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滅界の花嫁  作者: アブ信者
第霊話
14/70

014

 少しして、八歳になった。


 エレインは十一歳になり、前世であれば小学五年生にもなるということで、子供ながらそれなりに大人びてきている。相変わらずボーっとする癖はあるのだが、原因は未だよく分からない。


 運動能力も随分と上がってきていて、いよいよ基礎体力をつけるための授業から実技的な授業へと進むことになっていた。ここである程度の実力を見せれば、今更ではあるものの、外出の許可はもぎ取れそうであった。それが現実的になってきたことはエレインも自覚していたのか、より一層やる気を見せている。しかし、そのための授業に付き合わされる自分としては、やられ過ぎないように、しかしやり過ぎないようにというギリギリのラインを調整しなければならないということで、かなり神経を削られている。だが、力加減なんかを学ぶという意味でも、いい経験にはなっていると思う。


 学力の方は少しづつの成長だったが、それでもきちんと頑張っている。サクラやコハクと比べてしまうと、どうにも進みが遅いように思えてしまうのだが、前世基準で見れば進みの速度は大体同じなので、何も心配することは無い。母親もそのあたりは心配していないようだった。


 そして、サクラやコハク、それから新しく加わったアジサイについてだが、概ね大きく変わったことはなく、そしてあの小屋の存在がバレたりすることもなく、順調に生活を営んでいる。エンゲル係数はバカみたいに高いのだが、それを補えるだけの収入が父親を経由して自分に流れ込んできているため、現状問題はない──いや、問題はあるのだろうが、その状況自体が問題なのは理解しているのだが。


 サクラは自分が開発した魔法の他にも様々な魔法を作り上げては戦闘力に磨きをかけているようだったし、そういった魔法と剣術や格闘技を融合させるなどの研鑽を重ねている。コハクもまた、日々狩ってくる魔物のサイズが大きくなっていくという成長を見せており、学力的にもかなりのスピードで成長を見せていて、今現在は連立方程式に挑んでいるようだった。


 アジサイに関しては、初めて出会ってからしばらくの間、毎夜あの小屋を訪れては補完に補完を重ねた実質二次創作のような童話を語って聞かせ、信用を勝ち取ることに成功した。文字の方もちょっとずつではあるが覚えている様子で、最近では簡単な会話なら筆談が出来るようにまでなったと聞いている。それを聞いて、なら絵本でも作ってあげようかと思い、今は未熟ながら絵の具とペンを持ってはそれらの制作に勤しんでいる。絵に自身は無かったのだが、紙の質や絵の具の質があまり優れていなかったということで、どこかぼやけた幻想的な雰囲気の絵本には仕上がってきているのだった。


 そして、自分が八歳になったということで、出来ることが増え、やらなければならないことが出来たということで、再度サクラの下を訪れ、作戦会議でもないが、話し合いをしていた──内容は当然、アンデッドの棲まう森を抜け、幽霊屋敷から家宝とやらを持ち出し、それを差し出す代わりに家を貰うという計画についてである。


 戦力としては、サクラは当初自分とコハクを含めた三人で向かう算段だったらしいのだが、そうなるとこの小屋にはアジサイが一人置いて行かれてしまうことになるということで考え直させ、自分とサクラだけが向かうということに決定した。


 コハクはもしかしたら同行したがるかなと思っていたのだが、事情を説明するとすんなり引き下がったので驚かされた。サクラ相手にわがままを言ったり、魔物相手に暴れまわったりしていても、そういったところの状況判断はきちんと出来ているらしい。留守の間アジサイのことは必ず護ると、頼もしい返事をしてくれた。


「にしても……家宝ってどんなものなの? 二人で運べる?」


「多分。紋章が入ったペンダントが一つと、宝玉の埋め込まれた魔道具が一つという話だったから、そこまで重い物じゃないはずよ。それ以外にも宝の類があれば回収してきてほしいという内容ではあったけど、別になくても文句は言わないみたい」


