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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第偽話
30/70

030

 家が近づいて来ると、周囲には人が大勢集まっていて、騒ぎは初めの頃よりもかなり大きくなっているようだった。そんな中どんな顔をして帰ればいいのかと悩んだのだが、しかしどのみち家には帰らなければならないのだからと、普通に人の群れに割って入っていった。それまでまだ捜索していない場所はどこかと話し合いをしていた彼らであったが、自分とエレインの姿を認めると、一瞬の静寂の後、「いたぁぁぁぁぁぁ!」と、再び騒ぎ始めた。


 そこからは流れるようにして家に連れ戻され、引くほど怒られた。自分はエレインと、それからついうっかり巻き込んでしまったセシリアを庇いつつ、矢面に立つことにした。お陰でしばらく外には出られなくなりそうだったが、甘んじて受け入れることにした。


 ただ、そんなお叱りは本題の前の前座。フラウドから託された推薦状を取り出し、詳しい事情を話すと、心底驚いた様子を見せた──フラウドが働こうとしていた詐欺などについては、結局詐欺になっていなかったということで、黙っていることにし、それ以外については、話すとまた長くなるということと、エレイン自身に何もなかったということで、推薦状含めて、目を瞑ることにしたのだった。


 それはそれとして、エレインが人間では珍しい精霊魔法の素養を持っていることは、取り敢えず秘されることと相成った。秘されるとは言っても、無闇に言いふらさないというだけの話で、いずれかはバレることでもあるので、あまりガチガチに情報統制を固めようという感じでもない。学園に入学するまでの話だ。その時には否が応でも開示されるのだろうから、それまでトラブルを防ぐことが出来ればそれでいいのだ。


 しかし、学園に入学するまでの間はどうしたものかという話になって、頭を抱えた。それは精霊魔法の事を誰にも言いふらさないという話ではなく、最低限それを使えるようにするためにはどうすればいいのかについてである。当然、母親も自分も、精霊魔法は使えないので、それを教える術はない。エルフの教師を雇えばいいのかとも考えたのだが、つい先頃出会ったあのエルフの事を思い出すと、どうにも賛成は出来ない。というかそもそも、家庭教師を任せられるようなエルフとの関りや繋がりという物が、我が家には──否、人族にはあまり多くないのである。なのでどちらにせよ、その案は没にせざるを得なかった。


 いや、全く手が無いわけではないのだ。サクラはそれを使えないが、サクラが連れてきたアザミというエルフの子。あの子は精霊魔法が使えるのだから、頼めば教えてもらうこと自体は出来ると思うのだが、しかしエレインをあの屋敷にまで連れて行くわけにはいかないし、かと言ってアザミをここまで連れてくるわけにもいかない。


 手間ではあるが、アザミに話を聞いて、それを基に教えていくべきなのだろうか。リアルタイムではないということで、教えるのにはかなりの時間を要しそうだが──しかし二年間もあるのだ。試行錯誤を重ねていけば自力でも使えるようになるかもしれないし、それと合わせればなるようにはなるだろう。希望的観測かもしれないが、そんなものにでも縋ってみるしかあるまい。


 そんなわけで、それについては色々試していこうということでまとまったのだが。


 問題は別にあった。


 これで魔法学園への入学は決まったようなものだと安堵していた母親だったのだが、当のエレインはそれにあまり乗り気ではなかったのだ。


 曰く、「一人で行くのは嫌だ」とのこと。


「そんなことを言われても」と言ったところだったが、しかし──重ね重ね、先のエルフが脳裏に浮かぶ。王都に行って、似たような目に遭ったらと思うと、確かに一人で行かせるのはやや危険かもしれない。いや、流石に世話係としての使用人を雇うなり、今家にいる三人の中から連れて行ったりするのだろうから、一人というわけではないのだが、長期休みでもなければ気軽に帰ってこられるような距離でもないのだから、ほとんど一人きりの生活になることは間違いない。


 その結果。


 自分が今から必要な勉強をして、飛び級を狙うことになった。


 王立魔法学園。ここに入るのはそのほとんどが十五歳の子女になるのだが、皆が皆必ずしも同い年というわけでもなく、一年二年を過ぎてから入学してくる者もいれば、十五になるのを待たずして入って来る者も、数年に一人二人はいるのだという。前世でいう所の大学と同じで、この年齢でなければならないという明確な規則はないのだ。だがしかし、それでも基本的には十五歳を基準として受け入れているため、その年齢から外れているものを受け入れることは稀。採点基準も高くなるため、もしその状態で受かろうと思えば、それこそ抜きんでた才能や、教員らを驚かせるような何かを見せなければならないのだとか。受験資格のあるものなら誰であろうと平等に採点する大学とは違うのだった。


