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48 牙は顎をひらいた


「この十八年間、僕は陛下が思いついた悪巧みの片棒を担ぎつづけてきた。城を抜け出して屋台で一杯引っかけてくるいたずらから、国内にいる貴族の失墜、他国に諜報戦を仕掛けて政府を転覆させる計画まで、すべてだ。詳細を検討し、実行に必要な人員と資材を準備し、ことが終われば痕跡を消去する。気がつけば、僕は国王つきの陰謀監督官になっていたよ。なにもかも、アデリーン王女のためだ。どんな役割であろうと、国王とともにいるかぎり、僕は娘のそばにいられる」


 力強く言いきったコブの目に、曇りはないように見えた。


「アデリーン王女は、おまえのことを知っているのか」


「知るわけがないさ。口を聞いたこともない。これからもね。だけど、僕はあの子の成長を見ることができた。王宮の庭で、ちょうちょを追いかけながら笑っていた幼いあの子の姿を知ってる。嫌いなピーマンを無理に食べて泣き出したことも知ってる。学園ではじめてできた友達に、苦手な外国語を教えてもらっていたことも知ってる。デビュタントでドレスの裾を踏まないよう、緊張していた姿も知ってる。いつか僕がクレアのもとに行ったとき、きちんと話してあげられるように、この目に刻みつけておかなきゃいけないんだ」


