中と言うか、アレが出てきた段階でなんとなくそんな感じはしていたのだが、戦闘を経て確信に変わったことだ。


 それは、あの化物を作るために使われた人間はまだ生きている──ということである。


 ここまで適当にふらふら歩いてきただけの自分だが、これに関しては、勘などではない。


 ベイケは、保有魔力量の多い人間や魔物の肉を混ぜたというようなことを言っていたわけだが、普通、人間は──否、どんな生物も死ねばそれまでで、生命活動は停止する。すると当然、魔力の行使は不可能になる。その上、体内に蓄積されていた魔力は、時間が経過するごとに体外へと放出され、そのうち完全に抜け切ってしまうのだ──それを上手いこと利用すれば死亡推定時刻を特定出来そうなものだが──それを止める方法でもない限り、その人間がどれだけ高い魔力量を誇っていたとしても、死んでしまえば結局は同じこと。だとすれば当然、その人間には生きていてもらう必要性があるわけだ。


 サクラを連れて歩き、化物の近くまでやってきた。未だ太陽擬きに焼かれては再生してを繰り返している。互角──いや、やや太陽擬きが優勢か。


 そんな化物に狙いを定めると、魔物の部分と人間の部分の切り離しを試みることにした。


 そして、それ自体は数分で終わった。大変に気を使う作業ではあったものの、しかしそれだけだった。以前であればもう少し苦労したりもしたのかもしれないが、これでも日々鍛錬を続けているのだ──これで何の成長もないのでは困る。


 魔物の肉の部分と、人間──この化物においては燃料タンクとでもいうのだろうか──この二つの切り離しが終わると、太陽擬きには魔物の肉ごと消えてもらい、出てきた人間の回収にあたった。


 出て来たのはほとんどが子供だ──子供とは言っても、流石に自分より小さな子はいなかったが。


 しかし、生きているだろうという当初の予想は当たってもいたのだが、欠損が激しい──ここで何が行われていたのか、それをまざまざと見せつけられたようだった──狂っているとしか言いようがない。


 当然、全て治療は施したわけだが、意識が戻る気配はない。こんな場所に置いて帰るわけにもいかないし、かといってこの人達が何処からやってきたのかなどは分からないため、一先ずは屋敷に連れて帰ることとなった。


 どこから持ってきたのか、サクラが大きめの布を用意してくれたので、取り敢えずそれを巻き付けていく。


 そしてその最中に言った。


「サクラ。あんまり危ないことしないでね」


「え……?」


「サクラ達が強いのは知ってはいるけど、やっぱり心配だから」


「心配……」


「しないと思った?」


 サクラは何かを言おうとして口を開き、それを途中で閉じて首を横に振り、そして言った。


「……そうね。それこそ、訊くまでもないことだったわ」


「迷惑だとか手間だとか、そんなものなら全然掛けてもらって構わないんだけど」土の魔法で大きめの担架を作ると、そこに人を乗せていった。「だけど心配だけは……出来るだけさせないで欲しいかな──とは言え、何もしてなくても勝手に心配するんだろうけどさ」


「分かったわ。手を借りるのは……構わないのかしら?」


「それなら構わないよ。大変そうだと思ったらすぐに言う──いつも言ってることでしょ?」


「そうだったわね……。こっち側を持てばいいの?」


「うん、お願い」


 それからしばらく、屋敷への搬送を続けた──後で聞いた話だが、コハク達の増援がルリの下に到着した頃には、ベイケは既に倒されていたという。賞金首として突き出すことは出来なくなってしまったものの、まぁ、頭のおかしな連中を排除することが出来たのだし、化物にされた以外にも囚われていたらしい人を解放することも出来たそうだし、賊の私財らしきものを手に入れることも出来たそうだから、それでよしとするとしよう。


 しかし……。


「そういえばあの二人、まだ凍ってるのかな……。ま、そのうち溶けるかな……」


 夜明け前に屋敷に帰り、静かにベッドの中に潜り込んでから、思い出して呟いたのだった。


 △▼△▼△▼△


 空が薄っすらと明るさを取り戻し始めた、その頃。


「今回の作戦により、イカンテ派の主力は壊滅。全滅とまではいかないけれど、一先ず、『災害』の再現は……まぁ、防ぐことが出来たと言っていいでしょう。そして同時に、ここら一帯は我々が手に入れたも同然の状態になった──」