 ただ、条件がその程度の事であるのなら、そこまで難しい話ではないように思えたのだ。これでも年齢の割には魔法が使えるのだし、学の面に関しても、同年代とは恐らく比較にならない。上には上がいるのかもしれないが、しかし現状、下の方が圧倒的に多いのだから、まるで不可能なことではないだろう。エレインに精霊魔法を教え、その上で入学試験のための勉強をしなければならないのだから大変にはなるのだろうが、大したことでもない。それにどうせ、母親の教育方針から考えても、いずれは同じように学園に通うことになるのだから、だったらこのタイミングの方がいいだろう。


 だが、サクラ達はどうしたものだろうか。例え王都に行こうが隣国に行こうが屋敷へは魔法で一瞬なのだが、早いうちに伝えて、今後どうするのかは相談するべきだろう。まぁ、どうするも何も、彼らの生活自体はほとんど変わりようがないのだが。それでもこちらが通える頻度が今以上に下がる可能性もあるのだから、その点含めて、話しておかなければならないことはあるだろう。


 そして、数日が経過して。


 エレインはすっかりいつもの調子を取り戻した。いつもの調子がどんな調子だったかなんていうのは思えば自分自身よく分かってなどいなかったのだけれど、確かにエレインは元気を取り戻した。そして少しだけ、大人になったような気がした。別に見た目が変わったわけでもないので、これは精神的な部分の話なのだろうが、フラウドに何か言われでもしたのだろうか。それならどことなく腹立たしさもあるのだが。


「呼びかければいいの?」


 エレインは自分には見えない何かを指差しながら、尋ねる。


「多分。何かは見えてるんでしょ?」


 今日は朝食を食べ、少し休んだ後、アザミから聞き出した精霊魔法、あるいは祖霊魔法の使い方を基に、エレインに魔法の授業をしているところだった。当然、自分が誰かからそれを教わったなどとは口が裂けても言えないので、あくまで何も知らないフリである。色々やっていたらたまたまその中の一つが上手くいったという体なのだ。


「光みたいなのが見える」


「なら……それに向かってお願いすればいいんじゃないかな」


「お願い……?」


「その精霊がどういうものか分からないから何とも言えないんだけど……。仲がいいわけでもないんだからさ、まずはちゃんと頼んで魔法を使ってみて、関係性を構築していかないと」


 しかし、思えば。


 エレインは精霊を精霊と認識する前から、魔法自体は使っていたのだよな。飛んできたボールを吹き飛ばしてみたり、転びかけたところを引き戻して──いや、違う、その判断を下したのは精霊であって、エレインではないのか。


 だとしたら、エレインが魔法を使えるようになるのはそう遠い話でもないのかもしれない。気まぐれとは言え、精霊にはこれまでも何度か助けてもらっていたわけなのだから。


「えっと……お、お願いします!」


 と、エレインは頭を思い切り下げながら叫んだ──大きな声で頼み込んだのだった。その勢いで、両手が後ろに振り上がる。


「姉ちゃん? それは多分違──」


 流石にそれは違うだろうと。


 そう言おうと、手を伸ばした刹那。


「あ、なんか光った……」


 浮かび上がったのは光の球。昼なのでそこまで目立つものでもなかったが、しかしそれは確かに光っていた。それは自分が起こした光ではなく、確かにエレインが起こしたものであった。


 何も言えず、二人黙ってをそれを見ていると、段々と光は弱まっていき、そして消えた。


 エレインがわなわなと震えながら、こちらを見る。


 無言のまま、微笑んで返した。


 そこにあったのは、僅かな寂しさと、それを覆い尽くすほどの喜びだった。


 まさか魔法を使うたびに頭を下げるわけもないので、その辺については今後矯正していかなければならないのだろうが、今ここでそんなことを言う程に無粋な真似もあるまいと、飛び込んできたエレインを抱擁した。