 死んだコブの妻はクレアという名だったのか。

 そう思ったとき、カシューは鼻孔の奥に熱い塊が凝縮していくのを感じた。

 胸が詰まり、うまく呼吸することができない。


 十八年にわたりコブが集めてきた記憶。

 自分のためではない、他人のために必死に溜めこんできた思い出。

 それを想像したとき、カシューははじめて、会ったこともないクレアという人間の存在を感じることができた。

 かつてコブとともに生き、アデリーンという娘をもたらして死んでいった女性。

 それはコブの胸のなかに、いまもたしかにいた。


「そのアデリーンを、あの国王は使い潰そうとしている」


 抑揚が一切感じられないコブの声に、カシューは弾かれたように顔を上げた。

 うつむいたその表情を見ることはできなかったが、カウンターの上で握りしめられて震える両の拳が、コブの内部で暴れ狂う怒りをはっきりと物語っていた。


「どういうことだ。教えてくれ」


 カシューの目にも、コブと同じ憤りの色があった。


「魔王とその仲間の四天王を召喚しようにも、国王にはすでにそれだけの魔力が残っていなかったんだ。だから、自分の代わりにアデリーンに召喚の儀式をやらせた」


 さかのぼること数年前より邪龍の力の衰えを実感していた国王は、焦慮に駆られたすえに、かつて邪龍が送り返した勇者を再度召喚することを思いついた。

 異世界からやってきた者だけが体内に保有するアストラル体。

 それを手に入れて邪龍に吸収させれば、ただ力を回復させるだけでなく、魔力によって身体構造を改変し、あらゆる強化が可能になるだろう。

 そのときこそ、邪龍と国王は真に同一の存在となる。


 アストラル体を吸収するだけで思惑が成功するほど単純な話でないことは、国王も承知していた。

 あの強靱な勇者の魂が、邪龍に食われた程度で消え去るはずがない。

 逆に体内に吸収されたことを好機とし、邪龍の意識を打ち倒して乗っ取る可能性はじゅうぶんにありえる。

 勇者の苛烈なまでの(つよ)さはともに戦った国王自身がもっとも理解しており、五十年をともに過ごしたとはいえ、国王は邪龍の力を過信はしていなかった。


 考え抜いたすえに国王が取るにいたった手段は、勇者の高潔な尊厳を貶める残酷極まりないものだった。


 みずからの手にある邪龍の魔石から、絶えることのない怒りと憎悪の感情を分離した結晶を作り、召喚した勇者のアストラル体に寄生させる。

 勇者はこの世界に喚ばれると同時、邪龍が抱いていた人間に対する殺戮衝動に取り()かれ、支配されることになるだろう。

 そしてそれは、魂によって結びついた眷属たちも同様だった。


 すべてを奪った勇者と、自分を裏切り勇者を選んだ仲間たち。

 あちらの世界では家族として信頼しあっている全員が、その幸福を理不尽に奪われ、精神が怒りと憎悪に染め尽くされる。

 かつて世界を守るために魔王と戦った者が、今度はおのれが魔王となり、世界に恐怖と絶望をまき散らすのだ。

 これほど皮肉で愉快な復讐はなかった。


 およそ一年をかけて、国王は邪龍の魔石から新たな結晶を抽出した。

 それは残り少なくなった邪龍の力をさらに小さく削る作業だったが、国王が悔いることはなく、むしろ久しく感じることがなかった期待に満ちた高揚感をもたらすことさえした。


「魔王の卵と、ニヤニヤ笑いながらそう呼んでいたよ。泣きながら怨嗟の声をあげているような、見ているだけで胸糞が悪くなる珠だった」


 国王はみずからが命名した魔王の卵を依代(よりしろ)として、勇者召喚の儀式をおこなう手筈をととのえた。


 用意された召喚の間には床だけではなく、四方の壁から天井にいたるまでいくつもの魔方陣が描きこまれていた。

 通常の魔方陣ではない。

 国王自身が羊皮紙に描いた、勇者が生きる世界の座標や邪龍の生体データが転写されており、知識を持つ国王と持ち前の頭脳を活用して解読するにいたったコブ以外には理解不能なものだった。


「魔方陣も難解な仕組みをしていたけど、儀式の胆は魔王の卵そのものにあったんだ。表面に気味の悪いブツブツがびっしり生えていてね。目を凝らしてよく見ると、そのひとつひとつが偏執的な緻密さで浮き彫りにされた魔方陣だった。おそらく、(にかわ)状の粘液を最初は豆粒くらいの大きさに固めて魔方陣を描きこみ、乾いたらまた粘液を塗って描きこむっていう作業を何千回も繰り返して作ったんだと思う。膠の原料は血とか毛とか言ってたけど、正直、思い出したくもない」


 魔王の卵を作りだすことに心血を注ぎきった国王には、もはや召喚魔法を起動し維持しうるだけの魔力は残っていなかった。


「国王の指示を受けながら魔方陣の式を組み上げたのは僕だ。召喚の間に描かれたものだけでも、大小あわせて二八三の魔方陣が組み込んである。必要な魔力量を計算してみたら、平均的な宮廷魔導師で七九人分だった」


 アデリーン王女であれば、それを一人で起動することが可能だった。

 だが、国王が画策しているのは、単純な召喚魔法ではない。

 大量魔力保持者を一度に六人、世界をまたいで連れてこようというのだ。

 本来であれば、神の摂理の範疇に属する現象であり、一介の人間が手を出していい行為ではなかった。


「もちろん、アデリーン王女ひとりに儀式をまかせることは反対した。そもそも、これだけ大規模な魔力行使を秘密裡におこなえるわけがないんだ。それならばいっそ、儀式そのものを偽装して国家事業レベルまで押し上げてしまえばいい。僕は国王にそう進言した」


「もしかして、あのわけのわからん式典のことか」


 カシューが思い出したのは、昨年の夏にいきなり開催された建国一〇二四年祝賀祭のことだった。

 一〇二四という中途半端な数字も唐突だったが、内容も新たな千年紀の繁栄を願う祈願祭という曖昧なもので、式典終了後、王都に暮らす平民たちのあいだでは口の端にのぼることもなく忘れ去られた行事だった。

 カシューが記憶していたのは、たまたまその日、任務の都合でセレモニー会場となった宮殿前庭園に出入りしており、実際におこなわれた集団祈祷の一部始終を目撃していたからだった。


 宮殿のバルコニーより臨席していた国王陛下が、用意された玉座に着座もせず仁王立ちのまま鋭い目つきで見下ろしてくるなか、王都に散らばる国家魔導師を総動員したかのような人数が幾何学模様をなして整列し、一心不乱に祈祷を捧げるさまは、異様極まりない光景だった。


