032
「主ー! 狩り!」
その日。
そう言って正面衝突をかましてきたコハクと共に、町からかなりの距離離れた山を越えた先の森の奥にまでやってきていた。
鬱蒼とした森で、光の魔法を常時発動させていなければあっという間に真っ暗になってしまうほどだ。正に密林という言葉がふさわしい。
木々はどれも背が高く、葉は大きい。遥か頭上では、そのどれもが少しでも多くの太陽光を得ようと熾烈な争いを繰り広げている。
そして。
目の前でも。
獣人のコハクと、何かよく分からない魔物が、その生存権を賭けて熾烈な争いを繰り広げていた。とは言っても、生存権を賭けているのは魔物の方だけだろう。コハク側からすればそれは、ただ虐殺する為だけの狩りなのだから。負けることなど頭から頭にない。
十数頭の魔物の群れは、次々にその命を狩られていく──首を狩られていく。正に一撃必殺。
しかしそれでも、魔物は退かない。どころか、血を噴き出して倒れる仲間を見て、更に激昂していくようだった──そしてコハクに向かって行き、一匹、また一匹と、死を与えられていく。
「終わった!」
と、屍の山の頂点に立つコハクは、血塗れの姿で大きく手を振った。顔には喜色が浮かんでいる。凡そ、殺戮を済ませた後の表情ではない。
とは言うものの、何の意味も目的もなくこんなことをしているのではない。いや、意味はないのかもしれないが、目的はある。
その目的というのが、コハクに対して、ヒスイからクロユリを通して行われた依頼にある。
ヒスイは現在、クロユリの依頼で何かを製作しているらしいのだが、その際に必要な素材などが足りていないと、クロユリにその旨を伝えたのだ。ヒスイとしては、それを理由にクロユリからの指示や催促を無視する算段だったそうだが、クロユリは素材が無いなら取りに行けばいい──否、取りに行かせればいいという、実に分かりやすい考えで以て、ヒスイに足りていないものを吐かせると、コハクにそれを取りに行くよう頼んだのだった。
頼まれたのは、そのほとんどが魔物由来の素材である。ヒスイは最後の抵抗として、すぐには取ってこられないような物を指定した──かぐや姫の無茶ぶりのようなことをしたつもりだったのだろう──が、しかし、現実にあるものを口にしてしまうのは、その場合よろしくない。それはつまり、それさえ持ってくればその頼みを聞き入れると言ってしまったも同然なのだから。
かと言って、全く存在しないものを吐けば、それはそれでどういうことかと詰められる要因になるだけなのだから、どのみち、彼に逃げ道は無かったのだろう。
そんなわけで、コハクに素材集めのお鉢が回ってきたわけだが、そんな彼がぶらぶらと森の外に向かおうとしていたところに自分が鉢合わせ、正面衝突を喰らった上での同行となったのだ。屋敷に入る前、玄関前での出来事なので、自分はそのまま突き飛ばされ、あわや大木と激突させられるところであった。
コハクは食べる。よく食べる。なので当然背も高いし、身体も大きい。自分もそこまで小さいわけではないのだが、それを差し引いてもだ。
それで特に怪我をしなかった自分もなかなかやるのではないかと思わなくもないが、これは慣れによるものだ。昔からこんな感じだったから対処出来たという話でしかない。自惚れてはならない。
しかしまぁ、自惚れられることが出来るような人間になれているのだとすれば、それは少し、嬉しくないでもないが。
「お疲れ」
「次何だっけ!」
そう言われて、コハクが持たされていたメモを見る。そしてペンを取り出し、今狩った魔物の名前に線を引く。今狩り殺されていた魔物はアーティワルと言うらしい。そしてその名前の横には魔物の特徴と、それから狩る際の注意点が記されている。ひたすら首を刈られていたのはそれに従ってのものだった。何に使われるのかは不明だが、毛皮を使ったりするのだろうか。
「えっと、次は……」