「やった……! やったわ!」


 凄いね──と、頭を撫でながら言う。


 小さなことでも、なんでもいい。


 ちゃんと褒めて、ちゃんと認めてあげられるようにしなければ。


 これまでもそのつもりでいたが、これからは、それ以上に。


 なんて、果てしなく明るいエレインの笑顔を見ながら、思ったのだった。


 △▼△▼△▼△


 先の拠点襲撃を終えてから数日が経過した、その日の夜の事だった。


「もしこれが本当なら……」


 サクラは深刻に呟く。


 目の前に広げられていたのは膨大な数の資料。それをリルファーダを拷問にかけて引き出した情報などと照らし合わせていき、推測を固めているところだったが、その過程で生まれた一つの可能性により、全員の手が止まっていた。


「……彼は、始めからこれを知っていた……。だからこそ恐れていたのね……」サクラはテーブルに付けていた手を握り締め、眉間に皺をよせた。「『教会』は『災害』を戦力として保有することを目指している──あるいは、『災害』の模造品を作り出そうとしている」


 そしてどっと息を吐くと、後ろの椅子に座り込む。柔らかいクッションがサクラを受け止めた。


「そしてそれは百年以上も前から研究が続けられている……と」


 アジサイが言う──その目は険しく、資料に落とされている。


「少なくともその頃からというだけで、本当はもっと前からという可能性もあるのだけれどね」


 サクラがそう言うと、クロユリが口を開いた。


「しかしそうなると、『災害』という呼称やその存在自体、少し怪しい部分が出てきますね。これは、かつて北の国で起こった『災害』の出現──そこに遺されていた手記に記されていた当時の様子から取って付けられた呼称です。ですが今回こうして、その件自体が『教会』による『災害』を生み出す実験の失敗の結果だったということになると……」


「因果関係が逆になるのよね」サクラは首を一度縦に振った。「歴史上に残る『災害』は、『災害』ではあるけど『災害』ではない。何かを再現し、作り出そうとした結果、『教会』が実験に失敗し、大惨事を招いたのは事実。そしてそうなれば『教会』の存在が表社会に引き摺り出されかねない。故に、彼らは自らの存在を隠蔽するため、証拠や証言を捏造……そして『災害』という伝説的な存在をでっち上げた──そう考えた方が納得はしやすい」


「よく分かりませんね」クロユリは軽く笑い飛ばしながら言った。「その割には、彼らも彼らで『災害』という名称を使っているようですし。どうせなら全く別の名称を持ってくればよかったものを……思いの外しっくり来たからそのまま使ってるんでしょうか」


「かもしれないわね。別にその辺の事情については興味もないけど。ただ確かなのは──」


 と、サクラがアジサイの方にちらと視線を向けると、アジサイは睨みつけていた資料から顔を上げた。


「──これが現在の『教会』の目指すところなのだとしたら、あまり悠長に構えてもいられないかと。何が目的なのか、現段階で判明している情報だけではそこまでを読み取ることも出来ませんが」


「そうね。『災害』を作り出す実験の為に、魔力を多く持つ人間や、エレインのような特殊な人間が狙われているという被害の面から見ても、私達はまずこの研究実験を主導しているイカンテ派から叩き潰す必要があるわ」


 そう言って、サクラは全員の顔を見る。恐らく話を聞いていないと思われるのが二人。いつも通りではあるので、特に気にしない。


「ですが、何をするつもりなのでしょう。『教会』としては、今ある秩序は十分満足に足るものだと思う──と言いますか、寧ろ今ある秩序の保全に心血を注いでもいるわけですし、もし『災害』を戦力として保有するとなると、それを自ら破壊しに向かうことに他ならないと思うのですが」


 アジサイの言うことも尤もだと、サクラは頷く。しかし、考えようによっては、彼らの望む秩序の維持というのは、『災害』を手に入れるまでの話でしかないのかもしれないと、そう捉えることも出来る。


「あるいは、それそのものが目的というわけではない……のかもしれませんね」


 そこで口を開いたサンゴに、近くにいたサザンカがどういう意味かと尋ねた。


「これに関しては仮説の話でしかないのだがね」そう言いつつ、サンゴはサクラへ視線を送った。サクラはその視線に気が付くと、続きを促す。それを受けて、サンゴは続けた。「彼らが再現を試みている『災害』……これがかつて世界を滅ぼしたとされる存在と同一なのではないか……と」