「召喚の儀式そのものは四半刻もかからずに終わるはずだったから、朝から晩まで王都でお祭り騒ぎをつづける記念祭は隠蔽にちょうどよかったんだ。王族も勢揃いする予定だったし、アデリーン王女の安全を確保する目的にも合致していた」


 しかし、召喚の儀式にはコブが知らないもうひとつの手順があった。

 複数の魔導師が魔力を注ぎこむにあたり、異なる魔力の波長を安定させるために放出されたすべての魔力を一点に凝縮させる必要があることを、コブは知らされていなかった。


「魔導師たちによる集団祈祷が終わったあと、王族の観覧席にアデリーン王女の姿がなかった。確認すると、彼女だけは別室で祈祷に参加するよう指示されていたらしい。国王からではなく教会経由の依頼だったから、僕の耳には入らなかったんだ」


 予感に駆られたコブが城の地下に設けられた召喚の間へ駆けつけると、壁面をびっしり埋め尽くしていた魔方陣がすべて消滅してがらんどうになった地下室の奥に、ひとり倒れ伏すアデリーン王女を見つけた。


 狼狽して泣き叫ぶ王女つきの侍女たちを叱咤して王女を運び出し、すぐさま侍医を呼んだ。

 診断は魔力の過剰流入と枯渇を短時間のあいだに繰り返したことが原因で引き起こされた多臓器損傷。

 全身のいたるところで毛細血管が破裂したアデリーン王女の身体は、赤く(まだら)に染まり、心臓や肺まで傷ついた肉体は脈も取れないほどに衰弱していた。


 真摯に祈りを捧げていただけの人間になにがおきたのかと訝しがる侍医を横目に、召喚の儀式の全容を把握していたコブは王女が昏倒するにいたった状況を正確に理解していた。


「うかつだった。召喚の儀式の手順は完璧に記憶していたんだ。魔力波の同調なんて、考えればすぐにわかることだ。魔導師を大量動員したことで安心しきっていた僕のミスだった。もちろん、僕は国王を問い詰めたよ。素知らぬふりをして教会の専横に誅罰を下すなんて(うそぶ)いていたけど、自分で指示を出してやらせたに決まってる。大衆に向けてアピールしなきゃいけない教会が、誰も見てない地下室での祈祷なんか依頼するわけがないんだ」


 意識不明のまま自室のベッドに横たえられたアデリーン王女は、そのまま一週間にわたって生死の境をさまよった。

 ようやく意識を回復したときには、なにもなかったはずの地下室でひとり祈祷をあげていた理由も、そこでなにが起きたのかもすべてを忘れていたという。


 さいわい、障害などの後遺症や呪詛の類いは見られなかったが、内臓全体にわたってダメージを受けていたため健康の回復に時間がかかり、召喚の儀式から半年近く、王女は寝たきりの療養生活を送らざるをえなかった。

 現在もいまだ、ゆっくりと歩ける程度の体力しか戻っていないということだった。


 少し考えたカシューは、感じた疑問をコブに尋ねた。


「去年の夏におこなわれた式典の裏で召喚魔法が行使されたことは理解した。だが、実際に魔王……、いや、この場合、元勇者というべきか。そいつがこの世界で暴れ出したのは、今年に入ってしばらくしてからのはずだ。すぐに召喚されたわけじゃなかったのか」


 カシューがコブに呼び出され、新たな任務として三人の勇者一行による魔王討伐行の監視を命じられたのは、今年四月に入ってからだった。

 その後に作戦詳細を調べる過程で知った事実として、異世界から剣、杖、癒やしという三人の勇者が女神に伴われて現れたのが今年二月。

 その際、女神からひと月前に魔王が復活したことが語られたという。


 国王が召喚の儀式をおこなったのが昨年夏。

 そして女神の言を信じるのであれば、元勇者である魔王が召喚されたのが今年一月。

 半年近い時間差があることになる。


「おそらくは、魔王の卵の影響によるものだと思う。僕も国王から聞いてはじめて知ったんだけど、召喚魔法というのは単純に呼びよせるようなものではく、空間ごと作りかえるものなんだ。そのとき物体は一度バラバラに分解され、あちらでもこちらでもない空間を通ったあと、目的地で再構成される」