次の魔物はベイムターム。名前だけではピンと来ないのだが、確か母親から教えてもらったことがあったはずだ。黒い体に緑色の眼、そして全身に走る複雑な紋様──そんな特徴を持つ大蛇である。狩る際には顔、特に眼を絶対に傷付けるなとあるので、素材として求められているのはその部分なのだろう。それを伝えると、コハクは「あー、アレか!」と言って、森の中を駆け抜けて行った。置いて行かれた形だが、コハクの通った場所には分かり易く跡が残るので、それを辿っていくだけで追いつくことは出来る。なので先に先程狩ったアーティワルの遺骸を屋敷の近くに運んでおくことにした。運ぶとは言っても、ゲートを開き、放り込むだけなのだが。
向こう側が今どうなっているのかは、あまり想像したくない。
それを済ませると、コハクの轍をなぞるように歩いていく。すると、既に交戦中のコハクを見つけた。
ベイムタームは大岩に巻き付くようにしながら、コハクに応戦している。身体に刻まれた紋様が淡く光ると、大きな口から魔法が放たれる。
ベイムタームは風の魔法を使う魔物だ。風を巧く使うことで、その巨体からは信じられないようなスピードを出すことが出来、また、飛び道具などを吹き飛ばすことも可能なのである。
普通の人間であればまず相手にするべからずな魔物なのだが、しかしそこにいるのは人間ではなく、その上獣人という枠からも外れかかっている、コハクという個である。段々と、その勝敗は決しようとしていた。
不利を悟ったベイムタームが大岩から離れ、コハクを押し返そうと暴風を放つ。そしてコハクがバランスを崩すと、その一瞬の隙に逃げ出そうとする。身体の紋様が光り、その速度が上がる。
しかし、コハクは顔をそむけたベイムタームを視認するや、地面を捲り上げるようにして駆け出し、肉薄する。
ベイムタームは気が付く──視界の端に迫る死に。
だが、気が付いてからどうこう出来るような存在ではない。
そして、首が飛んだ。
「お疲れ。怪我とかしてない?」
「大丈夫。あんな長いだけの奴相手に後れを取ったりしないからな」
「長いだけではなかったと思うけど……」即席のコップを作ると、氷と水を注ぎ、差し出した。「取り敢えず水飲んでおきなよ」
「うぃー」
コハクはそれを豪快に飲み干すと、次は何かと尋ねてくる。
「ちょっと待って……」ベイムタームを先程同様ゲートの中に放り込むと、メモ書きを取り出し、線を引きながら次の魔物の名前を読み上げた。「次はマフィラって名前の……赤い大きな眼の魔物みたい」
その横にはまたしても眼を傷つけるなと書いてあった。
また眼か。何を作るつもりなのだろうか。
「マフィ……ラ……。そんなのいたっけかな……?」
首を傾げ、指で頭を突くコハク。上手いこと思い出せないらしい。
「思い出せるまで、取り敢えず歩こうか」
森の中を、木々を払い搔き分けながら進んでいくことに。
「……コハクだけで全部片付いてるけど、僕、ついてくる必要あった?」
「あったと思う。メモ見てもよく分かんないから」
「……因みにさ、初めは一人で来るつもりだったんでしょ? どうするつもりだったの?」
「どうするって?」
「いや、メモ見てもよく分からないんだったら、どうやって魔物を見つける気でいたんだろうと思って」
「あー。まぁ、適当に全部殺して、後で確認すればいいかなって」
「えぇ……」
「だから主が来てくれたのは助かった。持って帰るのも大変だし」
「それならいいんだけど……」
「主は狩らないの?」
「え? いや、別にいいかな……。血生臭いのはあんまり好きじゃないし。平和主義者なんだよ、基本的に」
遠くから一方的に排除すること自体は、必要に応じて行ったりもするのだけれど。しかし真っ向から立ち向かって狩りをすると言うのは、性分に合わない。
「……そういえば、そうだよな──」
と、コハクは言う。
何のことだろうか。
前にそんな話をしたのかもしれない。色々話しているから、何を話したのかもう覚えていない。
「でもまぁ、見てる分には面白さもあるから、これでいいよ」
「なら次はもっとカッコよく狩らないとな!」
「あんまり危ないことはしないでね。大丈夫なのは分かるんだけど」
素の身体能力で水の上を走り、空中で二度三度ジャンプ出来るような身体能力の持ち主なので、何が本人にとっての危険になるのかは分からないのだが、そのあたりは自分で分かっているのだろうから、釘は刺しておかなくてはならないだろう。
「……あ!」
「びっくりした……、何?」