 広い室内にて、落ち着いた声が流れていた──しかしその声には、その空間を支配するだけの力があった。


 サクラの前には九人が並び、その全員が真剣な面持ちでその声に耳を傾けていた。


「よって今後は、予定されていた計画を進めつつ、次の段階へと移行していくことになる──異論は?」


「ございません。ですが、彼らはどうするのでしょうか?」


 代表して、サンゴが口を開いた。


 彼らというのは、当然ながら、ベイケの研究施設にて保護した数名の事である。彼らは未だ意識を取り戻してはいないため、現在は急ごしらえで用意させた医務室に寝かせてある。本来であれば看病していなければならないのだろうが、調べた結果、体力、魔力、気力、それら全てを使い果たしたことで眠っているだけとのことだったので、どちらにしても、目を覚ますのを待つほかに出来ることは無かったのだった。


「帰る場所のある人間は……何をどこまで知っているのかにもよるけど、そのまま解放してしまって構わないわ」


「よろしいので?」


「殺すわけにもいかないのだから、そうするしかないでしょう?」


「それはそうですが……」


「心配なのは分かるけど、下手に情報を吹き込まなければ、私達の計画が露呈することはないわよ」


「それもそうですね。……それで、帰る場所の無い者、あるいは知り過ぎた者は?」


「本人次第としか言いようがないけど──こちら側に引き入れてしまおうかと」


「そう巧く取り込めますかね?」


「何も取り込む必要はないわよ」サクラは確信めいた口調で言う。「目を覚ませば──いえ、目が覚めれば、すぐにでも、自分の歩むべき道を見出すはずだから」


 その瞳は、とても恍惚としていた。


「なるほど、そういうことですか」サンゴはクツクツと嗤う。「確かにそうかもしれませんね」


「勿論、そうでなかったからどうという話でもないけれど、私はそのつもりよ。何か意見はある?」


 アジサイ達は顔を見合せた。


 特に無いようだった。


「話を戻して──計画の始動は、彼が王都へと向かう頃……それまでに、各々必要なことを済ませておくように。いいわね?」


「はっ!」と、七人の返事が揃う。遅れて、ヒスイが「あぁ」と、気の抜けた返事をした。


 そして、遅れてさえ返事をしなかったものが一名──ルリである。彼は不満そうな顔をして、サクラの顔を見ていた。


「ねぇ。なに良い感じに纏めてくれちゃってるの」


「は?」


「僕に言わなきゃいけないこと、忘れてたりしない?」


「あぁ……、ベイケ以外の連中からも訊きたいことが色々とあったのに、それを勝手に始末してしまった事への注意かしら?」


「違うよ! 全然違う! 確かに流れで殺しちゃったけど、ベイケからはちゃんと必要な情報抜き出してから殺したんだし、別にそれはいいじゃん!」


「よくはないわよ。……それで、何が言いたいの?」


「だから~。……もう、分かってないんだから。リュカ様の事だよ」


「リュカ? 彼が何?」


「リュカ様をあそこまで案内した僕に対する感謝の言葉が聞こえないって言ってるんだよ。もしあの場にリュカ様がいなかったら、全員やられてたかもしれないわけだし? 掛けて然るべき言葉があるんじゃないかなぁって」


「…………」


 リュカがいなければ──やられていたかもしれない。


 その言葉のリュカに当たる部分が、ルリであったり、それ以外の別の人間を指す言葉であったとすれば、サクラは何かしらの反論をしたのかもしれない。


 しかしそれ故に彼女は何も言えず、押し黙った。


 そして一瞬目を閉じ、それから普段通りの表情を浮かべると、


「そうね。ならその分は、さっきのあなたの失態と差し引いてチャラにしておいて」


 と、サクラはそう言った。


「えぇ!?」


 そして、なおも抗議するルリを無視し、サクラは部屋を後にした。戸を閉め、そこで溜息を吐くと、風呂にでも入ってしまおうかと、廊下を歩き始める。


 そんなサクラは、自然と拳を握り締めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