「あと人形って話じゃなかった?」


「それはあくまでもついでの話。まぁ、追加報酬もあるようだから探してはみるけれど」


 サクラはそう言うが、大事にしてたものらしいのだし、せっかくなら見つけてあげたいものだ。相手の顔も知らないが。


「でも、その家宝自体が既に持ち去られてたり紛失してたりしたら、その場合はどうするんだろうか」


「その場合は依頼未達成で報酬は無くなるけど……。その時は仕方がないから、それ以外のものを持っていくことにしましょうか。もしかしたら何かしらは貰えるかもしれないのだし」


「何がなんでもって感じだね」


「せっかくなら個室のある家が欲しいもの。そうは見えないかもしれないけど、これでも結構やる気十分なのよ?」


「そうなんだ」


 割合、珍しいテンションなように思えた。


 しかし、かくいう自分も、アンデッドと戦うとなれば話は別だが、この宝探しと肝試しが融合したような依頼内容に、結構ワクワクしていたりする。


「この小屋にも思い入れはあるけど……引っ越しにも憧れるのよね」


「引っ越しか……。でも、あまり楽観視も出来ないんじゃない? アンデッドが発生するようになった原因が分からないままだと、結局その家には住めたもんじゃないんだろうから」


「勿論分かってはいるわ。屋敷の中を捜索して、それでもダメなら森中捜索するつもりよ。何処かにはあるはずなのだから」


「何処かには……ねぇ」


「心配せずとも、いざという時にはあなたが教えてくれた魔法で逃げてしまえばいいだけじゃない。アンデッドと正面から対峙せずとも、逃げ回って原因だけ潰してしまえば同じことよ」


 瞬間移動の魔法。


 サクラは結局、あの一回の説明だけで完璧にそれを再現することに成功していた。それを見て、自分の立場がないなと思わされる一方で、尊敬の念を向けられると、これからもそうあれるよう頑張ろうという気になったりもする。


 今はまだ追い抜かれたくはない。いつかはそうなるのかもしれないが、前世の記憶を持ってズルをしている今の時点で抜かされてしまうと、本当に立場がないのだ。無論、それは自分が勝手にそう思っているだけに過ぎないのだが、そういった劣等感は周囲が生み出すよりも自分が生み出すことの方が多い。そして、自分が生み出す劣等感には歯止めが効かない。


 頑張らねば。


「でもさ……根本的な話になるんだけど……」


 と、事に当たる際の憂いは消せたということで、別の話に。


「組合に今から行ったとして、そのままその依頼を受けることって出来るの?」


「……?」


 未だに解決のなされていない依頼とは言え、領主が──貴族が絡んでいる依頼だ。


 それを子供がいきなり行って引き受けさせてもらえるものなのだろうか──それはないだろう。子供と言うだけで基本的な能力が疑われてしまうのは避けようのない事なのだ。


「まずは地道に出来ることからやっていって、少しでも信用を得るべきじゃないのかなって」


「……それも分かるのだけど、ならその信頼って、どれくらい積めればいいのかしら」


「どれくらいって言われると……だけど。それでも最低限、責任感を持ってきちんと仕事に臨める人間だっていうことは示さないとダメじゃない?」


「……それもそうね。けどそうなると、またしばらく時間がかかりそうね」


「まぁ、一回二回で勝ち取れるものじゃないからね。それに子供だっていうので、相手は相当期待を低くするはずだから。……まぁ、それより先に追い返される可能性もあるけど」


 登録が出来るとは言え、依頼を引き受けさせてもらえるかどうかまでは保証されていない。だとすれば、子供の遊び場じゃないとかなんとか、そう言われて追い返される可能性はある──と言うか、その可能性の方が高い。そうなったら潔く諦めるか、もしくは依頼を受けずに屋敷に乗り込んで家宝を回収し、それを持って領主と取引をするという手も視野に入るのだが、それは後々トラブルになる可能性が高いので、可能な限り避けたい。


