012
エレインの周辺で怪奇現象が起こったということで、それが何だったのかを考えつつ、室内へと戻る。
汚れてもいいようにと上から着ていた服を脱ぐと、それをセシリアに渡す。セシリアはエレインの分と自分の分の服を籠に入れると、洗濯をしに向かった。
もう時刻は昼前で、厨房の方からは昼食を作る、なんとも子気味良い音が聞こえる。料理をしているのは元料理人の男で、名前をウォルトという。料理という繊細な作業をしている割にこれがまた筋骨隆々の強面で、初めて顔を合わせた時は強盗に入られたのかと大声を上げてしまった事があるのは、今となってはいい思い出だ──向こうがどう思っているかは知らないが。
父親とは昔馴染みなのだそうで、ウォルトが王都の料理屋を顔が原因でクビにされたところを、当時商人として軌道に乗っていた父親が拾って帰ってきたのだとか。それからはこの家で料理をしているのだが、王都で働けていただけあって腕は一流だ。たまに自分が食べたいと思って作る前世の料理なんかも、一度食べればその味を再現し、その上で軽く越えてくるのだから、料理に対する熱量も高い。
ただ、料理に関しては非常に厳しくもあり、今みたいな外から戻って来たばかりの状態で厨房に入ろうとしようものなら、眉間に包丁が飛ん出来ても文句は言えない。
なのでそんな厨房を黙って通り過ぎると、尚も考え事をしながら風呂場へ向かう。暑くならないようにと朝早くから始まった外での体育だったが、流石に終わるころには温かくなっていて、それも厚着をしていたことでかなり汗だくである。なので、新陳代謝が良いのだと好意的に受け取りつつ、食事前にそれだけ流しておこうという次第である。
そして歩きつつ、呟く。
「やっぱこの屋敷……過去に誰か死んでるんじゃ……」
森の中には古びた小屋があったのだし、少なくともその頃から人は住んでいたと考えていい。両親がこの屋敷を買ったのは兄が生まれる少し前だという話だったから、大体今から二十年ほど前の頃だ。あの小屋がそれ以降に立てられたのだとは思えない。もしそうなのだとして、わざわざあんな場所に立てる理由がないし、使っているならまだしも、放棄している理由が分からない。
だからアレはそれ以前、つまりは前の持ち主が建てたのだろうと推測出来る。そう、この屋敷がいつ頃建てられたのかは分からないが、しかし確実に我が家以前に持ち主がいたはずなのだ。
「まさか……その霊が……? うぅん……、おっと!」
と、後ろから何かが衝突してきたことで、思考が中断された。セシリアが廊下を走ってこけたのかと思ったが、後ろにいたのはエレインだった。
「何?」
「何って、リュカが何してるのか気になったから」
「あぁ、動いて汗かいたからお風呂にでも入っておこうと思って」
「そうなの。……確かにそうね! 一緒に入りましょ!」
と、エレインは自身の状態を確認すると、腕を掴んで歩き始めた。そうして、道中通りがかったネルに着替えの服を用意しておくように言付けてから、風呂場へと向かった。
もうそろそろ恥じらいだとかを持ち始めるのかと思っていたのだが、エレインは今に至るまで大体この調子だ。兄弟姉妹などはいなかったからその辺のことまでは分からないのだが──あの家に自分以外の子供がいなかったのはある意味で運がよかったと言えるのだろうが──家族であればこんなものなのだろうか。それか単に、自分より幼い弟の世話をするのを楽しんでいるだけなのかもしれない。そう思うと微笑ましいが。
しかし、ちょうどいい。さっきエレインに何が起こっていたのかを知るためにも、少し尋ねてみることにしよう。
「ねぇ、姉ちゃん」
「どうしたの? 脱げなくなっちゃった?」
「違うけど。そうじゃなくて、姉ちゃんって、幽霊視えたりする?」
「ゆーれい?」
「お化けって意味だよ」
幽霊の意味を教えてやると、エレインが固まった。