「であれば、目的はその存在そのものにある……と?」


 アジサイは呟くような声で言った。


「可能性の話ですがね。そもそも、かつて滅んだ文明が存在したのかどうかさえよく分かってはいませんし」


 サンゴはそう言ってから、テーブルを離れ、壁際に置いてある小さなサイドテーブルの上の水差しを持ち上げた。トクトクと、グラスに水が注がれていく。


「……なるほど。もしそうなら、『教会』のスタンスとしては、それこそ死力を尽くしてでも……でしょうね」


 アジサイが呟き、髪をかき上げた。


「しかし、何がそんなに奴らを惹き付けるのでしょう……」


 言葉を発したのはクロユリだった。彼女は資料を睨みつけるようにして眺めつつ、首を傾けた。


「そう? 謎の存在によって破滅の途を辿った古代文明──なんて、結構浪漫に溢れてる思うけど?」


 アイマスクを着け、それまで寝ているかのようだったルリが口を開き、そんなことを言った。


「浪漫……ね。確かに、初めはそういう人間の集まりだったのかもしれないわね。『教会』も存外」


 物憂げな顔で、サクラは言う。アジサイがそれに同意するように頷き、そしてルリが再び口を開いた。


「ま、僕らも場合によってはそうなりかねないんだからさ、あんまり馬鹿に出来ないよねぇ」


「そうなりかねない……っていうのは?」


「そのままの意味だけど。目的を見誤れば、例え『教会』を潰したとて、僕らが同じ椅子に座ることになるだけ……。それじゃあダメだってことは、当然分かってるんだろうけどさ」


「……そうね。気を付けないと」


「うんうん。……それで?」


「……?」


「しらばっくれないでよ。今日、リュカ様のところに行ってたんでしょ? サクラ一人で。僕らには全然行かせてくれないくせに。それでリュカ様と話してきたんでしょ? 何話してきたの? 詳しく教えてよ。僕らはあそこまで行けないんだから、それを共有する義務があると思わない? いや、サクラが無いと思ってても、この場にいる全員、少なからず似たようなことを思ってると思うよ? だから、無駄な反感を買わないためにもさ、勿体ぶらずに吐いて欲しいんだけど」


「分かったから畳み掛けないで。うるさい」


「じゃあ教えて」


 サクラは全員を見回し、嘆息した。言葉にはせずとも、全員ルリと同じようなことを考えていたらしいことは、視線で理解出来た。自分が同じ立場であれば、そうしていたであろうことも。


「そもそも、サクラだけがリュカ様の元に通ってるのが気に入らなくもあるんだよねぇ。それに関しては序列とか関係なく持ち回りでやってもいいだろうにさ」


「別にいいわよ。誰にも見つからずに必要な会話だけ済ませて帰ってくる能力があるなら考えてあげるわ」


 低く唸るような声で、サクラは恫喝した。


 そして一呼吸置き。


「そうね……今日話したのは──」


 と、昼間の会話を思い返しながら、話し始めた。


 △▼△▼△▼△


 昼下がりのこと。色々を済ませ、部屋のベッドに座っていたリュカ。上体だけを起こすようにしてボーっとしていた彼だったが、そんな状態をしばらく続けていると、ふわりと、視界の端でカーテンが膨らんだ。リュカは視線を横へとずらしていき、そしてそこにいた人影に声を掛けた。


「あ、来たんだ」


「えぇ。そうでもしないと会えないのだから」


 窓からするりと入り込むと、サクラはそのままリュカに近付いていく。ベッドから降りようとしたリュカを制止し、サクラはベッドに上がると、リュカの横に座り込んだ。


「ごめん」


「別にいいわよ。そっちもそっちで忙しいのは分かるから」


「そっか。まぁ、でも、来てくれて助かったかもしれない」


「……? どういうこと?」


「いや、話しておきたいことがあったというか……」


 その言葉で、サクラに緊張が走る。


 彼の口からこれより紡がれる言葉が、そのままサクラ以下十名の今後の行動指針となるのだ。一言一句、聞き漏らすことは出来ない──許されない。


「何かしら」


「姉ちゃんが二年後、王都にある魔法学園に通うことになってさ。まぁ、それで色々あって、僕も一緒に行くことにしたんだよ」


 サクラは目を見開く。


 リュカが王都へと向かう──それはつまり、計画が次の段階へと進むことを意味している。サクラ達はそれをまだ少し先だと考えていたが、計画を少し早めなくてはならないだろう。クロユリやスズランには少し負担が掛かりそうだと、サクラは脳内でこれからの事を試算する。