「でも……これで数年掛かるようなら、それこそ何もせずに時間が経過するのを待つのも同じことに思えるのだけれど」


「それは違うでしょ。子供のころからちゃんと仕事してる姿を見せておけば、大人になってもその信用は保持し続けられるんだから。確かに子供は責任感だとか能力の面で信用してもらえないけど、だからと言って、大人なら無条件に信用してもらえるわけでもないんだし。そこはやっぱり積み重ねがものを言うよ」


 アジサイから勝ち得た信用もそうだ。アジサイはサクラに懐いていたが、そのサクラと仲良くしているだけの自分に対しては警戒していたのだ。無論、自分がサクラと全く関係の無い人間だった場合の事を思うと、その場合よりは警戒心も薄かったのかもしれないが、だからと言って無条件に信用してくれたりはしなかったし、それが普通だ。


「なんにせよ、行ってみない事には分からないんだけどさ。いつ行くつもりでいるの?」


「私はいつでもいいわよ。あなたの空いてる日ならいつでも」


「空いてる日か……。なら、準備も含めて二日後でいい?」


 何が必要になるかは不明だが、だからこそ準備は万全にしておきたい。


 しかし、アンデッド相手に必要なものと言うと何だろう。


 十字架や聖水でも持っておけばいいのだろうか。それとも、数珠やら塩やら火打石などだろうか。


 十字架や数珠などはともかくとして、聖水とは具体的に何を指すのだろう──前世ではローマ・カトリックの神父が清浄な水に天然の塩を混ぜて十字を切っただけのものだったと記憶しているのだが、それでいいのだろうか。


 けど、それはあくまで宗教的な話でしかなかったからそれでよかったというだけで、実際にアンデッドやら何やらが存在する世界で食塩水を武器にすると言うのは現実的ではないし、正気でもない。それに何というか、家で食塩水を作って持っていくというのは、カブトムシを取りに行く為に砂糖水を作って持っていく小学生とほとんど変わらないような気がする。


 と、そこまで考えて、一つ思い出したことがあった。


 光の魔法である。アレを水の魔法に混ぜた際には治癒の水が出来上がったものだが、アレが使えたりしないだろうか。光と言うと聖なる力が籠っていそうな気がするし、怪我を治す以外にも、除霊や魔除けの力があったりするかもしれない。試してみないことには何とも言えないが、しかしまぁ、最悪頭を潰せば動かなくはなるのだろうから、石礫を飛ばして吹き飛ばすなり、ウォータージェットカッターで貫くなり、やりようはあるだろう。


 しかし。


「…………」


「?」


 レイスがいるという噂があると聞いていたが、生霊に水を掛けることは出来るのだろうか。


 実体を持たない者に、物理的な対処が有効なのだろうか。


 というか、そもそもの話。


「サクラ。レイスがいるって話だけど……アレってどこまでが本当の話だとか、分かる?」


 この間は本題ではないからとスルーしたが、森に這入ろうという今になってもそれをそのままにしておくことは出来ないだろう。


「あくまで噂程度の話よ? 本当かどうかすら分からないし、流石にそこまでは調べようがなかったわ」


 噂程度。


 話半分。


 真偽は不明。


 だとすれば、なるほど確かに、サクラの言う通りだった。だがこの場合重要なのは、レイスがいるかどうか、その真偽ではないだろう──と、言ってから気が付いた。大事なのは、これが実在した場合に考えられる事の方だ。


「実在した場合?」


「まぁ、実体がないものに対して実在って言い方もおかしいんだけど……。でももしこれがいた場合……」


 サクラは言っていた。『何かの儀式に失敗したんじゃないかとか、恨みを持つ者による怨恨じゃないのかとか──』と。噂が錯綜しているという話ではあったが、こういった話の中に、もし事実に近いものがあったのなら。その時、考えられる事はいくつかある。