「な、なんで……?」
「え? いや、もしかしたらこの家にいるんじゃないかって思って」
エレインにはこれが視えているのではないか、という可能性。
そして、この幽霊がエレインに干渉しているのでは、という疑念。
まぁ、もしそうだったところで、現状害を及ぼしていないどころか、エレインを助けるようなことしかしていないのだから、霊媒師を呼ん出来て除霊をという話でもないのだが、というかそもそもこの世界に霊媒師なる者がいるのかどうかも分からないのだが、気になるものはやはり気になるものなのだった。
「……リュカ?」
服を脱いだことで少し乱れた金色の髪、その隙間から、エレインは怯えたような眼を覗かせていた。
それを見て、少し揶揄ってみようかという気になった。
「昔この家には、とある老夫婦が住んでいました」
どうしてやろうかと少し考えて、そう切り出した。
「ろーふーふ?」
「おじいちゃんとおばあちゃんの事だよ」
ああ──と、エレインは納得した様子を見せた。
「ですが、その二人には子供がいませんでした。どんなに頑張っても、神様は二人に子供を授けてはくれなかったのです」
「……二人は何を頑張ったの?」
「え? あぁ……仕事とか、そういうのだよ。父さんも仕事頑張ってるでしょ?」
適当に誤魔化すと、エレインは再び納得した様子を見せた。もう少し簡単な言葉で話した方がよさそうだった。
「二人はそれを悲しみました。でも、どうしても諦めきれませんでした。なので二人は、子供の代わりに人形を育てることにしたのです」
「……?」
「それは可愛い赤毛の女の子の人形でした。二人はその人形にキャシーと名前を付けると、服を買い与え、ご飯を与え、時には一緒に出掛けたり遊んだりもして、本当の我が子のように育てていきました」
「キャシー……」
キャシーというのは、エレインが以前持っていた人形の名前である。名前を咄嗟に思い付かなかったので、記憶にあったそれを少し拝借した。
随分とボロボロになってしまっていて、いつだったかに新しいものに買い替えていたのだが、その名前は覚えていたのだろう、小さく反応を見せた。
「ですが、キャシーは人形です。どんなにご飯を与えても食べてはくれませんし、どんなに遊んであげても笑ったりはしません。話してもくれませんし、背が伸びたりもしません。いつも同じ表情で、ジーッとどこかを見つめているだけなのです」
「…………」
「始めはキャシーを自分の子供のように育て、それを愛していた二人でしたが、ある時それに気が付くと、急に愛情が冷めていくのを感じました。それまでは自分の子供として愛していたはずのキャシーを、全く愛せなくなってしまったのです」
エレインはごくりと、喉を鳴らした。緊張しているようだが、半裸の状態なので、やや間抜けである。
「それどころか、自分達に本当の子供が出来ない事への怒りが募っていき、その怒りの捌け口として、キャシーに暴力を振るったりするようにもなってしまったのです。キャシーは殴られ、蹴られ、投げ飛ばされ、どんどん壊れていきました。そして、元の形も分からなくなったキャシーを、二人はゴミとして捨ててしまいました」
「ひどい……」
「ですが、それから少しした──ある日の夜の事でした」
「…………」
「二人が眠っていた部屋のドアが、コンコン──と、ノックされたのです」
壁をコンコンと叩きつつ、話す。
「それは小さな音で、二人は初め、目を覚ましませんでした。ですが、少しすると、再びその音は鳴りました。コンコン──コンコン──と」
段々と、音を加速させ、大きくしていく。
「…………そ、それで?」
「それでも目を覚まさないでいると──ダンダン!」
「ひっ……!」
「──と、激しくドアが音を立てました。それはまるで、ドアを殴るような、蹴りつけるような、そんな音でした」
「お、脅かさないでよ……」