「マフィラ! 思い出した! あのブンブン飛んでる奴だ!」
「ぶ……ブンブン……?」
ゾワリと、嫌なものを感じた。
「そう。滅茶苦茶素早くて追いつけないんだよ」
滅茶苦茶早い。そして追いつけない。
「さっきの奴よりも早いの?」
「比じゃないな。前に狩った時は向こうが疲れ果てて止まるまで、何時間も追い掛け回すことになったんだよ」
「何時間も……」
この場合の「何時間も」は、文字通り何時間もぶっ続けで走り続けたことを意味するのだろう。それだけ体力が持つことにも驚きだが、途中で追いかけるのを止めようとしなかったことにも驚きだ。一時間も追いつけなかったら、普通は諦めたりするものではないのだろうか。
「気が付いたら真っ暗でさ、帰ったらサクラに雷落とされた」
「まぁ、そりゃ怒るだろうね」
「いやぁ……。咄嗟に防御出来たからよかったんだけど、危なかった」
「あ、雷って、比喩じゃなくて本当に雷落とされたの?」
「おう。サクラは怒らせたらやれること全部やってくるからな。主も、怒らせないようにした方がいいぞ」
「……そうだね。気を付けるよ」
サクラが自分に対して怒ったことはこれまでにないが、確かに気を付けたほうがよさそうだ。
「それで? どの辺にいるの?」
そう尋ねると、「確か……あっちだ!」と言って、爆速で駆け抜けて行った。またしても置いて行かれたわけだが、付いて行くべきなのだろうか。
恐らくだが、マフィラという名前の魔物──赤く大きな眼を持ち、ブンブンと音を立てて飛び、その飛翔速度は凄まじく、コハクが全力で追いかけ回しても追いつけない──その正体は蝿なのだろう。
蝿。
蚊だとか虻だとかと同じく、基本的には害虫に区分される虫である。尤も、全てが害虫というわけでもないのだが、好まれない類の虫であることには違いない。
虫。
好きじゃない。ハッキリ言うなら嫌いだ。いや、家に出るような子虫程度なら構わないのだが、しかし魔物として扱われるようなそれは、サイズ感がおかしいのだ。見ているだけで生理的嫌悪感を抑えられない。
だがまぁ、なんにせよ、その場に立ち尽くしているわけにもいかないと、コハクを追いかけることにした。
「ウォォォォォォォォッ!」
しばらく歩くと、稲妻のようにして森の中を駆け回るコハクと、それから逃げ回る、マフィラと思しき魔物がいた。大きな赤い眼に、薄く透けた黒い羽。やはり蝿に近いフォルムをしている。
コハクはどてっ腹をぶち抜こうとしているのか、真横からの攻撃を試みる。しかしマフィラはそれを察知し、速度を上げて回避する。コハクはマフィラの真後ろを通り抜けて行き、奥に生えていた大木に足をつけて──天も地も壁も、重力さえ感じさせなような動きで以て跳ね回る。
コハクは自身の並外れた身体能力に加えて、魔力に依る身体強化や魔法を駆使して追い掛け回しているが、その距離は縮まらない。
コハクが攻撃態勢に映った瞬間、マフィラは速度を上げているのだ。
それが何故か。
視界というものは、生物ごとにそれぞれ違っている。人間の見ているこの光景というのは、無数にある世界の見え方、その一つに過ぎないのだ。
例えば、犬や猫。彼らは人間に比べて、かなり青っぽい、色味の少ない世界の見え方をしている。それ以外はそこまで人間とも変わらないが、そのために、水などを認識しづらかったりする。
例えば、馬や兎。彼らはほぼ全方位を視認することが出来る。その一方で、物体を立体的に視認することを苦手としている。
例えば、一部の蛇。彼らは赤外線を感知し、熱分布を映像として捉えることを可能としている。仕組みとしては、物体が持つ熱に応じて放つ光を色として認識していると言った感じだ。サーモグラフィはここから着想を得ているのである。なので、この鬱蒼とした真夜中同然の森の中でも、蛇は真昼同然に辺りを視認することが出来るのである。その上熱に反応するのだから、隠れることも意味を成さない。先のベイムタームがそうなのかは不明だが、こんな場所に生息しているのだから、恐らくはそうなのだろう。
例えば──蝿。アレは虫らしく複眼を持ち、兎など同様、ほぼ全方位の視野を確保している。