「あちらでもこちらでもない空間ってのがよくわからんが、とにかく現地に運んで組み立てなおすってことか」


「ものすごく単純にいうとそういうことになる。国王は中間にあるその空間のことを異次元と呼んでた。時間と空間が等価に存在するため、物体の形状や距離が意味をなさなくなるらしい」


 カシューはコブの言葉を頭のなかで繰り返した。

 ほかの言語で唱えられる呪文のようだった。


「すまん。おれにはよくわからん」


「大丈夫。僕もまだ完全には理解できていないんだ」


 完全にはということは、ある程度は理解しているということだろう。

 コブならばいつかは完璧な理解にいたるはずだとカシューは思った。

 同時に、コブがわかっているならそれでいいと深く考えるのをやめた。


「重要なのは、再構成するってところだ。魔王の卵は、この手順に強引に割りこむ」


 国王が実行した召喚魔法は、向こうの世界から元勇者を引き寄せると同時に、こちらからも異次元に向けて魔王の卵を送り出す双方向のものだった。

 分子レベルにまで分解され、復元に必要な数値とともに情報の塊となって異次元中に存在していた元勇者は、同様にバラバラになった魔王の卵と衝突して混ざりあった。


 通常であれば異物として別々に再構成されるか、召喚魔法自体が失敗に終わるところであったが、魔王の卵はおのれを巧妙に偽装することでこれを回避した。

 怒りと憎悪に満ちた邪龍の暴虐。

 それを核として何千という層を塗り重ね、何万という魔方陣を描きこんだ目的は、まさにこの偽装にあった。


 元勇者の肉体は再構成の途中でエラーを起こし、再び異次元に送り返されては分解される過程を果てしなく繰り返した。

 そしてそのたびに魔王の卵は自己の複製を作りだし、少しずつ元勇者の肉体に同化することで全身を作りかえていった。


「通常の召喚魔法ならば、一瞬で目のまえにあらわれる。だけど、今回の召喚魔法では長い時間がかかったはずだ。()ぶまえと喚んだあとでは、まったく違う生き物になっていたわけだからね。たぶん、召還後しばらくは眠りつづけていたはずだ」


 異次元中で全身に同化した魔王の卵は、元勇者が眠っているあいだも増殖をつづけ、まるで癌細胞が健康な肉体を蝕んでいくようにあらゆる臓器に寄生していった。

 その身に備わっていた圧倒的な能力は次々と奪われ、強靱な魂は邪悪に対する抵抗力を失った。

 それこそが、国王が目指した目標だった。


 元勇者を極限まで弱体化させた魔王の卵は、最後の仕上げとアストラル体にとりつき、おのれの核を注ぎこんだ。

 邪龍から抽出された絶えることのない怒りと憎悪。

 いまや自我もなく、ただ暴れ狂うだけの暴虐の奔流。

 勇者が魔王として生まれ変わった瞬間だった。


「国王が召喚先として指定したのが、ヴィルベルゾイレ山脈のなかにあるナーベル湖だ。あそこにはもともと邪龍のすみかであるダンジョンがあったらしい。つまり、かつて国王が戦ったはじまりの場所でもあるわけだ。目を覚ました元勇者は、自分が勇者なのか邪龍なのかもわからなかったんじゃないかな。わけもわからないまま、とにかく胸の内に()んだ邪龍の命ずるがままに暴れはじめた。それが現在の魔王騒動の真相だよ」


「四天王はどうなったんだ。向こうの世界じゃ、元勇者の家族として暮らしていたんだろう」


「彼らが向こうへ行ったときと同じさ。もともと眷属として魂がつながっていたんだ。主契約者である元勇者が召喚の対象となった時点で、従契約者である彼らも自動的に召喚されることになった。ただ、魔王と同じナーベル湖のダンジョンではなく、それぞれの生まれ故郷に召喚地点が強制変更されていたことを考えると、元勇者が魔王に生まれ変わった結果、契約は実行力を失って破棄されているんじゃないかな」