壁を強く叩いた音にビックリしたのか、エレインは抗議してきた。
「初めに起きたのはお婆さんでした。お婆さんは起き上がると、それを寝ぼけたおじいさんの所為だと思いながら、ドアを開けてしまいました」
「…………」
「するとそこには──捨てたはずの人形が、刃物を持って立っていたのです。お婆さんは何事かと思いました。人形は勢いよく顔を上げると、グチャグチャの顔でお婆さんを睨みつけ、飛び掛かりました。お婆さんは床に倒され、髪を掴まれてどこかへと引き摺られてしまったのです」
「…………」
「助けて──と、何度も悲鳴を上げながら。ですがしばらくすると、その声は聞こえなくなりました」
「……おじいさんは?」
「お爺さんは眠り続けていましたが、その声で少しづつ目が覚めると、ゆっくりと起き上がりました。ですがおかしなことに、隣で寝ていたはずのお婆さんの姿がありません。水でも飲みに行っているのかと思い、もうひと眠りしようとした──その時」
話自体はその場で作っているので、考える時間を稼ぐ為に、何度か区切って話を進めていく。
「ぴちゃ、ぴちゃ、と。何やら水溜まりの上を歩くような音が聞こえてきました。部屋の外から聞こえるその音は、非常に小さい音のはずでした。ですが、お爺さんの耳にははっきりと、その音が聞こえていたのです。その音は段々大きくなっていき、そこでお爺さんは何かがおかしいと感じ、部屋のクローゼットに隠れました。するとしばらくして、部屋の前で、足音は聞こえなくなりました。扉がギギギと音を立て、ゆっくりと開かれていきます。そこにあったのは、真っ赤に染まった刃物を持った、キャシーの姿でした」
「…………」
「キャシーは辺りを見回すと、お爺さんがいないことに気が付きます。そこでキャシーは声を出しました。『モウイイカイ?』と。それはかつて、キャシーと二人がかくれんぼをして遊んでいた時のことを、お爺さんに思い出させました。お爺さんは必死に息を殺し、キャシーがどこかへ去ることを願いました。ですがキャシーは扉を閉めると、包丁を持ったまま、部屋の中を探し始めます。カーテンの裏を見て、布団の中を見て、ベッドの下を見て──そして、クローゼットに近づいてきました」
ダンダンダン──と、そこで再び壁を叩く。
エレインが少し肩を震わせた。
「クローゼットが叩かれ、キャシーは言います。『ココニイルンデショ?』と。お爺さんは答えず、悲鳴が出そうになるのを抑えました。すると再び、クローゼットが激しく叩かれます。『ココニ、ココニ、イルンデショォ?』と、キャシーは泣きそうな声で言います。お爺さんは恐怖で息を荒くし、とうとう耐え切れず、バン──と、クローゼットから逃げ出してしまいました」
声を張るたびにビクついているのを見ると、少し楽しくなる。
「お爺さんはクローゼットから飛び出して、すぐに転んでしまいました。足元を見ると、ズボンが刃物で突き刺され、地面に縫い付けられていました。『モット、アソビタカッタノニ』と、キャシーはお婆さんの血で真っ赤になった顔をお爺さんに見せ、カタカタと音をたてながら近づいていきました。お爺さんは懸命に謝り、助けてと叫びます。ですがキャシーは、お爺さんが何故謝っているのかが分かりません。そして、『アソボウ、アソボウ』と言いながら、その腕でお爺さんの顔を殴りました。殴って、蹴って、殴って、投げ飛ばして──それは、朝まで続きました」
「ど、どう……なったの?」
「少しして、二人はその屋敷を訪れた客人によって発見されました。屋敷のごみ箱に捨てられていた二人は、顔をグチャグチャにされており、それが誰だか分からないほどでした。その上、腕や足の骨は折られていて、変な方向に曲げられていました。ですが、そんな二人は、まるで愛する子を抱くかのようにして、血塗れの人形を抱きしめていたのだそうです。そしてお化けになってしまった今も、二人はキャシーと遊び続けているのだとか」