そして、更に特徴的なのは──一秒間のフレームレートが高く、スローモーションで世界を捉えることが出来る、ということだ。それは高速で飛翔しながら、目の前の障害物などにぶつからないようにするためのものなのだろう。
しかし、そこには弱点が存在する。
複眼は動体に対して敏感であり、そして広範囲の視野を確保しているのは、獲物や捕食者を迅速に視認するため──なのだが、真正面に関してはそれがやや甘い。
蝿の視野の中心、そこは動体の検知があまり効かない──いわゆる死角に近い部分なのである。進行方向である正面に関しては、そこにある障害物にさえぶつからなければ問題ないのだから、動体を検知出来る必要が無い、ということなのだろう。
「コハク! 正面に回り込め!」
叫ぶ。
すると、それまでマフィラを追いかけ回していたコハクの動きが変わる。
しかし、真正面に回り込もうとすれば、自ずとその動きを察知されてしまう。マフィラは進行方向を変え、コハクを避ける。
「回り込めない!」
「なら……。分かった、こっちで誘導する!」
コハクと違い、自分はあそこまで素早く動き回れはしない。いや、やろうと思えば出来るのかもしれないが、それよりもやり易い方法はある。
地面に手をつき、土の魔法と光の魔法を合わせる。こうすることで周囲の植物を操れるようになるのだが、こんな森の中だ、動かせる植物は多い──というか、それしかない。
草木を伸ばし、触手のように操り──龍を模して蝿に噛みつかせる。
マフィラはそれを視認し、動きを変える──方向を変える。
その先に、木の枝を伸ばし、集約させた龍を喰いつかせる。
そうして、マフィラを誘導する。コハクの待つ方へ、一直線に。
「コハク! 動きは最小限に──突け!」
マフィラの進む先、そこに待ち構えるコハクに叫んだ。
「ふぅ………………」
コハクは返事をする代わりに目を閉じ、深呼吸をする。
そしてゆっくりと拳を引く。
嫌な予感がして、植物操作を維持しつつ、その場を離れる。
「──ハァッ!」
コハクの引き絞られた拳が解き放たれると、鼓膜の吹き飛ぶような破裂音が、鬱蒼とした森に響き渡った。その音に驚いたのか、鳥のような魔物が大量に飛び立っていった。
しかし危なかった──コハクの拳はマフィラの眼と眼の間、その少し下に命中、発生した衝撃が、マフィラの顔から尻まで一直線に突き抜けていって、そして爆ぜたのだ。お陰でその真後ろは──先ほどまで自分がいた場所は、マフィラの血や体液やらで大変なことになっている。
「主! 狩れた! 狩れたぞー!」
ウォォォォォォォッ──と、コハクは雄叫びを上げ、腕を振り上げた。
「お疲れ。咄嗟の指示でよくやれたね」
「主のお陰……だけど、なんで分かったんだ?」
「サクラには教えたはずなんだけど……というか、コハクも教わってるはずではあるんだけど……。生物にはそれぞれ特徴があるんだよ。人間もエルフも獣人もそうだけど、その特徴は、場合によっては弱点になる」
だから今回はその弱点を突いた形である。勿論、自分の知識の中にある蝿とマフィラが同じ構造であるとも限らなかったのだが、しかしながら、試さないことには何も分からない。
「はぇ~……」
「まぁ、だから、知は力なりってね」
コハクもコハクで優秀ではあるはずなので、後は知識を知識として溜め込むだけでなく、それを必要な場面ですぐに引き出せるように出来ればいいだけだと思うのだけれど。かなり感覚で生きているところがあるので、その辺は苦手らしい。
「……と。さて。これも屋敷に持って帰らないとなんだけど……。コハク、ゲート開くからそれ放り込んでもらってもいい?」
「ん? いいけど、何でだ?」
「いや、何というか、触りたくない」
「他の魔物は触れてたのに?」
「あっちは動物って感じだからいいんだよ。ベイムタームも、でかい蛇って感じでしかないから。けど……」マフィラを見遣り、その残骸ともいうべき遺骸に顔を引き攣らせる。「こっちは異形の虫って感じがして嫌なんだよね……」
「主は虫嫌い?」
「嫌いだね」
ゲートを開き、キッパリと言う。
「何で?」
マフィラの遺骸を放り込むと、コハクは尋ねてきた。
「何で……? うぅん……大体皆嫌いじゃない?」