「まぁ、魔法を使えばすぐに帰ってこられるから、そこまで問題もないとは思うんだけど……。ただ実際、その学園がどういう風になってるのかをあまり把握してないから、戻る手段があるとはいえ、戻ってこられるかどうかは分からないんだよね」


「……王立魔法学園よね?」


「そうだけど……知ってるの?」


「えぇ。あそこは確か寮制で、授業は朝から昼過ぎまで。まぁ、魔力を使うことを前提としているから、あまり長い時間拘束することも出来ないのでしょうね」


 下手に魔力切れを起こせば、それ以降身動きが出来なくなることもあるのだ。なので、魔法の練習は練習で程々にして、魔力を使い果たすのは寝る前だけ──サクラもリュカに魔法を教わり始めた当初は、そこに気を払うよう言われていた。無理をして痛い目を見てからは、サクラもそれを徹底していた。


「座学よりも実践的な授業の方が多いの?」


「凡そ半々と言ったところかしらね。王立魔法学園は他の魔法学園と違って、研究者を作ることを目的とした機関だから」


「戦力ではなく国力……か」


「それで年に二度、長期の休暇があるわ」


「夏と冬?」


「大体その時期よ。夏には英雄祭があるから、その都合ね。学園の一部教師達はこれに駆り出されるの。冬は……よく分からないけど、里帰りする教師も多いようだから、いずれにしても学校側の都合だと思うわ」


「ふぅん……英雄祭……」


 リュカは意味ありげに呟く。


 英雄祭──それは、古の英雄に武を捧げる、王国主導の祭りである。


 民には娯楽として認識されているが、その実態は『教会』が新たな戦力を手に入れるための場だ。これを阻止出来れば『教会』には大きなダメージを与えることが出来るのだろうが、表向きは国主導の行事でしかないため、手をこまねいているのだった。


 彼は恐らくそれを知って、既に何か策を考えているのだろう。


 サクラはリュカの肩に頭を乗せた。リュカの体温は少しだけ高く、サクラはその温もりを頬で感じた。


「まぁでもそれなら、こっちに戻ってくる分には何も問題はないのか……。課題なんかがあるとまた話は変わるんだろうけど、人目を気にすることが減る分、寧ろこっちには戻ってきやすいくらい……かな」


「こっち……というと、屋敷に?」


「うん。家にいたらそれこそ大騒ぎだからね。……今は外出禁止を喰らってるのもあってあまり行けそうにないけど、その内通う頻度は増やせるようにするよ」


「そう。……嬉しい」


 小さく、けれどギリギリ聞こえるかどうかの声量で言った。聞こえていればいいのに、と思いながら。


「じゃあ、それについてはサクラから言っておいてもらってもいい? 勿論、合格出来たらの話にはなるんだけどさ」


「分かった、言っておくわ。合格出来ないわけが無いとは思うけど」


「そう? 飛び級狙いだから、そう簡単だとも思ってないけど……」


 能力だけで合格出来るわけではない──場合によっては工作活動も視野に入れるべきかと、サクラは考える。


 そんなサクラに、リュカは話題を変えて言った。


「それで、皆は元気にやってるの?」


「そうね。最近は特に元気よ。やる気がありすぎて困るくらいには」


「あはは。まぁ、無理し過ぎたり、空回りさえしなければ、元気なんていくらあっても困らないでしょ」


「そうかもしれないけど……。皆優秀だから、足並みを揃えるのには苦労させられるわ」


 やれやれと、サクラは嘆息する。


 すると。


「しなくていいんじゃない? 子供の足並みなんて、揃えられるものじゃないだろうしさ」


 と、リュカは言った。


「自由にさせたほうがいい……と?」


 サクラは動揺を隠しつつ、訊き返す。


 サクラは自由にしてはいけない存在というものを、彼ら彼女らを通して知っている。ある程度手綱を握っていなければならない存在というものに触れている。故にこそ、リュカのその発言には愕然としたのだった。


「全部が全部じゃないにしてもね──当然、それが必要な場面もあるんだろうし。だけどやっぱり、自分で考えて、やりたいことがあるっていうのなら、それは無理に抑え付ける必要もないと思うよ」


 やりたいこと、したいこと。


 色々あるだろうからさ。


 と、リュカは言うのだった。


「うぅん……」


 それがリュカの意向なのだとすれば、サクラとしてはそう動きたいところだったが──しかし、これに関してだけは、すぐにとは言えなかった。コハクやクロユリ、サザンカやルリは、今すぐ自由にすることは出来ない。場合によってはここにヒスイが加わるので、実に半数が危険人物扱いなのである。