「…………」
「──って、そういう感じの幽霊がもしかしたらこの屋敷にいたりするかもしれないって話なんだけど……聞いてる?」
訊くと、俯いていたエレインは顔を上げた。
「リュカ……私、キャシー捨てちゃった……」
「え?」
「どうしよう……、助けてリュカ……!」
「……、いや、姉ちゃんはキャシーを殴ったりしてないでしょ? そういうことしてないなら大丈夫だよ」
第一、こんなものはただの作り話だ。怖がらせてやろうと思いはしたが、まさか本当にあった話だと信じるとは。
「でも……!」
「大丈夫だよ。……まぁ、本当にいたとしても、守ってあげるくらいのことは出来るから」
風の魔法でも浴びせれば吹き飛ばせるだろうし、火の魔法で燃やせばそれまでである。
「それで、幽霊は視えてないの?」
「視えてないけど……」
「そっか……。まぁいいや、早いところお風呂入ろっか」
「え、あ、ちょっと待ってよ」
いい加減冷えてきていたので、脱ぎ掛けだった服を脱ぎ去り、浴場へと一足先に入っていった。後ろではエレインが同じように急いで服を脱いでいた。
そして広めの風呂場に入って来ると、目を閉じてしまうのが怖かったのだろう、頭を洗ってと言い始めたので、必死になって目を開け続けているエレインの髪を洗っていた。しかし、無言でそれをしていたのだが、不安になったのだろう、「後ろにいるのはリュカよね?」と、何度か確認してきた。
「…………」
「リュカ? リュカなのよね?」
「『アソボウ……』」
と、少し声を裏返して呟く。
「や、やめてよっ!」
「あはは、ごめんごめん。でも姉ちゃん、さっき僕のこと盾にしてたから。その仕返し」
「あ……アレは、アレは仕方なかったのよ。リュカは一人じゃ逃げられないから。だから私が付いててあげたの」
「一人で真っ先に逃げてたじゃん。それにボールに当たってたの姉ちゃんだけだし」
「いや、アレは……そう、リュカの身代わりに当たってあげてただけよ!」
弁明する必要があるのか分からないが、エレインが当たったボールというのは、当然すべて初めからエレインを狙って投げられたボールで、自分の身代わりにエレインが当たったなどというような事実は一切存在しない。
「そうなんだ。優しいね。流石姉ちゃん。ありがとう」
「なんか……感情がこもってないんだけど」
「難しい言葉知ってるね。本でも読んだの?」
「た、多分?」
誰かが使っているのを聞いただけなんだろうなと思いつつ、髪を流す。そうして、ちょっとした物音がするだけで飛びついてくるエレインと風呂から上がると、昼食を摂り、少し昼寝をしてから午後の活動に臨むことにした。
△▼△▼△▼△
「それはちょっと……確かに怖い話ね。でも、捨てられた人形はどうして動くようになったのかしら?」
「人間に対する怨念とか、これまで感情を込めて、人形ではなく人間として接してきたことで命を与えられたから……とか?」
と、午後、屋敷を抜け出してやってきていたのはサクラの下だった。
コハクはどうやら狩りに出ているようで、小屋にいたのはサクラ一人だけ。持ってきたものを渡すと、サクラはそれを受け取り、仕舞い始めた。それを見ながら、先程エレインに話していた在りもしない怪談を改めて聞かせていたのだが、あらかじめそういう話だと言っていたからだろう、割と淡泊に、話の中で生じた疑問を尋ねてきていた。
日本人的な考え方でいえば付喪神という物に近しいのかもしれないが、この世界にもそういった概念はあるのだろうか。サクラの反応的には──と言っても、サクラの知識は今やそのほとんどが自分の持っていたモノなわけだから、あまりあてにはならないのだった。
「あなたは、いると思ってる?」
サクラは問う。こちらに背を向けたまま。