「……? それは主が嫌いな理由にはならないだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
どうして嫌いなのか、と問われると、そこに明確な答えはない。頑張って考えてみたところで、「何かキモいから」としか答えられないのだ。
一説には、虫という存在は宇宙から飛来した外来生物なのではないか、というものがある。それは生物の進化の過程、つまりはルーツを辿っていく上でのミッシングリンクがそのような説を生み出した原因なわけなのだが……人間が虫に対して特に理由もなく嫌悪感を抱くのは、それが原因なのではないかという話があったはずだ。
地球外生命体に対する恐怖が、虫への嫌悪などに繋がっているのだ、と。
その話を聞いた当時、真偽はともかくとして、自分は少し納得してしまったのを覚えている。宇宙よりの外来種という話に面白みがあったからなのかもしれないが、しかし思ったのだ──もしそうなら宜なるかなと。
尤も、実際のところは、虫という存在の少ない都市部に育ったことがその原因なのだろう。地方の、虫というものが日常の一場面に平気で入り込んでくるような場所に住む人間は、虫への耐性も高くなりがちなのだし。要するに慣れだ。虫に限らず、何事も、慣れが肝要なのである。
ただ、これらは前世から引き継いでしまった感覚だ。なのでその辺りの話をしても、コハクにはよく分からないだろう。
「強いて言うなら……急に飛びかかってくるから……とか?」
なので、取り敢えずでそれっぽい理由付けを行った。
「急に……飛びかかって……」コハクは何故かハッとしたように顔を上げた。「俺とかルリも……たまに主に飛びかかってる……!」
「……。あ、違うよ? 別にコハクとかのことを虫扱いして嫌ってるとかそういう話じゃないよ?」
「そうなのか……」
「うん……まぁ、アレはアレで危ないんだけどね……」メモを取り出し、マフィラの名前に線を引く。「取り敢えず、これでマフィラも討伐完了と」
「次は?」
「次は……ルアホークだね。あと二種類で終わりみたい」
「ルアホーク……」
「鳥系の魔物。灰色の翼に、赤い嘴が特徴だって書いてあるけど」
「あー。アレか。だったら木の上だな」
「木の上? そこから撃ち落とすの?」
「いや、木の上に巣があるから、そこに行って待ってれば向こうから襲ってくる」
「なるほどね」
コハクは木を登る、と言うより駆け上がるようにして、上へと上がっていった。巣がないことを確認すると、木を蹴飛ばして別の木へと移っていく。木が大きく揺れ、葉が落ちる。
そしてそれをしばらく続けて、コハクは数羽のルアホークを持ち帰ってきた。首のあたりを握り潰して絞めたらしい。滅茶苦茶な握力である。
それをまたゲートに放り込むと、コハクは最後の魔物もほんの数分で狩り、持ち帰ってきた。
「これで終わり……か。もういい時間だしそろそろ……と思ったけど、コハク、流石にそのまま帰ったら怒られるよね」
「んー? あー。確かに、軽く落としてからじゃないとぶん殴られるかも」
「ならどこか川でも探して洗い流してから帰ろうか」
「おう!」
と、すぐ近くを流れていた小川を見つけると、そこに飛び込んで行き、コハクは体を洗いにきたことも忘れて遊んでしまっていたのだが、それでも何とか日暮れの前までには屋敷に戻ることが出来た。
コハクに呼ばれて遺骸の山を見せられたクロユリはギョッとしていたが、しかしすぐに切り替えると、ルリを呼びつけ、解体作業を行わせていた。
なかなかえげつない光景だったので、そそくさと、その場を後にしたのだった。
△▼△▼△▼△
コンコンコン──と、扉が三度叩かれる。
「…………」
しかし、返事はない。
再び、ドアがノックされる──先程よりも、やや強めに。
「…………」
それでも返事はなく──ついにドアが蹴破られた。
「ヒスイ。いるのなら返事をしてくれない?」
「……? あぁ……。聞こえてなかった……」
部屋の奥で図面とにらめっこをしていたヒスイが、クロユリの声に反応し、顔を上げた。
「下手な噓を。聞こえないふりをしていたんでしょ」クロユリは部屋に押し入り、抱えていた箱をヒスイの真横に置く。「それで、あなたが言っていた材料、全部集めて来たから」