「このレイスがアンデッドの発生原因になっている……っていうのが、まず一つ」


「……レイスがアンデッドの発生原因? でもそんなの聞いたことないわよ?」


「そう。でも言ってたよね? 巨大なレイスを見たっていう話があったって」


「えぇ。……もしかして、レイスではなかった、と?」


「その可能性もあるっていう話。自分の知らない全く別の存在を、自分の知っている何かに結び付けるというのは、人間がよくやりがちなことだから。だからそのレイスに似た何かが、アンデッドの親玉の可能性がある」


 当然、これも推測でしかないのだが。


 しかしそう考えれば、やや思考放棄にも近いが、何でもなかった森がある時急にアンデッドの発生地帯へと変貌したというのにも納得がいく──否、納得するしかなくなるのだ。レイスであれば違うと言えたことも、そうでないならその可能性が出てくるのだから──勿論、その正体が何であるのかにもよるのだろうが。


「もう一つは、何者かによる犯行の可能性かな。何らかの手法であの森をアンデッドの発生地帯にした犯人がいて、その結果としてレイスが出たっていう話でも、一応筋は通る。けどその場合、その犯人を捜さないといけなくなるかもしれないから……どの道、苦労はさせられる」


 苦労させられるというか、解決が不可能になる可能性さえあり得る──仮にそれを可能にするような呪術だとか禁術だとかが存在したとして、その術師を特定する術を持ち合わせてはいないのだから。


「何者か……怨恨の類かしら?」


「かもしれない。そういえば、その先代領主達は、どうやって死んだの? どうやってっていうか、死因は?」


「それが分からないのよね。前にも話したけど──」


 これは以前にも聞いた話だったが、死体は一度回収され、屋敷を離れている。しかし、その途中でアンデッドに襲われ、屋敷を調査しに向かったメンバーは一人を除き全滅。その際逃げた一人が怪我をした状態で死体を運べるはずもなかったので、恐らくその時点でアンデッドに喰われているものとみて間違いない。


「それに──」


 更に、逃げてきた一人は治療を試み、回復を待っている最中に息を引き取ったとのことで、先代領主夫妻が死亡していたという情報以外、どのような死に方をしていたのか、現場はどのような状態であったのか、何もかも分からないという状態である。そんな状態のまま、アンデッドが出る森には誰も近付かないということで、数年が経過してしまっている。最早、当時の状況は誰にも分らないのだ。


「死因が分からないとなると……それ自体はアンデッドが関係してない可能性もあるんだよな」


「どういうこと?」


「それぞれが別の事柄であるっていう可能性だよ。アンデッドがいるから、先代領主もそのアンデッドに殺されたんだって思える。けど、そうじゃないかもしれない。そう思うように誘導するための策でしかなくて、それ自体は全く関与してこない可能性も考えられる」


「…………」


「誰かと揉めて、その末に殺して、証拠の隠滅のためにアンデッドを放った、あるいはあの場所をアンデッドの発生地帯へと変えたっていう……まぁ、証拠隠滅にしては大掛かりが過ぎるけど、その方法さえ存在するのなら、不可能ではない」


「……そこまでするものかしら」


「推測でしかないから、実際のところは分からないけどね。けど、人を殺してしまった人間は、それを隠すためなら何をしてもおかしくない」


「でもその場合……」


「そう。推測でしかないけど──これまで屋敷に家宝を回収しに向かった人間が誰一人帰ってきていない理由が、少し変わってくる」


 サクラは険しい顔をして、背筋を伸ばした。


「詮索を恐れて、森に這入った人間を消している……というの?」


「推測だよ? 推測だけど、依頼が受注されればそれは分かるからね。後をつけて後ろから刺すなり、罠を張ってそこまで誘導するなり、やろうと思えば出来る」


「なら、その辺も注意しておかないといけないわね」


「うん、推測だけどね。注意するっていうか、まぁ、そうなったら一回逃げるんだけど」


 考え過ぎて何が何だかよく分からなくなってしまったということで、そこでいったん話を切った。


 レイスや他のアンデッドに関しては、また後で書斎にでも行って調べておくことにしよう。見た目だとかそれ以外の特徴だとか、あとは弱点なども分かればいいのだが。


 サクラが茶を淹れに行ったので、その間に持ってきていた菓子を箱から取り出し、切り分けておくことに。本当は来た時に出しておくべきだったのだろうが、すっかり忘れてしまっていた。