「幽霊が? ……まぁ、いてもおかしくはないんだろうけど……。でも、なりたくないかな」
「どうして?」
「どうしてって……。終わりがないから」
今も半分、そんな状態だ。
実体のある亡霊──それが今の自分なのだ。
それを悪いことだとは思っていないが──しかし。
この地で死んで、更にその次があるとしたら──その時もまた、同じように思えるのだろうか。
生きようと思えるのだろうか。
生きなきゃと思えるのだろうか。
生きたいと、そう思えるのだろうか。
正直、自信は無い。
「終わりがない、ね。でも例えば、永遠の命なんて言ったら、歴史上多くの権力者が求めてきたものだと思うのだけれど?」
「それは……守りたいものがあるからでしょ。自分という存在の特別性だとか、他者に対する優位性だとか。けど、ほとんどの人間にはそれが無い。例えば、朝早くから起きて、夜暗くなるまで働くような農民が、永遠の命を欲しがったりすると思う?」
「……まぁ確かに。ないでしょうね」
「そういう人が欲しがるのは往々にして力や金銭、それから権力の方。あとは安定した生活とかかな。まぁ、そうして自分が特別になって初めて、それを守りたい、永遠のものにしたいという欲が生まれる。欲にも優先順位があるんだよ。低次の欲求と、高次の欲求が」
「……なら、あなたもそういう欲を満たしていったら、いつかは永遠の命が欲しいと口にするのかしら?」
と、サクラは振り返り、いたずらっぽく笑って言った。
「あはは、どうだろう。そうなったことが無いから分からないし、多分今後なることもないと思うけど──そうだね。その可能性は否定出来ない」
少しだけ、考えても見れば面白い問いかけであった。
自分も、自覚しているものやいないもの含め、今抱えている全ての欲を満たしたら、果たして同じことを言うのだろうか。
だとしたら、そんな自分には興味があるが。
しかしそれでも、流石に永遠の命までは求めないだろう。世界が滅んでも生き続けなければいけないのだとしたら、それは流石に辛い。
「あぁ、そういえば。幽霊という話で思い出したのだけれど」
と、荷物の片付けが終わったらしいサクラが、ゆったりとした動きで近寄ってくる。
「幽霊屋敷の話なのだけれど……」
「幽霊屋敷? どこにそんなの──」
と、自分で言って、何となく予想がついた。
町の南にある、ウォーマスの森。深く暗い、鬱蒼とした緑の生い茂るその森には、アンデッドなる不浄の存在がいる──という話は以前にも聞いていたのだが、そこにそんな建物があるのだろうか。
「元々その森は綺麗な森だったらしいのよ。確かに木々が生い茂ってはいるけど、それでも不浄とはむしろ逆の印象を持たせる森だったらしいわ」
「そうなんだ……」
「で、その奥にある大きな邸宅に住んでいたのが、この地を治めていた、先代の領主。だから、貴族の屋敷だったのよ」
「貴族の……そんな森の奥に建ててたの?」
「先代の趣味だったみたい。詳しいところはよく分からないけど。でも、気持ちは分かるわ」
エルフ的観念からの同感だろうか。
「そう……。でも、魔物とかが出て来たりしたんじゃないの?」
「それが、元々アンデッド含め、何もいなかった森なのよ。だから人が住めた。けど、二年程前、とある事件があったみたいで、その時に先代の領主は死んだみたい」
その頃に領主が交代したなどという話は聞いていないので、その時点で既に引退済みではあったのだろう。
「その事件っていうのは?」
「先代領主夫婦怪死事件。巷では巨大なレイスを見たという話もあったから、それが事実かは不明だけれど、恐らく死霊系の魔物の類による襲撃があったんじゃないかって思うわ」
レイス。確か、生霊に近い存在だったか。
しかし、どうして突然そんなものが現れたというのか。
「何かの儀式に失敗したんじゃないかとか、恨みを持つ者による怨恨じゃないのかとか、事実が分からないのをいいことに、色々と情報が錯綜している感じだったわね」