「集めさせたの間違いだろ……」
「どっちでも同じ。ほら。指定されていたものはきちんとここにあるから、作ってくれるのよね?」
「はぁ……」溜息を吐きつつ、ヒスイ箱を持ち上げ、中身を検め始める。「……まぁ、状態は問題なし……か」
「問題のある物を渡すわけがないでしょ」
「でも……これ集めてきたのコハクだろ……?」
「まぁ……コハクだけで行かせてたらダメになってるものもいくつかあったのかもしれないけど、主様が同行したんだもの。そんなことにはならなかったわよ」
「盟主が……。運がよかったんだな……」手に取っていた素材を箱に戻す。「じゃあ作るけど。……でも、時間は貰う」
「そうでしょうけど。どれくらい?」
「分からない……。まず設計図を描き起こすところからだから……」
「何でそこからなのよ。先に描いておきなさいよ」
「材料も無いうちから描いても無駄になる可能性の方が高い……。そんなに暇じゃない」
「あなたは割と自由に過ごしてるじゃない。何が忙しいのよ」
ヒスイは反論しようと口の中で言葉を転がしていたが、その気力がなくなると「はぁ……」と息を吐き、首を横に振った。
「溜息吐くのやめてくれない? 馬鹿にされてる気がするから」
「はいはい……。それで、機能は前言ってたのと同じでいいのか……?」
以前相談された際に渡されたメモ用紙を取り出しつつ、ヒスイは尋ねる。そこにはクロユリが書き記した機能要件がずらりと並んでいた。
「えぇ。デザインは……無理は言わないから、出来る限りでよろしく。あんまり変なことにならなければ、後はこっちでどうにかするから」
「出来る限り……か」
ヒスイがその目を細め、クロユリを睨みつけた。
「あら……怒った?」
「いや……。期待に沿えるよう頑張ろうと……そう思っただけだ……」
「ならそうして。数は十一個。主様にも見てもらうつもりでいるから、そのつもりで」
「あぁ……」
「それと、スズランが纏めたこっちもよろしく」
クロユリはそう言って、大量の書類をどこからか取り出した。それをヒスイが先程まで睨んでいた図面を被せるようにして置く。紙紐で軽く纏められていたが、それを解けば雪崩れていきそうである。
「……はぁ? こっちは……?」
と、クロユリが持ってきた素材を指差す。
「同時並行よ。計画は全て前倒しになってるんだもの。当たり前でしょ?」
「……一人でやれと?」
「まぁ、暇なの捕まえて手伝わせる分には構わないけど、暇なのはこの屋敷にいないし、もしいたとしても、下手に手伝わせるだけ手間取るだけだと思うけど?」
「無理」
「無理じゃない。やって。事が運べばその分予算は増やすから」
「…………」
確かに、無理ではないのだろう。
この屋敷のルールとして、お互いに無理はさせないというものがある。それに従えば、クロユリはヒスイが処理出来るだけの仕事しか持ってきたりはしないのだろう。この大量の書類だって、中を開けて見れば、存外大したことのない仕事の方が多いのだ。
数が多いだけで、数が箆棒に多いだけで、それだけでしかないのだ。
だがこれを受ければ、しばらくはこれらに従事することになる。自分の開発や研究をすることは不可能になるだろう。無論、皆が忙しいのは知っているし、少しくらいはそれを手伝ってやろうという気持ちが欠片も無いわけではないのだが、しかし物作りに割く時間はそれら全てより優先されるのである。
「どれくらい増やせる……?」
それでも。
予算が増えるという言葉は、かなり効いたのだった。
「それはまだ分からないわ。具体的な数字が出ていないし、それにそもそも、その辺はあなた次第な部分があるから」
「試算で……どれくらいだ」
そう言われ、クロユリは数秒考えこみ、「最低でも今の二倍」と答えた。
「最高で?」
「他との兼ね合いもあるから、そっちは分からないわね。けど三、四倍は超えるはず」
「なら……仕方ない……。さっさと終わらせる……」
ヒスイがそう言うと、クロユリは満足そうに頷き、踵を返す。
「じゃ、頑張って」
「頑張る」
そして、ドアは閉じられたのだった。