「……なら、折を見て、そうしていくことにするわ」


 サクラは少し声の調子を落としてそう言うと、リュカの手に自身の手をゆっくりと伸ばしていく。


 と、その時。


「リュカー!」


 という、エレインの声と共に、部屋のドアが開かれた。


 リュカは慌ててサクラを隠そうとしたが──隣を見た時には既に、彼女の姿は無かったのだった。


 △▼△▼△▼△


「……これ、もしかして自慢話聞かされてるだけ?」


 話を聞き終えて、ルリが言った。


「自慢話……? あったことを話しただけなのだけれど」


「要らない情報が多いよ。まず始めのベッドに上がり込んだって情報要らないでしょ、今の話の中で」


「詳しくと言ったのはあなたじゃない」


「いや、言ったよ。言ったけどさ。でも違うじゃん。……あのさぁ、サクラ、自分が話してる時のアジサイとかクロユリの表情ちゃんと見てた?」


「え?」


 ルリにそう言われて、サクラが二人の方を見る。すると二人は顔を逸らし、露骨に平静を装い始めた。


「すっごい顔で睨みつけてたよ~? もうこんな感じに──」ルリは顔の中心に皺を作り、これでもかとサクラを睨みつけた。そしてその表情を維持したまま、アジサイとクロユリの方を順に見た。「──女の子がしちゃいけない顔してたよ」


「し、してません。勝手な事を言わないでくれますか?」


「本当よ。流石にそんな表情は……してないから」


 アジサイとクロユリは顔を揉みながらそれを否定したが、周囲からは懐疑的な視線を送られていた。


「まぁでも、スズランでさえムッとしたような顔をしていたところを見るに、相当だと思うよ」


「え、えっ……?」


 ルリがそう言うと、スズランの驚いたような、当惑したような声が聞こえた。


「あれぇ? 気が付いてなかったの? 目線が険しくなってたし、口元が若干震えてたよ」ルリは烏のような笑みを浮かべ、それから表情をいつも通りの笑顔に戻す。「あんまり他人に嫉妬とかをするタイプの人間ではないと思ってたんだけど……。それはそれ、これはこれ──って、そういうこと?」


「う……」


 スズランがおろおろとし始めると、サクラが咳払いを一つ。


「あなたが他人をよく見ていることは分かったわ」


「人の表情は好きだからねぇ。よく見てるんだ」


「まぁでも、その話はその辺にして。重要なのはそこではないのだから」


「そもそもサクラの語り口が生々しいのが原因でしょ」


 そう言い続けるルリを半ば無視する形で、サクラは話を続けた。


「重要なのは──今から二年後、彼が王都へ向かうことよ」


 サクラは重苦しい口調で言う。


「話の中で仰られてましたね。エレイン様のお付という形を装ってということですが、つまり……そういうことだと受け取っても?」


 サンゴは眼鏡を直し、訊く。


「それで問題ないわ。ただそうなると、ここから数年単位で計画を早めることになる……。クロユリとスズランにはかなり負担を掛けることになりそうなのだけれど……大丈夫かしら?」


「問題ありません」


 クロユリは軽く頭を下げながら言い、隣にいたスズランを突っつく。


「私も……えっと、大丈夫だと思います……多分……」


「多分って……。あなたはもう少し自信を持った方がいいわ。やれば大抵のことは出来るのだから」


「あ……、はい……」


 クロユリとスズランには、表社会での資金調達、及びその資金繰りを行ってもらうつもりでいる。今はその準備段階だが、二年後に備え、そろそろ本格化させなくてはならないのだ。


 クロユリはともかくとして、スズランをいつまでもこの調子でいさせるわけにはいかないだろう──ただ慎重なのとも、引っ込み思案なのとも違う、このひたすらな臆病さは。


 そうして、それ以外の各員にも同様に、今後の方針が伝えられると、数人の不満ありげな声を残しながら、話し合いは終わりを迎えた。


 そして、一人、また一人と部屋を後にすると、サクラはその広い部屋に一人残る。窓辺に近付き、手をつく。


 彼女はガラスの冷たさを掌に感じながら、満月を見上げた。


「……我々はあなたの為に。世界をあなたの下に」


 サクラは呟き──笑みを浮かべた。

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