「ふぅん……」
「まぁ、それ自体は別になんだっていいのよ。話の本題はここから」
「ん? 今の話は本題じゃなかったの?」
「えぇ。と言うのも、この町にある組合には、数年前から一つの依頼が出されているみたいなのよ。それも、領主直々の依頼が。張り出されてから今まで、その報酬目当てに何人かが向かったみたいだけど、結局誰一人帰ってくることはなく、今はほとんど放置されているような状態。領主は報酬を少しずつ上げたりもしているみたいだけど、結局人間、命以上に大事なものはないってことなんでしょうね、誰も触れていないみたい」
「はぁ。依頼……内容は?」
「先代領主邸に残されている、家宝や形見なんかの回収よ。あとそれから、これはついでに回収してきたら追加報酬を払うという話なのだけれど、領主の娘が大事にしていた人形、これの回収もだったわ」
「家宝……、人形……。……人形?」
タイムリーな話であった。
「そう。先代領主が今の領主の娘にプレゼントしたらしい、特製の人形。その娘は先代領主に懐いていたらしくて、その人形も同じように大事にしていたらしいわ。けどある時、それを先代領主邸に置き忘れてしまった。かと言って失くしてしまったというわけでもなかったから、次の機会にまた持って帰ればいいと、そう考えていた」
「なるほど、そう思ってた矢先の事件だったってことか」
聞くに、事件が発覚したのは、森の中にアンデッドがいるという報告を受けた上の人間が人を向かわせ、調べさせたからだそう。調査隊は何とかアンデッド達から逃れて屋敷まで向かい、その中で先代領主夫婦の死体を発見。ただ、それを回収し、森から出ようとしたところをアンデッドに襲われ、一人を残して全滅したのだという。その一人も大怪我を負っており、数日後に死亡。
森で何があったのか、屋敷では何が起こったのか、それを知るものは誰もいないという。ミステリーの導入のようだ。
「へぇ……。それで? 回収したら何が貰えるの?」
「まずは、多額の金銭。それから──先代領主邸そのもの」
「……え、屋敷をそのままあげるってこと?」
驚いて、思わずそう尋ねた。しかし考えてもみればそれは、ただ体よく不良物件を押し付けているだけなのではないだろうか。
だが、サクラがこの話をした背景が、自分には何となく分かってしまった。
「家を買うとなると、それなりに苦労させられる。けど、領主直々に家を貰えるのなら、こんなにも楽な事って無いと思わない? それに、その依頼を完遂すれば貴族とのコネも出来るし、生活の面でも色々と優遇してもらえるかもしれない」
サクラはサクラで、現状抱えている問題を解決すべく動いていたのだ。
その依頼をこなせば、金も入り、家も手に入る。
正に一石二鳥、文句のつけどころがない──アンデッドの棲む森の奥の屋敷に向かわなければならないということを除けば。
「流石に危ないんじゃ……」
「そうかしら。あの森に棲むアンデッドは、私やコハクが普段狩っているような魔物よりずっと弱いのよ?」
「そうなの?」
「知らなかったの? まぁ確かに、アンデッドはアンデッドで厄介な面もあるし、それは否定出来ないけど……。でも、私達三人で向かえば何とかなると思わない?」
見切り発車が過ぎると思ったが、何の確信もなくそんなことを言うタイプでないことは知っているし、それに、噓を吐くタイプでもない。つまり、アンデッドそのものの強さは、自分が知らないだけで、そこまでのモノでもないのだろう。
しかし。
「家貰っても、その後どうするの? 森の中アンデッドだらけなんでしょ? いくら自分達より弱いからって言っても、そんなのがひっきりなしに襲ってくるんじゃ、住めたもんじゃなくない?」