 持ってきていたのは、屋敷を出る前にドライフルーツで作ったパウンドケーキである。結構簡単に作ることの出来るシンプルな菓子ではあるのだが、流石に火加減までは自分だけでは出来ず、料理人のウォルトに手伝ってもらうことになった。それもあったので、結局家の人間が全員食べられるよう大量に焼き上げる必要があったのだが、そのうちの一本をこうしてここに持ってきていたのだった。


 パウンドケーキを切り分けていると、話が終わったことで邪魔をする心配がないと考えたのか、アジサイがおずおずといった様子で近付いて来た。そして、切り分けられている最中のケーキを興味深そうに見ていた。匂いはしているので、これが何かは分からずとも、美味しいものだということは分かっているのだろう。


 しかし、アジサイはこれまでこういった物を食べたことは──ないだろうな。


 まずそもそも砂糖が高級品だし、牛乳や卵だってそう気軽に使えるものではない──我が家はそれなりに潤ってきているからある程度仕入れることも可能にはなったが、それでも湯水のごとく使えるようなものではないのだ、普通の村で暮らしているような人間が、砂糖などを菓子にして消費するというのは難しい。流通量が増えれば価格も下がるのだろうが、前世のような大量生産の手段や物流システムもないこの世界では、その辺を期待することは出来ない。瞬間移動の魔法を広めればその辺も期待出来るかもしれないとは考えたが、悪用されるだけで終わりそうだ。ノーベル氏のようにはなりたくない。


「そういえばコハクはどこ行ったの?」


 切り分けて皿に載せると、来た時はいたはずのコハクを探し、首を回した。


「話の途中でどこかに出かけたわよ? また狩りでもしてるんじゃないかしら」


「……そうだったんだ」


 気が付かなかった。


 サクラはアジサイを席に着かせると、カップを並べ、茶を注いでいった。それが淹れ終わると、アジサイはフォークを手に取り、パウンドケーキを食べ始める。顔をキラキラとさせていたので、味については訊くまでもないのだろう。また作って持ってこようと思った。しかし、今回大量に焼き上げたことで相当量の砂糖を消費してしまっていて、それを知った女性陣からしばらくは控えようというような雰囲気が漂っていたので、次に持ってこられるのはいつになる事やら。全てが上手くいけばその頃には既に新しい家を手に入れられているのだろうから、材料だけ用意してそちらで焼き上げるのがいいのかもしれない。


 パウンドケーキをフォークで小さく切り、口に含む。そして少し乾いた口を潤すように、茶を飲んだ。


 それにしても、新しい家か。


 自分も初めて実家を出た時は、どこかワクワクとした、興奮にも似たような感情を抱いていたのを記憶している──それがどうしてだったのか、その当時は分からなかったが、自覚していなかったというだけで、家庭内での窮屈さは感じていたから、それから解放されることに内心喜んでいたのだろうか。


 結局、どこまで行っても、自分の影は途切れることなく自分の足元に引っ付き続けていたわけだが。


「そういえばサクラ。今って家事の分担はどうしてるの?」


 初めて一人暮らしをした時のことを思い出し、少し気になったことを尋ねた。


「……?」


 すると、サクラは少し咀嚼し、口の中の物を飲み下してから言った。


「私がやっているけど」


「え……全部?」


「全部……って?」


「洗濯とか、掃除とか、料理とか」


「え、えぇ……。それは、私がやっているけど」


「コハクは?」


「あの子は……勉強が終わったら狩りに行ってるわね。自分で獲りに行かせないと足りなくなるから」


 そこまで聞いて、思わず黙った。


 サクラの負担が大きすぎる。


 サクラは現状、コハクやアジサイに物を教えて鍛え上げ、その上で家事をこなし、そして、それ以外の事も行っている──ということになるのだが、どういうスケジュールで活動しているのだろうか。夜になれば寝ていることは分かっているので、流石に睡眠時間を削ったりしているとは思っていないのだが、そうではないと思いたいのだが、それにしたって負荷が大きい。