「四天王たちは、すでに眷属ではないってことか」


 ゴズルスキー、パピルギニア、神聖フラネアン帝国、ジパニカ。

 災厄に見舞われた周辺四国は、自国の出身者によって破壊のかぎりを尽くされたことになる。


「そのはずなんだ。だけど彼らは魔王と同じように恐怖をまき散らしながら、みずからの(あるじ)のいるこの国にやってきた。どういう理由かはわからないけれど、いまだに魂のつながりは保たれていると考えるべきなんだろうね」


 かつて仲間として同じ敵と戦った彼らは、ちがう生において家族というより強い絆で結ばれることになった。

 異なる世界に飛ばされてなお、彼らの魂が結ばれているとしたらどうするだろうか。

 心をひとつにし、なにをおいても駆けつけるだろう。

 カシューはあらためて国王の悪辣さを思い、ため息をついた。


「夜が明ければ、三人の勇者たちは魔王を討伐する旅に出る」


 国王に対する怒りが込められていたときとは別人のように静かな声で、コブが言った。


「まちがいなく、魔王は彼らに倒されるだろう」


「たしかなのか」


 カシューの問いかけに、コブは肩をすくめてこたえた。


「国王に手抜かりはないよ。魔王の卵によって元勇者を弱体化させたのは、アストラル体に邪龍を乗り移らせるためだけじゃないんだ。確実に魔王を倒させるためでもあるのさ」


 邪龍の知識を得ていた国王は、この世界に魔王があらわれたとき、天界が必ず異世界から勇者を召喚することを知っていた。


 みずからが作りだした魔王が新たに召喚された勇者によって倒されることは既定路線として準備したが、国王の目的は魔王のアストラル体を入手することである。

 むしろ魔王が倒されたときからが計画本番といえた。


 そもそもが、アストラル体などとまるでかたちある物体のように呼称しているが、実体はこの世界に生まれた生命体すべてに天界が与える管理権限にすぎない。

 生まれると同時に自分自身の身体を自由に動かす意思であり、損傷や経年劣化などで一定以上肉体が機能不全に陥れば失われる権利。

 死ねば天に還る。

 それすなわち命であり、アストラル体だった。


 それを覆すのが異世界人である。

 別の世界からやって来た彼らには、死んでも還る天がない。

 だからこそ、アストラル体はその肉体に留まりつづけ、アストラル体がある以上、機能不全に陥った肉体を回復させれば何度でも生きかえる。

 逆説的に、異世界人の肉体を回復不可能なまでに損傷させることさえできれば、アストラル体を実体化させることができる。


 勇者に魔王を倒させたあとその遺体を回収し、今度こそ回復不可能なまでに破壊し尽くしてアストラル体を手に入れる。

 それこそが国王の計画であった。


 そのためには、新しく召喚されてくる勇者には、ほどよく魔王と死闘を繰り広げてもらう必要がある。

 まかりまちがって圧倒的な力の差を見せつけ、魔王の肉体を消し去るほどの勝利をおさめてもらっては困る。

 せっかく実体化した魔王のアストラル体を、勇者に奪われてしまうからだ。

 そうなればそうなったで奪い返す手段はいくつも思いつくが、よけいな手間であることに変わりはない。

 国王に残された邪龍の力は、想像以上に少なくなっていた。


 せいぜい茶番じみた戦いを演じ、自力で復活することができない程度に魔王を痛めつけ、相討ちでもしてあほうのように死んでくれれば文句はない。

 新たに召喚されてくる勇者に対して国王が抱く希望は、その程度のものでしかなかった。


「女神が三人の勇者を連れてきたとき、国王は狂喜していたよ。ダメの見本みたいなでくのぼうどもだってね」


 召喚されてきた三人の勇者は、およそ半年間に渡って王都に滞在していたが、そのあいだ訓練に勤しむようなこともなく、まともな戦闘技術などなにひとつ身につけないまま、周囲の圧力に押し出されるようにして魔王討伐行に旅立つことになった。


 王子のひとりが推薦してきたギルド職員が従者兼案内人として同行することになったが、この男も器用貧乏を絵に描いたような覇気のない若者にすぎず、凶暴化した魔物の集団との戦いに食われて死ぬか、怯えて逃げ出すかして、早晩脱落するであろうことは目に見えていた。