「まぁ、それはそうなのだけれど。でも、さっきも言ったように、あの森の中には元々アンデッドなんて棲んでなかったのよ。だから、そこには何かしらの原因がある。つまり、その原因をついでに排除することが出来れば──」
と、サクラは言う。
確かに、話ではアンデッドが突然湧き始めたようだったが、流石にそんなことはないはずだ。しかし、原因が何かも分かっていないこの状況では、それは皮算用ではないのだろうか。原因が分かれば解決出来るという口ぶりだが、そんなに簡単にいくものなのかという話だし、原因が分からなかった場合、苦労して手に入れた家のご近所さんは皆屍ということになってしまう。
とは言え、代案が出せるわけでもないので、強く反対したりすることも出来なかったのだが。
「でもその依頼って、今からでも受けられるものなの?」
「今は……少し難しいかもしれないわね。少なくともあと一年は待たないと、あなたが組合に参加出来ない。私はここに住んでいるけど、それも勝手に住んでいるだけに過ぎないから」
組合。
それは、この街の人間ならそのほとんどが参加している、前世でいう所の自治体のようなものである。商人や職人、農民や狩人など、商いをするものから戦いで生計を立てる者などが職種問わず参加していて、お互いに助け合っているのだ。
当然、我が家も参加している。
そしてそこでは、自分以外の誰かに依頼を出すことが出来るのだ。
例えば、商人や職人が、とある魔物の素材を欲した場合、その依頼は狩人などに向けて張り出されることになる。依頼主は報酬を定め、依頼を受けてくれる人間が出てくるのを待つ。当然難易度が高ければ高いほど依頼を受けようとする人間は減ってしまうため、報酬を吊り上げなくてはならなくなるが、そうすることで依頼が達成されれば、依頼主は求めていたものを手に入れることが出来るのである。
元々は個人間での取引であったのだが、それではどうしてもトラブルが増えてしまう。なので、それらを解決すべく作られたシステムである。
王都や大きな領地などでは職業ごとに組合が分かれているという話を聞いたことがあったが、この地のような田舎ではそんなこともなく、全て一緒くたにされている。
因みに父親も、他の領地や王都へ向かう際には前もって組合に顔を出してそれを報告しておき、周囲から依頼を募っている。アレを買ってきてほしいだとか、手紙を届けて欲しいだとか、そういった依頼を受けているのだ。
しかし、組合に参加出来るようになる年齢は八歳だったのか。勝手に成人を過ぎてからだと思っていたのだが、なんとも中途半端な数字である。
「八歳から参加出来るんだね」
「えぇ。経緯は……かなり嫌な話よ」
「嫌な話?」
「昔の戦争で、この国は敗北の危機に瀕した。そしてその時、困った国の上層部が子供を使って敵の城砦に潜り込ませるという案を出した。それは通り、各地で子供たちが駆り出されていったらしいわ。結局その作戦が上手くいって、敗北は免れたのだそうだけど……。まぁ、当時駆り出された子供の最年少が八歳だったそうで、その時一時的に法律を変えたのよ。その名残が、今もこうして残っているという話」
歴史の授業などでは聞いたことのない話だった。しかし、子供を戦争に使ったなどという話を、そのまま残しておくはずがない。噓か真かはともかく、あってもおかしくはなさそうな話ではあった。
「確かに嫌な話だ。でもまぁなんにせよ、後一年はどうしようもないんだよね?」
「そうね。その間に誰かが解決してしまったりしないことを祈りつつ、私達は鍛錬を積んでおくことにするわ」
「そうだね……そうしようか。魔法の開発も途中だし……」
そう言って少し考え事をしていると、サクラが「そういえば」と口を開いた。
「さっき幽霊の話をしたから少し怖くなってしまったのだけど、今日は一緒にお風呂に入ってくれないかしら」
「…………」
そうは見えなかったが、結局サクラの髪を洗ってから家に戻ったのだった。