 少し前に「大丈夫と言っていられるうちに助けを求めるべきだ」というようなことを言ったはずなのだが、これではまるで改善していない。勉強などに関しては自分でも協力出来ることはしているつもりなのだが、それ以外のことはおくびにも出さないので、てっきりうまく回しているものとばかり思っていた。迂闊だった。


「……分かった。ルールを決めよう」


「ルール?」


「現状問題はなさそうだし、サクラ一人でも家事は回るのかもしれない。けど、だからと言ってそれを続けさせるわけにもいかないから、ルール……いや、規則を定めることにする」


「どう違うの?」


「より……厳格さが出る」


 特に何も考えておらず、適当に返した。するとサクラは瞬きをして、目線を泳がせてから尋ねてきた。


「……どういう規則なの?」


「まぁ、いくつか決めなきゃなんだろうけど……。まず第一に、無理は禁物。助けはすぐに求めること」


「いつも言ってることね」


「それから、役割分担はきちんとすること。自分一人で出来るからって、他の人に何もさせないのは違う。きちんと仕事を割り振って、その上で余裕のある人がフォローに入るようにするべき」


「……でも、自分でやったほうが早いこともあるじゃない?」


 と、サクラは首を傾げて言う。


 ありがちな思考回路だ──自分で出来るのだから、わざわざ誰かにやらせる必要はないではないか、という考えは、誰しもが持ち合わせている。


 しかし、それには際限がないのだ。特に、サクラのような、何でも一人で出来てしまうような人間にとっては、全てがそれの対象になってしまうのである。一つ一つは大したことがないように思え、それ故に「これくらいは」と対処を重ねていき、気が付けばそれがとてつもなく大きな山と化していることは、決して珍しいことではない。


 ただ、それでは他の人間がまるで育たないのだ。そしてその状態でその人が折れると、全員が巻き添えを食らうことになる。


「些細なことだといちいち頼むほうが面倒ではあるし、全部をそうしろとは言わないけど……でも、協力出来るところは協力すべき」


「分かったわ。でもそうなると、コハクとアジサイにも改めて家事を教えないとダメね」


「それはこっちでやっておくから」


「え? でも……」


「いいから」


 それをやらせてしまうと、この二人がきちんと出来るようになるまではと言って、結局一人で全部を抱え込んでしまいそうだ。しかも、今抱え込んでいる物の上に、家事を教え込むという新たな負担がのしかかった状態になるのだから、それは避けなくてはならない。


「なら任せるわ。……それで? 規則はそれ以外にもあるのかしら?」


「まぁ、今は……これだけにしておこうかな」


 あくまでもサクラの無理な行動を制限するためのものでしかないのだ。それ以外のことは必要になったらその時初めて追加していけばいい。


 と、その時、小屋のドアが勢いよく開いた。アジサイが怯えたように跳ね上がり、ドアの方を見た。それに釣られて、自分とサクラもまた、その視線を入り口に動かす。


 どうやら狩りに出ていたコハクが帰宅したらしい。顔は血塗れで、手足は泥塗れ。自分が来ていること知るや、手を上げて挨拶し、そのまま家に入ろうとして来たのだが、その姿を見て、ルールをいくつか追加しておくことにした。


 サクラが発動させた水の魔法で小屋の外に吹き飛ばされたコハクに向けて、


「汚れたまま家に入らない! 帰ってきたら手洗いとうがいをする! それから、ドアはゆっくり開けること! 以上!」


 そう叫んだ。

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