 出発後に国王がやることといえば、コブに命じて勇者一行を監視させるだけだった。

 勇者たちが途中で逃げ出す素振りをみせようものなら脅して連れ戻し、敵わないとみれば手助けし、なんとしても魔王の討伐を完遂させる。


 弱体化させた魔王は、勇者だった頃の半分も力を出せないはずだった。

 その影響を受けた四天王など、なんの障害にもならないだろう。

 全盛期の国王であれば赤子の手をひねるようにすり潰してみせる自信があったが、いまとなっては及ぶべくもない。

 さいわい、コブの子飼いには腕利きがそろっている。

 使い潰せば四天王や魔王を倒すことはできるだろう。

 必要なのは勇者によるとどめの一撃だけだった。


「国王はすでに魔王を倒したあとのことを考えているんだ。魔王のアストラル体を手に入れて、それを自分に移植するのがあの人の最終目的だからね」


「本当にそんなことが可能なのか」


「基本的には、魔王を連れてきた召喚魔法と同じ仕組みだよ。邪龍の魔石と魔王のアストラル体、それに自分自身を異次元に転移させて同化し、再構成する。てっとりばやく生まれ変わるつもりなのさ」


「ということは、また大規模な儀式が必要になるんじゃないのか」


 カシューはかつて見た集団祈祷の光景を思い出した。

 あんなものは一度でじゅうぶんだった。


「そのとおり。そしてそれは、今度こそ秘密裡におこなう必要がある。国王の存在そのものにまつわる秘儀だ。知るものは少なければ少ないほどいい。国王は当然のように、アデリーン王女ひとりに儀式をやらせるだろう」


 前回の儀式において、アデリーン王女は生死をさまようほどの大怪我を負い、現在も体力が回復しきっていないという。

 魔王が討伐されるまでにどれほどの時間がかかるかわからないが、二度目の儀式にアデリーン王女の身体が耐えられないだろうことは想像がついた。


「口封じも兼ねてか」


 苦々しく吐き捨てたカシューが、うつむいたまま黙り込んだ。


 しばらくして、絞り出したような吐息がコブから聞こえてきた。

 噛みしめた奥歯がギリギリと鳴り、限界を超えてひび割れる音が高く響いた。


「そんなことはさせない。絶対にさせない。なんとしても阻止してみせる」


 顔を真っ赤に充血させたコブが、全身を震わせて叫んだ。

 カシューが肩に手をかけると、燃えるような熱さが手のひらに伝わってきた。


「どうするつもりだ。コブ、言ってくれ。おれにできることならなんでもする」


 カシューが強い口調で言うと、コブは涙でにじんだ目を乱暴に指で拭い、濡れた顔を向けてきた。


「悔しいけど、僕には国王を倒すことはできない。七十をとっくにすぎてるくせに、あいつはいまでも素手でオークを引き裂くんだ」


 それはおれでも国王を倒すことはできんな。

 カシューはそう思った。


「だけど、あいつの力の源になってる邪龍なら別だ。肉体を失った邪龍は魔石だけの存在になって、自分では動くこともできない」


 コブの考えていることに思いいたったカシューは、目を見開いた。


「だが、邪龍は異世界人にしか倒せないんじゃなかったのか」


「倒す必要はないんだ。国王の身から離して封印するだけでいい。それで国王は力を失うはずだ」


 一抹の光明が見えた気がした。


「どうやる」


 鋭く問いかけたカシューに、コブは炯々(けいけい)と光る瞳を向けた。


「勇者と魔王の最終決戦は、空に浮かぶ天空城でおこなわれるはずだ。天空城は魔王が本拠地とするダンジョンになっている。カシュー。魔王が倒されたあと、ダンジョンコアを手に入れてくれ」




魔王の卵=みんな大好きベ◯リット的なやつ。満願成就で笑ったりする。


すこしづつ第一部に繋がってきてホッとしているんですが、伏線回収回はどうしても長くなってしまう傾向にあります。

気がつけば四回つづけて同じ場所。

およそ27000字分、ひたすら座って話しているだけです。

これはもはや、構成が破綻しているといえるんじゃないだろうか。



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